Remember

浅木

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#3

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「ん……?」
 
 腕に何かが当たった衝撃で意識が浮上する。
 
「肘ぶつかっちゃった。ごめんね」
 
 隣からこそこそと声をかけられて、ようやくここが車内だったと思い出す。
 
 いつの間にか寝てたみたいだな……。
 
 ぼんやりとした思考の中で、前方の電光掲示板を確認する。

 四ツ葉商店街前か。
 ……四ツ葉商店街前!?
 
 寝ぼけていた頭が一気に覚醒して窓の外に目を向ける。そこには見慣れた景色が広がり、「ドアが閉まります」と車内アナウンスが流れる最中だった。
 
「降ります!」
 
 咄嗟に声をあげ、開いたドアから足早にバスを降りる。
 背後から「待って!」と呼び止める声が聞こえた時には、バスの扉は閉じていた。
 
 少しずつ遠のいていくバスの後ろ姿を眺めながら、最後に聞こえた言葉の意味を思案する。 
 あの声は隣にいた男のものだった。焦っているように聞こえたが、一体なんだったんだ?
 忘れ物をしたのかと鞄の中を確認するも、それらしいものは発見できなかった。そうなると、また別の要件だったのか? 
 バスの姿が見えなくなった今では理由を尋ねることもできず、気にかかったまま帰宅するしかなさそうだ。
 
 鞄を肩にかけて、信号が青に変わるのを待つ。いつもより鞄が重く感じるのは、それだけ疲れている証拠だろう。
 周囲は車どころか歩いている人すら見当たらない。
 こんな状況で信号を守る必要なんてあるのか? 
 信号が変わるまで律儀に待つのが馬鹿らしくなり、左右を確認してから信号を渡る。
 
 自宅までは徒歩15分。地味に遠く感じる距離だ。
 車内で座っていた分多少は体力が回復したものの、余力は通常の10分の1だ。
 やっぱり、コンビニに寄って帰るか。
 
 ちょうど目の前にあったコンビニの中に入ると、心地よい冷気と無人のレジに出迎えられた。
 一瞬、ついにセルフレジを取り入れたのかとも思ったが、当然そんなこともなく。ただ店員がいない普通のレジだった。
 
 このあたりのコンビニはセルフレジ化が進んでいる中、ここは元来の方式を採用し続けている。
 俺としては、店員とやり取りしなければならないのが面倒だから、早くセルフレジを取り入れてくれないかと考えているんだが、そう簡単にはいかないようだ。
 
 奥のドリンクコーナーから水を選んでレジへ向かう。
 喉が渇いている状態であまり大きな声は出したくないが、呼び鈴なんてものは存在しないから仕方ない。
 
「すみません」
 
 カウンターの奥に向かって声をかける。しかし、聞こえるのはスピーカーから流れるオリジナルソングだけだった。
 聞こえないだけかともう二、三度声を張り上げてみたが、やはり返答がない。
 営業中に誰もいないなんてことはありえないが、店員が出てこないことには買い物もできない。
 
「なんなんだよ、全く……」
 
 もうすぐで水にありつける、と若干期待していた心が意味のない悪態を吐かせる。
 
 今日はこんなことばかりだ。俺が何をしたっていうんだよ。そこそこまっとうに生きてるだろ。
 
 ぐちぐちと腹の底から湧き出てくる愚痴を胸の内に押しとどめ、水を元の場所に戻してコンビニを後にする。
 
 確か、帰路の途中に自販機があったはずだからそこで買いたいが……今日の運の悪さを考えると、全て売り切れになっているんじゃないかと嫌な想像が頭をよぎる。
 それならもうどうでもいい。こうなったら、帰るまで水分にありつけない前提で考えておこう。その方が下手に期待しなくて済む。
 
 そんなことをぼんやりと考えながら、薄暗い夜道をだらだらと歩く。
 普段どおりの道のりも、時間帯が変われば雰囲気が大きく変わる。文化祭の準備期間中だってここまで暗くなかったけどな――。
 
 ふと足を止めて周囲を見渡す。
 何も変わらないいつも通りの帰り道。ただ、一つだけ普段とは異なる点があった。ここまで誰ともすれ違わなかったことだ。
 こんな時間に出歩くことはあまりないから断言はできないが、八時前なんてもっと人通りがあるものじゃないか?
 
 生ぬるい風が吹き抜け、黒い葉を揺らす。葉の擦れ合う音が妙にはっきりと聞こえるような気がして、少し足早に歩きだした。
 もう少しで商店街が見えてくるはずだ。さすがにそこなら人通りもあるだろう。
 
 やがて、アーチ状の大きな看板が見えてきた。電飾で飾られた看板にはでかでかと四ツ葉商店街と書かれ、その傍らにはマスコットキャラクターの猫が手招きをしている。
 街灯がわりの赤いぼんぼりが光を放ち、すぐ横の焼き鳥店から特徴的なタレの香りが漂っている。まるで普段どおりだ。ある一点を除いては。

「……」

 にぎやかな看板や店内から漏れる光に反して、道行く人は誰もいなかった。客はもちろん、呼び込みをかける店員も、各所から聞こえる酔っ払いの騒ぎ声まで皆無だ。
 昼間は商店街、夜は飲み屋街としての一面を見せるこの場所に誰もいないなんてありえない。街並みが似ている別のどこかへ迷い込んだような気分だ。

 ……いや、そんな非現実的なことが起こるわけないだろ。たまたま全員が店の中に入ってるだけだって。なんなら確認してみるか?
 
