探求心の魔物

弓チョコ

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8.嵐前

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「先輩先輩、見てください、あそこ、演劇やってますよ」
「本当か。行こう」
「ふふ……本当に好きなんですね」
 広場での路上演劇だ。旅団だろうか。なんにせよ、心躍る。
「ふむ。……『メア姫と魔物』だな」
「分かるんですか?」
「1000年前の実話が元になっているが最も知られた童話だ。劇の題材にもよく使われる。だがそれだけに、劇団の実力が問われる題材だ。使い古されすぎて本来の話がどれか分からなくなってしまったがな。私も記憶が曖昧だが、大体の流れはどれも同じだ」
 劇中、ずっと私はエヴァルタに語っていた。彼女には退屈だったろうが、楽しそうに聞いてくれていた。他人が共感できない趣味など語るべきではないのだが、聞き上手な彼女の前では、ついつい語ってしまう。

ーー

 【蒼穹の街】へ着いて、数日経った。私達はまだ、国境を越えられず足踏みをしている。街を出ればすぐに国境なのだが、越える方法が無い。
「元々はどういう計画だったんですか?」
「一番の理想は、誰にも見付からずに【天蓋の街】を出て、嘘の情報をばら蒔いて本命の関所付近を手薄にし、こっそり越えることだった」
「だけど、ラシャさんに見付かった」
「ああ。今や国境付近の警備はとても固くなっているし、手配書も配られた。第2の案として今知人に手紙を送っているが、検問が厄介だな。届くか分からない」
「その知人も、先輩の同期ですか?」
「そうだ。『やわらか貴族』キース・ウィンゴット。奴は今商隊にいる。そこに紛れ込ませて貰うのさ」
 商人にとっては、『一族』とのコネを作れるチャンスだ。手紙さえ届けば来てくれると思っている。
「……」
 エヴァルタはそれを聞き、顎に手をやって考えるポーズを取った。
「どうした?」
「そう言えば、先輩のアダ名はなんだったんですか?」
 足を止める。私は彼女から眼を逸らし、
「……言いたくない」
 そう答えた。

ーー

 街の掲示板には、私達の肖像画が載った手配書が貼られていた。手配書は私とギアのものだけだ。エヴァルタは捜索願として出されていた。
「私主犯なのに、拉致されたことになってますね」
「だろうな。『一族』を賞金首にする訳にはいかない」
 これで一層動きづらくなった。キースの助けを待つしかない。とてもピンチだ。
「それに、やはり騎士団が動きましたね」
「ああ」
 反逆者を捕らえるため、『王の剣』が街に向かっているとの掲示もされていた。まさか本当にレットが追っ手になるとは。彼はラシャなんかよりずっと危険だ。

ーー

「なんだぁこいつら、賞金首かよ!」
「!」
 そんな声が後ろから聞こえた。振り返るとやや汚い格好をした男ふたりが立っていた。
「やっぱあの『翡翠』の髪、『一族』だな」
「ああ。この街か近くに潜んでる筈だ。探して殺す。しかも賞金まで貰えるぜ」
「取り合えず戻ろう。頭に報告だ」
 男達は大声で話しながら、その場を去っていった。まずい、盗賊か。当然だが復讐に来たらしい。盗賊は賞金首を捕まえても賞金を貰えないのだがな。

ーー

「申し訳ありません。証拠を残してしまいました」
 エヴァルタがぺこりと頭を下げる。彼女の髪の毛が現場に残っていたらしい。こんな色をした人物はこの国ではひとりしかいない。この街にいると、盗賊達にばれてしまった。
「仕方無いさ。とにかく戻ろう。しばらく外出は難しいな」
 フードはずっと深く被っているが、さらに深く被り直し、私達はエルシャの家へ歩を進めた。

ーー

「どうだった?街の様子は」
「ああ、厳しいな。越境の障害がもうひとつ増えた」
 私は黒板に、『盗賊に狙われている』と書き加えた。
「何したのよ」
 即座にエルシャに突っ込まれる。
「魔物の森を突っ切った。道中ぶつかった盗賊と戦った」
「……なるほどね。森の盗賊」
 エルシャもメモ帳に書き加える。メモは彼女の癖だ。
「真面目ですね」
 それに、エヴァルタが突っ込んだ。エルシャは彼女と私を見て、溜め息を吐く。
「あのねぇ、私は凡人なの。あんたらと違って脳内で状況を全部整理できないの。メモは良いわよ?忘れることないし」
「い、いえ。決して馬鹿にしたわけでは……。メモを取るほど真面目に考えてくださることを、感謝しています」
 両手を振るエヴァルタ。それを見てエルシャはもうひとつ溜め息。
「別に怒ってないわよ」

ーー

「それで、具体的にどうするのよ」
 改めて考える。国境越えがさらに難しくなってしまった。街に留まるほど状況が悪化していく。
「盗賊と騎士団が街に向かってるなら、衝突するだろう。そうなれば美味しい」
「その商人の人も襲われないでしょうか」
「可能性はあるな。しかも盗賊の噂を聞いて商隊の進路を変更する可能性も高い。盗賊は商人の天敵だからな」
「う~ん……」
 エルシャはメモを睨んで唸る。その様子を、エヴァルタは不思議そうに見詰めていた。
「取り合えず、エヴァルタちゃんは外出禁止ね。今日は休みましょう。考える時間が必要よ」
 その言葉で作戦会議は終了した。
 この【蒼穹の街】。国境近くのこの街に、ひとりの反逆者と『翡翠の一族』が入った。そしてさらに、騎士団と盗賊が迫り、商隊も街へ向かっている。
 ごった煮だな。だが何が起こるか分からないなら、活路は見出だせる筈だ。
 そしてギアは、こんな事態に何をしているんだ。

ーー

ーーーーーー

「……以上が、【天蓋の街】での一部始終と報告です」
「承知した」
 【天蓋の街】の一角。駐屯兵の詰所に、彼らの姿があった。報告を聞いた彼は机に座り、自慢の眉毛を弄って考えるポーズを取る。
「……あの筋肉野郎、反逆者に加担したのか」
「……」
 レットが独り言を言い始めると、報告者は所在無さげにしている。
「もう下がって良いぞ。報告ご苦労だった。後は我々が引き継ぐ」
「……えっと」
「なんだ?」
 そのそばかすの男は、レットの刺すような視線に耐えきれず眼を逸らし、しかし言葉を続けた。
「その、レット。ひ、久し振り、だな」
「ああそうだなラシャ。あとは任せて、【落陽の街】へ戻れ。それと」
 レットは立ち上がり、強引にラシャと視線を合わせた。
「曹長まで成り上がったお前が、上官への言葉遣いと礼儀を知らない訳は無いだろう。直属じゃないにせよ、だ。例え訓練時代の同期であっても、もう我々は卒業したんだ。今俺とお前の関係は『騎士団副団長補佐』と『駐屯兵科曹長』だ。良いな?下がれ」
「……はい。失礼いたしました」
 明らかに怒りを露にするレットに、ラシャは竦んだ。そして屈し、部屋を後にした。

ーー

「……」
 ひとりになったレットは肘を突きながら、再度報告書に眼を通す。
「(ラシャに、フロウ、ギア。ここへ来て……奴等と顔を会わすとは。だがこの命令は遂行せねば、俺は次へ進めまい)」
 レットは部下を引き連れ、フロウらが向かったと思われる【蒼穹の街】へ向けて出発する。
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