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10-1.(…………今、なんて?)
しおりを挟む日本へ入国し、空港からタクシーに乗った。すっかり夜中で、楓羽はもう寝ているだろう。そっと鍵を開け、とりあえずシャワーを浴びた。寝室のドアを開けて見えるベッドに、楓羽はいなかった。
(あれ……?)
オレと楓羽、それぞれに部屋があり、同棲するまでに使っていた家具を持ち込んでいるから、ベッドもそれぞれある。出国するまでの間、残業が多かったのもあって別々に寝られたし、家具を捨てずにいてよかった。ちなみに、リビングにソファベッドもあるから、四つの部屋全てにベッドがある、行為向きな家になってしまったのは偶然だ。
ひとりで寝室のベッドを使うには広いから、楓羽は自室で寝ているのだろう。そう思ってオレの部屋を開けると、そこに楓羽がいた。同棲前から使っていたセミダブルに、楓羽が寝ている。
(なんかちょっと、ぐっとくる……)
うつ伏せで枕に顔を当てている楓羽を起こさないよう、隣に潜った。
◇
「着くの夜中だって言ってたから、一泊してくるんだと思ってた。ぜんくん、節約志向じゃないし」
「帰ってくるよ、タクシー使えば帰れる距離だし」
二週間離れていたものの、時差もあって特別連絡もしなかった。会いたいとずっと思っていたのはオレで、楓羽は違ったのかもしれないとは過ぎるけど、楓羽がオレのベッドで寝ていたこの状況では、納得しづらかった。
「迷惑だった?」
「いや……」
「うん?」
「ぜんくん、ひとりで寝なかったんだと思って」
「添い寝好きだし、ここオレの部屋だし。ふーちゃんの部屋以外なら、どこでも入るよ、オレは」
楓羽はまだベッドの中だ。いつもは起こさずにそっと抜け出るが、昨夜、オレが遅かったのもあって、今朝は楓羽も目を開けていた。
出張前に調整しきれず、時差ボケを直す日を取れるほど、業務に余裕はない。飛行機でも寝たし、なんとかなると思いながらスーツに着替えた。それから、出社前にどうしても、楓羽に確認しておきたかったことを聞いた。
「ふーちゃん、なんで、ここで寝てたの」
「……寂しかったから」
「ん……」
素直に答えてくれたことに驚いて、すぐに言葉が出てこなかった。縁に腰掛け、まだぼんやりしている楓羽の頭を撫でて、額にキスを落とした。
「ごめんね。でもまだ、忙しいの続くよ」
「分かってる」
「落ち着いたら、いっぱいえっちしよ」
「うん」
「先に出るね。朝ご飯、置いとくから」
「ありがとう」
起きてすぐテキパキとルーティンをこなすオレとは違い、楓羽は朝が弱い。会話をしながら、ベッドの中で軽く足先を動かして、身体を起こしているところだろう。
オレがいなかったことを寂しいと表現した楓羽を、朝から愛おしく思い、出張先で感じていた恋しさはあっという間に満たされ、疲れも吹き飛んだ。
(あ……)
土産を渡しそびれたことに気づいたのは、家を出た後だった。
◇
ツーブロックの黒髪ショートに一通り驚かれ、社内にいなかった期間に溜まった欧州案件に追われ、やっと楓羽と紅茶を飲める時間ができた。同棲しているのに、朝も夜も、楓羽が起きている時間、オレに余裕はなかった。前職を思えば、この出張前後だけが忙しいと分かっていた分、気は楽だったけど。
楓羽は、オレの言った通りに、仕事以外はひとりで家に居て、男には会わなかったそうだ。本当か嘘かなんて確かめようがないけど、話してくれたことを信じたい。
「お土産、見る暇なくて」
「気にしなくていいよ、仕事で行ったんだし」
「だから、空港で見かけたもので、もしかしたら日本でも売ってるかもしれないんだけど。アメリカっぽくもないし」
「え?」
「ごめん、好みかは分かんない。でもふーちゃんっぽいなと思って」
渡したのは、チェック柄の小さな赤い缶だ。入っているのはチョコレートで、甘いものが好きな楓羽なら食べられると思った。楓羽が、紺色のチェック柄のポーチにメイク用品を入れているのを知っていて、通り過ぎただけの土産売り場で目についた。
「ありがとう。柄、好きだよ」
「ほんと? よかった」
拒絶されたら、しばらく立ち直れなかっただろう。オレからの贈り物を、楓羽は受け取ってくれた。
◇
午後の休憩室に行く余裕は、なんとか作り出す。いくら仕事が詰まっていても、ずっと集中し続けられるわけではない。休憩も、大事なコントロールのひとつだ。足音が聞こえて振り返ると、向かってきたのは谷先輩だった。
北米出張は谷先輩の代理だったから、「入社一年目には酷だったよな」と労われた後、本題が始まった。のらりくらり、さすがの先輩も気を遣ってくれて、佐藤先輩との飲み会の日程はなかなか決まらなかった。でも、ついに無理だったと言われてしまった。