 鼓動が早まり、警鐘を鳴らし始めた身体を落ち着かせようと理性的に否定してみる。しかし、店の中に入って確認する気には到底なれなかった。
 俺以外の人間が消えたかのような状況。コンビニでの出来事だけなら偶然で済ませられるが、商店街でも同様のことが起こったとわかってしまったら、そんな言葉にすがることもできなくなってしまう。

 ぼんやりと眼前の光景を眺める。
 前後にゆらめくぼんぼりの赤い光がこっちにこいと妖しく誘い込んでいるようで、即座に踵を返して商店街から離れた。

 自分でもよくわからないが、あのまま眺め続けていたら何か悪いことが起きるような気がしてならなかった。
 
 商店街の前を通りすぎて左折する。その直後、道端の茂みから真っ黒なアゲハ蝶が飛び出してきて、危うく正面衝突しそうになった。

「蝶……?」

 ふわりふわりと踊るように羽ばたく様は神秘的で、思わずその姿を目で追いかける。
 アゲハ蝶は俺が歩いてきた方向にむかって飛んでいき、俺もつられるまま後ろを振り返った。

 ん……?

 遠くの方から、誰かが手を振りながらこちらに向かって走って来ているのが目に入った。
 ここには俺の他に誰もいないから、その人物は俺に用があるらしい。
 バスを降りてから初めての人間。数秒前まで感じていた気味の悪さが、俺の単なる妄想だったとわかって全身から力が抜ける。

 そりゃそうだよな。そんな非現実的なこと起こるはずがない。熱中症になりかけて頭が変になってただけなんだ。

 安堵を覚えながら、俺からもその人物に近寄っていく。

「こ、これ……」

 膝に片手をつきながら息も絶え絶えと言った様子でハンカチを差し出してきたのは、数分前まで隣に座っていた男だった。
 あの時呼び止められたのはコレを落としていたかららしい。制服のポケットに入れていたから全く気が付かなかった。
 この様子だと、一つ先の停留所からずっと走ってきたのかもしれない。

 あんなそっけない態度をとったやつ相手にここまでするか? 普通。

 こいつの考えていることがよくわからないものの、流石に礼を言わなきゃまずいだろうと感謝の言葉を述べる。
 そいつは、一度顔を上げて口を開こうとしたが言葉が出てこないのか、諦めて首を縦に振った。

 落ち着くまで話しかけない方がよさそうだな。 

 呼吸がだいぶ落ち着いてきたところを見計らって、この辺りに用があるのか尋ねてみる。

「用? たぶん何もないと思うよ」

 なんでお前のことなのによくわかってないんだよ……。

 煮え切らない返答に喉元まで出かかった言葉を何とか飲み込む。

 なんとなく予想はついていたが、俺にハンカチを届けるためわざわざバスを降りてきたってことだよな。ほんとに、なんでそこまでするんだよ。

 呆れと罪悪感とが混ざり合った感情をどうにかしたくて息を吐きだす。当の本人は、そんな俺の様子を見てきょとんとしていた。

 あのバスは彼我野方面行きだからそっちの方に用があったんだろうが、行先がわからないと電車賃も払えない。

「どこに行くつもりだったんだ?」
「え、どうして?」
「目的地じゃないところに降りたんだろ? しかも、さっきのバスは最終だ。これからどこに行くのか知らないが、電車で行くしかないだろ」

 俺の意図がよくわかっていないようで、その男は少しの間首をかしげていたが「あっ」と言葉を漏らす。

「もしかして、バス代のこと気にしてる? そんなこと気にしなくても大丈夫だよ」
「よく知らない奴に借りを作りたくないだけだから、そっちこそ気にしなくていい」

 胸中に芽生えた罪悪感を晴らしたい。そんな自己中心的な考えで俺は提案しているわけだが、男は気にかけてくれていると勘違いしているようで「ほんとに大丈夫だよ」と全く聞き入れようとしない。
 用について尋ねた時はあんなにふわっとしてたくせに、どうして今はこんなに頑固なんだよ。

 払う、払わないの問答を数回繰り返し、これ以上は不毛だとあきらめかけた時「それじゃあ……」 と男が笑顔を見せた。

「一緒にごはん食べようよ。俺、お腹空いちゃって」
「は?」
「きみもお腹空いてるみたいだし、一緒に食べよ、ね?」

 曇りのないキラキラした笑顔でよくわからない理屈を述べ、俺の意見も聞かずに歩き出す。

 なんなんだよこいつ、人のこと気遣ってるのかと思いきや人の話を聞かないし、ほんとによくわからない奴だな。ほんとに同じ人間か? まるで別の生き物みたいなんだが。

「どこに行くつもりだ?」
「あそこのお店」

 そいつが指した先には煉瓦造りの建物に、黒い傘のブラケットライトが付いた小さな店があった。目につくような位置に看板もなければ店名の表記もなく、扉の脇に置かれたチョークボードがなければ喫茶店だと気づかないかもしれない。
 実際に、俺は何度もこの道を通っているが、ここに喫茶店があるなんて初めて気がついたくらいだ。

「チョークボードに美味しそうなフルーツサンドが描いてあるでしょ? あれを見てたらお腹空いてきちゃって」

 へへっと笑う男をみて小さくため息をつく。
 途中から、なんとなく視線が変な方向を向いている気がしていたが、まさか本当に気が逸れていたなんて。
 真面目に言い合いをしていたのは自分だけだとわかり、どっと疲労感が押し寄せてくる。
 まぁいいか。俺もちょうど喉が渇いていたし、ついでに何か食べて帰るか。
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