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さすがに二か月近くこの日差しを浴びてると鬱陶しくなるなぁ。
二階の開け放たれた窓から降り注ぐ太陽光に目を眇め、紫外線を少し気にする。
焼けるのはいいけどシミはちょっと。でも風が気持ちいいからやっぱり島最高!
「今日のノルマ終わりました?」
白いワンピース姿のマリーテアがお茶を運んでくる。三つ編みを一つにまとめた茶色の髪が胸の前で静かに揺れて、上品で知的な女性を演出していた。
「終わった。ジャングル行っていい?」
「勉強はクリアしてるようですが、術の方はどうです?ここはかなりいい環境なのですが、何か起こりましたか?」
ジェノは うっ、と言葉に詰まる。そこは突かれたくない部分――
どんなに時間をかけても終わらない『課題』。こればかりは努力ではどうにも出来ないものだ。
「いや、その・・・やっぱ僕には、魔法の素質は無いと思う」
「どの魔力測定装置にも高い数値が表示されるのですから、無いはずはありませんわ。隠れて眠っているだけです。・・・誰しもすぐ開花なさるものでもありませんから、ゆっくりいきましょう」
ジャスミンの香りで一息つき、小さく頷いた。
「それと、旦那様が夜に何か企画しているみたいです」
また?三日に一回は何かしら計画を立て、祭りだとか武闘会だとか騒いでるよな。
今度はなんだろ?
「気分転換に散歩してくる」と言ってジェノは帽子を手に部屋を出た。
表へ飛び出して海辺の岩場辺りをぶらぶら歩くと、カモメの鳴き声や波音が心地よい。
魔法――
この世界に存在する不思議な力。
知らない人はいないが、実際にそれを目にしたことのある者はかなり少ない。
マリーテア曰く「ちょっとした魔力を持っている者は100人に一人いる。」らしい。
しかしそのちょっとした魔力とは・・・
マッチの火をおこす程度の火力だったり、霧吹きみたいな水を出せたり、団扇で仰いだぐらいの風をつくれたり。
ほぼ何も出来ないと言ってもいいレベルだ。
そういえばライヴィが静電気程度の電気をおこせると言っていた。
つまり彼は『100人に一人の魔法使い』なのだろう。
いたずらに使うしか役に立たないと愚痴っていたが。
ジェノが暮すヴェジニア国では子供が生まれ健康かどうか検査する時、同時に魔力検査も行われる。
基本装置は反応せず、たまに反応が出ても数値が低いことが通常だ。
だが、その少なさが希少価値を生み、魔力を持っているものは周囲から羨望の眼差しを向けられることとなる。
『生まれついての才能』 『特別な存在』 魔力を持つ者は持たざる者よりも格が上になるのだという。まあ、貴族や平民と言った「身分の差」の方がしっかりと区別されてるから「少しだけ優位に立ちやすい」というぐらいだけどね。
「途中で急に装置が反応することってないの?産まれた時無くてもさあ、人生は長いじゃん?」
「測った機会が壊れていて実はありましたーってのは聞いたことあるなぁ。あとは・・・臓器移植したら使えるようになったとかな。だから魔力を持った者の身体は高く売れるらしいぜ、坊ちゃん」
岩場で釣りをしていたカンバヤシは、わざとオドロオドロしい声音で話し、ジェノをおどかそうとする。
やめてよっ!僕無駄に数値だけ高いんだから、シャレになんない!
がははっ と豪快に笑うカンバヤシの肩をバシバシ叩いていたら、かかった魚に逃げられたらしい。
やーい 自業自得だ!
別の場所に行こうと立ち上がると呼び止められた。
「魔法ってのは無くても全く困らないモノだ。発動しなくても気にするな!ライヴィみたいにどーでもいい能力があったってしょうがないしなー」
ふむ、たしかに。
ジェノは頷き、カンバヤシに笑顔で別れを告げて今度はジャングルに向かう。ジャングルは一人じゃ危ないから、入り口付近だけを散策する。
僕より高い草花がいっぱいだから中で迷子になったらみつからないだろうなぁ。
想像し背筋が凍る。自然はこわいから気をつけなくちゃね!
