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Stage1_B

モリビトノシゴト_コウ_1

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 みながいた部屋に戻るまで、改は何度も急な吐き気に襲われた。自分では『耐性がある』と思っていたし、周りからもそう言ってもらったのに。実際は、そんなことはなかった。正確に言えば耐性自体はある、が、それはあくまでも【現実世界以外】での話だった。漫画もゲームも映画も小説も、すべて実体験した世界ではない。もちろんノンフィクションや史実に基づいたストーリーもあるが、【改の目の前で起こったこと】ではない。今回改に最もダメージを与えたのは、【ニオイ】だった。Bちゃんの香水のニオイに、流れ出た血液とその他体液。そして鬼の汗や体臭にミノタウロスの迷宮のニオイ。……今まで知らないニオイが重なり、自分が今までモニタ越しに見ていた映像と目の前のBちゃんの惨状が重なって、吐き気として改を襲った。

 更に自分が嘔吐した際の記憶が何度も頭の中で流れては、虚構ではないことを嫌でも脳みそへ知らせてくる。その結果、繰り返す吐き気として現れていた。吐き出そうにももう何も出えてこず、ただただ胃と喉が痙攣するだけである。それだけでも改の体力と精神力は大きく削られており、実験棟を抜け出してエレベータに乗って丙たちが実況する部屋に戻るころには、冷や汗でシャツはびしょ濡れになり、髪の毛は張り付いていた。ダメ押しと言わんばかりに唇は青くなり、顔面蒼白状態になっている。

「――どうだったかい?」

 ミノタウロスの迷宮を出てから、ここまでなにも言葉を発することがないまま歩いてきた嘉壱が、ようやく改に声をかける。

「……う、す、すみません……。……っ、う、えぇぇ……」

 何か喋ろうと嘉壱のほうを見るも、あの一瞬で二人に染みついたニオイが改の鼻を刺激して、また吐き気に襲われていた。

「いや、良いんだよ。それが正常……とまではいかないかもしれないが、よくある反応だからね。あそこまで文句のひとつも言わずついてきて、泣き言を言わないままここまで帰ってきたことは、賞賛に値すると言っても良い。……大丈夫。耐性はあるよ。改君の吐き気は、慣れが解決してくれる。……麻痺、とも言うかもしれないけどね」

 一切気にすることなく喋る嘉壱は、さすがといったところだろうか。いや、ここで働いていれば当たり前なのだろう。このニオイを引き連れてきても、オエオエと吐き出そうとする改を見ても、丙もりんごももがなも、特に反応を示していない。

「俺たちがあっちに行っている間に、進展があったみたいだね。良かった、面白い場面を見逃さずに済んだみたいだよ」

 ここまできたら、改の中にあるのは【最後まで見届けることは義務である】という気持ちだった。あの状況をこの目で見たのに、この先のことから目を逸らすことはできない。確かにデスゲームに参加した人間はいて、参加の理由やその人の人間性はともかくとして、観客に身体を張って――もちろんそのつもりはなかったとは思っているが、娯楽を提供してくれたのだ。それは巡り巡って弊社Angeliesの資金になり我々社員の給与にもなる。最大限の経緯は払うべきで、それは最後までゲームを見守ることであると、改は感じていた。

「……もう一度、イヤホンを貸してください」

 弱弱しい声で話す改に、嘉壱はりんごから始めに手渡されたイヤホンを手渡した。

「顔が青い……白い? けど、大丈夫かい?」
「……仕事、なので」
「たいした心構えだと思うよ。それじゃあ、クライマックスに向けて三人を見守ろう」

 イヤホンをはめ、改はモニタへと目を向けた。同時に、嘉壱もモニタのほうへと向く。

 そこにあったのは、血まみれの鬼と対峙する、子の二人の姿だった。

「……会ったんだ……」

 思わず改はそう呟く。この部屋と実験棟を往復している間に、もう残り時間は5分を切っていた。鬼も子も両方焦っているはずだ。残り時間が無くなってしまえば、どちらも死んでしまう。お互いに、自分が死ぬのは避けたいだろう。そうでなければ、このゲームは魅力的でなくなってしまう。

「――出会って数分経ちましたが、まだお互いに仕掛けていかないぞ!?」
「……時間、少ないのに」
「様子を見ているんでしょうか~? それとも、お互い攻撃するにできないんでしょうか~」
「様子見するには少し時間が足りないと思うけどね? だが、鬼は既に子を二人殺しているし、子は残りの二人が揃っている。出方は確かに窺っているだろうね」
「早く、殺りあってほしいのに」
「うふふ、リンリンちゃん焦らずに~。ギリギリのほうが、面白い時もありますよ~?」
「……ペシェ、こういう時イジワル」
「あらら~? そんなことありませんよ~?」

 呑気な会話に聞こえるが、目の前では命のかかっているやり取りだ。『もし自分が鬼と子どちらかの立場にいたとして、こんな会話が外野からされていると知ったら』と、考えなくても良いことを改は思わず考える。そしてそのもしもに対して苛立ちと恐怖を覚えながら、手のひらをグッと握っていた。手に汗握るとは間違いなくこのことで、ジットリと湿った手は気持ちが悪いものだった。
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