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5.番の魔術講師
3.ミアの違和感
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先に自室へ戻り、ソファに腰を下ろした。話をするための紅茶は、ルークが持ってきてくれる。今回の急な任務で何があったのか、聞いていいのか悩んでいたが、教えてくれるのかくれないのか、その判断はルークがするものだ。ルークが、ちょうど真横に転移してくる。
(とりあえず、言ってみるしかない)
「…何があったの」
「チャールズじゃないと教えていいのか分からない」
ミアにとっては、思ったとおりの答えだった。王家の特別任務を任されるルークには、妻であるミアにさえ言える任務と言えない任務がある。王都での資料整理は言える任務だが、今回の任務は言えないものだった。
「でも、言っても許されると思う。魔力暴走を起こしてミアを巻き込んだからね」
「え?」
そんな譲歩が来るとは思っていなかったから、ミアは自分で聞いたのに驚いてしまった。婚約期間も含め、基本的にずっと一緒にいたことで、ルークが仕事に誇りを持っていることも感じ取っていたから、チャールズを軽視するような発言はしないと思っていた。
「今から、師匠への報告を書くよ」
ルークが指で空中に枠を描くと、そのとおりの四角形が現れる。
『相手の攻撃魔術を受け、初めて魔力暴走が起きました』
「跳ね返したと思ったんだ。でも、攻撃が当たってて、僕に入り込んだらしい」
頷いて、先を促した。ルークには、まだ混乱した様子が残っている。どうして暴走したのか、ルークの知識でも解決できないのなら、ミアにも分からない。
『オレンジ色の炎は鎮圧、東方が何をしようとしているのかは掴めませんでした』
「今回、僕が特別任務を受ける理由になった予知が、これだ」
「炎?」
「そう」
(…………)
何か、嫌な予感がする。ずっと、ミアの心が落ち着かない。淑女教育中にはいろんな話を聞いたけど、ルークが任務で何か後に残るようなものなんて、エリザベスやその使用人たちからも聞いたことがないし、余計に何かが引っかかる。
「東方の魔術師のマントを着ていたし、すぐには倒さないつもりだったんだ。何のための炎なのか、確認したかった。でも、相手が攻撃してきて、跳ね返したら逃げられた」
「どうして、跳ね返したのに暴走したの?」
ルークの実家に帰ったときも、ルークは父親や兄たちからの攻撃魔術を跳ね返していた。ルークは平気だったし、オッドアイの魔術師なら、普通の魔術師には余裕で勝てる証明なのだと、理解していた。
「…分からない。何かが常識とは違うんだ」
予知の内容は、オッドアイ魔術師に伝えられることはあっても、その全員とは限らない。今回も知らされたのはルークだけだ。ルークがミアに話した意図を、考えるべきだ。
「炎は街に近かったの?」
「いや、見張りが感知できるほどの距離じゃなかった」
ミアは、言葉を続けるか迷った。今からミアが話す考えを、ルークが考えていないはずがない。普段と違って、難しい顔をして考え込むミアを、ルークが覗き込んでくる。
「ミア?」
「…罠だったり、しない?」
質問ばかりになってしまっているのも、ミアには自覚があった。それでも、ルークに聞きたい。
「他国、それこそ東にあるエスト王国とか、国王様の予知の力をどこかで知って、ルークをおびき寄せて姿を見たかったとか?」
「可能性がゼロの話じゃないね。オッドアイ魔術師はセントレ王国でも珍しいからこそ、王家管理だし。他国が興味を持ってもおかしくないよ。今回も東の森だったし、東方はずっと動きが怪しい」
不安が解消されることはなく、より大きくなるだけだった。質問に答えているだけのルークには、ミアの焦りが伝わっていない。
「ルーク、眼帯はしてたんだよね?」
「してたよ、でも魔術師のマントと仮面の下だから、いつもとは逆に着けてた。帰りに馬を借りるときに、騎士服で左に」
(それは……っ)
ルークが自分の目を指さしながら説明してくれる。ミアが何を言おうとしているのか、首を傾げているルークには掴めていないようだった。