『この子には高い魔力が秘められてるねぇ、楽しみだよ』
5年前、初めて測ったジェノの魔力数値をみて誰かが言った。
幼くてよくわからなかったが、笑顔の大人達を見て怒られないと悟り、ジェノも笑顔になった。
静かな暮らしがしたいから、とメロスが公表しなかったから周囲には知られていない事柄だ。
しかし何度測り直しても『ちょっと』とは言えない数値が出るのに何故何も起こらないのだろうか。
火でも水でも風でも雷でもなんだっていい、何か力を発動させたい!
強い魔力を持ってるのに魔法を使えないってどういうこと!?そんなの無いのと変わらないじゃん!
「よく解明されてない不思議で不安定なものだからしょうがない」って皆慰めてくれるけど、それが逆に申し訳なさを生む。
普段は考えないようにしているが、夜一人でいるとたまに考えて込んでしまう悩みの種なのだ。
実はこの『島』には精気が無数に流れているらしい。
「精霊が住んでいるから魔力が増幅する」と言っていたが本当だろうか?
「精霊が島を守ろうとして周囲の海域を荒し、誰も侵入出来ないようにしている!」
そう言って港の漁師さん達が慌てて島に向かうジェノ達を止めてきた事を思い出し、静かに波打つ真っ青な海を見つめた。
でも僕達はすんなり入れたし・・・ただの言い伝えだよな?
手近に生えてる草をむしり念を込めてみる。
燃えろ燃えろー もーえーろー 燃えろっ もっえっろ!もーえろぉー!
なんか虚しくなってきたなぁ、帰ろう。
お昼はスパイシーなカリーをみんなと一緒に食べた。
ちゃんとナンも付いた本格的なやつで、ジェノもお手伝いをしたのだ。ルーの味見をしたりお皿を並べたり、味見をしてスプーンを磨いてナンのつまみ食いをして、そしてまた味見をして。
うん、役に立てた気がする!
お腹はそんなに減っていなかったが美味しいのでペロリと食べられた。
ライヴィは普段ちゃらんぽらんなのに凄いなぁ、さすがコックさん!
食後、ゆったりとアイスティを味わっていると手紙を渡された。
ジェノ宛に三通。品のいい菫色の封筒と、質素な茶色い封筒と立てられるほど分厚い黒い封筒。
その全てが差出人の名が書かれていないってどうゆうこと?怖いんだが。
とりあえず安全そうな菫色を開封してみる。
桜色の三つ折りの紙には線の細い綺麗な字で、
『もう一度お話がしたいです。縁談などとは関係なく、仲良くしていただけないでしょうか?』と書かれていた。
この間無理を言った事への謝罪と、今後の交流のお願い。
・・・レミアーヌちゃん。すっかり忘れてた!!
え、なんで今?あれから随分経ってるよな。
約三か月間何も音沙汰が無かった相手からの予想外の接触に、ジェノは少し混乱する。
どうしよう。まぁ後でメロスに相談するか。
さて次は――
本当は一番避けたい手紙に手を伸ばした。嫌だがどうしても気になってしまうので、先に処理してしまうことにする。
躊躇する手をなんとか動かし、黒い封筒の封を切った。
『カルシェンツ・ゼールディグシュ』
うん、わかってた。
毎日来るし封筒に金文字で『至極の親友へ送る』って書いてあったもん。
よくわからない演出好きだよなー・・・どれどれ?
5cmほどの束を取り出すと、最初の数枚にはポエムや歌が綴られていた。
『ジェノ君をイメージして作ってみた!』の文に吹き出しそうになる。
やめろ恥ずかしいっ!サビの『ジェノとカルはDestiny』の連呼とか酷過ぎだろ!何だ『ジェノと書いて親友と読む』って!バカじゃないのか!
一旦深呼吸し紙を捲っていくと、こちらの様子を窺う文が続く。
島はどうかとか不便はないかなど、はじめの方はよかったのだが・・・
『朝食は何回噛んで食べ終えたんだい?私の予想は3756回だよ、当たってるかい?』
『昨日は上手く寝返りをうてたかな?よく眠れてたらいいのだけど』
『髪の手入れを怠ってはいけないよ。ああっ、私がそこに居ればジェノ君のさらさらな黒髪を紫外線から守ってあげられるのに!』
『ジェノ君の今日のコーディネートを教えてくれ。まず靴下の色から』
『昨日・・・何回私の事考えてくれた?思い出してくれた?想ってくれた?100回?200回?私はね・・・ずっとだよ・・・・・・ずぅっと』
面倒臭ぇーなんだ噛んだ回数って、そんなのどうでもいいわっ!てか細か過ぎんだろ、数えてねーよ!
