身に覚えはありませんか?

三嶋トウカ

文字の大きさ
23 / 25
秋:第4便~第6便

第19話:【第4便】大人気串焼き五種_4

しおりを挟む

 皿の上に湯気がゆらめいていた。脂の照りが光をまとい、まるでそこだけが温かい世界になっているようだった。

「さて、どれから食べようかな」

 小さな晩餐の始まりだ。
 グラスのレモンサワーを手に取り、ひと口すすって喉を潤す。炭酸の泡が舌の上で弾けて、脂の香りと混じり合う。迎え入れる準備は万端だ。

 一番手は皮串。
 串を持ち上げてよく見ると、表面がほんのり冷めて、脂がうっすら白く戻っていた。

「もう一回温めてもいいけど……」

 別にいいか、と、そのまま口に運ぶ。
 歯が当たる瞬間、ぷち、と弾けた。焼けた皮の膜の下から、熱の名残を持つ脂が滲み出る。塩がそれをまとめて、舌の上で淡い甘みを作る。

「うん、完璧」

 噛むたび、パリ、ぷに、パリ、ぷに、と小気味よい音が口の中に響く。
 そこにレモンサワーを合わせると、脂の余韻が一瞬で消えて、代わりに柑橘の酸が鼻に抜けた。

「お店より美味しいかも」

 素直にそう思えた。

 次は皮の皮。箸で持つと、軽い。見た目どおり、重さがない。

「……これ、やっぱり紙みたい」

 冗談のように呟いて、味噌の香りを確かめる。焦げた味噌の甘さが鼻をくすぐる。
 ひと口。ぱりっ。音が部屋に響いた。
 驚くほど薄いのに、噛むと一瞬で甘辛い味が広がる。口の中の水分を少し奪う感じが、むしろ心地よい。
 レモンサワーを飲むと、味噌の焦げがふっと溶けて、残るのは、僅かな苦みと甘み。

「これ、好きかも」

 頬が緩む。

 三番目は肉串。
 見た目からして、今夜の主役。箸を入れると、タレの膜が軽く張りつく。

「ちょっと照りすぎ?」

 くんくんと匂いを嗅ぎながら口へ。
 噛んだ瞬間、甘辛い醤油の香りが一気に広がる。焦げの苦みと、脂の甘みが交互に押し寄せる。噛むごとに肉がほぐれて、中の旨味が舌をくすぐる。

「うわ、これは……」

 目を閉じた。思わず唸ってしまうほどの濃さ。熱はもうないのに、味だけは生きている。まるでまだ中身が脈打っているような温度だ。

「すごいな、これ」

 溜息まじりの笑みがこぼれる。

 ひと息ついて、キッチンの窓の外を見る。夜風が少し吹いて、換気のために開けた窓のカーテンが僅かに揺れた。風に乗って、焼き網の残り香が流れてくる。
 炭、塩、脂、煙。
 その全部が、自分の部屋の匂いに変わっていく。

「……ハツ、いこっか」

 次に手を伸ばす。串の先を持ち上げた瞬間、表面がふるふると揺れた。

「柔らかそう」

 噛んだ瞬間、弾力とともに小さな温かさが広がる。表面は軽く焦げていて、内側はまだ湿っている。歯が入るたびに、ぎゅっと押し返すような抵抗があるが、その後はすっと受け入れてくれる。

「おお、これ、噛みごたえある」

 舌の奥で脂が広がる。ほんのり甘くて、少しだけ鉄っぽい。
 鼻の奥に、懐かしい記憶が浮かぶ。並んで焼き鳥を食べた夜。笑い声、グラスの音。

「……匂いは……覚えてるんだけどな」

 首を傾げる。はっきりとは思い出せない。でもその記憶の中にも、こういう匂いは確かにあった。

 最後はレバー串にした。

「トリはこれだね」

 箸を伸ばす。レバーの艶はまだ失われていない。指先にうっすら照明が反射する。
 一口。
 ふわ、と溶ける。外は軽く焦げていて、中はねっとり、まるで生チョコみたいな食感に思えた。

「ん……濃い」

 口の中が一瞬で満たされる。甘みと苦み、鉄の香り。それが全部一度に広がって、舌の上でとろけていく。

「すごい……全然臭みがないじゃん」

 レモンサワーを飲むと、酸味がまるでブランデーのように広がった。
 夜が濃くなる。時計の針が静かに八時半を指す。

「おかわり、焼こうかな」

 そう呟いて、立ち上がる。残りの串をグリルに並べ、三巡目を始めた。
 パチ、パチ、パチ。
 煙が立ちのぼり、再びキッチンがお祭りの夜のような匂いに包まれる。
 皿の上の焼き目が、さっきより濃い。

 二本目のハツを食べながら、ふと思う。

「これ、ほんとに当選品でいいのかな」

 冗談めかして言ったつもりだが、どこか胸の奥で何かがざわつく。
 急に、噛むたびに感じる跳ね返りが、やけに強くなった気がした。……まるで、食べられることを拒んでいるみたい。

「火、ちょっと強かったかも」

 そう言ってなかったことにする。

 テーブルの端にレモンのくし切り。それを指でぎゅっと絞る。酸が空気を割って、脂の香りを変える。
 皮串にひと絞り、肉串にもうひと絞り。すべてが少し明るくなったように見えた。

「完璧」

 小さく呟いて、グラスを持つ。氷がカランと鳴る音が、遠くの記憶を揺らす。
 彼の声が、一瞬だけ浮かんだ。
『――ほら、脂の色を見るんだよ』

 その声がいつのものだったか思い出せないまま、私は最後の一口を飲み込んだ。

 晩餐の終わった部屋は静かだった。換気扇を止めると、煙の名残がゆっくりと漂い、カーテンの向こうへ消えていった。
 皿の上には、食べ終えた串が十五本。残りはもう半分も残っていない。

「一応明日も食べられるね」

 笑って、グラスの氷を指先で転がす。
 私は満足気に椅子にもたれ「今日も当たりだったなぁ」と呟いた。

 その声が消えるころ、換気扇の奥で、ひと際はっきりした『とくん』という音が響いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

紅葉-くれは-

菊池まりな
ホラー
山間の小さな町で行われる秋祭り。 提灯の灯りが揺れる夜、少女・くれはは謎めいた声に導かれるように姿を消した。 必死に探す母・春香は、その瞬間に悟る。 ──これは二十年前にも起きた「忌まわしい出来事」と同じ始まりだ。 町に伝わる古い言い伝え。 “赤い森に呼ばれた者は戻らない” だが、外から赴任してきた刑事・祐真は、その話をただの迷信と切り捨てる。 少女の失踪を追ううちに、彼は次第に目を逸らせぬ現実に直面していく。 森に蠢くもの。木々に浮かぶ人の顔。 血のように濡れた葉が降りしきる中で、人々はひとり、またひとりと消えていく──。 過去と現在が交錯し、町の秘密が暴かれるとき、 くれはの名を呼ぶ声の正体が明らかになる。

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

処理中です...