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殿下、デレは本人に伝えないと意味がないって言ったでしょう?

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「殿下は、諦めきれるんですか?」
「私は……」
 答えきれず俯いたままままのジェイドに、ランツは「しょうがないなぁ」というような視線を送る。
 本心をフローラに見せることが出来れば容易に解決する問題なのだが、出来ないからこんなに拗れてしまっている。
(まあ、性格の問題とか色々あるからなぁ)
 ジェイドは幼い頃から基本的に何でもそつなくこなすことが出来ていた。だからこそ、周囲から「手助けしなくても大丈夫だろう」と思われてたし、本人もそれで問題なかった。そう過ごしていたから、ジェイドは誰かに頼るとか本心を見せることに抵抗があるのかもしれない。
 兄の王太子やランツには、弱味を見せてくれるが、それは幼い頃から一緒に過ごし気心が知れているからだろう。
(フローラ嬢は女性だし、ジェイドにとっては初恋だから、どう接したら良いのか分からないってのも、分かるんだけどな)
 フローラに対して、他の女性たちのように愛想笑いで対応したくないという気持ちと、女性に弱味というか本心をどこまで見せて良いの分からないという気持ちの狭間で、ジェイドは身動き取れなくなってしまったのだろう。
(それにしても、このままじゃお互いスレ違いで不幸になるだけだし)
 事実、フローラは悲しんでいる。
 見守ってきたランツとしては、二人とも幸せになって貰いたいが、一体どうしたものか。
 そうランツが思っていると、視界にフローラの姿を捉えた。
「あ……殿下、フローラ嬢が踊っていますよ」
 いつもフローラは、ジェイドとのダンスの後は誰とも踊らずに過ごしていたため、意外に思ったが、どうやらダンスの相手は隣国の王子のようだ。他国とはいえ王子からダンスに誘われれば、断るわけにはいかない。
 それに、フローラも笑顔で踊っている。
 楽しそうだ。

「……っ」
 フローラと隣国の王子が楽しそうに踊る様子を見たジェイドが息を呑む。
「殿下?」
 衝動的にジェイドはフローラの元に向かう。ランツが声をかけたが、聞こえていないようだった。

 ジェイドが二人の近くにたどり着く頃に、タイミングよく曲が終わった。
「楽しい時間をありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
 フローラと隣国の王子が微笑みながら挨拶を交わしている。
「おや、ジェイド殿下。婚約者殿が壁の華になっていたので、ダンスに誘わせて頂きました。このような美しく可憐な婚約者がいて、羨ましいです」
「ありがとうございます」
 ジェイドに気が付いた隣国の王子が、ジェイドが言えないでいる言葉を、易々と口にする。内心もやもやした気持ちになりながら、ジェイドもにこやかな態度で対応した。
「フローラ、少し庭に出て風に当たらないか?」
 少し居心地の悪そうな様子のフローラの手を取り、ジェイドは隣国の王子とフローラを離すように引っ張った。その様子に隣国の王子は面白そうに笑って「では、私はまだダンスを楽しむとします」と爽やかに去っていった。