今日は半袖短パンのサンダルだから靴下は履いてないっ!髪はトリートメントで自分で守るわ。
そして最後のやつはとにかく怖いっ!怖過ぎるわ、どうした!?
その次に『私の今の心境を絵にしてみました』の文と八つ折りの画用紙が出てくる。
あんまり見たくない。
散々唸ったあげく意を決して広げると、水彩画で描かかれたもの凄くリアルで上手い絵が目に飛び込んできた。
うん、うまい。たしかに上手いが・・・
トンネルの中にいる人物が光の見える出口へ向かおうとし、歪んだ空間や体を掴む影の様なものに阻まれている絵。
そこまで絵に詳しくないジェノはカルシェンツの心境をうまく読み取れないが、暗めの色と歪んだ風景からみて――
「情緒不安定」かな? 少し怖い絵だ。
僕ホラー系はダメなんだよなぁ。
毎日届く手紙には先程の様に細かい質問は書かれていたが、ここまで枚数が多いのは初めてだし、もう少し普通だったと思う。
なんか今日の変じゃないか?
あと10枚ほど残っているが、ジェノは一旦手紙を置き喉を潤した。
なんで手紙読むだけで変な汗かかなきゃいけないんだっ!もう、さっさと読み終えよう!
そこには最近のカルシェンツのことが書かれていた。
珍しいな、いつもこっちのこと聞くだけで自分の事あまり書かないのに。
『仕事を片っ端から処理していたら、三日前に無くなってしまったんだ。私がやりすぎて他の者も手が空いている状態らしい・・・困った。これでは気を散らせるものが無いよね。そうだろう?私の世界は今空っぽになってしまっているのだから、埋めるものが無いと簡単に壊れてしまいそうだよ。以前に戻っただけ、そう考えればいいと初めの頃は思っていたんだが、前とは全然違うんだ・・・そう、ジェノ君がいない。もう出会わなかった頃には戻れない。君と私が築いた時間は、間違いなくこの世に存在した奇跡なのだから。瞳を閉じれば瞼の裏に浮かぶ君の甘美な声、悪戯っ子な表情、手触りの良い一級品の漆黒ヘアー。私を惹きつけてやまない小悪魔的な一挙手一投足は、想像しただけでつい身悶えてしまうよ。膨らみ続ける喪失感や空虚感は、以前とは比べ物にならない・・・苦しい、胸がっ苦しい たすけてくれないか?』
・・・?
助けてくれと言われてもな。
きれいな字で書かれ、カルシェンツらしい言い回しの文だが、違和感を感じる。この手紙は深く捉えずに、サラッと流し読みする程度がいい気がしてきた。
『魅力的な大親友がいないのは、最早大罪と言っていいのではないか。そもそも何故今ジェノ君は私の傍に居ないのだろう。手の届く場所に居たはずなのに声も聴けないんだ、おかしいよね?うんおかしい、おかしいはずだ。どうして私たちは離れているんだろう、どうして会いたいときに会えないんだろう、どうして私たちの間を引き裂こうとするんだろう・・・どうして』
最後の方は殴り書きしたかのような震えた文字になっていた。徐々にジェノの動機が激しくなる。
え・・・? 何、どうしたんだ!?
急に焦っているような言葉が次々に並んだかと思えば途端に静かになり『次会ったときに何して遊ぶ?動物園もいいよね』と楽しそうな様子の文体が広がる。
何度かそれを繰り返し、最後のページをめくると――
『会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい・・・』
うわあぁぁあ――っ!
無数にビッシリと書き込まれる文字、白い紙が黒々と浸食されている。
ジェノは思わず手紙から手を離した。
「やばい、何これ!?怖い、こわ過ぎるっ!」
「確かにこれはやばいよなー、前から思ってたけどカルシェンツ君ってヤンデレ属性だよねぇ。」
ひいぃっ!
真後ろからメロスが覗き込んできて、恐怖にすくんでいたジェノは情けない悲鳴を上げてしまった。
僕ホラー全般苦手なんだからやめてよっ!馬鹿メロス!
「友達でこれなら・・・恋人にはどうなってしまうんだろうねぇ?彼の将来が心配だよ」
やれやれ、と可哀想な目で僕を見るメロス。
なんで僕をそんな目でみるんだ? そんなの知らないよっ。
どうでもいいからこの手紙、なんとかしてくれ――!
