Remember

浅木

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「ここの観覧車ってね、てっぺんでキスしたカップルは永遠に結ばれるって言い伝えがあるんだよ!」
「だからここにきたいってごねてたのか。そんなものにあやからなくても、俺は永遠に綾香のことが好きだぞ」
「も、もぅ……恥ずかしいじゃん」

 すぐ後ろに並ぶカップルの会話が耳に付く。
 全身に砂糖水を塗りたくられたような不快感に、思わずため息が漏れた。

 永遠なんて不確かな言葉を信じるなんてバカにもほどがある。
 別れなんていつか必ず訪れて、それまでの思い出と共に記憶の奥底にしまわれるだけだ。
 そんな現実から目を背けて幸福な今だけを見ていたい。
 そう望む者だけが、永遠を信じたいと願うんだろう。

 この行列にはそんなやつらが腐るほどいるらしい。
 それも無理ないか。今日は12月23日。クリスマスイブの前日。
 世間ではイブイブだとか呼ばれて盛り上がることも多く、ただでさえ混みそうなところだが、それに加えて開園二十周年記念のパレードまで用意されている。いくらなんでも条件が悪すぎる。

 普段はそこまで混んでないが、二つの要素が重なったことで、今日の混み具合は異常ともいえるレベルだった。
 平日なのにカップルだけじゃなく、家族連れや友達づれも多い。

 特に人気なのは観覧車で、一時間以上待ってようやく次の回で乗れそうなところまできた。
 行列の横には、最後尾の待ち時間を書いた看板を持つスタッフがいて、『現在2時間15分待ち』と書かれている。
 これから、夜景目当てで乗りたいやつが更に増えるだろうから、俺の待ち時間はまだマシな方だったのか。混むのを見越してかなり早めから並んで正解だったな。それでも、予定よりは大幅に遅れてるんだが。

 前に並ぶ女三人組のグループが「キャーッ」とはしゃいで声をあげる。真後ろではカップルがいちゃついて、どこからともなく男の笑い声や子どもの泣き声が聞こえる。
 それが何よりも苦痛だった。待たされることももちろん苦痛だが、周囲の騒がしさが尋常じゃなくて、これまでの行列だって何度帰ろうと思ったことか。

 その時に帰っていればよかった。そうしたら、ここまで待ったのにもったいないなんて思わず帰れただろうに。

 ……いや、どれだけ嫌だろうと苦痛だろうと、俺は帰れないだろうな。わざわざ大学をサボってまでここに来てるんだから、その時点でわかりきったことだ。 

 ため息をついて数メートル先まで迫った観覧車を見上げる。
 でかい。全国で10番目に大きい観覧車だと謡っているだけある。10って半端な数字だが、ホームページにもでかでかと書いてあるくらいだから、ここの売りなんだろう。

 開園時は明るかった空も暗くなって、時の流れを感じさせられる。
 どこからともなくポップコーンの香ばしいにおいが漂ってきて、腹が鳴った。

 そういえば、朝食べたきり何も食べてなかったな。

 今思い出したところで、当然列は抜けられない。観覧車に乗れる直前まできてるっていうのに、もう一度最後尾から並び直しになったら流石に心が折れる。
 行列に並ぶ他のやつらはあらかじめそれを見越していたらしく、園内で販売されている暖かいものを食べてるやつが多い。中にはソフトクリームを食べてるやつもいて、見てるだけで寒くなってきた。

 こんな寒い中、ソフトクリームを食べたがるバカはあいつだけじゃないのか。

 懐かしい気分になって胸の奥が小さく痛む。
 ここにきたら感傷的になるのはわかっていたことだが、そんな自分が妙に女々しく感じてそんな感情を振り払う。

 少し離れた広場の方からトランペットのファンファーレが鳴り響き、盛大な音楽が聞こえてくる。

 もうそんな時間か……?

 時刻を確認するため、ジャンパーのポケットからスマホを取り出す。その拍子に硬い何かがポケットから転がり落ちて、すぐさま視線を下に移した。
 コンクリートの上で一度はねたそれを拾い上げて埃を払う。赤くつやつやした表面に傷はついてなさそうだ。

「はぁ……」

 こうして落とすくらいなら、ストラップとしてつけたほうがいいのはわかってる。ただ、キャラクターのように顔がついてるわけでもないただのイチゴを身につけたいとは思えなかった。
 数年経った今でも、あいつの趣味がわからない。ほんとに変なやつだった。

 ストラップをポケットにしまって時刻を確認する。
 現在進行形で流れる壮大な音楽でなんとなく予想はついていたが、パレードの開始時刻は過ぎてしまったようだ。

 当初のプランとしては、パレードが始まる前に観覧車に乗って、それからゆっくり見ようと思ってたんだけどな。もうプランもクソもない。
 最初のアトラクションの時点で後ろ倒しになってたんだから、間に合わなくて当然だ。
 時間的にパレードが見られないことはないだろうが、少しだけ落ち込む自分がいた。 

 最初からパレードが見れたってなにもかわらないのに、何を落ち込む必要がある? 何かを期待してたのか?
 くだらない。本当にくだらない。そんな考えなんて今すぐ捨てるべきだ。 

 起点となる黄色のゴンドラが帰ってきて、近くにいたスタッフがゴンドラの扉を開ける。中から親子連れがでてきて、隣の出口用通路から出ていった。それと入れ替わるように前の列が動き出す。
 数分もしないうちに俺の番が来て、スタッフに誘導されるまま赤色のゴンドラに乗り込んだ。

 扉が閉められると同時に外界の音が遮断され、観覧車の駆動音とパレードの音楽が小さく聞こえるだけになる。ようやく喧騒から離れられて、大きな溜め息をついた。

 以前来たときも同じ色のゴンドラだった。中の作りも記憶にあるものと変わらず、光源は観覧車のライトアップだけ。何もかもあの時と同じだ。
 唯一変わったことは……。

 正面の座席に目を向ける。そこには誰もいなかった。
 当たり前だ。俺は誰かと来たんじゃない。
 

 当たり前の事実を再確認するだけで、胸の奥が締め付けられる。最近は、あいつのことを思い出す機会が減って、ちゃんと前に進めてるんだなと感じていたが、どうやら勘違いだったらしい。ただ、思い出さないようにしてただけなんだろうな。

 そりゃそうか。あんな経験、忘れたくても忘れられるもんじゃないよな。

 溜め息をついて、誰もいない空間から夜景に目を移す。

 ……ここの景色って、こんなに褪せたものだったか?

 眼前に広がる景色は彩度を落とした写真のようで、記憶にあるものとまるで違う。昔見た時はもっと綺麗で輝いていたはずなのに。

 どこから見るかってことより、誰と見るかが大事ってことかよ。

 乾いた笑いが零れてため息をつく。
 今さら理解したってもう遅い。あいつはここにいないんだ。

「はぁ……」

 何度目かの溜め息をついて上を見上げる。

 あの時好きだなんて言わなきゃ、おまえはまだここにいてくれたのかな。
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