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179. 北方都市で頑張る俺9
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ソウェイサズ王国第二王子、アルヴィス・ソウェイサズは、夏期休暇の間、暇を持て余していた。
ミカエルが帰国してからの二年間は、夏はカノラド連邦で世話になっていたが、今年はミカエルが勇者パーティーに加わって、魔族領へと出向いている為、共に出かけることも出来ず、時間を過ごすことも出来ず、ただ毎晩寝る前に戻って来るミカエルを、迎えるだけの日々を過ごしていた。
…そもそもが、やる気がない。
ミカエルの為に生きていると言っても過言ではない彼は、暇を持て余しながらも、ミカエルの為になることだけは、自主的にやっていた。
ミカエルが手に入れ、気にかけているカゲロウ族と、東方地域の見回りは、忙しい彼に代わってアルヴィスがやっていた。
自身ではまだ転移は出来ないので、仕方なくラダーニエを呼び、転移させる。
嬉しそうな顔をして、何でもお申し付け下さい、と言う配下は、少なくともアルヴィスよりは多忙であった。
文句も言わず、ただの運び屋を喜んで引き受ける感覚は、かつてのアルヴィスなら理解できなかったが、ミカエルの為なら自分も喜んでやるだろう、と思えば、理解できるようになった。
ミカエルからもらったもの、学んだことは、多かった。
本来であれば不要な感情、不要な知識だったが、ミカエルと共に生きていくなら必要だった。
そう、ミカエルがいるから、必要なのだ。
「ようこそお越し下さいました。アルヴィス様。…今日はご主人様…あ、いや、ミカエル様は?」
カゲロウ族の族長の屋敷の一室を、ミカエル達が転移してくる部屋に定めていた。
事前に魔封書で赴くことを連絡し、時間通りに転移すると、控えていた族長が、必ず頭を下げて迎えてくれた。
「…おそらく、ミカエルは今月は無理だろう」
「あ、勇者パーティーがお忙しいのですね!寂しいですけど、大丈夫です!一段落ついたら、また来て下さいますよね」
「ああ」
「良かった!ではアルヴィス様、どうぞこちらへ。茶の収穫は三番茶まで終了しました。茶畑も広がったし、和食のレシピも開発して頂いたおかげで、米も醤油も味噌も、発注が激増していて、対応に追われています」
「それは良かった」
族長ハルシゲは、今年で十四だった。
まだまだあどけない少年だったが、頭は悪くないらしく、この二年で著しい成長を見せ、しっかりしていた。
月に一度程度、視察に訪れるたび、ハルシゲの身長は伸びている。
ミカエルが「ブケ屋敷だ!」と感動していた族長の屋敷は、木造建築で不可思議な間取りだった。
転移の部屋は離れにあり、渡り廊下を通って母屋へと入る。
母屋へ入ると、ハルシゲの曽祖父であるシゲノブが、廊下に膝を着き、両手を付いて頭を下げた。
「いらっしゃいませ、アルヴィス様」
「ああ」
「さっそく、蔵と工場をご覧になりますか?」
「そうしよう」
「かしこまりました。ご案内を、しっかりな。ハルシゲ」
「大丈夫だよ、ひいじいさま!」
すぐさま立ち上がり、シゲノブは年齢を感じさせない軽やかさで、屋敷を出ていった。
「報告書は、こちらになります!今は天候にも恵まれてますし、大きな不作もなく順調です」
「そうか」
渡された報告書は、ミカエルが作った雛形に沿って忠実に作られており、読みやすく、わかりやすかった。
一目で収支がわかるし、問題点や提案などもまとめられている。
「アカザ族から、事業に参画したい、という申し出がありました」
「それは良かった」
「これで東方地域の六割が、共同体になります。…こんな日が来るなんて、夢みたいです」
「そうか」
ミカエルが勇者パーティーのメンバーになった、という知らせは、東方地域にも届いていた。
今まで暗殺に失敗した者達は、思い知ったことだろう。
手を出していい相手では、なかったということに。
風向きが、急速に変わり始めていた。
話を聞きたい、参加したい、と打診してくる部族が、急増している。
エントランスに到着すると、使用人一同が頭を下げて、歓迎してくれた。
「みんな、蔵と工場に行ってくるね!」
