少女は転生を願った。

弓チョコ

文字の大きさ
2 / 8

第1話 艷山家

しおりを挟む
 母が死んだ。過労らしい。

 親戚は来ず、お葬式も何もささやかに、しめやかに行われた。そもそもお金が無く、大きなことはできなかったらしい。

「……これから、頑張らないとねぇ」

 その時父の顔は見れなかったけど、声は耳に入った。
 母は、家に必要だった。だから、居なくなったら誰かが代わりをしなくちゃいけない。
 必要だったのは、『母』か『家事をする役割』なのか。

「……おはよう。あれ、早いね」
「あはは。流石にパンしか無いけど。スーツはこっちで、あっちに鞄ね」
「…………朝葉ちゃん」

 父は朝から晩まで仕事だ。兄は部活を辞め、バイトをしてくれると言う。弟はまだ小学生だ。
 私しか、居ない。

「ほら、時間無いよお父さん。あっ。新聞はそっちね」
「……うん。ありがとう」

 頼り無げに、だけど嬉しそうに笑う父は46歳。会社員だ。頼り無げなのは見た目だけ。一家の大黒柱だ。

「おはよう」
「わっ。……おはよ、お兄ちゃん。朝ごはんは?」
「いいわ。向こうで食うし。いつも悪いな」
「ううん。制服、畳んどいたから。行ってらっしゃい」

 高校3年の兄、真也。もう少しで卒業だから、辞めないでと父と一緒にお願いした。でも部活はそういかず、最後の試合には出れなかった。ごめんなと、父が泣きながら謝っていた。
 兄も朝は早い。バイトをふたつ掛け持ちしている。どちらも飲食だ。

「ユウ、そろそろ起きて」
「ん~……」

 弟、夕輝は小学4年生。遊び盛りの食べ盛り。兄と違って朝は苦手。

「さてと。私も準備しないと」

 艷山家はこれで全員。

「――今日も行ってきます、お母さん」

 まだ欠伸の出る夕輝の背を叩きながら、家を出る。
 私は艷山朝葉。中学2年生。
 母の代わりは、私がする。

――

「ねーねー。ヨーカイ買ってヨーカイ」
「…………ユウ」

 ある日のこと。夕輝がねだってきた。ゲームのことらしい。

「いくらするの?」
「知らない」
「じゃあ、判断はできないかな」
「んんんん!」

 夕輝は唸ると、子供部屋へ駆け込んで行った。

「……ゲーム、か」

 私自身したことがないから分からない。あの機械? はいくらするのだろう。勿論、家計は厳しい。だけど夕輝の友達は皆、持っているのだろう。ならば買ってあげたい気持ちはある。
 でも、多分精密機械だし、高いのではないか。スマホだって、父と兄しか持っていない。仕事の都合上、絶対に必要なものだからだ。それだって、月々の使用料云々は結構かかる。

「面白いのかな」
「そりゃな」
「お兄ちゃん」

 今は夕食後。お皿洗いをしながら考えていると、兄がお風呂から上がって来ていた。

「俺は昔買って貰ってたから分かる。あれは面白い。有名で、人気で、皆がやるだけのことはあるんだ」
「そうなんだ。じゃあ、ユウにあげたら?」
「いや。それじゃ駄目だ」
「なんで?」

 兄は説明しながら、お皿洗いを手伝ってくれる。よく、母のお手伝いもしていた気がする。

「俺のは古いからさ。ユウの友達がやってるのは『最新作』だろ」
「……ゲームって、一度買ったらOKじゃないんだ」
「まあな。だから金も掛かる。ソフト1本くらいなら良いが、新作が出る度にせがまれると無理だな」

 家のお金事情は、夕輝以外全員が把握している。父と兄の稼ぎがどれだけで、月にどれだけの費用があって、どれだけ使えるか。

 初めに。母が死んで最初の家族会議で決めている。

 夕輝を大学へ行かせる。それが、艷山家の最終目標だと。父に泣きながら謝られた。兄と私は、無理だと。年間約100万円。それが4年と、3人。1200万円は、逆立ちしたって出ない。せいぜいひとり分しか無理だと。
 勿論兄も私も了承した。
 今からその為に、お金を貯めている。

「2万円! だって!」

 次の日。誰か友達に訊いたのだろうか、夕輝がゲームの値段を教えてくれた。

「……それは、高いわユウ。買えないよ」
「なんで!」

 何日分の食費だろう。そして、将来の夕輝の授業料の、2%もある。

「皆のご飯とか、お父さんの交通費とかでお金を使うから。そっちの方が、ゲームより大事でしょう?」
「なんで! なんでなんで!! 買って!」
「……ユウ、ねえ聞いて」
「やだ! ヨーカイ!」

 駄々をこね始めた。私はどうしたら良いか分からず、困り果ててしまった。

「なあユウ」
「!」

 見兼ねて、兄が入ってきた。

「母さんが死んだんだ」
「! ぅ……」

 そのひと言で、夕輝はぴたりと止まった。

「お前が友達とヨーカイで遊べなくて楽しくないのは分かる。だけど、お前にはさ。姉ちゃんをあんまり困らせないで欲しいんだ。仲間外れにされたら、すぐ家に帰ってこい。昔のゲームならあるから、俺と一緒に遊ぼう。なんならその友達も連れてこい。バイトの日は無理だけど」
「……んんんんん!!」

