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第1話 艷山家
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母が死んだ。過労らしい。
親戚は来ず、お葬式も何もささやかに、しめやかに行われた。そもそもお金が無く、大きなことはできなかったらしい。
「……これから、頑張らないとねぇ」
その時父の顔は見れなかったけど、声は耳に入った。
母は、家に必要だった。だから、居なくなったら誰かが代わりをしなくちゃいけない。
必要だったのは、『母』か『家事をする役割』なのか。
「……おはよう。あれ、早いね」
「あはは。流石にパンしか無いけど。スーツはこっちで、あっちに鞄ね」
「…………朝葉ちゃん」
父は朝から晩まで仕事だ。兄は部活を辞め、バイトをしてくれると言う。弟はまだ小学生だ。
私しか、居ない。
「ほら、時間無いよお父さん。あっ。新聞はそっちね」
「……うん。ありがとう」
頼り無げに、だけど嬉しそうに笑う父は46歳。会社員だ。頼り無げなのは見た目だけ。一家の大黒柱だ。
「おはよう」
「わっ。……おはよ、お兄ちゃん。朝ごはんは?」
「いいわ。向こうで食うし。いつも悪いな」
「ううん。制服、畳んどいたから。行ってらっしゃい」
高校3年の兄、真也。もう少しで卒業だから、辞めないでと父と一緒にお願いした。でも部活はそういかず、最後の試合には出れなかった。ごめんなと、父が泣きながら謝っていた。
兄も朝は早い。バイトをふたつ掛け持ちしている。どちらも飲食だ。
「ユウ、そろそろ起きて」
「ん~……」
弟、夕輝は小学4年生。遊び盛りの食べ盛り。兄と違って朝は苦手。
「さてと。私も準備しないと」
艷山家はこれで全員。
「――今日も行ってきます、お母さん」
まだ欠伸の出る夕輝の背を叩きながら、家を出る。
私は艷山朝葉。中学2年生。
母の代わりは、私がする。
――
「ねーねー。ヨーカイ買ってヨーカイ」
「…………ユウ」
ある日のこと。夕輝がねだってきた。ゲームのことらしい。
「いくらするの?」
「知らない」
「じゃあ、判断はできないかな」
「んんんん!」
夕輝は唸ると、子供部屋へ駆け込んで行った。
「……ゲーム、か」
私自身したことがないから分からない。あの機械? はいくらするのだろう。勿論、家計は厳しい。だけど夕輝の友達は皆、持っているのだろう。ならば買ってあげたい気持ちはある。
でも、多分精密機械だし、高いのではないか。スマホだって、父と兄しか持っていない。仕事の都合上、絶対に必要なものだからだ。それだって、月々の使用料云々は結構かかる。
「面白いのかな」
「そりゃな」
「お兄ちゃん」
今は夕食後。お皿洗いをしながら考えていると、兄がお風呂から上がって来ていた。
「俺は昔買って貰ってたから分かる。あれは面白い。有名で、人気で、皆がやるだけのことはあるんだ」
「そうなんだ。じゃあ、ユウにあげたら?」
「いや。それじゃ駄目だ」
「なんで?」
兄は説明しながら、お皿洗いを手伝ってくれる。よく、母のお手伝いもしていた気がする。
「俺のは古いからさ。ユウの友達がやってるのは『最新作』だろ」
「……ゲームって、一度買ったらOKじゃないんだ」
「まあな。だから金も掛かる。ソフト1本くらいなら良いが、新作が出る度にせがまれると無理だな」
家のお金事情は、夕輝以外全員が把握している。父と兄の稼ぎがどれだけで、月にどれだけの費用があって、どれだけ使えるか。
初めに。母が死んで最初の家族会議で決めている。
夕輝を大学へ行かせる。それが、艷山家の最終目標だと。父に泣きながら謝られた。兄と私は、無理だと。年間約100万円。それが4年と、3人。1200万円は、逆立ちしたって出ない。せいぜいひとり分しか無理だと。
