4 / 50
序章:人族と亜人族
第4話 【祈り】
しおりを挟む
世界地図を広げると、中心から西側に広がるのが『大森林』。その入り口付近に、ラス達の集落はあった。
レナリアが訪問した『翼人族』の国と『虹の国』との直線距離に、大森林が引っ掛かる。迂回すると時間がかかるため、エルフに許可を得て通っていた。
そう考えると、襲撃者はエルフか、エルフと繋がっている可能性が高い。
「今は、私は生き延びた人族と思われているのでしょうが、もし気付かれれば怖いですね」
森を東へ抜けると、草原が広がっている。現在ふたりは木陰で休息を取っていた。包帯を替えて貰いながら、レナリアは改めて状況を整理する。
「エルフは森で馬車を使わない。奴等はエルフじゃない」
「でもあの森のエルフが、外部からの侵入を許すでしょうか」
「あんたの無力化でメリットがあるか、もしくはそれを黙認したいほど、襲撃者が強力である……とかな」
「100人の傭兵、3人の実行犯。背後には何が居るのでしょう」
――
レナリアの治療を終えると、ラスはその場に寝転がった。
「寝る。この距離ならエルフは出てこない。遠視の範囲外だしな。馬も休ませたい」
レナリアは今朝のことを思いだし、ラスは寝ていないのだろうと考えた。
「……夜になると魔物が出る。昼は安全だから、その辺探索してて良いぞ」
魔物。知性の無い獣のうち、魔力を持つ存在のことである。森に出なかったのは、エルフ族によって整備されていたということなのだろう。
「では、私の膝を使ってください」
時に。
虹の国の女王、レナリア・イェリスハートは、外見こそ10代前半であるが、その実年齢は28歳である。否。
実年齢こそ28歳であるが、外見は10代前半なのだ。
「……は?」
「ポーションを飲んでも、傷が癒えるだけ。角と尾を失った私は歩けないことに変わりません」
レナリアはラスの頭を掴み、やや強引に引き寄せた。
「ラスはいくつですか?」
「……18、だ」
「では。私より10も歳下ですね。さあ」
ラスは慌てて起き上がろうとするが、頭を抑えるレナリアの力が【すぐに振り切れるほど弱い】ことに気付き、それ以上抵抗できなかった。振りきれば、何かを失ってしまう気がしてしまったのだ。
まあ、見た目10代前半の少女の膝で寝ることも、何かを失う気がしたのだが……。
「私にも、あなたと同じくらいの弟が居ます。よくこうやって甘えてきたものです」
「それにしても昔の話だろっ?」
ラスは慌てる。こんな経験は、それこそ子供の頃にしか無いからだ。妙に恥ずかしくなる。
「……あなたには、助けて貰ってばかりです。せめてこれくらいさせてください。それとも、私の膝は具合が悪いでしょうか」
「……」
ラスは答えなかった。否。答えられなかった。
――
穏やかな風が吹いた。ラスはすぐに眠ってしまったようだ。よほど疲れていたのだろう。
「……そういえば。私の仲間を、弔ってくれたのですね。……歴史上『火』を初めて使ったのは人族なのです。それだけではない。最古の知的種族は人族と言われています。あらゆる物は、人族から産み出された。道具も文化も。集落の規模が大きくなることで必要になってくる考え方、交渉の仕方。私達亜人は、人族を見て生き方を学んできたのです。それをいつしか忘れ、魔法が使えないと見下してしまった。あまつさえ、奴隷にした。……あなた(人族)の怒りは尤もです」
レナリアは優しく、ラスの頭を撫でた。
「ですが、私も王です。民のために私は在る。一刻も早く戻り、世界の秩序を乱さんとした襲撃者を罰しなければ」
――
その夜。
「ラス」
「!」
馬が嘶いたこと、レナリアが呼び掛けたことで、ラスは目を覚ました。
見ると既に囲まれていた。ラスは飛び起きて短剣を構える。
「ホーンラビットです」
レナリアが答える。額に角の付いた兎の魔物だ。魔法は使わないが、素早く群れで襲ってくる。草原の代表的な魔物である。
「5匹か」
ラスが立ち上がったことで、5匹のホーンラビットは彼に注目した。
瞬間。
「……不思議です」
レナリアが呟く。5匹のホーンラビットは、その全てが地に伏せ動かなくなっていた。
