探求心の魔物

弓チョコ

文字の大きさ
6 / 18

5.魔物の森

しおりを挟む
 数ある童話、寓話の中には、舞台となった場所が明確にあることもある。
 元々は違う名前だったが、それが有名になったことで、この森はこう呼ばれるようになった。
 『魔物の森』と。

ーー

「ギアお前、エルシャはどうした」
 この男は、私の計画を無視して【天蓋の街】まで私達を迎えに来ていた。ならば国境沿いの街【蒼穹の街】には、エルシャを置いてきたということだ。
 森を行きながら、ギアに訊ねる。エルシャ・オーシャン。『眼鏡小町』と呼ばれた、同期一番の優等生だ。
「あー……知らねえ」
 ギアは濁すように答えた。確か彼等は恋仲……では無かったようだが、一緒に【蒼穹の街】へ出た筈だ。
「どういうことだ?彼女も【蒼穹の街】に居るのだろう」
「……さあな」
「?歯切れが悪いな。お前達、何かあったのか」
 ギアは頭を掻きながら、私の眼を見ない。喧嘩でもしたのだろうか。
「エルシャって?」
 そこへ、エヴァルタからの質問が入る。
「私達の中で、一番の優等生だった者だ。戦闘分野はからっきしだったが、知識、知恵に関しては彼女は一歩抜きん出ていた。聡明な女史だ」
「そうなんですか。兵科は?」
「いや、彼女もギアと同じく、卒業はしていない。ふたりは同時期に辞め、首都を去ったんだ」
「駆け落ちですか!?」
 エヴァルタの眼が輝いた。
「そんなところだ。馬鹿で考え足らずなギアを放っておけなかったんだろう。そのまま文官になっていれば良かったものを、最大の愚行と言われている」
「……」
 私がエルシャの事を話すと、ギアは何故かそわそわし始める。何かあったのは間違いないが、この様子だとギアは話したがらないな。
 どうでも良いと切り伏せても良いが、私達の計画に関わる可能性がある。

ーー

「待て!」
「!」
 不意に、ギアが皆を制止した。追っ手か?
「前方から血の臭いだ」
「えっ」
 私には分からない。エヴァルタも気付いていない。ギアは頭は弱いが、体は丈夫でスペックが高い。彼の五感も、普通の人間より研ぎ澄まされている。恐らく臭いは本当だろう。
「盗賊か何かか?」
「だろうな。ここは魔物の森だ」
「ああ」
 この森は、童話と同じく、村を襲い人を惑わせる邪悪な魔物が実際に住み着いている。
 正体は、森を根城にしている盗賊だ。
「道から外れるとローヴィの足に悪い。かと言って引き返せる訳もない。進むしかないぞ」
 ギアの意見は尤もだ。
「ローヴィで走り抜けるか?」
「『黒馬』の燃費はとても悪い。次疾走するともうラシャを撒けねえぞ」
「ど、どうしますか?」
 エヴァルタが不安そうに私を見る。
「元々、盗賊が居るのを承知の上でこのショートカットを選んだんだ。なあギア。盗賊とラシャ、どちらが怖い?」
「……ははっ。決まってら」

ーー

「おい、止まれ」
 ローヴィの手綱を引き、ギアとふたりで進む。開けた場所にボロい建物が見えた。先程襲われた人達は全滅したようだ。そこには死体を漁る男達が数人。
「なんだお前、女と馬1頭連れて、なんだそりゃ」
 フードを深く被る。私は、ぱっと見だと女に見えることを知っている。……良い気はしないが、相手の油断を誘える分、今は男よりましか。
「ああ。ここを通してくれ。どうしても先に行かなければならない」
 ギアが前へ出て、交渉する。
「通りたいならどうぞ?だが通行料てのがあってな」
 それは街の入り口か、国に指定された場所にあるものだ。こんな森に、関所がある筈がない。
 だが、そんなことはお互い分かりきっている。
「馬は駄目だ。長旅だからな。だから女を用意した。【天蓋の街】の踊り子だ。これで勘弁してくれ」
 ギアが私の背を押して出す。盗賊達はにやりと笑い、私の肩に腕を回した。
「ほう。良いだろう。ちと身体が貧相だが、顔は悪くねえ。だが、それで通行料はお前ひとり分だ」
「は?」
「馬の分は何で払う?」
「……」
 盗賊は楽しそうにギアへ詰め寄る。そこへ、他の盗賊も気付いて近付いてきた。死体漁りは終わったようだ。
 全部で6人。
「おい、黙ってんなよ、色男」
 ギアへ詰め寄る盗賊が、彼の腰へ手を伸ばす。
「高そうな剣だな?」
「これで許してくれるか?」
「はっ。そうだな……良いだろう。実は人を殺すのも楽じゃなくてな。案外死なねえのよ。これが疲れる」
「そうなのか」
「ああ。あんたみたいに話の分かる奴だけなら良いんだが」
「そうか」
 ギアが私に目配せをした。合図だ。私はマントからナイフを取り出し、腕を回す男の首に突き刺した。