二階の開け放たれた窓から降り注ぐ太陽光に目を眇め、紫外線を少し気にする。
焼けるのはいいけどシミはちょっと。でも風が気持ちいいからやっぱり島最高!
「今日のノルマ終わりました?」
白いワンピース姿のマリーテアがお茶を運んでくる。三つ編みを一つにまとめた茶色の髪が胸の前で静かに揺れて、上品で知的な女性を演出していた。
「終わった。ジャングル行っていい?」
「勉強はクリアしてるようですが、術の方はどうです?ここはかなりいい環境なのですが、何か起こりましたか?」
ジェノは うっ、と言葉に詰まる。そこは突かれたくない部分――
どんなに時間をかけても終わらない『課題』。こればかりは努力ではどうにも出来ないものだ。
「いや、その・・・やっぱ僕には、魔法の素質は無いと思う」
「どの魔力測定装置にも高い数値が表示されるのですから、無いはずはありませんわ。隠れて眠っているだけです。・・・誰しもすぐ開花なさるものでもありませんから、ゆっくりいきましょう」
ジャスミンの香りで一息つき、小さく頷いた。
「それと、旦那様が夜に何か企画しているみたいです」
また?三日に一回は何かしら計画を立て、祭りだとか武闘会だとか騒いでるよな。
今度はなんだろ?
「気分転換に散歩してくる」と言ってジェノは帽子を手に部屋を出た。
表へ飛び出して海辺の岩場辺りをぶらぶら歩くと、カモメの鳴き声や波音が心地よい。
魔法――
この世界に存在する不思議な力。
知らない人はいないが、実際にそれを目にしたことのある者はかなり少ない。
マリーテア曰く「ちょっとした魔力を持っている者は100人に一人いる。」らしい。
しかしそのちょっとした魔力とは・・・
マッチの火をおこす程度の火力だったり、霧吹きみたいな水を出せたり、団扇で仰いだぐらいの風をつくれたり。
ほぼ何も出来ないと言ってもいいレベルだ。
そういえばライヴィが静電気程度の電気をおこせると言っていた。
つまり彼は『100人に一人の魔法使い』なのだろう。
いたずらに使うしか役に立たないと愚痴っていたが。
ジェノが暮すヴェジニア国では子供が生まれ健康かどうか検査する時、同時に魔力検査も行われる。
基本装置は反応せず、たまに反応が出ても数値が低いことが通常だ。
だが、その少なさが希少価値を生み、魔力を持っているものは周囲から羨望の眼差しを向けられることとなる。
『生まれついての才能』 『特別な存在』 魔力を持つ者は持たざる者よりも格が上になるのだという。まあ、貴族や平民と言った「身分の差」の方がしっかりと区別されてるから「少しだけ優位に立ちやすい」というぐらいだけどね。
「途中で急に装置が反応することってないの?産まれた時無くてもさあ、人生は長いじゃん?」
「測った機会が壊れていて実はありましたーってのは聞いたことあるなぁ。あとは・・・臓器移植したら使えるようになったとかな。だから魔力を持った者の身体は高く売れるらしいぜ、坊ちゃん」
岩場で釣りをしていたカンバヤシは、わざとオドロオドロしい声音で話し、ジェノをおどかそうとする。
やめてよっ!僕無駄に数値だけ高いんだから、シャレになんない!
がははっ と豪快に笑うカンバヤシの肩をバシバシ叩いていたら、かかった魚に逃げられたらしい。
やーい 自業自得だ!
別の場所に行こうと立ち上がると呼び止められた。
「魔法ってのは無くても全く困らないモノだ。発動しなくても気にするな!ライヴィみたいにどーでもいい能力があったってしょうがないしなー」
ふむ、たしかに。
ジェノは頷き、カンバヤシに笑顔で別れを告げて今度はジャングルに向かう。ジャングルは一人じゃ危ないから、入り口付近だけを散策する。
僕より高い草花がいっぱいだから中で迷子になったらみつからないだろうなぁ。
想像し背筋が凍る。自然はこわいから気をつけなくちゃね!
『この子には高い魔力が秘められてるねぇ、楽しみだよ』
5年前、初めて測ったジェノの魔力数値をみて誰かが言った。
幼くてよくわからなかったが、笑顔の大人達を見て怒られないと悟り、ジェノも笑顔になった。
静かな暮らしがしたいから、とメロスが公表しなかったから周囲には知られていない事柄だ。
しかし何度測り直しても『ちょっと』とは言えない数値が出るのに何故何も起こらないのだろうか。
火でも水でも風でも雷でもなんだっていい、何か力を発動させたい!
