経験豊富な将軍は年下医官に絆される

垣崎 奏

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<1-1>新しい担当医官

 
 扉が叩かれ、入室を許可する。新しい医官がやってくるのは分かっていた。受け入れなければ、部下への示しもつかない。

 武官として名を上げ、隊長職を八年、将軍職に昇格してからも早五年が経つ。魔物討伐の任務以外で、こんな難題が降り掛かるとは思ってもいなかった。

 事前に届けられた資料には、特に目を通していない。まだ整理がつかず、見ても内容が頭に入らないと思ったのだ。

「エンリル様の担当医官として配属されました、シャマシュと申します」

 両手を胸の前で合わせ、頭を下げてくる。礼儀は身についているようだが、短く切り揃えられた黒髪やその華奢な容姿は、幼くはないもののかなり若く見える。

「失礼だが、君はいくつだろうか」
「二十でございます、エンリル様」

 シャマシュはまだ、礼を取ったままだ。二十であれば医官としても未熟で、野営経験もさほどないのだろう。

 資料に記載のある年齢を、あえて聞いた。読んでいないことを明らかにしても、怒る気配がない。緊張もあるのだろうが、若い割に感情の制御が上手い。姿勢を戻させ、二重の大きな黒い瞳を凝視する。

「君を『嫌だ』と言っているわけではない。知っていると思うが、私は担当医官を亡くしている。まだ二十の君が、三十八の担当医官になれば、寿命的に君を遺して逝く可能性が高い。
 私が居なくなっても、君に残る人生は長い。相手がいることに慣れると、独りが辛くなる。若い君に全てを分かれとは言わないが、私の担当になるには覚悟が要る。それを含め、適正を見られただろう」

 平の医官から出世し担当医官となる者も、平の武官で出世する上官と同じく、軍部の施設で計画的に生まれ育てられる。
 男親は軍部の上官まで出世した武官か担当医官で、王族のように血を残すことも任務のうちだ。相手となる女親も軍部の施設で文官をしているが、子には伝えられない。父親は、子を認知しない。母親も、育児には参加しない。

 軍部で生まれた子は、同じ模様の入った服を着せられ、親の顔を知らず孤児として育つ。甘えられる環境などなく、男児はひたすら訓練を重ね、武官や医官として認められれば任務として魔物討伐に出る。女児も文官となり、軍部のために働く。

 平から昇格した武官には、担当医官が対として宛てがわれる。上官と呼ばれるようになり、隊長、将軍、大将と階級がある。
 上官は降格もなく、間口も狭い。なれる人材が少ないために、できる限り安全に討伐を終えられるようにと、担当医官が付き細々と世話をしてもらうのだ。

 上官と担当医官のふたりで対が確定すると、ふたりだけの世界に浸ってしまう。その蜜月を知ってしまうと、離れがたくなる。

 エンリルの場合、担当医官と年齢が離れていたわけでもなく、他の対と同じように愛し合っていた。しかし、担当医官は病に倒れ、一月前にあっという間にこの世を去ってしまった。
 病自体は人に移るものではなかったものの、万一を避けるため、エンリルは看取ることができなかった。最後の希望を聞くこともなく、エンリルだけが残されてしまった。

 基本的には、魔物討伐での怪我やその後遺症などで上官が先に亡くなると、担当医官は自ら調合した薬を使って後を追うことができるが、上官が担当医官を追うことは許されない。野営に出ないことは選べても、戦力を減らすことはできないのだ。

 エンリルはひとりでしばらく喪に服し、現役を引退して軍部の施設で武官の訓練を受け持とうかと今後を考えていたところ、新しい担当医官が宛てがわれたのを知った。
 対は自らでは選べない。必ず他人が選び、関係を作るかどうかは対面した後に当人たちで決める。エンリルよりも上位の大将が宛がってきたはずで、選択はひとつしかない。

「……僕の話を、聞いていただけますか」
「ああ、聞こう」

 担当医官らしく、シャマシュは上官であるエンリルに許可を求めた。年下の意見を聞かずに否定するなど、上官にあるまじき行為だ。

「僕は、ハッティ様の弟子です。師匠からの遺言で、こちらに参りました」
「っ、それは……」

 ハッティは、エンリルの担当医官だった男だ。その遺言を聞き入れ、シャマシュがやってきた事実が、エンリルの肩にずんと重く乗った。

「エンリル様に、まずお伝えするよう言われたことがあります」
「……聞こう」

 シャマシュが一度、小さく深呼吸をしたのが分かる。

「……僕は、軍部の生まれではありません」
「っ、本当か」
「はい、お伝えした方がよいと、エンリル様なら若年者の話も聞いてくださると、師匠にうかがいました」

 上官となる武官や担当医官になる医官は、軍部の施設で生まれ、施設から出ることなく育つ。施設で生まれていない者が担当医官になるなど、シャマシュが初の事例ではないか。少なくとも、エンリルは聞いたことがなかった。

「何故、軍部に?」
「十の時に貴族の両親を亡くし、それからお世話になりました。所作など異なる部分も多く施設では浮いていて、医官となってからも連携が上手く取れませんでした」
「辛かっただろう、よくここまで来た」

 軍部にいるとあまり気にすることはないが、数年前より王家は増えすぎた貴族を減らし、国庫を軍部へ還元しようとしている。そのため、後継を明確に決めていない家も多いと聞く。シャマシュはその流れを受け、後継とは認められなかったのだろう。

 シャマシュが両親からの愛情を受け育っていたのだとすれば、軍部の施設はその黒い瞳に冷たく映ったはずだ。基本的に、全てのことをひとりでこなすよう要求される。
 そして、出自と所作が異なり馴染むのに時間が掛かった結果、医官棟の秩序を乱す存在として、まだ医官歴が浅いのに武官棟へ追い出されたのだろう。

「……そのお言葉には値しません。医官としての腕は師匠に認めていただいておりますが、まだまだ訓練に励む必要があります」

 シャマシュに、初めて戸惑いを見た。年齢の割に落ち着いてはいるが、やはり褒められることのない生活を送っていたのだ。

「正式に担当医官になると聞いたのはいつだ?」
「二日前です」

 二日前であれば、まだ個人の調剤室はもらっていないはずだ。より、シャマシュが武官棟に追いやられたのが明確になる。

「身体も出来上がってなさそうだな?」
「申し訳ありません。担当医官としての訓練はこれからなので、受け入れにはまだ時間がかかると思います」

 シャマシュは、どのみち医官棟に居場所がない。自らの居室である調剤室はこれからもらうのだろうが、一度崩れた表情を見るに、シャマシュが望む場所ではないのは明らかだ。

 その言葉を信じるなら、病床のハッティが、エンリルに遺したのがシャマシュらしい。シャマシュにとっても、おそらく唯一の師匠を失ったことに変わりはない。

 このまま、ハッティを知るエンリルの執務室にいる方が気が楽なのではないか。それに、担当医官という役職は医官の唯一の昇進の証で、普通の医官なら喜ぶところだ。
 目の前で少し悲しげなシャマシュを、敵の多い医官棟へ追い返すわけにはいかなかった。

「無理をさせるつもりはない。対として選ばれた以上、少し味見をしても?」
「かしこまりました、エンリル様」
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