「相手には、片目を隠したレッドの目のルークが見られてるんだよね」
「そうなる」
「じゃあ、この国に、チャールズ国王の下に、オッドアイがジョン先生以外にもうひとり居るの、バレたんだよね? 普通は、隠す必要なんてないじゃない?」
「っ……」
ルークの雰囲気が、やっと変わった。優しい空気の中で今回の特別任務について教えてくれていたルークが、王宮で仕事をする日のように、緊張感を漂わせている。ふたりで住むこの屋敷では、まず見ない顔つきだった。
☆
ルークの今までの任務は、特別任務でも全て騎士としての任務だった。レッドの左目を眼帯で隠して、何かあっても忘却魔術を隠れて掛け、どうにでもできた。左目を隠していたおかげで、ルークが魔術師であることは、明らかになっていなかったのだ。
今回は魔術師として初めての任務で、レッドの左目を見せていないと制服と合わない。グリーンの右目を隠しても、普通の魔術師なら片目を隠すことはない。結局、片目に何かあるのは相手に伝わってしまい、知識さえあれば、ルークがオッドアイである可能性は相手に導かれてしまう。
(最適解は、変装魔術で右目もレッドに見せることだった…)
ルークが攻撃魔術を跳ね返し、その目を見た時点で、相手が敵わないと判断したのかもしれない。ルークの正体にあの一瞬で気付いたとすれば、相当な手練れだろう。東方にルークの目の情報を持って帰られたと、最悪の事態を考えるべきだ。通信魔術を送ろうとして作っていた文面を、手を振って消した。
「…ミア、ありがとう。今から、王都へ飛ぶ」
「うん、一緒に連れてって」
この国で、魔力が一番強いのは、紛れもなくオッドアイのルークだ。次が番のミア、そして師匠であるジョンである。
番を持たないジョンは、生まれたときから魔力総量がほぼ変わらないと言っていたが、ルークとミアは増えるばかりだ。そのルークが暴走するほどだとすれば、セントレ王国の魔術師が東方の魔術師から攻撃魔術を受けてしまうと、暴走を起こし戦えなくなることは明白だ。魔力暴走は厄介で、中和しなければ、小康状態になってもまた興奮状態がやってくる。
ルークの魔力は、ミア以外の他人の魔力に反発して暴走したと考えるのが妥当だろう。ルーク単独の魔力総量で押し込められなかったあの魔力について説明できない以上、ルークがオッドアイだと知られた可能性があるのは、相当に不利な状況をおびき寄せてしまったと言える。
(ふう…)
頭を回しつつ、ミアと一緒にジョンの書斎へと転移した。ジョンは書斎にいて、授業の記録でもつけていたのだろうか、机に向かっていた。ジョンは、ちらりとルークを見たあと、手元の仕事を進めようとする。
「至急、お話したいことがあります」
ジョンが手を止めて、ルークと目を合わせた。その表情は、何かを悟っているようにも見えた。
「ルークが送ってきた通信には、ルーク以外の魔力が微かに載っていた。オッドアイ同士であれば干渉されないし、扱えたなら平気だろうが…」
「暴走して、交わって中和しました。それよりも重大なことが」
ミアと転移してきたことで、切羽詰まっているのは伝わっているはずだ。チャールズに行う前の軽い報告もまだしていないため、ジョンはルークに向き直ってくれる。
「オッドアイなら、片目を隠す意味もないですよね」
「どういう意味だ」
「さっき、ミアに言われて、だから慌てて転移してきたんですが」
ジョンにも、ミアから聞いたことを伝える。ルークが寝耳に水だったこともあり、ジョンの想定からも抜けていたらしい。目を見開き口元に手を当て戸惑う様子を、初めて見た。
「…そうか、オッドアイ魔術師としての特別任務は初だったな」
「完全に盲点でした」
「今回の件で、東方がセントレ王国を目的に動いてきたことは確かだ。時間を空けずに次の動きがあるだろう」
「そうですね」
ルークとジョンの顔を交互に確認していたミアは、まだ落ち着かないようだ。繋いだままの手を少し握り込むと、力が返ってくる。
「気を配るべきでした」
「いや、問題ない。王都には結界もある。ルークひとりに任務をさせている以上、ある程度のリスクは考慮の上だ。たとえオッドアイだからと言って、自ら晒す必要はない。ルークは予知を聞いて、指示どおりに任務を行っただけだ。それ以上もそれ以下もない」
チャールズなら、ルークの今回の任務が失敗だとは言わないだろう。だからこそ、ルークは気付けなかった自分に腹が立つ。これからエスト王国が動きを強めてくる。今回のような油断は、今まで以上に許されない。
「改めて、今回の報告を聞こうか」
ジョンに、ミアに話していたことを伝えた。チャールズには、ジョンが伝えてくれるらしく、今日のところは甘えることにした。明日にはまた、執務室で顔を合わせる。焦って動いてもいいことはない。状況を鑑みて、対策を立てるだけだ。
(とりあえず、言ってみるしかない)
「…何があったの」
「チャールズじゃないと教えていいのか分からない」
ミアにとっては、思ったとおりの答えだった。王家の特別任務を任されるルークには、妻であるミアにさえ言える任務と言えない任務がある。王都での資料整理は言える任務だが、今回の任務は言えないものだった。
「でも、言っても許されると思う。魔力暴走を起こしてミアを巻き込んだからね」
「え?」
そんな譲歩が来るとは思っていなかったから、ミアは自分で聞いたのに驚いてしまった。婚約期間も含め、基本的にずっと一緒にいたことで、ルークが仕事に誇りを持っていることも感じ取っていたから、チャールズを軽視するような発言はしないと思っていた。
「今から、師匠への報告を書くよ」
ルークが指で空中に枠を描くと、そのとおりの四角形が現れる。
『相手の攻撃魔術を受け、初めて魔力暴走が起きました』
「跳ね返したと思ったんだ。でも、攻撃が当たってて、僕に入り込んだらしい」
頷いて、先を促した。ルークには、まだ混乱した様子が残っている。どうして暴走したのか、ルークの知識でも解決できないのなら、ミアにも分からない。
『オレンジ色の炎は鎮圧、東方が何をしようとしているのかは掴めませんでした』
「今回、僕が特別任務を受ける理由になった予知が、これだ」
「炎?」
「そう」
(…………)
何か、嫌な予感がする。ずっと、ミアの心が落ち着かない。淑女教育中にはいろんな話を聞いたけど、ルークが任務で何か後に残るようなものなんて、エリザベスやその使用人たちからも聞いたことがないし、余計に何かが引っかかる。
「東方の魔術師のマントを着ていたし、すぐには倒さないつもりだったんだ。何のための炎なのか、確認したかった。でも、相手が攻撃してきて、跳ね返したら逃げられた」
「どうして、跳ね返したのに暴走したの?」
ルークの実家に帰ったときも、ルークは父親や兄たちからの攻撃魔術を跳ね返していた。ルークは平気だったし、オッドアイの魔術師なら、普通の魔術師には余裕で勝てる証明なのだと、理解していた。
「…分からない。何かが常識とは違うんだ」
予知の内容は、オッドアイ魔術師に伝えられることはあっても、その全員とは限らない。今回も知らされたのはルークだけだ。ルークがミアに話した意図を、考えるべきだ。
「炎は街に近かったの?」
「いや、見張りが感知できるほどの距離じゃなかった」
ミアは、言葉を続けるか迷った。今からミアが話す考えを、ルークが考えていないはずがない。普段と違って、難しい顔をして考え込むミアを、ルークが覗き込んでくる。
「ミア?」
「…罠だったり、しない?」
質問ばかりになってしまっているのも、ミアには自覚があった。それでも、ルークに聞きたい。
「他国、それこそ東にあるエスト王国とか、国王様の予知の力をどこかで知って、ルークをおびき寄せて姿を見たかったとか?」
「可能性がゼロの話じゃないね。オッドアイ魔術師はセントレ王国でも珍しいからこそ、王家管理だし。他国が興味を持ってもおかしくないよ。今回も東の森だったし、東方はずっと動きが怪しい」
不安が解消されることはなく、より大きくなるだけだった。質問に答えているだけのルークには、ミアの焦りが伝わっていない。
「ルーク、眼帯はしてたんだよね?」
「してたよ、でも魔術師のマントと仮面の下だから、いつもとは逆に着けてた。帰りに馬を借りるときに、騎士服で左に」
(それは……っ)
ルークが自分の目を指さしながら説明してくれる。ミアが何を言おうとしているのか、首を傾げているルークには掴めていないようだった。
「相手には、片目を隠したレッドの目のルークが見られてるんだよね」