強い魔力を持ってるのに魔法を使えないってどういうこと!?そんなの無いのと変わらないじゃん!
「よく解明されてない不思議で不安定なものだからしょうがない」って皆慰めてくれるけど、それが逆に申し訳なさを生む。
普段は考えないようにしているが、夜一人でいるとたまに考えて込んでしまう悩みの種なのだ。
実はこの『島』には精気が無数に流れているらしい。
「精霊が住んでいるから魔力が増幅する」と言っていたが本当だろうか?
「精霊が島を守ろうとして周囲の海域を荒し、誰も侵入出来ないようにしている!」
そう言って港の漁師さん達が慌てて島に向かうジェノ達を止めてきた事を思い出し、静かに波打つ真っ青な海を見つめた。
でも僕達はすんなり入れたし・・・ただの言い伝えだよな?
手近に生えてる草をむしり念を込めてみる。
燃えろ燃えろー もーえーろー 燃えろっ もっえっろ!もーえろぉー!
なんか虚しくなってきたなぁ、帰ろう。
お昼はスパイシーなカリーをみんなと一緒に食べた。
ちゃんとナンも付いた本格的なやつで、ジェノもお手伝いをしたのだ。ルーの味見をしたりお皿を並べたり、味見をしてスプーンを磨いてナンのつまみ食いをして、そしてまた味見をして。
うん、役に立てた気がする!
お腹はそんなに減っていなかったが美味しいのでペロリと食べられた。
ライヴィは普段ちゃらんぽらんなのに凄いなぁ、さすがコックさん!
食後、ゆったりとアイスティを味わっていると手紙を渡された。
ジェノ宛に三通。品のいい菫色の封筒と、質素な茶色い封筒と立てられるほど分厚い黒い封筒。
その全てが差出人の名が書かれていないってどうゆうこと?怖いんだが。
とりあえず安全そうな菫色を開封してみる。
桜色の三つ折りの紙には線の細い綺麗な字で、
『もう一度お話がしたいです。縁談などとは関係なく、仲良くしていただけないでしょうか?』と書かれていた。
この間無理を言った事への謝罪と、今後の交流のお願い。
・・・レミアーヌちゃん。すっかり忘れてた!!
え、なんで今?あれから随分経ってるよな。
約三か月間何も音沙汰が無かった相手からの予想外の接触に、ジェノは少し混乱する。
どうしよう。まぁ後でメロスに相談するか。
さて次は――
本当は一番避けたい手紙に手を伸ばした。嫌だがどうしても気になってしまうので、先に処理してしまうことにする。
躊躇する手をなんとか動かし、黒い封筒の封を切った。
『カルシェンツ・ゼールディグシュ』
うん、わかってた。
毎日来るし封筒に金文字で『至極の親友へ送る』って書いてあったもん。
よくわからない演出好きだよなー・・・どれどれ?
5cmほどの束を取り出すと、最初の数枚にはポエムや歌が綴られていた。
『ジェノ君をイメージして作ってみた!』の文に吹き出しそうになる。
やめろ恥ずかしいっ!サビの『ジェノとカルはDestiny』の連呼とか酷過ぎだろ!何だ『ジェノと書いて親友と読む』って!バカじゃないのか!
一旦深呼吸し紙を捲っていくと、こちらの様子を窺う文が続く。
島はどうかとか不便はないかなど、はじめの方はよかったのだが・・・
『朝食は何回噛んで食べ終えたんだい?私の予想は3756回だよ、当たってるかい?』
『昨日は上手く寝返りをうてたかな?よく眠れてたらいいのだけど』
『髪の手入れを怠ってはいけないよ。ああっ、私がそこに居ればジェノ君のさらさらな黒髪を紫外線から守ってあげられるのに!』
『ジェノ君の今日のコーディネートを教えてくれ。まず靴下の色から』
『昨日・・・何回私の事考えてくれた?思い出してくれた?想ってくれた?100回?200回?私はね・・・ずっとだよ・・・・・・ずぅっと』
面倒臭ぇーなんだ噛んだ回数って、そんなのどうでもいいわっ!てか細か過ぎんだろ、数えてねーよ!