「一体どういう仕組みなのですか?魔道具?」
魔道具とは、魔力の込められた道具の事だ。これを使うことで、道具の魔力を使い魔法を放てる。人族でも魔法を使うことのできる唯一の方法だ。
「教えられないな。俺はまだあんたを――」
言いかけて、ラスが振り向いた先に。
レナリアの膝があった。つい先程まで、心地好く使わせて貰っていた白く美しく、暖かく柔らかい枕が。
「…………」
「……?」
レナリアは首を傾げる。そう。彼女ならできたのだ。無防備に眠るラスの首を、彼の短刀で掻き、馬によじ登ってひとりで祖国を目指すことも。
ここから先には、虹の国同盟国である『獣人族』の国がある。助けを求めれば、安全になるだろう。エルフや襲撃者の手がどこまで届いているか分からない以上、大怪我によりいざというときに戦えないというリスクはあるが。
それを、思い付けない程度で王になれる筈も無い。歩けはしないが、もしかしたら片角だけでも簡単な魔法なら使えるのではないか。そもそもそれも、演技である可能性がゼロではない。
「……あんたさ」
ラスは頭を掻きながらそっぽを向いた。
「?」
彼女は『少女』ではなく『政治家』。全ての行動は国を想ってしかるべき。
ラスは確かめようとした。目先の利を考えるなら、彼女は信用に足るだろう。現時点で圧倒的に優位なのはラスなのだから。
だが『人族の秘密兵器』を話せるほど信頼できるのか。
「……よく見りゃすげー美人だよな」
人として。ラスはレナリアの人間性を知りたがった。
「!!」
対してレナリアは。
こともあろうに10も歳の離れた少年のお世辞程度で。
「……ちょ……なんです、か。いきなりっ」
良い歳をした、国を背負って立つ女王が。
「そ、そんな言葉ではぐらかそうとしても、無駄ですよっ?」
顔を紅くして挙動不審気味に照れた。
――
「はははっ。まあ、また今度な。さて。兎食うか?俺は腹減って死にそうだ」
笑うラスと逆に、彼をじとりと睨め付けるレナリア。からかわれたと思ったのだ。
「う……恨みますよ」
「悪かったって。だが本心さ。主観じゃない。俺ら(人族)に取っては、殆どの亜人族が美男美女に見える。あんたらの社会でどう見られていようがな。例えば、犬はどの犬種でも可愛いだろ? 同じさ。『ああ、他種族なんだな』って感じだ」
「……なんですかそれ。もういいです」
「え?」
ラスの説明により、彼女の紅潮していた頬は急速に冷めていった。『まだお世辞の方が良かった』と思ったのは、レナリアは人生初めてだった。
――
「魔物を食べるなんて、お腹壊しますよ?」
「好き嫌いか。流石女王だな」
「……また『女王』を蔑称にして」
ラスの『秘密兵器』には、殺傷能力は無い。倒れているホーンラビットを1匹ずつ短剣で仕留め、丸焼きにする。
その様子を、未だ機嫌の直らないレナリアが睨むように半目で眺めていた。
「なんでも食べねえと飢えるからな。人族には魔物を食べると魔力が付くって迷信がある。あんたらは食わないのか」
「単純に不味く、栄養も無い。物好き以外食べる意味はほぼありません」
「腹減らないのか? あんたも昨日から食べてないだろ」
「ですから、あと3日は大丈夫です。怪我のせいで運動もしていない上、魔法も使っていない。5日持つかもしれません」
「低燃費め。これだから亜人は」
「そうですよ。あなた達から見たら、皆『同じ』の亜人です。だから平気です」
「根に持つね女王様」
と、焼き上がった魔物の肉を前に、ラスは目を閉じて【両手を合わせた】。
「――いただきます」
「……それはなんですか?」
その仕草を、不思議そうに見るレナリア。確か、集落を火葬した時にもしていた仕草だった。
「ああ、人族だけの習慣なのか」
ラスもふと気付いた。
「儀式のように見えましたが」
「そうだ。『俺達(人族)が無力だと再確認する』儀式だな。別に食事の前だけにする訳じゃない。……思えば、『これ』をするのは人族だけなんだな」
「? なんという儀式ですか?」
――
その言葉を。
レナリアは一生忘れないだろう。
『人族』という、その根源に関わる儀式。
無力な彼らだからこそ、意味を成す儀式。
