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【第一部】第四章:人間領の一手
第60話:対岸のひと_2
しおりを挟む「のう、昔話の時間なのじゃ」
イェレナが尻尾で拍を取り、周りはその音に歩調を合わせ始める。
「家のルールをおさらいしておくのじゃ。ここはもう人間領じゃからのう。さて。『帰りの灯りを誰が点ける?』」
「点けられる人が点ける」
ミトスが迷うことなく答える。
「正解なのじゃ。次『言いすぎた時は?』」
「飴。柔らかく、かつ、こちらの主張はしっかりと」
ミリアが即答し、子ども用の『燃えない火』飴をひと粒口に入れる。
「辛いことを言いすぎないための甘さ。これはもう実証済みよ」
「ならば次じゃ。『怒りを置く場所は?』」
「利き手の反対側でございます」
涼しい顔で応えるクルシュ。
「よいよい。ならば『剣の切っ先は?』」
「方向だけだね」
ソリンが言う。
「うむ。これならば、皆大丈夫そうじゃのう。間違いはなし、不安もなし!」
拍に合わせて『家のルール』が口から出てくる。それを聞いた皆の足取りが揃う。歩く調子が、帰る調子になる。
緩やかな坂の途中、荷車ががくんと跳ねた。突然の大きな振動に、箱の蓋がぱかと半分開く。
「危ない!」
ミトスが手を伸ばして押さえ――中から、昨晩入れていないはずの小袋がころり。
ラベルに『非常用・辛味は最大』とある。
「ミリア⁉」
「違うわよ、アタシはそんなラベルは付けてない……って、その文字の書き方、ガァトじゃないかしら?」
全員の視線が、一瞬でガァトへと向けられる。彼は耳を赤くして俯いた。
「『緊張に効く』と……思って……」
「効きすぎると外交が燃えるの! 一番高い辛さは……友好とはきっと程遠いから、触即発なんじゃないかしら……」
「わ、悪かった」
とりあえず、一旦の保管場所に、と、思いがけない危険物は箱が吸った。中でからからと音がしている。一生懸命表に出さないよう、ぎゅっと蓋を閉じている姿は愛おしく見えた。
「見てみぃ! 箱が賢いのじゃ! 連れてきて正解だったのじゃ!」
「はいはい、今のところね。すごいすごい」
目をキラキラさせながら早口で話すイェレナに、思わずミトスは子どものようにいなした。
間違いなく、彼女の見た目だけは子どもだ。しかし、それは仮の姿であるし、ミトスよりもうんと長い時を過ごしているのはわかっている。だが、彼女を見ていると『妹がいたら、こんな感じなんだろうな』と、ないはずの記憶を辿れそうな気がした。
「のうのう、ちょこっとだけ、ほんのちょこっとだけで構わぬから、着いたら表に出してやってくれんかのう?」
「それは、今後の箱の動きと、ウィルの捉え方次第。こればっかりは、私にはどうしようもできないもの」
「むむむ……やはりダメか……」
耳と尻尾をしおらしく下げて、悲しそうな顔をするその姿を見ると、ミトスは思わず彼女を抱き締めたくなった。普段は飄々としてお姉さんをしているのに、この箱のことになると一気に年齢が下がっている。本人に自覚があるのかはわからないが、もう少し見てみたいと、うっかりそう思った。
昼過ぎ、日陰の少ない直線路で前方に行商隊がいた。彼らの荷台には紙束、封蝋具、インク箱――見覚えのある『善意の押しが詰まっていそうな』品々が載っている。
こちらに気付いた行商の男が帽子を上げた。
「おや、魔王領の方々。どうもこんにちは。今から、王都へ?」
「あぁ。直々にお招きいただきまして。今日は交流会でございます」
クルシュが笑顔で対応する。
「へぇ、交流会か。なら、なにかしら書いたりするんだろう? ウチの紙はどうだい? 水に強い最新仕様さ」
差し出された紙をそのまま受け取り、クルシュはさりげなく紙の端を指で撫で、匂いを嗅ぐ。
「川上の匂い。山冠はありませんね」
「じゃあ、山筋とは別のものだ。善く見せかけた押しとも違うね。これは問題ないよ」
ソリンが小さく言う。行商は善意で近い。だがその紙がたたえるものと、根本的なものが違っている。
ウィルも紙を確かめて、男の手に返した。
「どうもありがとう、しかし、紙は間に合っている。――いいか、道は気をつけろ。その紙の存在を奪うものが、そのうちやってくるかもしれない」
男は目を丸くし「へぇ」と肩をすくめて去っていった。
午後遅く、関所へと到着する。一先ずの長い道のりを乗り越え、一同はほっと一息ついた。
木柵と屋根の下、書記官が二人。槍を持った兵が四人。札を掲げ、クルシュが前に出る。
「魔王領より、王城交流会への途上でございます。荷物申告はこちらに。魔王ウィル様を筆頭に、婚約者のミトス様、それから護衛と、付添人合わせて数人でございます」
書記官は「あぁ」と短く頷いた後、目録に目を通し、しばらくして眉をひそめた。
「この『抱ける壁(小)』とは?」
「安全具でございます」
「では『吸って吐く箱』とは?」
「こちらも安全具でございます」
「……まだある。『辛味皿』とは?」
「もちろん、安全具でございます」
書記官はしばし沈黙し、最後に器の箱を顎で示す。
「『灯りの器』――これは?」
ミトスが一歩前に出た。
「帰り道であり、私の家、です」
書記官の筆先が止まった。
後ろでミリアが口元を押さえてクククと笑い、ソリンは何かを堪えながら微かに頷く。自分しかいない、と、クルシュが淡々と補足を始めた。
「病人の回復、幼子の不安、外交官の寝不足――家で対処するための道具でございます」
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