「忘年会シーズンだからな……、皐月はここに来て初で、出席するべきだって聞かないんだよ」
「ああ……、分からなくはないです。普通の忘年会なら即答で出ます」
「だよな、お前そういうやつだよな」
「飲み会が大事だって、オレに教えたのは先輩じゃないですか」
「だから、同期会じゃなくなった。設計と営業、技術まで巻き込んで、合同忘年会だ。同じ案件担当してるやつ全員に声を掛けるらしい」
「随分、大きくなりましたね」
「断る人も多いだろうが、オレのためにも出てくれ」
「あー、そう来ますか」
谷先輩は確かに、プライベートは遊び人だけど、オレを無理に連れて行ったことはない。オレの意思を尊重してくれる先輩だ。だからこそ、たまに言われるこういう頼みが、重く聞こえる。
「佐藤とは上手くやっとかないと、オレの事務が回らない」
「辰巳さんが嫌だと言えば断りますよ」
オレを狙っているのを隠さない佐藤先輩とは、仕事ですら近づきたくない。楓羽が、気にしなさそうだから、余計に。周りに騒ぎ立てられて疲れるのは、オレだけだ。
「上司のひとりになるはずだから、どうだろうな……。さすがに昇進に関わるようなことはしないだろうが、辰巳さんの能力に嫉妬してる部分もあるぞ、あいつは」
それも、知っている。楓羽はスーパー営業事務だと、設計部で話題になるほど能力が高い。営業部で引く手あまたなのは、想像がつく。まだ、佐藤先輩が楓羽の直属の上司ではないのが、救いではある。
「この会社、いいところだと思ったんですけどね」
「今回の佐藤はちょっと酷いな。ハラスメントで通報もできるが」
一瞬、考えた。度を越えているのかどうか、女性に迫られ慣れているオレには、判断がつかない気もした。客観的に谷先輩から見ても、酷いと思うからこの選択を提案してくれているのだろうけど。
「……いや、とりあえずは様子見で。今後は分からないですが」
「変なことをするなとは言っておくが、どうも聞き入れない。オレの部下も来るだろうし、気を配るようには伝えとくから」
「ありがとうございます」
◇
出張後の忙しさを乗り越えたものの、クリスマスに大した予定は組めず、仕事に追われた。恋人が居るようになってからのクリスマスは、相手に合わせて過ごしてきたけど、楓羽とは予定を合わせることもなく、普通に出社して、何も変わらない平日だった。
明日から年末年始休暇で、一週間は楓羽と過ごせるというのに、オレの気分は晴れない。まだ、一大イベントが残っている。谷先輩から連絡をもらって指定された、ガヤガヤと客の多い居酒屋に、楓羽と一緒に入った。
「……うるさいね」
「まあ、いつも行ってるところが静かだから」
店員の案内で入った座敷は、何やら席順で揉めていた。頼れる谷先輩は座敷の奥にいて、来たばかりのオレたちからは遠かった。横に座ってくれようとはしたけど、佐藤先輩の一声で端に追いやられた。
(課長も主任も来てるのに、あの人の一存で決まるのか……)
集まった方々に挨拶をして、入口に近い下座に腰を下ろした。
初めの一杯は有無を言わさず生ビールだった。楓羽は苦手なはずだけど、社内用の顔で、大人しく飲み込んでいた。
佐藤先輩が、ずっとオレの真横に座っている。キツい香水の匂いが、酒の匂いと混じって漂ってくる。対面に楓羽がいても明らかに近寄って、オレにどんどん酒を勧めてくる。
(このペースは、キツいな……)
「減ってないね、皐月くん」
「適度に楽しみますので、お構いなく」
「そう、辰巳さんは? 飲むでしょ?」
「あ、はい」
(……タチが悪い)
オレが断れば、楓羽が飲まされる。楓羽は断らず顔色も変えず、淡々と飲んでいるように見える。オレと居る時にあまり飲まないのを知っている分、心配だった。
◇
楓羽を気にするも大した応対はできないまま、眠くなってふわふわして、その場で壁にもたれた後、しばらく夢の中にいた。目を開けた時、楓羽が目の前にいて驚いた拍子に、壁に頭を打った。
「痛って……」
「あ、起きた。おひらきだよ、立てる?」
「あ……? うん……、寝てた?」
「寝てた。ぜんくん、あんまり強くないもんね」
「言わないで」
「みんなもう出口向かったから、誰もいないよ。ぜんくん、辛いでしょ」
「付き合いだから。これがあるから、オレはここに来れたんだよ」
「可愛いぜんくんは、私の特権だと思ってた」
「うん……?」
(……今、なんて?)
「とりあえず、ゆっくり立って、コート着て。荷物はこれだけ?」
「うん、持つ」
「いいよ、タクシーも呼んでもらってるから」
「ん…………」
楓羽の言葉の意味を、回らない頭で考えようとしても無駄だった。
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