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しおりを挟む「皐月くん!」
「はい、なんでしょう」
「もうお昼よ、ランチ決めてる?」
「あー、ちょっとこれやり切ってしまいたいんで、お先にどうぞ」
「……あら、そう」
(あからさまに、狙われてるな……)
オレの案件担当ではないし別フロアなのに、隙あらば話しかけてくる営業部の佐藤先輩が、目の前にいる。ばっちり決めたメイク、オフィスカジュアルにしてはスーツ寄りのシルエット、でも色は明るくて派手。可愛い系ではなく、カッコいい系の女性だ。似合っていないわけではないと思う。オレの、タイプではないだけだ。
他にもオレに話しかけようとしている女性社員が、若手も年上も含めて割といるのは、それとなく伝わってくる。視線が、オレの希望とは関係なく集まってくる。前の職場でも、学生時代でもそうだった。
今まで、彼女が途切れることがほとんどなかったのは事実だけど、今は楓羽がいる。
(付き合っては、ないけど……、あれ?)
今まで、来る者拒まずだったオレが、佐藤先輩に限らずあらゆる女性を避けている。そして、楓羽がいるから他の女性は要らないと考えている。
(…………え?)
◇
「おお、誰かと思えば皐月か!」
「お久しぶりです、先輩」
休憩室でひとり無糖のストレートティーを飲んでいると、谷先輩に声を掛けられた。オレを引き抜いた張本人で、大学時代から付き合いがある。足音からして楓羽ではないのは分かっていたけど、少し残念だった。
「なかなか様子を見には来れなかったが、どうだ?」
「忙しいですけど、楽しいですよ。海外案件多くて」
コーヒーを片手に、先輩がハイテーブルに肘をつく。
「おお、そうだろう、そうだろう。営業が客と仕様を決める英語のメールを読めても、口を出せるほど操れる設計者はいないからな。これからも欧州の案件は皐月に回るだろうよ」
「キャパの範囲なら」
「それはまあ、直属の上司に頼め」
「そうですね」
「オレは北米担当だが、気に掛けてはやるから」
「はい、ありがとうございます」
特別、面倒を見てもらわなくてもやっていけそうではある。担当地域が異なるし、先輩が関われることはこの先もあまりないだろう。その厚意は受け取るけど。
「オレも落ち着いて来たから、遊びに連れ出してやろうと思ったんだが?」
「あ、間に合ってます」
「は、お前もう……? こっのイケメン高身長が!」
「痛いです、先輩。冗談ですよ」
今のまま、楓羽と関係を続けられるなら、確かにそっちの遊びは間に合っている。
性的興味が薄かったオレに、サークルの飲み会と称してアダルトビデオをよく見せてきたのが、この谷先輩だ。可愛い顔と言われ、常に女子が群がるようなオレにも同じ男としてのノリで絡んできて、オレにとっては良い先輩だった。この先輩がいなければ、オレが前戯を頑張るやり方だって、学べなかったと思う。ひとりでフィクションに手を出すことは、なかっただろうから。
キャバクラとか風俗とか、女性と身体が触れるところへ連れ出すような文言は、谷先輩の癖みたいなものだ。飲みに行くだけならまだしも、この手の誘いには学生時代も乗ったことがない。谷先輩は一応誘って来るものの、オレが断ることも知っている。強要はしてこないし、絡むために言ってくるだけだ。
「彼女とは別れて来たんだろ?」
「はい」
「狙われるだろうな、お前は興味なさそうだが」
「それなりに考えてはいますよ、ずっと遊び歩いてる先輩とは違います」
「一言余計だ」
再度一発、オレを小突いた後、「また飲みに行こうや」と妙なイントネーションで言いながら、谷先輩は出て行った。先輩にはああ言ったものの、楓羽はオレをセフレとしか見ていない。それ以上を意識させるにはどうするべきか、休憩室に来るたびに考えていた。
(……そこまで?)
◇
休憩室へ向かう時間帯は、それなりに固定だ。社外に出ることのない日の午後、ランチを食べてから定時までの時間を考え、だいたい半分くらいのタイミングで席から離れる。休憩室へ向かうために歩くし、紅茶を飲んですっきりするのも目的だ。
厄介なことに、その時間を谷先輩に覚えられてしまった。オレの実力を見込んで誘ってくれたことには感謝しているが、プライベートはかなり遊んでいる人で、聞こえてくる噂の数々は褒められたものではない。あくまで、オレとの関わり方に尊敬があるだけだ。
「お前、事務の辰巳さんと仲良いんだって?」
「どこ情報ですか、それ」
「お前がランチ断り続けてる佐藤から」
「あー……」
「絶対に合わないタイプだよな。で、辰巳さんとは?」
「別に何もないですよ。同い年なんで、たまに話すだけです」
「いいよな、辰巳さん。大人しくて従順そうだし?」
「……」
(ふーちゃんを知ってるのか……、担当事務?)
何と返すのが正解なのか、すぐには出てこなかった。
楓羽と社内で話すのは、休憩室でたまたま会った時だけだ。週末の食事もホテルも予約して徒歩で向かう。移動している時に見られたのだろうか。たぶん楓羽は、地味で認識されず背景と同じだと言っていたのもあって、社内で何を聞いても流す気がする。
(ちょっと、離れたところにしてみようか)
食事は半個室で、帰り際になれば店員がタクシーを気に掛けてくれる店にしか行っていない。噂になるくらいなら、タクシーで横付けに移動する方が、都合がいい。楓羽との関係は、周りに口出しされたくなかった。
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