 夜の庭園は静かで落ち着いた空気が流れていたが、ジェイドとフローラの間にはぎこちない雰囲気が漂っていた。
「……ジェイド様、怒ってらっしゃるのですか?」
 ジェイドの無言に対して、フローラが躊躇いがちに声をかける。
「フローラは、ああいうタイプの男が好きなのか?」
 隣国の王子は、爽やかで、行動力のある男だ。顔つきも精悍で、笑顔がよく似合う。ウジウジと考え込んで行動に移せない自分とは正反対だと、ジェイドは胸がキリキリと痛んだ。
「え?」
「楽しそうに笑い合っていたじゃないか」
 フローラを責めたい訳じゃない。フローラがジェイドに笑顔を見せないのは、自分の態度のせいだと分かっている。なのに、口に出した言葉はいつもに増して棘を含んでいた。
「……だって……ジェイド様だって、他の女性と笑いあっていたじゃないですか」
「フローラ?」
 ジェイドの冷たい態度や言葉に、いつもは気まずそうな、悲しそうな笑顔で返していたフローラが言い返す。
「私にはあんな優しい笑顔を見せてくれたことはありません……お父様からジェイド様が私との婚約を望んでくれたとお聞きしましたが、何かの間違いなのでしょう?」
 フローラの頬を涙が伝う。
「ジェイド様は、私のことがお嫌いですよね?」
「フローラ、違う」
 フローラが流す涙を見て、何か弁解せねばとジェイドは焦る。
「でも、私と一緒に居ても、いつも固い表情ですし、楽しそうじゃありません。他の女性と居るときの方が表情が柔らかいですもの……私が嫌いでしたら、無理せず婚約を解消してくださ──っ」
 『婚約を解消』という言葉に、ジェイドは考えるよりも早く、フローラを抱き締めていた。
「ダメだ、婚約解消なんてしない!」
「しかし、私との婚約に政略的なメリットは少ないはずです。他にもジェイド様に見合ったご令嬢が沢山いるではないですか」
 突然抱き締められ、戸惑いで目を瞬かせながらフローラはジェイドに問う。
 伯爵家とジェイドの婚約は世間的に反対する声はなく受け入れられているが、重要視されているわけではないのだ。
「違う……政略的なメリットなんてどうでもいい。フローラが好きなんだ。フローラじゃなきゃ、ダメだ」
「……え?」
 予想外の言葉に、フローラはジェイドと目を合わせようと顔をあげる。が、それを阻むようにジェイドがフローラの後頭部に手を添えて胸に押し付けたため、視界が遮られた。
「ジェイド様?」
「フローラが、その……可愛過ぎて直視できないから、このままで聞いてくれ」
「はい……?」
 可愛すぎて直視できない? ジェイドの口から出るとは思えない言葉に、聞き違いかなと思いながらも、フローラは小さく頷いた。
「私がフローラを望んで婚約したのは本当の話だ。間違いじゃない。一目惚れだったんだ。何度か話すうちに君の優しさや、芯の強さを知って、更に惹かれた。他のなんとも思っていない女性になら愛想笑いや言葉が出てくるのに、君にはどう接したら良いのか分からなくなって……いつもあんな態度になってしまうんだ。本当は、いつも妖精のように可愛いと思っているし、優しさに感謝している。君を誰にも渡したくない。心の中は独占欲で溢れてるんだ」
「え、っと……ジェイド様は私が嫌いじゃ、ないのですか?」
 ジェイドの力が少し緩んだので、フローラが顔を上げ尋ねる。
 嫌われていると思っていた相手からの思わぬ告白に、フローラは戸惑いながらも頬が色づいていった。

 至近距離で見詰める形になったが、ジェイドは目を逸らさなかった。
「嫌いじゃない。好きだ。愛してる」
「……っ」
 ジェイドの言葉を聞いて、フローラの瞳からポロポロと涙が零れ落ち頬を濡らす。
「な、何故泣く!私はまた駄目なことを言ったのか?」
「違います……嬉しくて」
 慌てふためくジェイドに、フローラがふわりと微笑みかけた。
「フローラは、その……私のことをどう思っているんだ?」
 おずおずとジェイドが尋ねる。
「私は……私もジェイド様をお慕いしております」
 フローラが腕を伸ばしジェイドを抱き締める。
 ジェイドもギュッとフローラを抱き締め返すと、心から安堵した声で「良かった」と呟いた。

 フローラを悲しませ「婚約解消」という言葉まで出させてしまったことに反省したジェイドは、これからは心の中やランツに呟くだけではなく、本人に伝える努力をしようと、切実に心に誓ったのだった。



「だから、ツンデレのデレは本人に伝えないと意味がないって言っただろ?良かったな~」
 パーティーの後、部屋を訪れたランツにニヤニヤしながら言われ、ジェイドは手元にあった本を投げつけたのだった(照れ隠し)。
    
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