勿論兄も私も了承した。
今からその為に、お金を貯めている。
「2万円! だって!」
次の日。誰か友達に訊いたのだろうか、夕輝がゲームの値段を教えてくれた。
「……それは、高いわユウ。買えないよ」
「なんで!」
何日分の食費だろう。そして、将来の夕輝の授業料の、2%もある。
「皆のご飯とか、お父さんの交通費とかでお金を使うから。そっちの方が、ゲームより大事でしょう?」
「なんで! なんでなんで!! 買って!」
「……ユウ、ねえ聞いて」
「やだ! ヨーカイ!」
駄々をこね始めた。私はどうしたら良いか分からず、困り果ててしまった。
「なあユウ」
「!」
見兼ねて、兄が入ってきた。
「母さんが死んだんだ」
「! ぅ……」
そのひと言で、夕輝はぴたりと止まった。
「お前が友達とヨーカイで遊べなくて楽しくないのは分かる。だけど、お前にはさ。姉ちゃんをあんまり困らせないで欲しいんだ。仲間外れにされたら、すぐ家に帰ってこい。昔のゲームならあるから、俺と一緒に遊ぼう。なんならその友達も連れてこい。バイトの日は無理だけど」
「……んんんんん!!」
夕輝は、顔を真っ赤にして泣いていた。そしてまた、子供部屋へと駆け込んでいった。
あれで納得できたのだろうか。
「……ありがとうお兄ちゃん」
「いや。解決はしてねえ。多分ユウは苛められる」
「ほんと? なんで?」
「ゲームを持ってねえからだ。男子ってのはそうなんだ。……今度、参観日あるだろ」
「え? ……うん。確か、来週」
「俺が行くよ。あいつの友達の親御さんに頼んでくる。ゲーム無いけど仲良くしてもらえるように」
「…………うん」
兄は、凄い。
私は、母のつもりだったけれど。母じゃない。子育てなんか出来っこない。ゲームが無いだけで苛められる意味が分からない。買って貰えなくて癇癪を起こすことも分からない。
――
「……でさー。ほんっとウザくてさー。あんのオヤジ」
「だよねー。親なんか死ねば良いのに」
私の学年は、反抗期真っ盛りだ。口を開けば、親や先生の悪口が出てくる。
「……おはよう」
「!」
だけど私が教室に入ると、それは止む。気を遣って貰っているのだ。
親なんか死ねば良いのに。
親なんか死ねば良いのに。
そんなこと。
言ったら駄目だよ。
「あ、そうだ聞いてよ朝葉ー。この子センパイと別れたってー」
「そうなんだ。あんなに好きって言ってたのに。どうして?」
特に気の利く子は、すぐに話題を変えてくれる。こういうスキルは羨ましいと思う。親は嫌いだけど、友達思いだ。
「なーんか、詰まんなくなっちゃった。ていうか髪もネイルも禁止とかマジありえないし」
「そそ。ソクバク系ってやつだって。マジ器ちっちぇーらしいよ」
「それは大変だね」
染髪や、ネイルは。私もしてみたいと思う。
「今度服買い行こーよ。あの新しく出来たとこ?」
「良いっすね。日曜? 朝葉は?」
可愛い服も勿論買いたい。でも。
それは夕輝も同じだ。
「ごめん。お金ないや」
「あー……そだね。朝葉はまた今度、一緒に行こ?」
「うん。ありがとう」
私も夕輝と同じだ。でも、この子たちは優しいから、私を仲間外れにはしないでいてくれる。
私のボロボロの両手の理由を知ってくれている。
「じゃあ、また明日」
「バイバイ朝葉ー」
「……朝葉ってさ、付き合い悪くない?」
「バッカあんた。あの子はお母さん死んでから『お母さん』してんだよ?」
「へ?」
「あたしも弟いるけどさ。マジガキでキモいもん。あれを相手に『お母さん』とか、マジ尊敬するもん。朝葉はすげーもん」
「……もん」
友達には恵まれた。だからなんとか。
苦しいけど、大丈夫。頑張れる。