ーー

「ぐっ!?ぎゃ、ぁぁあ!!」
 即座に身を屈ませて拘束から逃れ、腹にもう一撃。人は案外死なない。だが、こいつはもう動けない。
「はぁ!?」
 驚いてこちらに振り向く男に、宣言通りギアが腰の剣を抜いて切りつける。体勢を崩した所に、私のもう一撃。あと4人。
「てめえ!やりやがったな!」
 すぐに周りの盗賊が武器を取る。しかしその内のひとりは、背後からの強襲で倒れた。
「!?」
 エヴァルタだ。彼女はギアから脇差しを借りて、今まで忍んで貰っていた。
 あと3人。
「……!」
 私とギア、そしてエヴァルタで残りの3人を挟む。硬直状態になった。
「てめえ!騙しやがったな!」
「お互い様だな」
「殺す!」
 ひとりが私に切りかかる。どうせなら3人で来た方が良いのだが、盗賊にそこまでのチームワークは無い。
「『女』に手を上げるのは、盗賊以下だぜ」
 間に入ったギアにより、そのひとりは地に伏せた。
「ふう。……あとふたり。いや、ひとりか」
「!?」
 仲間が殺されるのをじっと見ているとは。しかし気持ちは分からなくもない。いざというとき、人は案外動けないものだ。
 動けるものは、相応の強い気持ち…つまり覚悟を持っている。
「ひとり逃げますっ!」
 エヴァルタは既にふたり目を切っていた。碌に教養も無い盗賊と、正規に剣を修めたエリートの彼女。力の差は歴然だ。
「くそっ!なんなんだこいつら!頭に報告を…!」
 逃げ出した最後のひとりの頭上に、巨大な黒い影が差した。

ーー

「……頭と言っていたな。まあ6人程度な訳は無いか」
 べっとりと血の着いたマントを脱ぎ、辺りを確認する。仲間が来るとしても、まだ時間があるか。
 ローヴィの蹄に傷が無いか確かめて、足をどけてもらう。奴等は軽装だが防具を着込んでいた。しかし鉄板程度では、『黒馬』の蹄は負けないらしい。
「……」
「ギア。どうした?」
 ギアを見ると、自分の手を見詰めていた。私が声をかけると、それをぎゅっと握りしめた。
「……いや。まあ、こんなもんかとな」
「そうか」
 この男は馬鹿だが良い奴だ。人を殺したのは初めてだろう。
 ……エヴァルタも。
「先輩」
「!」
 エヴァルタの方を見ると、彼女は顔が真っ青になっていた。
「だ、大丈夫です。ちゃんと、殺します。先輩のため……」
「お、おい……」
 やや虚ろ気味に呟いてから、エヴァルタは自分の頬をばちんと叩いた。
「もう大丈夫です。心配お掛けしました。私の剣は、人の役に立ってこそ。このために今まで鍛練していきたので」
「……」
 次の瞬間、エヴァルタの表情はもう元に戻っていた。
 因みに、殺さない選択肢は無かった。彼等はよくやってくれた。ギアは私達を守る義勇の正義感から。エヴァルタは私への信頼から。だから人も殺して見せた。
 私が……。
「大丈夫です」
「!」
 いつの間にか俯いていたようだ。エヴァルタが私の手を握ってくれた。
「先輩は間違っていませんよ」
 その言葉に、助けられた気がする。私が、折れてはいけない。
 くそっ。私だって殺しは初めてだよ。ああだからどうした。それでも前へ進まねば。
「ありがとう。……行こう。他の盗賊に見つかる前に、森を出る」
 私達は迷い無くローヴィに乗った。森は広いが、突っ切るだけなら1日かからない。ここを真っ直ぐだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...