探求心の魔物

弓チョコ

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16.真実への扉

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 雪を踏みしめる音がする。それはテンポよく刻まれ、音の主の楽しそうな感情まで運ぶように、ザックザックと進んでいく。
 朝方。
 新雪を踏み抜いて、音の主は離れまでやってきた。
 小さな町から来た者が見ると王の住む城と見紛うほど巨大な屋敷が聳える、広大な敷地の中。本来は石畳や芝生などが見えるのだが、今は殆どが白い雪に覆われている。
 中心に佇む洋館から伸びた、雪が型どった小さな足跡の点線は、敷地の端にぽつんと建てられた2階建ての離れまで続いていた。
「~♪」
 鼻歌を歌いながら、その小さな来訪者は、離れの玄関に付いてある呼び鈴を鳴らした。
 中の者が現れるまで、身体を揺らして待つ。同時に揺れる長い髪は、銀世界に映えるような濃い紅色……『臙脂色』をしていた。

ーー

「ああ、おはようミーシャ。今朝も早いな」
「おはよう!」
 出迎えたのは、黒髪黒瞳の小柄な人物。体格は女性のようでもあるが、だがどこか少し男性ぽさもある、中性的な人物。
 つまりフロウ・ラクサイアである。
「じいさまが、皆で朝御飯食べようって」
「ああ、良いな」
「エヴァは?」
 ミーシャがフロウの影から、玄関の奥を覗き見る。しかしその先には階段が見えるのみ。フロウはやれやれと手を広げた。
「今起きた所だ。これから髪のセットに入る」
「ええー!遅いよう!」
 ぷくっと頬を膨らませるミーシャの頭に、フロウがポンと手を置いた。
「女性にとって、髪は大事らしいぞ?」
「あたしは毎朝お手伝いさんがやってくれるよ」
「そうか」
「エヴァもやってもらったらいいのに」
「ミーシャはそれで良いけど、私達は旅人なんだ。旅にお手伝いさんは連れていけない。自分のことは全部自分で出来ないといけないんだ」
「むぅ……?」
 フロウの言葉に少し納得してから、ミーシャはあれ?と首を傾げた。
「でも冬の間はここに居て旅をしないなら、お手伝いさんにやってもらったら?」
「……確かにな」
「それか切れば良いじゃない」
「私もそう言ったんだが……」
 そのタイミングで、奥の部屋から仕度途中の女性が出てきた。上が肌着のみで長ズボンを穿いたような着替えも半端だった。
「何を言ってるんですか、先輩も、ミーシャも。髪を切るなんて、有り得ない」
 どうやらこれを言いに来たらしい。
 瑞々しい『翡翠色』の髪を後ろで縛り、ポニーテールにした女性。『翡翠の一族』と呼ばれる、稀少な存在である彼女は、同じく『翡翠色』の瞳でふたりをじっと睨む。
 彼女の名はエヴァルタ・リバーオウル。フロウを『先輩』と呼び、慕っている。
「髪型変えたんだな」
 フロウが彼女の変化に気付く。今までは、背中まで伸びるストレートの髪をそのまま、手を加えては居なかった。
「縛らないと、フードを被っても動くだけで見えますからね」
 説明をしていると、既に興味の無くなった少女の声が遠くから聞こえた。
「おーそーいーよっ!もうお腹ぺこぺこなんだからっ」
 積もる雪をものともせず、ぴょんぴょん飛んでアピールするミーシャ。
 150センチも無いだろう彼女が、5、6メートルほどの高さまで跳び跳ねている。その異様な光景にも見慣れてきたフロウとエヴァルタ。
「……確かに、私(翡翠)とは違った方向で、人類とはかけ離れた性質を持っていますよね」
「私も実際見るのは彼女が初めてだけどな」
 フルネームはミーシャ・オーシャン。エヴァルタの『翡翠』とは別の……『臙脂の一族』。その性質のひとつが『軽量』。彼女は同年代の子供と比べて、体重が15~20%程度しか無い。しかし健康体で、身体に異常は何も無い。
 筋力も同年代の子供と変わらないため、とても身軽に動けるのだ。

