探求心の魔物

弓チョコ

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12.貴族の交渉

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「……行ったか」
「……」
 ギアはフロウとエヴァルタ、そしてローヴィを見送った後、ゆっくりと立ち上がった。そして目の前のレットに集中する。
「ちっ」
 レットは小さく舌打ちした。街には既に騎士が入っている。どこへいこうが無駄な足掻きだとは……彼は考えない。
「最大のチャンスを逃したなレット。お前達が追い掛けている相手はあのフロウだ。もう捕まらないぞ」
「……貴様と話している暇が出来てしまったな。筋肉馬鹿」
「俺は嬉しいぜ、皇帝眉毛」
 レットは自慢の眉毛をぴくぴくと震わせた。
「その呼び方を止めろ」
「いやぁ良いセンスだと思うぜ」
 ギアが言い切る前に、レットの軍刀が彼へ向けられた。
「八つ当たりだ」
「おう、久し振りにやるか」
 ギアも嬉しそうに、剣を抜く。

ーー

「早馬を送れ。ギア・ウルフロードとエルシャ・オーシャンを捕らえたと」
 数分後。立派な軍服を傷だらけにして、その隙間から流血を見せるレットが、部下からタオルを受け取りつつ命令した。
「……はぁ……はぁ……!」
 レットの視線の先には、仰向けに倒れたギアの姿がある。同じく服や身体がボロボロである。
「おい……ちょっとまてレット……!エルシャ、は。はぁ、関係無いぞっ」
 ギアが息を切らしながら、レットの言葉に異を唱える。
「聞こえなかったか?『捕らえた』と言ったんだ。騎士が駐屯兵や憲兵を差し置いて国民を捕らえる理由はなんだ?」
「……!」
「貴様のような馬鹿にも分かるように説明してやる。暇だからな。……おい」
 レットは額の血と汗を拭い、部下に何かを命令する。すると丘の向こうから、誰かが上がってくるのがギアの眼にも見えた。
「……おい、何してんだ」
 それは、ふたりの騎士に囲まれ、所在なさげに俯きながら歩く、ひとりの女性だった。
「……ギア……」
「エルシャ!」
 レットは既に彼女を捕らえていた。半ば決め付けで自宅を訪ねたが、思った通りの証拠があったため、同行して貰ったのだ。
「ごめん。……ギアにも、フロウにも迷惑を……!」
 エルシャの眼には涙が溜まっていた。
「これを見ろ」
「!」
 レットが突き付けたのは、小さな紙のノートのようなものだった。
「この女の家にあったメモ帳だ。今のフロウ達の状況やお前達の作戦など、事細かに書かれているぞ」
「……そんな……!」
「おいレット、頼むから、エルシャだけは見逃してやってくれ。彼女は何も悪くない。俺ならどうなってもいいから……」
 懇願するギアに、レットは鋭い眼光を向けた。
「ならば我々の監視の下フロウと合流し、奴等を捕らえる手助けをするか?」
「……!」
「出来ぬだろう。フロウとエルシャならエルシャを選ぶだろうが、フロウと自分の命なら、フロウを選ぶ。それが貴様という男だ」
「れ、レット。話し合いましょう。まだ再会の挨拶もしていないわ。ね?とりあえず、ギアの手当てをさせて?ああ、貴方もしないといけないわね……」
「余地は無い」
「ーーっ!」
 ひきつった顔で交渉を持ちかけるエルシャを一蹴するレット。その眼力も相まってエルシャは迫力に負けてしまう。
 万事休すである。

ーー

「いーや、余地はあるね」
「!」
 不意に背後から声がする。なんとも気の抜けた朗らかな声で、その場の緊張感を感じさせない。それが異様であった。
「ふ、副団長補佐!」
「?」
「その、副団長補佐と友人だと言い張る者が……あっこら、勝手にそっちへ行くな!」
 騎士団員達が慌ててレットへ報告に来た時には、既に彼は辿り着いていた。
「いつだって話し合いの余地はあるさ。俺達は人間だぜ?レット」
「……次から、次へと……っ!」
 その、短い茶髪で細目の、物腰軽そうな青年は、柔らかい声でレットを宥めるように語り掛ける。対するレットは、忌々しそうに彼を睨んだ。
「キース!」
 彼の名を、ギアとエルシャが同時に叫んだ。
「ほいほいキースさんだぜ。久し振りだなぁお前ら!元気してたか?」
「いや、元気に見えるかよ……」
「あっはっは。で、なんだこの状況?レットお前、職権乱用で嫌いな同期を不当逮捕か?」
 キースは辺りを見回し、レットに答えを求める。今場を仕切っているのは彼だと即座に見抜く。
「貴様もそうしてやろうか?」
「俺(商人)を敵に回すか?騎士の地位なんざすぐに地に落とせるぜ」
「……何しに来た」
「こっちの台詞だ。何故お前がここにいて、かつての仲間を逮捕してる」
「……貴様が理解できん筈は無いだろう」
「『翡翠』の件か。捕まえたのか?」
「情報は与えん」
「ふむ。この足跡の数と……馬か?『翡翠』ちゃんの髪も落ちてるな。お前が逃がしたのか、ギア」
 キースは地面を観察し、状況を把握した。
「……よく分かったな」
 ギアが感心する。
「貴様も奴に加担するつもりか?」
「何言ってんだよ。俺は『円環の商人』メンバーだぜ。毎年この時期はこの街に来るだろうが。フロウの事なんて街に来て初めて知ったぜ」
「……ならば黙って見ていろ。忠告してやる。すぐに街を、国を出ろ。今この街は盗賊も居る」
「ほいほいありがとさん。じゃあ行こうか、ギア、エルシャ」
「!?」
 キースはふたりを見る。それぞれ驚いた表情だ。
「渡す訳が無いだろう」
 レットが阻む。だがキースは鼻で笑った。
「いーや、訳はあるね。ギアは『魔物の森』で盗賊討伐に貢献した。エルシャはフロウと『翡翠』の子が犯罪者だと知らなかった。彼女についてはそのメモ帳を押収して終了だ。違うか?」
「……盗賊討伐だと?」
「これが証拠だ」
 キースが取り出したのは、鉄板のようなものだった。
「この鎧にはギアの馬の蹄の跡がある。鎧は一点物の盗品で、森の盗賊に盗まれたのは過去に証明されている」
「……だからどうした。善行によって悪行を見逃せと?」
「全くその通りだぜレット。『逃亡加担』と『盗賊討伐』は寧ろ、討伐の方が重く善い行いだ。加担自体はそれこそ誰にでも出来るが、討伐は力がないとできないからな」
「……逃亡したのは『一族』だ。それは覆る」
「ならギアは良いや。エルシャだけ連れて帰るぜ」
 キースの交渉に、レットは少し考え、吐き捨てるように言った。
「……勝手にしろ」

ーー

「キース!ギアが……!」
 騎士団がギアを連れて丘を後にしてから、解放されたエルシャはキースへ泣き付いた。
「安心しろエルシャ。ギアも助かる。今エヴァちゃんが行動してる筈だ」
「えっ?」
「手紙読んだぜ。差出人はエルシャだったが、全く。『移動する商隊』に手紙を出せるのは、そのルートを正確に把握してる奴だけだ。どうせフロウだろ?」
「……え、ええ」
「さて、エルシャはもう先に帰って、ギアの帰りを待ってな。元気でな」
「ちょっ……キースは?」
「再会の杯でも交わしたいが、そうもいかない。騎士団がフロウを見付ける前に回収しないとな。ああ、家までは送ってくぜ」
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