「いってらっしゃいませ」
ブケ屋敷は、靴を脱いで室内を歩かねばならないことが大変不便だったが、ミカエルが「これがいいんだよ!」と喜んでいたので、そういうものかとアルヴィスも受け入れた。
エントランスで靴を履き、外に出る。
カゲロウ族の村は、山の中腹にあった。
周囲を高い山々に囲まれ、急な傾斜の坂ばかりの、辺鄙で狭く、小さい場所だった。
元々自給自足を旨としている地域であるので、必要最低限の畑や田圃はあったものの、満足出来る収穫量はなく、山に入って動物や魔獣を狩るにも、季節に大きく左右される、不便極まりない地域である。
出稼ぎでなんとかやっていけている…いや、最近ではそれすらも不足し、人口は減って、衰退の一途を辿っていた。
初めてこの村に来た時、アルヴィスは何の感慨も抱くことはなかった。
滅びの臭いが漂う、小さな集落でしかなかった。
隣に立ったミカエルが、村の入口から周囲の山々を見上げ、村を見上げてこぼした言葉には、感動が詰まっていた。
「すごい、なんて素敵な村なんだろう」
…確かに彼は、そう言った。
アルヴィスだけでなく、住人であるシゲノブも、ハルシゲも、皆が驚いた。
…なんにもない、滅びを待つだけの村なのに。
そこからミカエルは真っ先に、当時の族長を捕らえて地位を剥奪し、牢へと入れた。
何事かとざわつく村人達を族長宅へと集めて、宣言した。
「ハルシゲが新しい族長となるが、私がこの村を支配する。反対する者は、命を賭けて前に出ろ」
ハルシゲも、シゲノブも、アンジもジュウベエも、ミカエルの側についていた。
暗殺に失敗したのみならず、生きて戻り、あまつさえ下ったと言う事実に、村人は戦慄した。
「逃げたければ逃げればいい。村を捨てることを止めはしない。私はこれから、この村を新生させる」
ミカエルの存在は、圧倒的に輝いていた。
誰よりも美しく、誰よりも存在感を放ち、一瞬でその場を完全に支配した。
言葉の通り、ミカエルは莫大な私財を投じて、村の開拓を始めた。
区画整理から始め、畑と田圃を広げた。
水源の調査をし、水属性の魔石も使用して、水には困らないよう手配した。
大きな蔵を作り、収穫物を加工出来るよう、工場を建てた。
村人全員、健康で働きたい者は全員働けるよう、仕事を創出した。
販路を開拓し、自ら商品開発、レシピ開発、魔道具開発に乗り出して、全てをやり遂げて見せた。
まだ二年、事業が軌道に乗り始めるにはもう少し時間が必要だが、もはや成功が約束されているかのような、新規ジャンルを確立していた。
抹茶の有効利用。
米から作る酒の輸出。
木造建築技術の輸出。
和食…東方地域の食の輸出。
観光事業への参入。
他部族からの反発は大きかったが、実際に多額の金を動かし、カゲロウ族の里が日に日に変わっていくのを見せられて、困窮している部族から順に、反応が変化していった。
カゲロウ族は最初から、「一緒に力を合わせて頑張ろう」というスタンスを崩していない。
一緒にやりたい者には、契約書を作り、技術も販路も開放していた。
ミカエルの目指す所は、もう一度東方地域が一つにまとまって、一大産業・文化を築くことだった。
傭兵や暗殺業に頼らずとも、自分達で生きていける術を、手に入れて欲しいと言う。
すでに、滅びの影は見えなくなっていた。
活気づいたこの村は、緑と水が豊かで、木造建築が独創的な、文化圏の中心になりつつあった。
ミカエルの理想は、こんなにも美しく壮大なものだったのだと思えば、守りたいと思うのは当然の感情だった。
暴力や暗殺で妨害しようとする不届き者は、ミカエルの見えない所で対処した。
当然だ。
そんなものは、ミカエルが知る必要もないことだ。
カゲロウ族は変わり始めた。
ミカエルが手を入れ始めてから、出て行った村人はおらず、むしろ出て行ったはずの村人達が、少しずつ戻り始めていた。
村が豊かになれば、故郷で生きていけるのだ。
「順調そうで、何よりだ」
アルヴィスが言えば、ハルシゲはとても嬉しそうに笑った。
「はい!本当に、感謝しております!」
ミカエルが、この村を救ったのだった。
「ただいま」
「おかえり」
魔族領でレベル上げを頑張るミカエルは、だいたいいつも二十二時頃、寝る時間にアルヴィスの部屋へとやって来る。