ーー

「本日初登場、[那由多の国]から取り寄せた稀少な貝の味噌汁。と、【燦然の街】のブランド品の卵を使ったスクランブルエッグ。【煌々の街】から仕入れた新鮮な野菜のサラダ。ベーグルは勿論【陽光の街】産。ミルクは当然【朝焼ブランド】……で、ございます」
「うむ」
 洋館にある、会食堂。並べられた4人分の朝食をすらすらと解説するメイドに、顎髭を弄りながら頷く老人。
 隣にミーシャが座り、今にも手を着けようとしている。
 向かいの席に、フロウとエヴァルタが並んで座る。興味深い品々を前に、こちらも待ちきれない様子だ。
「揃ったな。では頂こう」
 老人は『翡翠色』の顎髭をひと撫でし、音頭を取った。
「いただきまーす!」
 勢いよく食べ始めるミーシャ。続いてフロウとエヴァルタも食指を動かす。
「……『味噌汁』というのは初めて聞きました」
「そうだろうな。だが『発酵食品』であれば、いくらかは理解できるだろう」
「パンや紅茶と同じなのですか」
「そうだ。数種類の穀物と、塩、麹から作られる。海を渡った向こうの外国で作られたものだ」
「……外国の……。わざわざ取り寄せているのですか」
「まあな」
 初めて見るものに興味津々のフロウ。『翡翠』の老人も楽しそうに語る。
「食は美だ。喜びだ。それが私が110年生きて、達した結論である」
 老人の名はティオー・フルロイド。『翡翠の一族』の性質のひとつに『長命』というものがある。彼は110歳と言いながら、60~70代でも通用するほど、実年齢からは若く見えた。
「そしてそれは、やはり大勢で分かち合うべき喜びだ。美味だろう?」
「ええ。とっても」
 不敵に笑うティオーに、エヴァルタもにっこりと返した。

ーー

「さて、『冬を越したい』と言うお前達を屋敷へ上げて3日経つが……『一族』と『中性』が、ここへ来た理由はそれだけではあるまい?」
 朝食後。
 メイド達が片付けに取り掛かる所で、ティオーがふたりへ口にしたその言葉。
 待っていたとばかりにエヴァルタが振り向く。
「ええ。私達は旅人……その旅は、私達の探求心故です。まずは私達が、何者なのか。それを探しています」
「ふむ。奇しくもこの場には、『一般人』は居らぬようだ」
 見回すティオー。それぞれ隣から『臙脂』、向かいに『翡翠』と『中性』。かくいう自分も『翡翠』である。
「そこで、考古学者であるティオー氏を訪ねようと、この[阿僧祇の国]まで来た次第です」
「求めるは知識か。しかし、それは私にとって命と同等に価値がある」
「さらに冬の間招いて頂いた恩まであります。どう返せば?」
 現状を確かめるティオーに、フロウが付け加える。
「お主らは客人だ。ただ私と会食してくれさえいたら良い。それで宿代としよう。そして」
 ティオーは徐に立ち上がった。
「私の講義の受講料は、今も昔も変わらぬ。『語り合い』だ。飽きるまでな」
 このティオー・フルロイドという人物は。
「喜んでお相手致しましょう。日が暮れど、夜が更けど。歴史の生き証人である貴方と語れるなら、この先の人生にてどれだけの財産となるか」
 即答したフロウ・ラクサイアを含め。
 『変人』と呼ばれている。ティオーは昔、大学で講師をやっていたこともある。しかし、話が長すぎて時間内に収まらず、また学生も面倒くさがって受けなくなり、早々に退職したのだ。それに対し本人は、「もっと語らせろ」「でなければ願い下げだ」と憤慨していた。
 フロウは訓練時代、教官に質問しすぎて鬱陶しがられ、ペナルティを受けたことがある。相手が鬼のゼニス・マクファーレン教官であるのだが……それについてフロウは「質問に対する答えではなく、『質問しすぎるとどうなるか』を教えていただいた。貴重な経験だ」と語る。

ーー

「さて」
 場所は移り、屋敷内にある講堂と書庫を兼ねたような部屋。数10人は入れそうな広さに、壁と一体化した本棚にはびっしりと、古いものから新しいものまであらゆる本が並べられ、巨大な黒板ひとつと長机が並んでいる。そのひとつの席に並んで座り、ノートを構えるフロウとエヴァルタ。そして教壇に立ち、顎髭を撫でるティオー。ついでにフロウの隣でちょこんと座るミーシャ。
「世界と人と、『一族』について。私の仮説を、説明していこう」
 いま正にフロウとエヴァルタは、真実への扉を開こうとしていた。
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