隣人以上同棲未満

弓チョコ

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第7話 買い物へ行く関係

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「情けないと思うぞ」
「えっ」

 1ヶ月経つ。
 ほのかちゃんから、「ご飯作りましょうか」と言われてから。
 あれが全てのスタートだと思う。

「その『ご飯』も。『お弁当』も。全部向こうからじゃねえか。お前男として恥ずかしくないのかよ」
「…………えっ」
「リードされてんだよ。あのな、向こうからしちゃ、どれだけ勇気が要ったと思ってんだ。『ご飯作りましょうか』なんてよ」
「…………」
「逆で考えてみろ」

 考えたことも無かった。
 そりゃそうだ。俺は自分の事しか考えてないんだから。

——

「お邪魔します」
「……うん」

 休みの日は、基本的にほのかちゃんが来る。お昼を作ってくれて、一緒に食べて、少し喋って、帰っていく。

 これは、なんていう関係だ?

 嬉しいには違いない。仕事とコンビニ弁当だけだった俺の生活が、急に華やかになるんだから。
 だけど。

 順序がおかしいというか、成り行きで変な感じになってる気がする。

 確かに。恋人同士がすることだ。そうでなくても、親密な関係が前提だと思う。

 俺とほのかちゃんは、親密か?

「……そう言えば、いつも同じ服着てますね」
「えっ」

 俺は情けないのか。
 ここまでされて……?

 本当にそうか?

「まあ、私服着る機会も無いしなあ。流行りも分かんないし」

 彼女はどうなんだろう。
 俺は現状維持で良いけれど。
 もしかしたら、そうは思ってないのかもしれない。

「じゃあ、私選びますよ」
「へっ?」

 変な声が出た。

「い。……行きませんか?」

 上目遣いで。
 恥ずかしがりながら。

「……じゃあ、明日……?」
「はいっ」

 応えるとにっこり笑うんだ。

 可愛いくて仕方がない。

——

 デートだ。
 え? デートか?

 ちょっと待て。
 何がどうしてこうなった。

 俺の服を?
 選んでくれる?
 『行きませんか』?

 ……これは、『善意』なのか? その範疇か?
 男として恥ずかしくないのかよ。

 その通りかもしれない。

「あっ」

 俺を見付けると、ぱぁっと花のように笑う。

「おはよう」
「おはようございます」
「……じゃあ、行こうか」
「はいっ」

 この子は。
 俺のことが好きなのかもしれない。

 かもしれない。だ。
 まだ確証は無い。可能性としてあるだけだ。

 『そんなんじゃないです』のひと言で全てが崩れるのは分かってる。

 俺は常々、女性の『思わせ振り』が嫌いだった。紛らわしいくせに、こちらを『何を勘違いしているのか』と責めてくる。いつだって俺が悪者になる。俺を惚れさせた癖に、それを迷惑がるんだ。

 キモい。

 その、たった3文字に含まれる、凄まじい『攻撃力』を、世の女性達は自分で気付いていないんだ。
 諸刃の剣どころじゃない。ハイリスクローリターンどころじゃない。

 最初から、勝負の舞台にすら立ってなかったことに『気付かないんだ』。リスクオンリーだからだ。

 イケメンは何をしても許される。
 キモい奴は何をやってもキモい。

 どれだけ何を努力しても。『恋愛』という舞台では一蹴される。

 『空気を読め』と言われる。
 『察しろ』と言われる。

 俺はその言葉が大嫌いだ。分かるわけないだろうが。
 だから、俺は駄目なんだろうけど。でもどうしようもないじゃないか。どうすれば良いんだ。

 俺は生物でありながら、生物らしいことが許されないのか。

 ビジネスシーンでの空気は多少読めるようになってきた。経験則から、ある程度は察せられるようにはなった。

 でも、じゃあ『これ』は?

「おにーさん。こっちですよ。ほら」
「……はーい」

 ほのかちゃんは、滅茶苦茶可愛い服を着て来ていた。吃驚するくらい。アイドルかよってくらい。
 服には詳しくないから説明できないけど。
 それに比べて俺は?

 ほら。
 身分違いも甚だしいだろう。

「あっ。これなんか良くないですか」

 今だって。
 幸せを感じながら。
 『疑ってる』。そんな自分を殺してやりたいと思いつつも。

 遊ばれていると。影では笑われていると。
 思ってしまう俺が居る。
 純粋に楽しめないクズな俺が。

——

「……やっぱり迷惑でしたか」
「えっ!」

 ほら。
 そんなこと考えてるから、表情に出るんだ。
 カス野郎め。

「違うよ。めっちゃ楽しいし、嬉しいんだって——」
「…………ごめんなさい」
「ほのかちゃんっ?」

 やばい。
 やばいやばいやばいやばい。

——

——

「私ならムカついてるわ」
「どうして?」
「ここまでしといて『何もない』からよ。断るなら断る。でなけりゃ告って付き合うでしょ。何その変な関係。耐えられないわ」

 分かってる。
 変な関係なのは。でもそれは、おにーさんは悪くない。
 おにーさんは優しいから、私に付き合ってくれているだけだ。
 私から告白しないと進展しないのは分かってる。
 でも怖いから、ずるずる先延ばしにしているんだ。

「ほのか。そんな女々しい草食系放っときなよ。もういい加減愛想尽かしていいって。1ヶ月でしょ?」
「……そんなこと言わないで」

 1ヶ月じゃない。2年と1ヶ月だ。

 多分、私はしつこいから。はっきりと『無理だ』と分かるまでは。
 確定するまでは。
 『おにーさん』だと思う。

「じゃあデートくらい誘いなよ。告白よりマシでしょ」
「……そっか」
「はあ。何この初心者」

 思えば、私かおにーさんの部屋でしか会ってない。確かに、外でなんか、やりたい。
 食事でも、買い物でも。
 ……映画とかは、ちょっとハードル高いけど。
 大丈夫だろうか。断られないだろうか。はっきり断られたら踏ん切りがつくけど。やんわりと優しく断られたら。多分引き摺る。

「近くにモールがあるんですよ。知ってました?」
「そうなんだ。いや、この辺のことは実は詳しくなくて」
「そう言えば、いつも同じ服着てますよね」

 自然な流れだ。……と思うけどどうだろう。無理矢理かな。
 でも、そう思うのは事実だ。おにーさん、もっとお洒落すれば良いのに。運動部だったのか、スタイルは良いし。

「……じゃあ、明日……?」

 祈った。
 届いた。

「はいっ!」

 声、大きすぎたかな。嬉しすぎなの、バレてないかな。
 おにーさんと、デ。

 ……デートだ。

——

 おにーさんは、優しい。
 おにーさんは、優しい。
 おにーさんは、優しい。

 私はそれに、『甘えすぎていた』。

「…………おにーさん?」
「え。あっ。ごめん。何?」

 気付くべきだった。
 服をあまり持ってないということは、あまり興味が無いことに決まっているのに。

 無理矢理連れ出して。興味の無い服を見せられて。しかも歳下の、部屋が隣だというだけの奴に。

「………………っ」

 退屈に決まっているじゃないか。私は本当に、自分のことしか考えてなかったんだ。

 そして。
 おにーさんが『詰まらなさそうにしている』と、
 私も『とても悲しくなる』んだと、

 今気付いた。

「ほのかちゃんっ!? ちょっ……!」

 ああ。
 また迷惑を掛けている。

 私のせいだ。
 おにーさんはこんな私にも心配してくれる。ますます好きだ。
 だけど。

 私じゃおにーさんに釣り合わない。
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