初日にホテルの部屋に無断で侵入されていた、と憤然とし、やっぱりここで寝て正解だったと言いながら、アルヴィスに抱きついてくる。
レベル上げ自体はたいした負担ではなさそうだったが、人間関係に苦しめられていた。
魔力なしの、顔だけ無能王子。
悪魔と契約しただとか、男女問わずのヤリチンビッチだとか、ミカエルの評判は散々なものだった。
本人は否定も肯定もしないが、噂が消えることはない。
誰が流しているかは明白で、もはや火消しに割く労力すらが無駄だった。
第一王子ミカエルのみが矢面に立っている原因の一つが、アルヴィス自身にあることは理解していた。
後ろ盾のない、存在感のない地味王子。
徹底して気配を消し、ないものとして扱われることを望んでここまで来た。
最初からそのつもりだったので、後悔はない。
だが、ミカエルには申し訳ないと思っていた。
「僕の評判、他国だとすごくいいんだって」
「…そうらしいな」
「え、知ってた?」
「ラダーニエが言っていた」
「…そうなんだ。僕知らなかったよ。…他国に行けば、安泰ってことだよね」
濡れた髪を乾かし、撫でると、ミカエルはアルヴィスの肩口に顔を押しつけ、抱きつく腕に力を込めた。
体温の上がった熱い身体は、アルヴィスの理性を削る。
「…そうだな」
「…拠点はどこがいいかなぁ。…希望はある?」
「おまえが望む所」
「…それ、答えになってないからね。…僕じゃなければ怒っちゃうね」
「おまえで良かった」
「…もー…」
腕の中でむくれるミカエルは、すでに眠そうだった。
いつもは打てば響くような反応を返すのに、今はずいぶんとゆっくりになっていた。
「カゲロウ族の村には、しないのか?」
「…うーん…温泉…旅館…。…山の中でグランピング…いいかも…」
「ぐらんぴんぐ…?」
「…白いナイロンとか、ポリエステルで出来た、ゴージャステント…あれは…ワンポールテントの…イメージは…そんなかんじ…」
「ないろん…?ぽりえすてる…?」
ミカエルは、知らない言葉をよく使う。
自身が物を知らないだけなのか、と思ったが、ラダーニエも知らない単語を使っていた。
どこの言葉なのか。
創作なのか。
「…その不思議な言葉は、どこからだ?」
「…ん…?」
寝落ちしそうになっているミカエルの瞼は、すでに閉じている。
全体重を乗せられても倒れはしないが、バランスは悪い。
アルヴィスはミカエルを抱き上げて、寝室へと歩いた。
「…ブケ屋敷、というのは、いつ考えたんだ?」
カゲロウ族の者も、ブケ屋敷、なんて呼び方はしていなかった。
「…えどじだい…のはず…」
「…えどじだい…?」
「はいはんちけんでとうきょうになるまえは、首都はえどだった……」
「……」
ベッドに寝かせた時には、すでにミカエルは眠っていた。
目元にかかる前髪を払い、頭を撫でる。
「…首都、トーキョー…」
アルヴィスは発音し、眉をひそめた。
少し前に、同じ単語を、別の口から聞いていた。
「…そんなこと、あり得るのか?」
聖女は、神の国からやって来る。
神の言語を解する、神の使徒。
神の国は、一方通行ではなかった。
行き来は、出来る。
魔法陣によって、選ばれし聖女は肉体ごと転移出来るが、他はさて、どうなのか。
ミカエルは、聖女とご友人を初見から嫌っていた。
「生理的に無理」とまで拒絶するなんて、ミカエルの性格からすれば考えられないことだった。
元からの知り合いでも、ない限り。
「……は、はは…」
アルヴィスから漏れたのは、笑いだった。
純粋な、心からの笑いだった。
「あっはは、ははは…!」
ミカエルが眉を顰めたので、口を閉ざした。
ベッドサイドに腰掛けて、ミカエルの手を取り、甲に唇を寄せた。
ミカエルは、外見だけが美しいわけではなかった。
器だけならば、ここまで入れ込むことはなかった。
魔族は、美しいものしか、愛せない。
…自分より、美しいものしか、愛せないのだ。
「あぁ…」
あの時。
五歳のミカエルが、訪ねて来てくれて、本当に良かった。
出会えて良かった。
彼が来てくれなかったら、おそらく自分はミカエルを、見つけることはなかっただろう。
婚約披露の場に呼ばれることもなかったろうし、学園でも満点を取ろうなんて思わなかった。
ただじっと、世界を傍観していただけだったに違いない。
生まれて初めて、アルヴィスは神の配慮に感謝した。