――
「………………ぐすっ」
「……ユウ!? どうしたの」
夕輝が、泥だらけで帰ってきた。別に雨の日でも無い。
「…………お風呂」
「えっ。うん。ちょっと待ってね。スイッチ入れるから」
私には、何も言わなかった。涙目だったけれど、精一杯我慢しながら、黙って脱衣場へ向かっていった。
ああきっと、苛められたのだろう。私が、ゲームを買わなかったから。
でもどうしたら良いか、分からない。今から買っても、関係は修復できるのだろうか。……2万円ならなんとか、私の食費から出せば。父が、あと3ヶ月、もうひと駅だけ歩いてくれれば。
「…………」
「………………」
こんな日に限って、父は遅く、兄も帰らない。食卓に、痛いほどの静寂が流れる。どうしよう。
今日は夕輝の好きな、カレーなのに。
「ユウ、大丈夫? 何があったのか、お姉ちゃんに教えてくれない?」
「…………ない」
「え?」
夕輝の目の腫れはもう引いていた。代わりに、決意に満ちていた。
「姉ちゃんには、迷惑かけない」
「……えっ」
それっきり。
夕輝はごちそうさまも言わずに、子供部屋へと引っ込んでいった。
「…………ユウ」
優しい子だ。聡い子だ。多分私より賢い子だ。
あの、兄の言葉で。自分を納得させたんだ。
私は不安に駆られた。明日から、夕輝はどうするのだろうか。
いつもはもう寝るけれど、父を待って相談した方が良いかもしれない。
「ただいまー……あれ、まだ起きてたのかい朝葉ちゃん」
「……うん。お帰りなさいお父さん。あのね、ユウが――」
「ごめん朝葉ちゃん。明日も早くて」
「…………うん。ごめんなさい。4時半の日だね」
「そう。ありがとうね。いつも。じゃあ、お休み」
「お休みなさい」
私もだ。
父には、迷惑はかけられない。朝5時に出て、夜10時に帰ってくる父に、もうひと駅歩けなんて言える筈も無い。
参観日には、私も一緒に行こうかな。
艷山家は、夕輝が一番大事だから。
親戚は来ず、お葬式も何もささやかに、しめやかに行われた。そもそもお金が無く、大きなことはできなかったらしい。
「……これから、頑張らないとねぇ」
その時父の顔は見れなかったけど、声は耳に入った。
母は、家に必要だった。だから、居なくなったら誰かが代わりをしなくちゃいけない。
必要だったのは、『母』か『家事をする役割』なのか。
「……おはよう。あれ、早いね」
「あはは。流石にパンしか無いけど。スーツはこっちで、あっちに鞄ね」
「…………朝葉ちゃん」
父は朝から晩まで仕事だ。兄は部活を辞め、バイトをしてくれると言う。弟はまだ小学生だ。
私しか、居ない。
「ほら、時間無いよお父さん。あっ。新聞はそっちね」
「……うん。ありがとう」
頼り無げに、だけど嬉しそうに笑う父は46歳。会社員だ。頼り無げなのは見た目だけ。一家の大黒柱だ。
「おはよう」
「わっ。……おはよ、お兄ちゃん。朝ごはんは?」
「いいわ。向こうで食うし。いつも悪いな」
「ううん。制服、畳んどいたから。行ってらっしゃい」
高校3年の兄、真也。もう少しで卒業だから、辞めないでと父と一緒にお願いした。でも部活はそういかず、最後の試合には出れなかった。ごめんなと、父が泣きながら謝っていた。
兄も朝は早い。バイトをふたつ掛け持ちしている。どちらも飲食だ。
「ユウ、そろそろ起きて」
「ん~……」
弟、夕輝は小学4年生。遊び盛りの食べ盛り。兄と違って朝は苦手。
「さてと。私も準備しないと」
艷山家はこれで全員。
「――今日も行ってきます、お母さん」
まだ欠伸の出る夕輝の背を叩きながら、家を出る。
私は艷山朝葉。中学2年生。
母の代わりは、私がする。
――
「ねーねー。ヨーカイ買ってヨーカイ」
「…………ユウ」
