探求心の魔物

弓チョコ

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4.筋肉狼

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 街中に響き渡る、呼び笛の音。それが聞こえると街の人々は家屋に避難し、街の兵士は音のする方へ向かう。
「くそっ!」
「先輩っ!呼び笛は破壊したんじゃ……!」
 私達は慌てて、街の出口を目指す。呼び笛を使われたんじゃ、騒ぎになるどころじゃない。
「甘かった……!相手は私を知るラシャだ。私が『予備の笛』まで破壊することを予想し、もうひとつの予備を用意させてたんだ。衣服は全て調べたが、それも織り込み済み。まさか剣の柄か?」
 なんにせよ、してやられた。ラシャは『私』を追っていたというのに、私はただ『軍』から追われているだけの感覚だった。
「まずいぞ。『笛の音が鳴っているのに家屋へ入らない』人物がふたりも居る。そしてそれは、市民の眼にも映る」
「ろ、路地裏は!?」
「『路地裏から』探すんだよ、奴等は!つまり」
「つまり?」
「強行突破しかない。こうなると追っ手を分散させて、私達へ辿り着く馬を1頭に絞る」
「どうやって!?」
「地図は頭に叩き込んだか?」
「い、一応っ」
「よし。2手に分かれる」
「えっ」
 早口で合図と作戦を合わせ、私達は十字路で分かれた。

ーー

 街の出口。それ自体はいくつもあるが、やはり私は読まれていたようだ。
 並んだ衛兵数人の先頭に、ラシャが歯を出した笑みを浮かべていた。
「よう『オトコオンナ』。今日も色んな人に迷惑を掛けてるな。それもいつもの『好奇心』か?」
「やあラシャ。私ひとりを捕まえるのに、こんな街までご苦労だな」
 私を囲むように、背後からも続々と兵士が集まる。当然だが、出口は全て固めていただろう。私達はまんまと新兵の罠に掛かったようだ。
「おや、『翡翠』の彼女はどうした?置いてきたか?」
「……はは、君こそ、兵士がふたり足りないぞ」
「……?」
 ラシャの油断だ。余裕の気持ちで、私を完全に追い詰めたと思っている。だからすぐに捕まえず、こうして毒づき合いなどしている。
「まあいい。捕まえろ。『翡翠』の方も、すぐに見付け出して……」
 ラシャが兵士に合図を送ろうとした瞬間に、またしても呼び笛の音が響いた。
「!?」

ーー

 私の作戦はこうだった。まず私がラシャ含め兵士の大半を出口で引き付ける。奴なら私に絶望感を与えようとする筈だ。
 そして、先程風呂を覗きに来た新兵のような『餌』のひとりを、エヴァルタに任せる。彼等は恐らく命令を貰って街に出てから、指揮が無い状態だ。見付けたら笛を鳴らす、くらいしか言われていない。
 その内馬に乗っている兵士に近付き、馬を奪う。優秀なエヴァルタなら可能だ。相手が新兵なら尚更。
 そしてその馬で、私を拾って街の外へ逃亡。その先の森へは元々計画で入る予定だった。どこかで馬を乗り捨てて身を隠す。ここまでだ。
 だが。
「はははぁ!英雄ってのは、こういうとき現れるんだよな!」
 その馬は、【落陽の街】の軍馬では無かった。毛並みから鞍から違う。大きさも一回り大きい。世界最大の種だ。燃費も悪く、軍隊用には向かない。
 そして乗っていたのは、その黒い馬を駆る、筋肉の引き締まった大男と、所在無さげに私を見るエヴァルタ。
「おっとぉ!」
 場に登場した馬は、私を囲む兵士を威嚇しながら私とラシャの間に躍り出て、私の隣で止まった。勢い余って馬が嘶きながら前足を宙に浮かせる。
「え…」
 少しばかり放心していた私の気を取り戻したのは、ラシャの声。
「き、貴様……何故ここに!『筋肉狼』!」
「おう。懐かしいなー。……ラシャ。お前はまた前髪ぱっつんか」
 黒い馬に乗る男は、薄い鎧を着込み、腰に剣を2本差している。だが、正規兵ではない。
 狼狽えるラシャを尻目に、『筋肉狼』は馬の上から私をむんずと掴み、ぽいと馬の背に乗せた。
「よう。迎えに来たぜ。お姫様」
「……!」
 言いたいことは死ぬほどあったが、今はそんな暇は無い。
「行け!」
「おうよ!」
 黒い鬣を奮わせながら、その馬は私達を乗せて勢いよく【天蓋の街】を後にした。