ミカエルが帰国してからの二年間は、夏はカノラド連邦で世話になっていたが、今年はミカエルが勇者パーティーに加わって、魔族領へと出向いている為、共に出かけることも出来ず、時間を過ごすことも出来ず、ただ毎晩寝る前に戻って来るミカエルを、迎えるだけの日々を過ごしていた。
…そもそもが、やる気がない。
ミカエルの為に生きていると言っても過言ではない彼は、暇を持て余しながらも、ミカエルの為になることだけは、自主的にやっていた。
ミカエルが手に入れ、気にかけているカゲロウ族と、東方地域の見回りは、忙しい彼に代わってアルヴィスがやっていた。
自身ではまだ転移は出来ないので、仕方なくラダーニエを呼び、転移させる。
嬉しそうな顔をして、何でもお申し付け下さい、と言う配下は、少なくともアルヴィスよりは多忙であった。
文句も言わず、ただの運び屋を喜んで引き受ける感覚は、かつてのアルヴィスなら理解できなかったが、ミカエルの為なら自分も喜んでやるだろう、と思えば、理解できるようになった。
ミカエルからもらったもの、学んだことは、多かった。
本来であれば不要な感情、不要な知識だったが、ミカエルと共に生きていくなら必要だった。
そう、ミカエルがいるから、必要なのだ。
「ようこそお越し下さいました。アルヴィス様。…今日はご主人様…あ、いや、ミカエル様は?」
カゲロウ族の族長の屋敷の一室を、ミカエル達が転移してくる部屋に定めていた。
事前に魔封書で赴くことを連絡し、時間通りに転移すると、控えていた族長が、必ず頭を下げて迎えてくれた。
「…おそらく、ミカエルは今月は無理だろう」
「あ、勇者パーティーがお忙しいのですね!寂しいですけど、大丈夫です!一段落ついたら、また来て下さいますよね」
「ああ」
「良かった!ではアルヴィス様、どうぞこちらへ。茶の収穫は三番茶まで終了しました。茶畑も広がったし、和食のレシピも開発して頂いたおかげで、米も醤油も味噌も、発注が激増していて、対応に追われています」
「それは良かった」
族長ハルシゲは、今年で十四だった。
まだまだあどけない少年だったが、頭は悪くないらしく、この二年で著しい成長を見せ、しっかりしていた。
月に一度程度、視察に訪れるたび、ハルシゲの身長は伸びている。
ミカエルが「ブケ屋敷だ!」と感動していた族長の屋敷は、木造建築で不可思議な間取りだった。
転移の部屋は離れにあり、渡り廊下を通って母屋へと入る。
母屋へ入ると、ハルシゲの曽祖父であるシゲノブが、廊下に膝を着き、両手を付いて頭を下げた。
「いらっしゃいませ、アルヴィス様」
「ああ」
「さっそく、蔵と工場をご覧になりますか?」
「そうしよう」
「かしこまりました。ご案内を、しっかりな。ハルシゲ」
「大丈夫だよ、ひいじいさま!」
すぐさま立ち上がり、シゲノブは年齢を感じさせない軽やかさで、屋敷を出ていった。
「報告書は、こちらになります!今は天候にも恵まれてますし、大きな不作もなく順調です」
「そうか」
渡された報告書は、ミカエルが作った雛形に沿って忠実に作られており、読みやすく、わかりやすかった。
一目で収支がわかるし、問題点や提案などもまとめられている。
「アカザ族から、事業に参画したい、という申し出がありました」
「それは良かった」
「これで東方地域の六割が、共同体になります。…こんな日が来るなんて、夢みたいです」
「そうか」
ミカエルが勇者パーティーのメンバーになった、という知らせは、東方地域にも届いていた。
今まで暗殺に失敗した者達は、思い知ったことだろう。
手を出していい相手では、なかったということに。
風向きが、急速に変わり始めていた。
話を聞きたい、参加したい、と打診してくる部族が、急増している。
エントランスに到着すると、使用人一同が頭を下げて、歓迎してくれた。
「みんな、蔵と工場に行ってくるね!」
「いってらっしゃいませ」
ブケ屋敷は、靴を脱いで室内を歩かねばならないことが大変不便だったが、ミカエルが「これがいいんだよ!」と喜んでいたので、そういうものかとアルヴィスも受け入れた。
エントランスで靴を履き、外に出る。
カゲロウ族の村は、山の中腹にあった。
周囲を高い山々に囲まれ、急な傾斜の坂ばかりの、辺鄙で狭く、小さい場所だった。
