【完結】前世ハイスペックブサメンの俺、今世ではイージーモードを歩みたい

影清

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179. 北方都市で頑張る俺9

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 ソウェイサズ王国第二王子、アルヴィス・ソウェイサズは、夏期休暇の間、暇を持て余していた。
 ミカエルが帰国してからの二年間は、夏はカノラド連邦で世話になっていたが、今年はミカエルが勇者パーティーに加わって、魔族領へと出向いている為、共に出かけることも出来ず、時間を過ごすことも出来ず、ただ毎晩寝る前に戻って来るミカエルを、迎えるだけの日々を過ごしていた。

 …そもそもが、やる気がない。

 ミカエルの為に生きていると言っても過言ではない彼は、暇を持て余しながらも、ミカエルの為になることだけは、自主的にやっていた。
 ミカエルが手に入れ、気にかけているカゲロウ族と、東方地域の見回りは、忙しい彼に代わってアルヴィスがやっていた。
 自身ではまだ転移は出来ないので、仕方なくラダーニエを呼び、転移させる。
 嬉しそうな顔をして、何でもお申し付け下さい、と言う配下は、少なくともアルヴィスよりは多忙であった。
 文句も言わず、ただの運び屋を喜んで引き受ける感覚は、かつてのアルヴィスなら理解できなかったが、ミカエルの為なら自分も喜んでやるだろう、と思えば、理解できるようになった。
 
 ミカエルからもらったもの、学んだことは、多かった。

 本来であれば不要な感情、不要な知識だったが、ミカエルと共に生きていくなら必要だった。

 そう、ミカエルがいるから、必要なのだ。

「ようこそお越し下さいました。アルヴィス様。…今日はご主人様…あ、いや、ミカエル様は?」
 カゲロウ族の族長の屋敷の一室を、ミカエル達が転移してくる部屋に定めていた。
 事前に魔封書で赴くことを連絡し、時間通りに転移すると、控えていた族長が、必ず頭を下げて迎えてくれた。
「…おそらく、ミカエルは今月は無理だろう」
「あ、勇者パーティーがお忙しいのですね!寂しいですけど、大丈夫です!一段落ついたら、また来て下さいますよね」
「ああ」
「良かった!ではアルヴィス様、どうぞこちらへ。茶の収穫は三番茶まで終了しました。茶畑も広がったし、和食のレシピも開発して頂いたおかげで、米も醤油も味噌も、発注が激増していて、対応に追われています」
「それは良かった」
 族長ハルシゲは、今年で十四だった。
 まだまだあどけない少年だったが、頭は悪くないらしく、この二年で著しい成長を見せ、しっかりしていた。
 月に一度程度、視察に訪れるたび、ハルシゲの身長は伸びている。
 ミカエルが「ブケ屋敷だ!」と感動していた族長の屋敷は、木造建築で不可思議な間取りだった。
 転移の部屋は離れにあり、渡り廊下を通って母屋へと入る。
 母屋へ入ると、ハルシゲの曽祖父であるシゲノブが、廊下に膝を着き、両手を付いて頭を下げた。
「いらっしゃいませ、アルヴィス様」
「ああ」
「さっそく、蔵と工場をご覧になりますか?」
「そうしよう」
「かしこまりました。ご案内を、しっかりな。ハルシゲ」
「大丈夫だよ、ひいじいさま!」
 すぐさま立ち上がり、シゲノブは年齢を感じさせない軽やかさで、屋敷を出ていった。
「報告書は、こちらになります!今は天候にも恵まれてますし、大きな不作もなく順調です」
「そうか」
 渡された報告書は、ミカエルが作った雛形に沿って忠実に作られており、読みやすく、わかりやすかった。
 一目で収支がわかるし、問題点や提案などもまとめられている。
「アカザ族から、事業に参画したい、という申し出がありました」
「それは良かった」
「これで東方地域の六割が、共同体になります。…こんな日が来るなんて、夢みたいです」
「そうか」
 ミカエルが勇者パーティーのメンバーになった、という知らせは、東方地域にも届いていた。
 今まで暗殺に失敗した者達は、思い知ったことだろう。
 手を出していい相手では、なかったということに。
 風向きが、急速に変わり始めていた。
 
