探求心の魔物

弓チョコ

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6.探求心

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 何から話したものかと考えたとき、やはり私達の出会いからだと思い至った。
 2年前だ。

ーー

「初めまして。今日からこちらでお世話になります、エヴァルタ・リバーオウルです」
 私は当時の仕事柄、城にはよく出入りしていた。警備体制やシフトなど、労働力の効率化を任されていた私は、参考にと城内の環境を視察していた。『中性』であるが故に城の者からは奇異の眼で見られていたが、気にしていなかった。
 彼女は勤務初日、城内の者だけでなく、部外者の私に至るまで全員に挨拶して回っていた。それは几帳面とか、真面目とか、礼儀正しいとか。そういう理由もあるのだろうが、大半の従業員からは、こう思われていた。
 『翡翠の一族』が来た、と言って回っているのだと。
 彼女の経歴は、資料を見れば分かる。エヴァルタ・リバーオウル当時17歳は、14の時に入隊し、3年の訓練を経て異例の速さで近衛秘書に抜擢された。出身は東の街で、他に特に目立った点は無い。
 彼女が『戦争孤児』ということ以外は。
 戦争が終わったのが、私が10歳になる年、彼女は8歳ころのことだ。当時、そこは激戦区だった。【慧日の街】。海沿いのその街に敵国の侵入を許した我が軍は、どうにか押し返そうと健闘した。
 エヴァルタの父と母、そして兄は、そこで死んだらしい。
 その日一家は地下の避難壕に避難していた。いくつかの家族と一緒に、そこで怯えて隠れていた。避難壕は大地を盾とする最大の防御だ。剣や弓はもちろん爆弾の衝撃も防ぐ。
 そこへ、自軍の兵士がやってきた。怪我をしていて、一時避難させて欲しいと。家族は快く受け入れた。自分達を守るために戦ってくれている兵隊さんは、誰であろうと英雄だ。
 だが結果的に、そこの避難壕の人達は全滅した。避難してきた兵士を狙い、敵軍は毒物を含んだ兵器をそこへ投入した。壕内はほぼ密閉された空間である。毒が拡がり、市民はもちろん全員が死んだ。
 敵軍も軍人だ。市民には用は無く、わざわざ体力と戦力を使って避難している一般人を攻撃することは無い。その避難壕は、味方兵士を招き入れたことで、全滅してしまったのだ。
 戦闘後、回収と調査に来た兵士が避難壕で声を圧し殺しながら泣いているエヴァルタを見付けた。彼女は、彼女だけは生きていた。『毒にやられたショックで気絶はしたが、体内で分解し克服した』後、家族の死体の中から起き上がったのだ。
 それが『翡翠の一族』の特異体質、『不死身』である。

ーー

 彼女は軍に丁重に保護された。そして数年後、彼女が強く志願したことで、訓練兵となる。
 そんな彼女が、何を思って兵士となり、その後逃亡したのか。
「すみません、ちょっとお時間いいですか?」
「?」
 彼女が城へ来て数日とたたない頃、彼女の方から私に話し掛けてきた。
「フロウ・ラクサイア。36期生で、駐屯兵だ」
 なんでも、私のことを『城一番の物知り』と聞き付けてきたらしい。別に城常駐ではないし、物知りでも無いのだが。
「世界について?」
「はい」
 周りの視線を浴びながら、城の食堂で話を聞く。『一族』のことは昔調べたことがある。歴史上、共通する彼らの特徴として、私は思い出した。200年前の、建国の父と呼ばれる『珠虫』のアゾート・ミックスも、進軍皇帝と呼ばれた『臙脂』のヴェルト・シェルスターも、この特徴と一致する。
 『飽く無き探求心』である。書物に出てくる彼らはことごとく、好奇心の塊であった。世界を踏破したとか、何十年も遺跡に籠ったとか。
「1000年前までの人類史と、それ以降では進化の過程が全く違うのです。『一族』の出現や『中性』の存在など、今の人類には不純物が多すぎる。繁栄するのは異常だと思うんです。だって彼等は、人間とは『別種』の突然変異でしょう?」
「……つまり、『我々は何者か』と」
「そう!そうです!ああ、やっぱり貴方に話してよかった、先輩!」
 確かにおかしい部分はある。『一族』は1000年前に突然現れている、と歴史書にある。それまでは人間は人間しかいなかった。
 当初は迫害対象だったが、彼等は人間より全てが秀でていた。やがて人間は彼らの能力を認め始め、王に立てた。そこに戦争はなかった。『一族』は他の『一族』と手を組むこともなく、ただ人間社会に溶け込み、それぞれの分野で活躍した。
 私(中性)に対しては群れに紛れ込んだ異物を排除する本能を持つ人間が、彼ら(一族)を受け入れたのだ。
「私は人間から生まれました。それは事実です。でも私は、彼ら人間を見て『同種』とは思えない」
「見下しているのか」
「あっ!いえ、違います。そんなつもりはありません。ただ何か……引っ掛かるのです」