元々自給自足を旨としている地域であるので、必要最低限の畑や田圃はあったものの、満足出来る収穫量はなく、山に入って動物や魔獣を狩るにも、季節に大きく左右される、不便極まりない地域である。
出稼ぎでなんとかやっていけている…いや、最近ではそれすらも不足し、人口は減って、衰退の一途を辿っていた。
初めてこの村に来た時、アルヴィスは何の感慨も抱くことはなかった。
滅びの臭いが漂う、小さな集落でしかなかった。
隣に立ったミカエルが、村の入口から周囲の山々を見上げ、村を見上げてこぼした言葉には、感動が詰まっていた。
「すごい、なんて素敵な村なんだろう」
…確かに彼は、そう言った。
アルヴィスだけでなく、住人であるシゲノブも、ハルシゲも、皆が驚いた。
…なんにもない、滅びを待つだけの村なのに。
そこからミカエルは真っ先に、当時の族長を捕らえて地位を剥奪し、牢へと入れた。
何事かとざわつく村人達を族長宅へと集めて、宣言した。
「ハルシゲが新しい族長となるが、私がこの村を支配する。反対する者は、命を賭けて前に出ろ」
ハルシゲも、シゲノブも、アンジもジュウベエも、ミカエルの側についていた。
暗殺に失敗したのみならず、生きて戻り、あまつさえ下ったと言う事実に、村人は戦慄した。
「逃げたければ逃げればいい。村を捨てることを止めはしない。私はこれから、この村を新生させる」
ミカエルの存在は、圧倒的に輝いていた。
誰よりも美しく、誰よりも存在感を放ち、一瞬でその場を完全に支配した。
言葉の通り、ミカエルは莫大な私財を投じて、村の開拓を始めた。
区画整理から始め、畑と田圃を広げた。
水源の調査をし、水属性の魔石も使用して、水には困らないよう手配した。
大きな蔵を作り、収穫物を加工出来るよう、工場を建てた。
村人全員、健康で働きたい者は全員働けるよう、仕事を創出した。
販路を開拓し、自ら商品開発、レシピ開発、魔道具開発に乗り出して、全てをやり遂げて見せた。
まだ二年、事業が軌道に乗り始めるにはもう少し時間が必要だが、もはや成功が約束されているかのような、新規ジャンルを確立していた。
抹茶の有効利用。
米から作る酒の輸出。
木造建築技術の輸出。
和食…東方地域の食の輸出。
観光事業への参入。
他部族からの反発は大きかったが、実際に多額の金を動かし、カゲロウ族の里が日に日に変わっていくのを見せられて、困窮している部族から順に、反応が変化していった。
カゲロウ族は最初から、「一緒に力を合わせて頑張ろう」というスタンスを崩していない。
一緒にやりたい者には、契約書を作り、技術も販路も開放していた。
ミカエルの目指す所は、もう一度東方地域が一つにまとまって、一大産業・文化を築くことだった。
傭兵や暗殺業に頼らずとも、自分達で生きていける術を、手に入れて欲しいと言う。
すでに、滅びの影は見えなくなっていた。
活気づいたこの村は、緑と水が豊かで、木造建築が独創的な、文化圏の中心になりつつあった。
ミカエルの理想は、こんなにも美しく壮大なものだったのだと思えば、守りたいと思うのは当然の感情だった。
暴力や暗殺で妨害しようとする不届き者は、ミカエルの見えない所で対処した。
当然だ。
そんなものは、ミカエルが知る必要もないことだ。
カゲロウ族は変わり始めた。
ミカエルが手を入れ始めてから、出て行った村人はおらず、むしろ出て行ったはずの村人達が、少しずつ戻り始めていた。
村が豊かになれば、故郷で生きていけるのだ。
「順調そうで、何よりだ」
アルヴィスが言えば、ハルシゲはとても嬉しそうに笑った。
「はい!本当に、感謝しております!」
ミカエルが、この村を救ったのだった。
「ただいま」
「おかえり」
魔族領でレベル上げを頑張るミカエルは、だいたいいつも二十二時頃、寝る時間にアルヴィスの部屋へとやって来る。
初日にホテルの部屋に無断で侵入されていた、と憤然とし、やっぱりここで寝て正解だったと言いながら、アルヴィスに抱きついてくる。
レベル上げ自体はたいした負担ではなさそうだったが、人間関係に苦しめられていた。
魔力なしの、顔だけ無能王子。
悪魔と契約しただとか、男女問わずのヤリチンビッチだとか、ミカエルの評判は散々なものだった。
本人は否定も肯定もしないが、噂が消えることはない。