 話を聞きたい、参加したい、と打診してくる部族が、急増している。

 エントランスに到着すると、使用人一同が頭を下げて、歓迎してくれた。
「みんな、蔵と工場に行ってくるね!」
「いってらっしゃいませ」
 ブケ屋敷は、靴を脱いで室内を歩かねばならないことが大変不便だったが、ミカエルが「これがいいんだよ!」と喜んでいたので、そういうものかとアルヴィスも受け入れた。
 エントランスで靴を履き、外に出る。
 カゲロウ族の村は、山の中腹にあった。
 周囲を高い山々に囲まれ、急な傾斜の坂ばかりの、辺鄙で狭く、小さい場所だった。
 元々自給自足を旨としている地域であるので、必要最低限の畑や田圃はあったものの、満足出来る収穫量はなく、山に入って動物や魔獣を狩るにも、季節に大きく左右される、不便極まりない地域である。
 出稼ぎでなんとかやっていけている…いや、最近ではそれすらも不足し、人口は減って、衰退の一途を辿っていた。
 初めてこの村に来た時、アルヴィスは何の感慨も抱くことはなかった。
 滅びの臭いが漂う、小さな集落でしかなかった。
 隣に立ったミカエルが、村の入口から周囲の山々を見上げ、村を見上げてこぼした言葉には、感動が詰まっていた。

「すごい、なんて素敵な村なんだろう」
 
 …確かに彼は、そう言った。
 アルヴィスだけでなく、住人であるシゲノブも、ハルシゲも、皆が驚いた。
 
 …なんにもない、滅びを待つだけの村なのに。

 そこからミカエルは真っ先に、当時の族長を捕らえて地位を剥奪し、牢へと入れた。
 何事かとざわつく村人達を族長宅へと集めて、宣言した。

「ハルシゲが新しい族長となるが、私がこの村を支配する。反対する者は、命を賭けて前に出ろ」

 ハルシゲも、シゲノブも、アンジもジュウベエも、ミカエルの側についていた。
 暗殺に失敗したのみならず、生きて戻り、あまつさえ下ったと言う事実に、村人は戦慄した。
 
「逃げたければ逃げればいい。村を捨てることを止めはしない。私はこれから、この村を新生させる」

 ミカエルの存在は、圧倒的に輝いていた。
 誰よりも美しく、誰よりも存在感を放ち、一瞬でその場を完全に支配した。
 
 言葉の通り、ミカエルは莫大な私財を投じて、村の開拓を始めた。
 区画整理から始め、畑と田圃を広げた。
 水源の調査をし、水属性の魔石も使用して、水には困らないよう手配した。
 大きな蔵を作り、収穫物を加工出来るよう、工場を建てた。
 村人全員、健康で働きたい者は全員働けるよう、仕事を創出した。
 販路を開拓し、自ら商品開発、レシピ開発、魔道具開発に乗り出して、全てをやり遂げて見せた。
 まだ二年、事業が軌道に乗り始めるにはもう少し時間が必要だが、もはや成功が約束されているかのような、新規ジャンルを確立していた。
 
 抹茶の有効利用。
 米から作る酒の輸出。
 木造建築技術の輸出。
 和食…東方地域の食の輸出。
 観光事業への参入。
 
 他部族からの反発は大きかったが、実際に多額の金を動かし、カゲロウ族の里が日に日に変わっていくのを見せられて、困窮している部族から順に、反応が変化していった。
 カゲロウ族は最初から、「一緒に力を合わせて頑張ろう」というスタンスを崩していない。 
 一緒にやりたい者には、契約書を作り、技術も販路も開放していた。
 ミカエルの目指す所は、もう一度東方地域が一つにまとまって、一大産業・文化を築くことだった。
 傭兵や暗殺業に頼らずとも、自分達で生きていける術を、手に入れて欲しいと言う。
 すでに、滅びの影は見えなくなっていた。
 活気づいたこの村は、緑と水が豊かで、木造建築が独創的な、文化圏の中心になりつつあった。

 ミカエルの理想は、こんなにも美しく壮大なものだったのだと思えば、守りたいと思うのは当然の感情だった。 
 暴力や暗殺で妨害しようとする不届き者は、ミカエルの見えない所で対処した。
 
 当然だ。
 そんなものは、ミカエルが知る必要もないことだ。

 カゲロウ族は変わり始めた。
 ミカエルが手を入れ始めてから、出て行った村人はおらず、むしろ出て行ったはずの村人達が、少しずつ戻り始めていた。
  
 村が豊かになれば、故郷で生きていけるのだ。

「順調そうで、何よりだ」
 アルヴィスが言えば、ハルシゲはとても嬉しそうに笑った。
「はい!本当に、感謝しております!」

 ミカエルが、この村を救ったのだった。
 

 


「ただいま」
「おかえり」

 魔族領でレベル上げを頑張るミカエルは、だいたいいつも二十二時頃、寝る時間にアルヴィスの部屋へとやって来る。
 初日にホテルの部屋に無断で侵入されていた、と憤然とし、やっぱりここで寝て正解だったと言いながら、アルヴィスに抱きついてくる。
 レベル上げ自体はたいした負担ではなさそうだったが、人間関係に苦しめられていた。
 