今日は半袖短パンのサンダルだから靴下は履いてないっ!髪はトリートメントで自分で守るわ。
そして最後のやつはとにかく怖いっ!怖過ぎるわ、どうした!?
その次に『私の今の心境を絵にしてみました』の文と八つ折りの画用紙が出てくる。
あんまり見たくない。
散々唸ったあげく意を決して広げると、水彩画で描かかれたもの凄くリアルで上手い絵が目に飛び込んできた。
うん、うまい。たしかに上手いが・・・
トンネルの中にいる人物が光の見える出口へ向かおうとし、歪んだ空間や体を掴む影の様なものに阻まれている絵。
そこまで絵に詳しくないジェノはカルシェンツの心境をうまく読み取れないが、暗めの色と歪んだ風景からみて――
「情緒不安定」かな? 少し怖い絵だ。
僕ホラー系はダメなんだよなぁ。
毎日届く手紙には先程の様に細かい質問は書かれていたが、ここまで枚数が多いのは初めてだし、もう少し普通だったと思う。
なんか今日の変じゃないか?
あと10枚ほど残っているが、ジェノは一旦手紙を置き喉を潤した。
なんで手紙読むだけで変な汗かかなきゃいけないんだっ!もう、さっさと読み終えよう!
そこには最近のカルシェンツのことが書かれていた。
珍しいな、いつもこっちのこと聞くだけで自分の事あまり書かないのに。
『仕事を片っ端から処理していたら、三日前に無くなってしまったんだ。私がやりすぎて他の者も手が空いている状態らしい・・・困った。これでは気を散らせるものが無いよね。そうだろう?私の世界は今空っぽになってしまっているのだから、埋めるものが無いと簡単に壊れてしまいそうだよ。以前に戻っただけ、そう考えればいいと初めの頃は思っていたんだが、前とは全然違うんだ・・・そう、ジェノ君がいない。もう出会わなかった頃には戻れない。君と私が築いた時間は、間違いなくこの世に存在した奇跡なのだから。瞳を閉じれば瞼の裏に浮かぶ君の甘美な声、悪戯っ子な表情、手触りの良い一級品の漆黒ヘアー。私を惹きつけてやまない小悪魔的な一挙手一投足は、想像しただけでつい身悶えてしまうよ。膨らみ続ける喪失感や空虚感は、以前とは比べ物にならない・・・苦しい、胸がっ苦しい たすけてくれないか?』
・・・?
助けてくれと言われてもな。
きれいな字で書かれ、カルシェンツらしい言い回しの文だが、違和感を感じる。この手紙は深く捉えずに、サラッと流し読みする程度がいい気がしてきた。
『魅力的な大親友がいないのは、最早大罪と言っていいのではないか。そもそも何故今ジェノ君は私の傍に居ないのだろう。手の届く場所に居たはずなのに声も聴けないんだ、おかしいよね?うんおかしい、おかしいはずだ。どうして私たちは離れているんだろう、どうして会いたいときに会えないんだろう、どうして私たちの間を引き裂こうとするんだろう・・・どうして』
最後の方は殴り書きしたかのような震えた文字になっていた。徐々にジェノの動機が激しくなる。
え・・・? 何、どうしたんだ!?
急に焦っているような言葉が次々に並んだかと思えば途端に静かになり『次会ったときに何して遊ぶ?動物園もいいよね』と楽しそうな様子の文体が広がる。
何度かそれを繰り返し、最後のページをめくると――
『会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい・・・』
うわあぁぁあ――っ!
無数にビッシリと書き込まれる文字、白い紙が黒々と浸食されている。
ジェノは思わず手紙から手を離した。
「やばい、何これ!?怖い、こわ過ぎるっ!」
「確かにこれはやばいよなー、前から思ってたけどカルシェンツ君ってヤンデレ属性だよねぇ。」
ひいぃっ!
真後ろからメロスが覗き込んできて、恐怖にすくんでいたジェノは情けない悲鳴を上げてしまった。
僕ホラー全般苦手なんだからやめてよっ!馬鹿メロス!
「友達でこれなら・・・恋人にはどうなってしまうんだろうねぇ?彼の将来が心配だよ」
やれやれ、と可哀想な目で僕を見るメロス。
なんで僕をそんな目でみるんだ? そんなの知らないよっ。
どうでもいいからこの手紙、なんとかしてくれ――!
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