 夕輝は、顔を真っ赤にして泣いていた。そしてまた、子供部屋へと駆け込んでいった。
 あれで納得できたのだろうか。

「……ありがとうお兄ちゃん」
「いや。解決はしてねえ。多分ユウは苛められる」
「ほんと? なんで?」
「ゲームを持ってねえからだ。男子ってのはそうなんだ。……今度、参観日あるだろ」
「え? ……うん。確か、来週」
「俺が行くよ。あいつの友達の親御さんに頼んでくる。ゲーム無いけど仲良くしてもらえるように」
「…………うん」

 兄は、凄い。
 私は、母のつもりだったけれど。母じゃない。子育てなんか出来っこない。ゲームが無いだけで苛められる意味が分からない。買って貰えなくて癇癪を起こすことも分からない。

――

「……でさー。ほんっとウザくてさー。あんのオヤジ」
「だよねー。親なんか死ねば良いのに」

 私の学年は、反抗期真っ盛りだ。口を開けば、親や先生の悪口が出てくる。

「……おはよう」
「!」

 だけど私が教室に入ると、それは止む。気を遣って貰っているのだ。
 親なんか死ねば良いのに。

 親なんか死ねば良いのに。

 そんなこと。

 言ったら駄目だよ。

「あ、そうだ聞いてよ朝葉ー。この子センパイと別れたってー」
「そうなんだ。あんなに好きって言ってたのに。どうして?」

 特に気の利く子は、すぐに話題を変えてくれる。こういうスキルは羨ましいと思う。親は嫌いだけど、友達思いだ。

「なーんか、詰まんなくなっちゃった。ていうか髪もネイルも禁止とかマジありえないし」
「そそ。ソクバク系ってやつだって。マジ器ちっちぇーらしいよ」
「それは大変だね」

 染髪や、ネイルは。私もしてみたいと思う。

「今度服買い行こーよ。あの新しく出来たとこ?」
「良いっすね。日曜? 朝葉は?」

 可愛い服も勿論買いたい。でも。
 それは夕輝も同じだ。

「ごめん。お金ないや」
「あー……そだね。朝葉はまた今度、一緒に行こ?」
「うん。ありがとう」

 私も夕輝と同じだ。でも、この子たちは優しいから、私を仲間外れにはしないでいてくれる。
 私のボロボロの両手の理由を知ってくれている。

「じゃあ、また明日」
「バイバイ朝葉ー」

「……朝葉ってさ、付き合い悪くない?」
「バッカあんた。あの子はお母さん死んでから『お母さん』してんだよ?」
「へ?」
「あたしも弟いるけどさ。マジガキでキモいもん。あれを相手に『お母さん』とか、マジ尊敬するもん。朝葉はすげーもん」
「……もん」

 友達には恵まれた。だからなんとか。
 苦しいけど、大丈夫。頑張れる。

――

「………………ぐすっ」
「……ユウ!? どうしたの」

 夕輝が、泥だらけで帰ってきた。別に雨の日でも無い。

「…………お風呂」
「えっ。うん。ちょっと待ってね。スイッチ入れるから」

 私には、何も言わなかった。涙目だったけれど、精一杯我慢しながら、黙って脱衣場へ向かっていった。

 ああきっと、苛められたのだろう。私が、ゲームを買わなかったから。
 でもどうしたら良いか、分からない。今から買っても、関係は修復できるのだろうか。……2万円ならなんとか、私の食費から出せば。父が、あと3ヶ月、もうひと駅だけ歩いてくれれば。

「…………」
「………………」

 こんな日に限って、父は遅く、兄も帰らない。食卓に、痛いほどの静寂が流れる。どうしよう。
 今日は夕輝の好きな、カレーなのに。

「ユウ、大丈夫? 何があったのか、お姉ちゃんに教えてくれない?」
「…………ない」
「え?」

 夕輝の目の腫れはもう引いていた。代わりに、決意に満ちていた。

「姉ちゃんには、迷惑かけない」
「……えっ」

 それっきり。
 夕輝はごちそうさまも言わずに、子供部屋へと引っ込んでいった。

「…………ユウ」

 優しい子だ。聡い子だ。多分私より賢い子だ。
 あの、兄の言葉で。自分を納得させたんだ。
 私は不安に駆られた。明日から、夕輝はどうするのだろうか。
 いつもはもう寝るけれど、父を待って相談した方が良いかもしれない。

「ただいまー……あれ、まだ起きてたのかい朝葉ちゃん」
「……うん。お帰りなさいお父さん。あのね、ユウが――」
「ごめん朝葉ちゃん。明日も早くて」
「…………うん。ごめんなさい。4時半の日だね」
「そう。ありがとうね。いつも。じゃあ、お休み」
「お休みなさい」

 私もだ。
 父には、迷惑はかけられない。朝5時に出て、夜10時に帰ってくる父に、もうひと駅歩けなんて言える筈も無い。
 参観日には、私も一緒に行こうかな。
 艷山家は、夕輝が一番大事だから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

処理中です...