ある日のこと。夕輝がねだってきた。ゲームのことらしい。
「いくらするの?」
「知らない」
「じゃあ、判断はできないかな」
「んんんん!」
夕輝は唸ると、子供部屋へ駆け込んで行った。
「……ゲーム、か」
私自身したことがないから分からない。あの機械? はいくらするのだろう。勿論、家計は厳しい。だけど夕輝の友達は皆、持っているのだろう。ならば買ってあげたい気持ちはある。
でも、多分精密機械だし、高いのではないか。スマホだって、父と兄しか持っていない。仕事の都合上、絶対に必要なものだからだ。それだって、月々の使用料云々は結構かかる。
「面白いのかな」
「そりゃな」
「お兄ちゃん」
今は夕食後。お皿洗いをしながら考えていると、兄がお風呂から上がって来ていた。
「俺は昔買って貰ってたから分かる。あれは面白い。有名で、人気で、皆がやるだけのことはあるんだ」
「そうなんだ。じゃあ、ユウにあげたら?」
「いや。それじゃ駄目だ」
「なんで?」
兄は説明しながら、お皿洗いを手伝ってくれる。よく、母のお手伝いもしていた気がする。
「俺のは古いからさ。ユウの友達がやってるのは『最新作』だろ」
「……ゲームって、一度買ったらOKじゃないんだ」
「まあな。だから金も掛かる。ソフト1本くらいなら良いが、新作が出る度にせがまれると無理だな」
家のお金事情は、夕輝以外全員が把握している。父と兄の稼ぎがどれだけで、月にどれだけの費用があって、どれだけ使えるか。
初めに。母が死んで最初の家族会議で決めている。
夕輝を大学へ行かせる。それが、艷山家の最終目標だと。父に泣きながら謝られた。兄と私は、無理だと。年間約100万円。それが4年と、3人。1200万円は、逆立ちしたって出ない。せいぜいひとり分しか無理だと。
勿論兄も私も了承した。
今からその為に、お金を貯めている。
「2万円! だって!」
次の日。誰か友達に訊いたのだろうか、夕輝がゲームの値段を教えてくれた。
「……それは、高いわユウ。買えないよ」
「なんで!」
何日分の食費だろう。そして、将来の夕輝の授業料の、2%もある。
「皆のご飯とか、お父さんの交通費とかでお金を使うから。そっちの方が、ゲームより大事でしょう?」
「なんで! なんでなんで!! 買って!」
「……ユウ、ねえ聞いて」
「やだ! ヨーカイ!」
駄々をこね始めた。私はどうしたら良いか分からず、困り果ててしまった。
「なあユウ」
「!」
見兼ねて、兄が入ってきた。
「母さんが死んだんだ」
「! ぅ……」
そのひと言で、夕輝はぴたりと止まった。
「お前が友達とヨーカイで遊べなくて楽しくないのは分かる。だけど、お前にはさ。姉ちゃんをあんまり困らせないで欲しいんだ。仲間外れにされたら、すぐ家に帰ってこい。昔のゲームならあるから、俺と一緒に遊ぼう。なんならその友達も連れてこい。バイトの日は無理だけど」
「……んんんんん!!」
夕輝は、顔を真っ赤にして泣いていた。そしてまた、子供部屋へと駆け込んでいった。
あれで納得できたのだろうか。
「……ありがとうお兄ちゃん」
「いや。解決はしてねえ。多分ユウは苛められる」
「ほんと? なんで?」
「ゲームを持ってねえからだ。男子ってのはそうなんだ。……今度、参観日あるだろ」
「え? ……うん。確か、来週」
「俺が行くよ。あいつの友達の親御さんに頼んでくる。ゲーム無いけど仲良くしてもらえるように」
「…………うん」
兄は、凄い。
私は、母のつもりだったけれど。母じゃない。子育てなんか出来っこない。ゲームが無いだけで苛められる意味が分からない。買って貰えなくて癇癪を起こすことも分からない。
――
「……でさー。ほんっとウザくてさー。あんのオヤジ」
「だよねー。親なんか死ねば良いのに」