 魔力なしの、顔だけ無能王子。

 悪魔と契約しただとか、男女問わずのヤリチンビッチだとか、ミカエルの評判は散々なものだった。
 本人は否定も肯定もしないが、噂が消えることはない。
 誰が流しているかは明白で、もはや火消しに割く労力すらが無駄だった。
 第一王子ミカエルのみが矢面に立っている原因の一つが、アルヴィス自身にあることは理解していた。
 
 後ろ盾のない、存在感のない地味王子。

 徹底して気配を消し、ないものとして扱われることを望んでここまで来た。
 最初からそのつもりだったので、後悔はない。
 だが、ミカエルには申し訳ないと思っていた。
「僕の評判、他国だとすごくいいんだって」
「…そうらしいな」
「え、知ってた?」
「ラダーニエが言っていた」
「…そうなんだ。僕知らなかったよ。…他国に行けば、安泰ってことだよね」
 濡れた髪を乾かし、撫でると、ミカエルはアルヴィスの肩口に顔を押しつけ、抱きつく腕に力を込めた。
 体温の上がった熱い身体は、アルヴィスの理性を削る。
「…そうだな」
「…拠点はどこがいいかなぁ。…希望はある?」
「おまえが望む所」
「…それ、答えになってないからね。…僕じゃなければ怒っちゃうね」
「おまえで良かった」
「…もー…」
 腕の中でむくれるミカエルは、すでに眠そうだった。
 いつもは打てば響くような反応を返すのに、今はずいぶんとゆっくりになっていた。
「カゲロウ族の村には、しないのか?」
「…うーん…温泉…旅館…。…山の中でグランピング…いいかも…」
「ぐらんぴんぐ…?」
「…白いナイロンとか、ポリエステルで出来た、ゴージャステント…あれは…ワンポールテントの…イメージは…そんなかんじ…」
「ないろん…?ぽりえすてる…?」

 ミカエルは、知らない言葉をよく使う。

 自身が物を知らないだけなのか、と思ったが、ラダーニエも知らない単語を使っていた。

 どこの言葉なのか。
 創作なのか。

「…その不思議な言葉は、どこからだ?」
「…ん…?」
 寝落ちしそうになっているミカエルの瞼は、すでに閉じている。
 全体重を乗せられても倒れはしないが、バランスは悪い。
 アルヴィスはミカエルを抱き上げて、寝室へと歩いた。
「…ブケ屋敷、というのは、いつ考えたんだ?」
 カゲロウ族の者も、ブケ屋敷、なんて呼び方はしていなかった。
「…えどじだい…のはず…」
「…えどじだい…?」
「はいはんちけんでとうきょうになるまえは、首都はえどだった……」
「……」
 ベッドに寝かせた時には、すでにミカエルは眠っていた。
 目元にかかる前髪を払い、頭を撫でる。

「…首都、トーキョー…」
  
 アルヴィスは発音し、眉をひそめた。
 少し前に、同じ単語を、別の口から聞いていた。
 
「…そんなこと、あり得るのか?」
 
 聖女は、神の国からやって来る。
 神の言語を解する、神の使徒。 
 神の国は、一方通行ではなかった。
 行き来は、出来る。
 魔法陣によって、選ばれし聖女は肉体ごと転移出来るが、他はさて、どうなのか。

 ミカエルは、聖女とご友人を初見から嫌っていた。
 「生理的に無理」とまで拒絶するなんて、ミカエルの性格からすれば考えられないことだった。
 
 元からの知り合いでも、ない限り。

「……は、はは…」

 アルヴィスから漏れたのは、笑いだった。
 純粋な、心からの笑いだった。

「あっはは、ははは…!」

 ミカエルが眉を顰めたので、口を閉ざした。
 ベッドサイドに腰掛けて、ミカエルの手を取り、甲に唇を寄せた。
 
 ミカエルは、外見だけが美しいわけではなかった。
 器だけならば、ここまで入れ込むことはなかった。
 魔族は、美しいものしか、愛せない。

 …自分より、美しいものしか、愛せないのだ。

「あぁ…」

 あの時。
 五歳のミカエルが、訪ねて来てくれて、本当に良かった。
 出会えて良かった。
 彼が来てくれなかったら、おそらく自分はミカエルを、見つけることはなかっただろう。
 婚約披露の場に呼ばれることもなかったろうし、学園でも満点を取ろうなんて思わなかった。
 ただじっと、世界を傍観していただけだったに違いない。





 生まれて初めて、アルヴィスは神の配慮に感謝した。
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