90 / 103
後日譚:エピローグにかえて
9.式準備 3 ルークの不機嫌
しおりを挟む「『ドレスを選ぶのを手伝って』?」
「選び方が分からないんです」
エリザベスは、ルークの言葉を繰り返して、王妃らしくなく戸惑ったあと、ミアに向き直った。普通の公爵令嬢として育ったエリザベスには、ドレスが選べないという意味がよく分からなかったが、目の前にいる夫妻は、貴族社会でまともに暮らしていないと思い直す。
「…そうねえ。ミアの理想の結婚式だと、どんなものを着たいの? 想像は、何度もしたでしょう?」
エリザベスから見たミアは、書物の虫だ。あんなにも長時間、書物を読んでいられる集中力は凄まじい。きっと、小説も好きなミアのことだから、大まかにでも、想定しているドレスがあるはずだ。
ルークへの遠慮もあって、ミアはなかなか自分の希望を言わない。ミアが我儘を言ったところで、ルークはそれを叶える動きしかしないのに、それが分かっているからこそ、ミアは言い出さない。ルークが、ミア以外にそんな態度を取ることがあり得ないのを分かっていても、ミアは希望を口にできない。ここは、エリザベスが、引き出してやらなければ。
「…名称が分かりません」
「大丈夫。立って、動きながら説明してみて」
ミアはエリザベスに促されるまま、足先に向かって広がるような、身体を捻るとふわり舞うようなものを説明した。首や胸の辺りが少し透けるくらいの薄い布地で隠せるようなものがいいとも言う。
「なるほどね…、ちょっと」
「はい、エリザベス様」
(年齢の割に、落ち着いたデザインのような気もするけれど…)
近くにいた使用人を呼び、耳元で指示を出した。使用人の顔が明るくなったのを見て、エリザベスが頷いて促すと、数人を引きつれて執務室を出て行った。エリザベスの衣裳部屋に、ドレスを取りに行かせた。きっと、ミアの想像に近いものもあるはずだ。実際のドレスがあれば、イメージも湧きやすいだろう。
「ミアの希望は分かったけれど…、宝冠なども身に着けるし、人生で一番豪勢に着飾るのはこの日だけよ。もっと大胆でもいいと思うけれど。ルークはどう?」
ずっと黙って座っているだけのルークにも、意見を聞いてみようと、エリザベスは振ったのだが、すぐに後悔した。
「僕は、ミアが着たいものを着たらいいかと」
「ミアが着ているの、見たいと思うドレスは?」
「今まで興味がなかったもので、夜会もほぼ出ていませんし、女性の礼服姿はさっぱり分かりません」
「頼りにならないわね」
「……」
ルークが気分を害したのは、その表情と雰囲気からすぐに伝わってきた。怒っているルークを見た回数が、妻として一緒にいるミアでも多くないのも、その反応で分かる。
ルークは立ち上がって、少し怯えたようなミアを引き寄せると、肩に掛けていた羽織りを取った。隠されていたまだ色の濃いキスマークが目に入る。
(やっぱり、問題はミアよりもルークね…)
「あっ」
「これ、見えるの、着てくれるの?」
「えっ…、ルーク?」
ルークは屈んで、薄くなっていたその痕と、同じところを狙って口をつけた。じゅっと強めに吸って、痕に上付けしたのだ。
ミアの肌に刻まれた色を見るに、痛かったのではと思ったが、ルークの扱いはミアが一番慣れている。セントレ王国に帰ってきてからというもの、この嫉妬と独占欲にまみれた、王国一のオッドアイ魔術師の手綱を正確に握ることができるのは、ミアしかいない。
(立場上、あまり謝ることはしたくないけれど、あまりにミアが可哀想だわ)
「これでしばらく消えないよ。男除けに、普段着でも見えるところにもつけておこうか」
「ルーク?」
「ごめんなさい、私が悪かったわ」
チャールズもルークも、独占欲が強い。幼馴染でそれぞれしか素で話せる相手がいなかったのだし、当然かもしれない。目立つ立場に妻がいることを許せないけれど、他の貴族や民衆には素晴らしい妻だと誇って見せることもできる。その折り合いをつけようともがいていた時期が、チャールズにもあった。
きっと、冷静になったルークはあのキスマークについてミアに謝るだろうし、ミアはそんな謝罪を求めない。
「…エリザベス様」
「入って」
たくさんの色とりどりのドレスの掛かったキャスター付きのクローゼットを押して、使用人たちが戻ってきた。先ほど、持ってくるように言ったものだ。
「ミアは私より少し小柄でしょう? 私が昔着ていて今は着られなくなってしまったドレスを試着してもらおうかと思って。きっと、式のドレスが想像しやすくなるわ。気に入ったのがあれば、仕立て屋もいるしそのまま直して持って帰って。ルークにも、並びを見るためにチャールズのを持って来させるから」
「チャールズの礼服は着られないと思いますよ」
「全幅の信頼を置く仕立て屋がいるわ。確かに多少きついかもしれないけれど、ミアのためよ」
ミアの名を出せば、ルークは断らない。ルークはミアのためなら何でもすると、エリザベスには自信があった。
チャールズは国王として、多少の筋力を維持している。人前に出ることが多いぶん、その威厳を最大限に発揮するために、正装が映える体型作りをしているのだ。補正下着で補うこともできるし、魔術で誤魔化すこともできるのに、チャールズはそれをしない。
そんなチャールズに合わせ、王宮に移り住んだエリザベスも多少の運動をするようになった。出産後すぐの体型を見せたのがルークとミアだけだったのも、チャールズのこの意識の高さに則って判断したものだ。
ただ、ルークは魔術師でもあるが、騎士としての訓練も再開している。前線から退いてもその意識は高く、華奢ではあるがチャールズよりも筋力に自信があるのだろう。
使用人にいくつかチャールズの礼服を持って来させ、仕立て屋に軽い調整をしてもらったものの、やはりルークには小さく動きを制限するものだった。それでも、ドレスをまとったミアとの雰囲気を見るには十分で、ミアの目が輝いていた。
(ミアにとって、ルークは『王子様』だものね)