私の学年は、反抗期真っ盛りだ。口を開けば、親や先生の悪口が出てくる。
「……おはよう」
「!」
だけど私が教室に入ると、それは止む。気を遣って貰っているのだ。
親なんか死ねば良いのに。
親なんか死ねば良いのに。
そんなこと。
言ったら駄目だよ。
「あ、そうだ聞いてよ朝葉ー。この子センパイと別れたってー」
「そうなんだ。あんなに好きって言ってたのに。どうして?」
特に気の利く子は、すぐに話題を変えてくれる。こういうスキルは羨ましいと思う。親は嫌いだけど、友達思いだ。
「なーんか、詰まんなくなっちゃった。ていうか髪もネイルも禁止とかマジありえないし」
「そそ。ソクバク系ってやつだって。マジ器ちっちぇーらしいよ」
「それは大変だね」
染髪や、ネイルは。私もしてみたいと思う。
「今度服買い行こーよ。あの新しく出来たとこ?」
「良いっすね。日曜? 朝葉は?」
可愛い服も勿論買いたい。でも。
それは夕輝も同じだ。
「ごめん。お金ないや」
「あー……そだね。朝葉はまた今度、一緒に行こ?」
「うん。ありがとう」
私も夕輝と同じだ。でも、この子たちは優しいから、私を仲間外れにはしないでいてくれる。
私のボロボロの両手の理由を知ってくれている。
「じゃあ、また明日」
「バイバイ朝葉ー」
「……朝葉ってさ、付き合い悪くない?」
「バッカあんた。あの子はお母さん死んでから『お母さん』してんだよ?」
「へ?」
「あたしも弟いるけどさ。マジガキでキモいもん。あれを相手に『お母さん』とか、マジ尊敬するもん。朝葉はすげーもん」
「……もん」
友達には恵まれた。だからなんとか。
苦しいけど、大丈夫。頑張れる。
――
「………………ぐすっ」
「……ユウ!? どうしたの」
夕輝が、泥だらけで帰ってきた。別に雨の日でも無い。
「…………お風呂」
「えっ。うん。ちょっと待ってね。スイッチ入れるから」
私には、何も言わなかった。涙目だったけれど、精一杯我慢しながら、黙って脱衣場へ向かっていった。
ああきっと、苛められたのだろう。私が、ゲームを買わなかったから。
でもどうしたら良いか、分からない。今から買っても、関係は修復できるのだろうか。……2万円ならなんとか、私の食費から出せば。父が、あと3ヶ月、もうひと駅だけ歩いてくれれば。
「…………」
「………………」
こんな日に限って、父は遅く、兄も帰らない。食卓に、痛いほどの静寂が流れる。どうしよう。
今日は夕輝の好きな、カレーなのに。
「ユウ、大丈夫? 何があったのか、お姉ちゃんに教えてくれない?」
「…………ない」
「え?」
夕輝の目の腫れはもう引いていた。代わりに、決意に満ちていた。
「姉ちゃんには、迷惑かけない」
「……えっ」
それっきり。
夕輝はごちそうさまも言わずに、子供部屋へと引っ込んでいった。
「…………ユウ」
優しい子だ。聡い子だ。多分私より賢い子だ。
あの、兄の言葉で。自分を納得させたんだ。
私は不安に駆られた。明日から、夕輝はどうするのだろうか。
いつもはもう寝るけれど、父を待って相談した方が良いかもしれない。
「ただいまー……あれ、まだ起きてたのかい朝葉ちゃん」
「……うん。お帰りなさいお父さん。あのね、ユウが――」
「ごめん朝葉ちゃん。明日も早くて」
「…………うん。ごめんなさい。4時半の日だね」
「そう。ありがとうね。いつも。じゃあ、お休み」
「お休みなさい」
私もだ。
父には、迷惑はかけられない。朝5時に出て、夜10時に帰ってくる父に、もうひと駅歩けなんて言える筈も無い。
参観日には、私も一緒に行こうかな。
艷山家は、夕輝が一番大事だから。
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