「そうなる」
「じゃあ、この国に、チャールズ国王の下に、オッドアイがジョン先生以外にもうひとり居るの、バレたんだよね? 普通は、隠す必要なんてないじゃない?」
「っ……」
ルークの雰囲気が、やっと変わった。優しい空気の中で今回の特別任務について教えてくれていたルークが、王宮で仕事をする日のように、緊張感を漂わせている。ふたりで住むこの屋敷では、まず見ない顔つきだった。
☆
ルークの今までの任務は、特別任務でも全て騎士としての任務だった。レッドの左目を眼帯で隠して、何かあっても忘却魔術を隠れて掛け、どうにでもできた。左目を隠していたおかげで、ルークが魔術師であることは、明らかになっていなかったのだ。
今回は魔術師として初めての任務で、レッドの左目を見せていないと制服と合わない。グリーンの右目を隠しても、普通の魔術師なら片目を隠すことはない。結局、片目に何かあるのは相手に伝わってしまい、知識さえあれば、ルークがオッドアイである可能性は相手に導かれてしまう。
(最適解は、変装魔術で右目もレッドに見せることだった…)
ルークが攻撃魔術を跳ね返し、その目を見た時点で、相手が敵わないと判断したのかもしれない。ルークの正体にあの一瞬で気付いたとすれば、相当な手練れだろう。東方にルークの目の情報を持って帰られたと、最悪の事態を考えるべきだ。通信魔術を送ろうとして作っていた文面を、手を振って消した。
「…ミア、ありがとう。今から、王都へ飛ぶ」
「うん、一緒に連れてって」
この国で、魔力が一番強いのは、紛れもなくオッドアイのルークだ。次が番のミア、そして師匠であるジョンである。
番を持たないジョンは、生まれたときから魔力総量がほぼ変わらないと言っていたが、ルークとミアは増えるばかりだ。そのルークが暴走するほどだとすれば、セントレ王国の魔術師が東方の魔術師から攻撃魔術を受けてしまうと、暴走を起こし戦えなくなることは明白だ。魔力暴走は厄介で、中和しなければ、小康状態になってもまた興奮状態がやってくる。
ルークの魔力は、ミア以外の他人の魔力に反発して暴走したと考えるのが妥当だろう。ルーク単独の魔力総量で押し込められなかったあの魔力について説明できない以上、ルークがオッドアイだと知られた可能性があるのは、相当に不利な状況をおびき寄せてしまったと言える。
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「オッドアイなら、片目を隠す意味もないですよね」
「どういう意味だ」
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ジョンにも、ミアから聞いたことを伝える。ルークが寝耳に水だったこともあり、ジョンの想定からも抜けていたらしい。目を見開き口元に手を当て戸惑う様子を、初めて見た。
「…そうか、オッドアイ魔術師としての特別任務は初だったな」
「完全に盲点でした」
「今回の件で、東方がセントレ王国を目的に動いてきたことは確かだ。時間を空けずに次の動きがあるだろう」
「そうですね」
ルークとジョンの顔を交互に確認していたミアは、まだ落ち着かないようだ。繋いだままの手を少し握り込むと、力が返ってくる。
「気を配るべきでした」
「いや、問題ない。王都には結界もある。ルークひとりに任務をさせている以上、ある程度のリスクは考慮の上だ。たとえオッドアイだからと言って、自ら晒す必要はない。ルークは予知を聞いて、指示どおりに任務を行っただけだ。それ以上もそれ以下もない」
チャールズなら、ルークの今回の任務が失敗だとは言わないだろう。だからこそ、ルークは気付けなかった自分に腹が立つ。これからエスト王国が動きを強めてくる。今回のような油断は、今まで以上に許されない。
「改めて、今回の報告を聞こうか」
ジョンに、ミアに話していたことを伝えた。チャールズには、ジョンが伝えてくれるらしく、今日のところは甘えることにした。明日にはまた、執務室で顔を合わせる。焦って動いてもいいことはない。状況を鑑みて、対策を立てるだけだ。
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