結局、エリザベスはミアを着せ替え人形にしてしまった。ミアがドレスを着替えるたびにルークの隣に立たせ、何度もその見栄えを確認した。
最終的にエリザベスが選んだデザインは、肩からデコルテの素肌が露わになっているもので、足先に向かって広がるドレスだ。ミアの細い体型が活かされ、とても優美に見える。装飾は多くないが、その簡素さがミアを引き立てるとルークを説得し、ミアにも了承してもらった。
せっかくだから、ミアが気に入ったエリザベスのドレスは譲ることにした。年齢を重ね子どもも生まれ、明るい色や露出の多いものは控えていく。仕立て屋の直しが済み次第、ルークとミアの屋敷に送る手筈を取った。
☆
「指輪もお作りになると聞いています。いかがいたしましょう」
「何か、決めていることはない?」
「ふたりの瞳の色の石を入れたいです。それ以外には、特に」
言い切ったルークに、ミアが何も言わず、ただ微笑んでくれた。指輪に関しては、ルークに明確な希望があった。ミアが身に着けるものには、ルークのグリーンの石、ルークが身に着けるものには、ミアのヘーゼルの石を埋め込んでもらいたかった。
「それであれば…」
指輪用の石の説明を受ける。宝石の意味や値段よりも、瞳の色に近いかどうかだけが判断基準だったため、ドレスよりも早く決まった。
初夜を迎えるだけの結婚式を前に、装飾具の店で適当に指輪を買い、魔術道具としてずっとミアに着けさせていたのはルークだ。ミアの指に光るのを見るたび、魔術で好きなデザインにして構わないと言っても、ミアは素朴なままの指輪を嵌めていた。
それが好みだと言われれば、それ以上何も言えなかったが、指輪ほど小さなもの、少しデザインに凝っていてもいいと思うようになった。ミアには、それに値する美しさがある。
「ねえ、ルーク」
「ん?」
「これ…」
ミアが指した先にある見本は、少し遊び心のある、柄の入った指輪だ。よく見てみると、葉や蔓を模様としているようだ。
「私の魔力は、葉っぱにもらったから」
「そうだね」
ミアが初めて魔術を使ったのは、葉に対してだった。ルークもそうだったし、魔術師は大概そうかもしれないが、あの景色を一緒に共有したのはルークと魔術を使ったミア、ふたりだけだ。指輪に関して、エリザベスに意見を問うことはなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~
紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。
そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。
大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。
しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。
フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。
しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。
「あのときからずっと……お慕いしています」
かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。
ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。
「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、
シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」
あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています
紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、
ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。
「もう君は、僕の管理下だよ」
退院と同時に退職手続きは完了。
住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。
外出制限、健康管理、過保護な独占欲。
甘くて危険な“保護生活”の中で、
私は少しずつ彼に心を奪われていく――。
元社畜OL×執着気味の溺愛社長
囲い込み同棲ラブストーリー。
幼馴染の勇者に「魔王を倒して帰ってきたら何でもしてあげる」と言った結果
景華
恋愛
平和な村で毎日を過ごす村娘ステラ。
ある日ステラの長年の想い人である幼馴染であるリードが勇者として選ばれ、聖女、女剣士、女魔術師と共に魔王討伐に向かうことになる。
「俺……ステラと離れたくない」
そんなリードに、ステラは思わずこう告げる。
「そうだ‼ リードが帰ってきたら、私がリードのお願い、一つだけなんでも叶えてあげる‼」
そんなとっさにステラから飛び出た約束を胸に、リードは村を旅立つ。
それから半年、毎日リードの無事を祈り続けるステラのもとに、リードの史上最速での魔王城攻略の知らせが届く。
勇者一行はこれからたくさんの祝勝パーティに参加した後、故郷に凱旋するというが、それと同時に、パーティメンバーである聖女と女剣士、そして女魔術師の話も耳にすることになる。
戦いの昂りを鎮める役割も担うという三人は、戦いの後全員が重婚の認められた勇者の嫁になるということを知ったステラは思いを諦めようとするが、突然現れたリードは彼女に『ステラの身体《約束のお願い》』を迫って来て──?
誰がどう見ても両片思いな二人がお願いをきっかけに結ばれるまで──。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる