隣人以上同棲未満

弓チョコ

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第2話 料理を振る舞う関係

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 リア充という言葉の意味を知ったのは、実はつい最近だった。
 リアルが充実している=彼氏彼女が居る、ということらしい。

 いや、その等式はおかしいでしょ。

 リアルの充実→リア充、なら分かる。ていうかそのまんま。リアルが充実していればリア充だ。
 恋人が居るということは、その要因のひとつでしかない。
 恋人が居なくても、部活なんかでリアルが充実している人は居るし、恋人が居たとしても楽しくなくて充実していない人も居る。
 安直だ。寧ろ愚直。離婚率の高いこの国で、配偶者が存在する=リア充とするのはナンセンスとしか言いようが無い。
 そんなことを言うと、負け惜しみだと返される。彼氏が居ないから僻んでいるんだと。

 馬鹿みたい。

 あんた達は、他人に自慢するためにその人と付き合ってるの?
 そんなの相手の人が可哀想。
 恋人が居ることをステータスだと思っている女が、私は嫌い。
 恋愛っていうのは、そんなんじゃない。

 もっと純粋なんだ。

 あんたらの勝手な偏見と程度の低い自己顕示欲と情けない承認欲求で汚さないで欲しい。

 好き、
 って気持ちは。
 もっと気高く崇高で清らかだ。
「あっ」
「おはよう。椎橋さん」
「…………お。おはよう、ございます」

 この気持ちは。
 周りのことなんか。周りの子なんか。全部が吹き飛んでいく。どうでも良くなる。
 私は充分過ぎるほど、リアルが充実している。
 このおにーさんの隣に住んでいるという奇跡が。

 別に、私自身が清らかだとは思わない。そんなこと思ってない。
 私の『気持ち』の話だ。

 まともに顔を見れない。上ずってしまって喋られない。後から、こうしておけば良かったと軽く後悔する。
 週に1、2度のドキドキ。

 表札に何も無いから、名前も知らない。おにーさんは、私の苗字は知ってる。でもそれは表札にあるからだ。
 私も自分の名前を教えていない。タイミングを逃したんだ。

 初対面の時。おにーさんが引っ越してきた時にフルネームで挨拶すれば良かったのに。
 呼んで欲しい。
 おにーさんに名前で呼んで貰ったら、それだけで天まで昇ってしまいそうだ。

 以来ずっとタイミングを図っているのだけど、全然駄目だ。
 急にいきなり、『私の名前は——』なんて、変な子だと思われる。

——

 最初は、特に何も思わなかった。ただ、隣に越してきたおにーさん。
 いつからだろう。どこからだろう。なんでだろう。
 多分、私が悪い。私は悪くいやらしい。

 そもそも、歳上が好きだった。はっきり自覚したのは中学生の時。先輩が好きだったから。
 クラスの子には無い、落ち着いた感じ? 歳下の私に優しく接してくれる感じ?
 それが好きだった。

 友達も少ない。バイトもしていない。合コンとか行ったことない。

 今。現状で。
 私の周りで『歳上の人』が、おにーさんしか居ないんだ。

 もし本当に『それだけ』が理由なら、私は最悪だ。激しく自己嫌悪する。

 だって、おにーさん自身は関係なく、私は歳上なら誰でも良い、みたいになるからだ。結局、『歳上に接されてる自分』が好きなだけだからだ。相手のことなんて考えてない。

 たまに会って、挨拶して。最近は少しずつ会話も増えて。まだ名前も知らないけど。

 眠そうな朝も。疲れきった夜も。笑って優しく挨拶してくれるおにーさん。

 もし、おにーさんがおにーさんじゃなくて、別の男の人だったら。それでも変わらなかったのだろうか。
 それは分からない。でも、『絶対におにーさんだけ』とも言い切れない。
 だから駄目なんだ。私は。

 おにーさんに失礼だ。これじゃ私が嫌いな女と一緒だ。

 おにーさんと会うと。話すと心が跳ねる。それは事実。だけど。
 私は『おにーさん』が好きなのだろうか?
 いくら考えても、答えが出ない。私には恋愛経験が無いから分からない。

——

「じゃあ……明日。いつもの時間ですよね」
「……うん」

 口が滑った。いきなり意味不明な事を口走ってしまった。慌てて否定したかったけど、おにーさんは首を縦に振ってくれた。

 恥ずかしくて死にそうだったけど。結果的に。

 私はおにーさんにご飯を作ることになった。
 なんか、順序としておかしい気がする。
 だけど前進だ。取り敢えず。気合いを入れなければならない。

「じゃ……材料代? 預けとくよ」
「え。…………はい」

 多分、おにーさんも吃驚して気が動転したんだと思う。私にお金を渡して、そのまま自分の部屋へ入っていった。
 私も馬鹿で、普通に受け取ってしまった。

 ……流石に一万円のご飯は作れません……。

——

 料理は、毎日する。好きな方だ。母に習っていたから。部活もサークルもやってないから、時間はたっぷりある。
 あ。

 何が好きか、訊くのを忘れた。しまった。もし嫌いな食べ物とかあったらどうしよう。アレルギーとかあったらどうしよう。
 嫌いな食べ物だったら、美味しく食べて貰うために努力できるけど、アレルギーは駄目だ。

 まずい。今から訊こうにも電話番号なんて知らない。
 ……よく考えたら、名前も知らない人のご飯を作るんだ。向こうからしても、名前の知らない人に作ってもらうことに。

 いや、深くは考えない。もう知り合って2年なんだし。ある程度の信頼に足る筈。じゃないと今回の話、オーケーしないだろうし。

 思い出せ。コンビニでいつも何を買っていたか。
 ……からあげ弁当。
 ……のり弁?
 ……ハンバーグ?

 あと牛乳。
 この辺りは大丈夫なラインだ。野菜は?
 ……無かった気がする。
 いや、それを私が心配して声をかけたんだ。それで了承したってことは、基本的に野菜も食べられるってことだと解釈できる。
 よし。
 野菜は、ちょっとだけ少な目にしておこう。あれ、本末転倒かな。
 海老はやめとこう。卵は……大丈夫かな。

 ああ、他にも。掃除しないと。掃除。私の部屋にあげるんだから。やばい。緊張してきた。大掃除だ。洗濯物とか、なんとかしないと。


 ほら。

 今、とっても充実してる。私に彼氏は居ないけど、リア充してるよ。

——

「おかえりなさい」
「……ただいま」
 カンカンカンと、階段を登る音。いつものリズム。おにーさんだとすぐ分かる。私はすぐに部屋から出ていって、おにーさんを迎える。
 心臓が破裂しそうだ。
「ど……どうぞ」
「お邪魔します……」

 おにーさんを部屋に呼べて嬉しい私と、恥ずかしいから来て欲しくない私が居る。大丈夫かな。どこか変じゃないかな。
 男の人を呼んだのは初めてだ。心臓が。心臓が。

「……おにーさん、アレルギーとか」
「ああ、いや。特に無いよ」
「良かった……」

 良かった。本当に。

——

「今日はありがとう。美味しかったよ。ほんとに」
「…………」

 美味しい美味しいと言ってくれた。結構多目に作ったけど、ぺろりと平らげてしまった。
 私はそれだけで胸が一杯で、何も食べられない。

「えっと……」

 玄関にて。

 おにーさんは、食べ終わってすぐ、帰ろうとした。
 私は馬鹿だ。
 そりゃ、おにーさんも緊張するに決まってるのに。リラックスして食べられる筈は無いのに。
「またお願いしようかな。なんて」
「分かりました」
「えっ?」

 言ってしまえ。あと一歩。

「仄香。ほのかです」
「えっ」
「名前……」
「あっ。……ほのかちゃん」

 !!
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