誰が流しているかは明白で、もはや火消しに割く労力すらが無駄だった。
第一王子ミカエルのみが矢面に立っている原因の一つが、アルヴィス自身にあることは理解していた。
後ろ盾のない、存在感のない地味王子。
徹底して気配を消し、ないものとして扱われることを望んでここまで来た。
最初からそのつもりだったので、後悔はない。
だが、ミカエルには申し訳ないと思っていた。
「僕の評判、他国だとすごくいいんだって」
「…そうらしいな」
「え、知ってた?」
「ラダーニエが言っていた」
「…そうなんだ。僕知らなかったよ。…他国に行けば、安泰ってことだよね」
濡れた髪を乾かし、撫でると、ミカエルはアルヴィスの肩口に顔を押しつけ、抱きつく腕に力を込めた。
体温の上がった熱い身体は、アルヴィスの理性を削る。
「…そうだな」
「…拠点はどこがいいかなぁ。…希望はある?」
「おまえが望む所」
「…それ、答えになってないからね。…僕じゃなければ怒っちゃうね」
「おまえで良かった」
「…もー…」
腕の中でむくれるミカエルは、すでに眠そうだった。
いつもは打てば響くような反応を返すのに、今はずいぶんとゆっくりになっていた。
「カゲロウ族の村には、しないのか?」
「…うーん…温泉…旅館…。…山の中でグランピング…いいかも…」
「ぐらんぴんぐ…?」
「…白いナイロンとか、ポリエステルで出来た、ゴージャステント…あれは…ワンポールテントの…イメージは…そんなかんじ…」
「ないろん…?ぽりえすてる…?」
ミカエルは、知らない言葉をよく使う。
自身が物を知らないだけなのか、と思ったが、ラダーニエも知らない単語を使っていた。
どこの言葉なのか。
創作なのか。
「…その不思議な言葉は、どこからだ?」
「…ん…?」
寝落ちしそうになっているミカエルの瞼は、すでに閉じている。
全体重を乗せられても倒れはしないが、バランスは悪い。
アルヴィスはミカエルを抱き上げて、寝室へと歩いた。
「…ブケ屋敷、というのは、いつ考えたんだ?」
カゲロウ族の者も、ブケ屋敷、なんて呼び方はしていなかった。
「…えどじだい…のはず…」
「…えどじだい…?」
「はいはんちけんでとうきょうになるまえは、首都はえどだった……」
「……」
ベッドに寝かせた時には、すでにミカエルは眠っていた。
目元にかかる前髪を払い、頭を撫でる。
「…首都、トーキョー…」
アルヴィスは発音し、眉をひそめた。
少し前に、同じ単語を、別の口から聞いていた。
「…そんなこと、あり得るのか?」
聖女は、神の国からやって来る。
神の言語を解する、神の使徒。
神の国は、一方通行ではなかった。
行き来は、出来る。
魔法陣によって、選ばれし聖女は肉体ごと転移出来るが、他はさて、どうなのか。
ミカエルは、聖女とご友人を初見から嫌っていた。
「生理的に無理」とまで拒絶するなんて、ミカエルの性格からすれば考えられないことだった。
元からの知り合いでも、ない限り。
「……は、はは…」
アルヴィスから漏れたのは、笑いだった。
純粋な、心からの笑いだった。
「あっはは、ははは…!」
ミカエルが眉を顰めたので、口を閉ざした。
ベッドサイドに腰掛けて、ミカエルの手を取り、甲に唇を寄せた。
ミカエルは、外見だけが美しいわけではなかった。
器だけならば、ここまで入れ込むことはなかった。
魔族は、美しいものしか、愛せない。
…自分より、美しいものしか、愛せないのだ。
「あぁ…」
あの時。
五歳のミカエルが、訪ねて来てくれて、本当に良かった。
出会えて良かった。
彼が来てくれなかったら、おそらく自分はミカエルを、見つけることはなかっただろう。
婚約披露の場に呼ばれることもなかったろうし、学園でも満点を取ろうなんて思わなかった。
ただじっと、世界を傍観していただけだったに違いない。
生まれて初めて、アルヴィスは神の配慮に感謝した。
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死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
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