探求心の魔物

弓チョコ

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7.首席のふたり

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「――それで、軍を敵に回したのね」
「ああ」
 見渡す限りの本棚と、整頓された本に囲まれた部屋。中央にある机に、私達は座っていた。
 ここは【蒼穹の街】にある市民図書館。その近くにある、彼女の借家だ。
 目の前には丸い眼鏡を掛けた金髪の女性がメモを取っている。隣にはエヴァルタがキョロキョロとしている。まるで城の蔵書庫のような部屋に興味津々といった様子だ。
「まさか、ここまで天職にありつけているとは、エルシャ」
「まあね。お陰さまで最近充実しているわ」
 エルシャは士官学校を辞めてこの街へ来てから、図書館の職員をしていた。現在司書資格を取るために勉強中らしい。職員の制服がとても似合っている。
「で、あの馬鹿は?この早さでここへ来たということは、合流はできたんでしょう」
「ああ。だが街に着いた途端、君の居場所を伝えてすぐにどこかへ行ってしまった。喧嘩でもしたのか?」
「まあそんなところね。私は男を見る目が無かった。それだけよ」
 エルシャは窓に溜め息を吐いた。それでも恐らくは、まだ彼を好いているのだろう。
「話を戻すけど、これからどうするの?」
「当初の計画は狂ったが、なんとかして国境を越えたい」
「……じゃ、現状を整理するわよ」
 エルシャは立ち上がり、後ろの黒板に状況を書き始めた。

ーー

・目的:国外へ出る
・手段:国境を越える
・条件:フロウとエヴァルタ2名が国境を通過すること

・国境の状況
①街から馬で3日ほど進んだ先の荒野に国を囲む壁があり、随所に門(関所)が設けられている
②衛士が多数配備されており、交代制で隙がない
③壁の上にも有刺鉄線が張られており、登るのは困難である

・国境を越える方法
①役所に申請を出し、受理後に関所を通過する
②強行突破
③見付からないようにこっそり越える
④商人になりすまし税を払うことで通過する

・現状こちら側の問題
①反逆者と逃亡者であり、申請はまず通らない
②武装もしていないため、強行突破は不可能
③監視と衛士の眼から逃れるのは困難
④旅商人の証を持っておらず、税を払う資金も偽装する商材も無い

・こちら側の戦力
①フロウ・ラクサイア(中性であり変装は有効)
②エヴァルタ・リバーオウル(翡翠の一族であり戦闘力)
③ギア・ウルフロード(馬鹿であり戦闘力、馬を持つ)
④エルシャ・オーシャン(特になし)

ーー

「このくらいかしら」
「特になしとは?」
 書き終わったエルシャに、エヴァルタが訊ねた。
「別に意味は無いわよ。あまり力になれないってこと。戦えないし」
「ふむ。まだあるぞ」
 私も立ち上がり、エルシャからチョークを受け取る。

ーー

・考慮すべき問題
①軍に追われているため、警備を強化している可能性がある
②すぐにでも指名手配される恐れがある
③追跡者はラシャ・アルレットだが、時間が経つに連れ騎士団が派遣される可能性もある
④街と国境までの間に盗賊がいる可能性がある

ーー

 私は⑤にエルシャとギアが喧嘩中、と書こうとして止めた。
「ラシャに追われているの?」
 エルシャはそこに食い付いた。
「ああ。厄介だ。曹長に昇進して権力を増した」
「ラシャ……さん?は、先輩達の中で出世頭なんですね」
 エヴァルタの言葉で、私とエルシャは目を合わせた。
「いいえ、エヴァルタちゃん。確かにラシャは『そばかす王子』と呼ばれるほど優秀ではあったけど……」
「優秀には聞こえないがな」
「……私達36期の中心人物、及び首席は、ふたり居るのよ。ひとりはそこのフロウ」
「えっ!」
 エヴァルタが翡翠の眼を輝かせて私を見る。エルシャは誇らしそうに語る。彼女は中退こそしたが、同期を大切に思っていたのは間違いない。
「私は中心に居たつもりは無い」
「ふふっ。そのもうひとりが、出世頭ね。何をしても完璧だった、『皇帝眉毛』」
 誇らしそうに語るエルシャだが、エヴァルタはアダ名を聞くと少し引いた。
「……先輩達のアダ名って、なんかあまり格好良くないですよね」
 そういうお前は『寝相爆弾』だけどな、と私は心で思う。
「名前はレット・アランガード。確か配属先は……」

ーー

ーーーーーー

 所変わり、【慧日の街】。エヴァルタの故郷である。戦禍に巻き込まれた街は2年でほぼ復興を遂げ、終戦のシンボルとして人も戻りつつあった。
 街の高台に建設された城。用意された自室で、彼は窓から街を眺めながら、1通の手紙の封を開けた。
「……」
 手紙は中央からの指令書である。そこには、彼を街から出すことが書かれていた。
 彼は自慢の太い眉毛を弄り、窓から空を見た。
「……『翡翠の一族』エヴァルタ……」
 手紙に書かれた逃亡者の名前と詳細。そこには勿論、彼の心を揺さぶる名前が挙がっていた。
「フロウ・ラクサイアだと……?」
 そこへ、部屋の扉がノックされた。
「副団長」
「おう」
 客人は騎士団の副団長。彼の上司である。現在非番のため、鎧は着ていない。
「手紙読んだか?」
「ええ。今しがた。これは……」
 副団長は彼の肩をぽんと叩いた。
「中央から仕事が回ってくるとはな。評価されてるぜお前。行ってこいよ、レット」
「……」
 レットは鋭い視線を再度手紙へ向けた。そこの名前を見て、眉根が寄る。
「レット?」
「ええ。分かりました。任せてください。反逆者は必ず捕まえます」
 それを聞いた副団長は首を傾げた。
「いや、目標は『翡翠の一族』の方だぜ?」

ーー

ーーーーー

「き、騎士団って、新兵がなれるものなんですか?」
 レットの話を聞き、エヴァルタが驚きの声を上げる。
 騎士団とは、ただの軍隊ではない。精鋭揃いの、王族を守る使命を直に賜わった最強の軍団だ。中でもレットの所属する『王の剣』騎士団は、王の命令ひとつで世界中どこにでも出向いて敵を制圧する機動力、戦闘力に秀でた騎士団である。つまり、剣術、馬術、戦術において彼らより上の部隊はこの国にいない。
 レットはそんな最強の騎士団に新兵で入団しただけでなく、2年で『副団長補佐』という役職まで駆け上がった。間違いなく逸材である。
「そして、そんな騎士団が追ってくるかもしれない。『一族』とは、国にとってそこまで重要なものなんだ」

ーー

 今夜はエルシャの家にお世話になることにした。いや、しばらく厄介になるかもしれない。というかギアはどこへ行ったのか。
「以外と……広い?」
 借家と言えど、先程の部屋以外に3人が寝るには充分なスペースがあった。図書館職員は給料が良いのだろうか。それともギアが稼いでいたのだろうか。
「最近広く感じてたからね。賑やかで嬉しいわ」
 とエルシャは言う。
「ああ、ふたりで住む用に借りたのか。だが4人だと狭いぞ」
「どうせ帰ってこないわよ、あの馬鹿は」
 エルシャは素っ気なく言って、布団を用意し始めた。
 本当に、何があったのだろうか。
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