ーー

「おい……」
「~♪」
「おい!」
 大男と私とエヴァルタを乗せ、なお速度を落とさない強靭な黒馬。それは軍馬よりも速く、ラシャが追い付くことはないだろう。
「ん?なんだ?お姫様」
 私は追っ手を撒いたのを確認してから、のんきに先頭で鼻唄を歌っている馬鹿男の頭を叩いた。
「その『お姫様』を止めろ。私は女じゃない」
「ははは!俺にとっちゃそんなナリ(体格)してりゃ全員『お姫様』だよ」
「この……」
「馬鹿にしないでください!」
「!」
 声を荒げたのは、エヴァルタ。
「先輩は、性差別を酷く嫌います。例え慣れていても、心は傷付くのです!助けていただいたのは感謝しますが……」
「ははははっ!」
「!」
 エヴァルタの説教も無情に響き、大男は笑い飛ばす。
「……良い後輩を持ったな、フロウ」
「ああ、まったくだ。ギア」
 私も釣られて笑う。この男は馬鹿だが、良い奴だ。変わり無いようで安心した。
「えっ?えっ?お知り合いですか?」
 私とギアを交互に見るエヴァルタ。

ーー

「さて、この辺りで良いだろう」
 数刻馬を飛ばし、森が見えてきた頃。日も暮れてきたので、今日は森に入る前に休むことにする。
「と言うか!ギアお前、なんで【天蓋の街】に居たんだ!馬鹿なのか!?」
 私は、言いたかったことをそこて全て吐くことにした。
「……いや、えっと」
「私の計画では森を越えた街で合流だったろう!そう伝えたよな!?」
「だけどよ、フロウ。行き先分かってんなら俺が」
「それで助けるにしても、あんな堂々と、正体を曝すようにして!相手はラシャだぞ!もう一刻の猶予もない!」
「……すま」
「だけど助かった!お前は英雄だ!ありがとう!」
「……お」
 私は気持ちと頭を整理して、ギアへ握手を求める。
「改めて協力を頼む。『筋肉狼』ギア・ウルフロード。私達を国外へ逃がしてくれ」
「……」
 ギアはぽかんとしていたが、ややあって思考が追い付き、私の手を取った。
「ああ勿論さ。フロウ。困ってる友達は助けるぜ」

ーー

「で、なんだその馬は」
 森の入り口で野宿の用意をしながら、馬の世話をするギアに訊ねる。彼はさっきからずっと馬を撫でている。彼は馬が好きなのだ。
「良いだろ?名前は『狼美(ローヴィ)』だ」
「いや、そうじゃなくて…どこで手に入れたんだ」
 自分の馬が欲しい欲しいとは言っていたが、まさかそんな巨大な馬を手に入れるとは。
「ローヴィとの出会いか?あれはなぁ…」
「長くなりそうか」
「うん」
 じゃあ遠慮しよう。
「先輩。薪集めてきました」
「ありがとうエヴァルタ」
 エヴァルタが茂みから戻ってきた。ナイスタイミングだ。ご飯にしよう。

ーー

「つまり、先輩とギアさんと、あのラシャって人は同期なんですか」
「ああ」
 火を囲み、買った食料と拾った果実や山菜を3人でつつく。雪が降ってきたが、ローヴィは寒さにも強いらしい。『黒馬』という、最強の種なのだ。
「『そばかす王子』ラシャと、『筋肉狼』ギア。お前達は特に仲が悪かったな」
「そうか?ラシャが嫌ってたのはフロウだろ」
「あれ?でもギアさんは兵士じゃないですよね」
「ああ。俺は中退したんだ」
「馬鹿だからな」
「ちげーよ!」
 私達の昔話に、エヴァルタは興味津々だった。私も懐かしんで、遅くまで話してしまった。
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