ーー

 そんなエヴァルタの話を、私はずっと聞いていた。それから、城に足を運ぶ度に彼女と話をした。『不死身』を持つ彼女が、軍に普通にメイドをさせられていることが、不思議だと言っていた。本来なら、人類の発展のためにモルモットにでもされて不死身を解明しようとするはずだ、と。
「身体検査は?」
「死ぬほど受けさせられました。それだけですね」
「だろうな。今国が保持している『翡翠』は君だけだ。失う訳にはいかない。肉体的にも、信頼的にもな」
 思えば、他人と違うという点において、私達は意気投合したのだろう。
「これからどうするつもりだ?」
「私は自分が何者かを知るために、旅をするつもりです。それに備えて、技術と知識を得るために兵士になりました」
「なるほどな。『探求心』か」
「ええ。知らないことを知れるのは幸福です。私は生を実感する。だから、いつも新しいことを教えてくださる先輩との時間は、好きです」
「……」
 私は、彼女に少しずつ心動かされていた。冷静に今思えば、『一族』にはそういった特徴があるのかもしれない。『求心力』とでもいうのか、人を惹き付ける何かが。

ーー

「協力しようか」
「えっ!」
 エヴァルタとの関係が1年半ほど続いた頃、私は休みの日も城へ足を運ぶようになっていた。彼女が仕事の時は城の蔵書庫で文献を読み、彼女の休憩時にそれを聞かせていた。新たな知識を得て喜ぶ彼女を見るのは私も好きだった。いつしか私は本当に『物知り』になっていた。
「別に現状に不満がある訳じゃない。仕事はやりがいがあるし、同僚も悪い奴じゃない。だがやはり、私はどこか、彼らと距離を置いてしまう」
「……」
「人は無意識に、『性別』で対応を変える。『性別という眼鏡』を通して個人を見る。付加価値のようなものだ。個人とその性別、立場などは決して切り離せない、無視できない。例えばもしお前が老練な教導隊員なら、私は敬語を使うだろう」
「……でも」
「そう。お前と話す時は、その眼鏡は外れている気がする。お前は眼鏡を持っていない。私がもし男性でも、女性であっても、態度は変えなかったろうし、同じように去年話し掛けてきただろう」
 常に『中性』という眼鏡から見られてきた私にとって、彼女の存在は救いに似ていた。彼女との時間は何物にも代えがたい宝だったのだ。
「ありがとうございます!」
「軍を抜ける予定はいつだ?」
「遠くありません。ここに居ても、私は成長できない気がするので」
 彼女は「先輩の話は勉強になりますけど」と付け加えた。
 彼女はまだ知らなかった。国にとって、『一族』がどれほど貴重なのか。身体検査しかしなかったから実感がないのは仕方ないが。
「軍は君を辞めさせない。一生首輪を外さないだろう。歴史が証明している。繁栄を支えた歴史の裏には、やはり悲劇は付き物だ」
「えっ。……じゃあ」
「逃げるしかない。それを協力しようかと提案したんだ」
 今思えば異常な判断だった。いつしか私にも世界への『探求心』が芽生えていたのだ。それはエヴァルタから貰ったものなのか、『異物』である私に元からあったものなのか。

『自分が何者かを知るために』

ーー

 こうして、私達は逃亡の準備を始めたのだ。
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