「【祈り】。俺達は、命を繋ぐ為の食事の前に。命を失った仲間の為に。誰かの無事を願う時に。……祈るのさ」
「……っ」
気付けば大きな月が出ていた。夜風がさらりとラスを撫で、レナリアを包む。
お世辞ではなく、レナリアは彼とその行為を、『綺麗』で美しいと思った。
「元は宗教行為だったらしいが、いつしか宗教知識は失われた。だけど人族は祈り続けた。元からそういう種族だったのさ。無力故に、何かにすがる。逆に言えば、もはや祈ることしかできないんだが」
「……とても、良いと思います」
直に接する度、彼から話を聞く度。
レナリアは人族を好きになっていっていた。
――
「ここはもう、『爪の国』の領土内では?」
翌朝。
馬で草原を駆けるラスの後ろで、レナリアが訊ねた。爪の国とは、獣人族の国のひとつである。
「そうだ。奴等は縄張り意識が高いから、出会わないよう祈ってな」
「……」
レナリアは早速祈ってみた。しかし知っていた。エルフが森から出ないことで、草原全てが爪の国の領土ということになっていることを。だから、こんな何もない所に獣人族は来ないのだと。
――
しばらく進むと、丘を越えた所に人族の集落があった。周りから見ると死角になるような絶妙な大地の窪みに、それはあった。知る者しか訪れないような集落。やはり人族は、世界に隠れて暮らしているのだ。
「着いた。……が、何か揉めてるな」
「……そのよう、ですね」
入り口に見える岩の隙間には見張りの男がふたり立っていたが、何やら誰かと揉めている様子だ。背が低く、髪の長い少女のように見えた。
だがやがて少女は怒った様子でそこから去り、どこかへ行ってしまった。
ふたりはそれを見て丁度入り口に到着した。
「どうかしたのか?」
馬を降りて見張りに訊ねる。
「……いや、まあ集落に入れろとうるさくてな。種族は分からなかったが、今は少々立て込んでるから、お帰り願っただけだ。……今日はよく訪問者が来る。あんたらの用はなんだ?」
見張りはやれやれと、レナリアを見上げた。整った顔立ちと美しい髪に驚いている。
「済まない。彼女は怪我で歩けないんだ。……俺は森の集落のラス。急用だ。首長から『遺言』を託されてきた」
「は?」
それを聞いて、ラスに向き直って目を丸くした。
「森のあの炎は、それか」
「ああ。俺の集落は滅んだ。立て込んでいる所悪いが、『種』の危機だ。通してくれ」
――
「俺達の集落に名前は無い。森の集落とか、草原の集落とか。簡単な呼び名だけさ。それで足りるんだ」
「……」
入り口から集落までは少し距離がある。ラスは馬から降りたまま歩き、馬を連れていた。
「どうした?」
「私、大丈夫でしょうか。髪色も瞳も、人族とは違います」
「人族でもそんな色をした奴はたまに居る。天下の『竜人』がこんな所に居るなんて誰も思わないさ」
レナリアは、人族のふりをするという話だった。別に隠さなくても良いとラスは言ったが、どこで襲撃者に伝わるか分からないと、できるだけ情報を隠すようにレナリアは言った。
「名前も偽るか? 竜人に会ったことはなくても、王の名前くらい皆知ってるぜ」
「……では『レナ』と。安易ですかね」
「いや、その程度で大丈夫だ。レナ」
「っ!」
その呼び方は、レナリアが幼少時に親しい者に呼ばれていたものであった。それをラスに呼ばれ、レナリアは少し恥ずかしくなった。その後、少しの後悔と共にラスに心の中で謝った。
レナリアが訪問した『翼人族』の国と『虹の国』との直線距離に、大森林が引っ掛かる。迂回すると時間がかかるため、エルフに許可を得て通っていた。
そう考えると、襲撃者はエルフか、エルフと繋がっている可能性が高い。
「今は、私は生き延びた人族と思われているのでしょうが、もし気付かれれば怖いですね」
森を東へ抜けると、草原が広がっている。現在ふたりは木陰で休息を取っていた。包帯を替えて貰いながら、レナリアは改めて状況を整理する。
「エルフは森で馬車を使わない。奴等はエルフじゃない」
「でもあの森のエルフが、外部からの侵入を許すでしょうか」
「あんたの無力化でメリットがあるか、もしくはそれを黙認したいほど、襲撃者が強力である……とかな」
「100人の傭兵、3人の実行犯。背後には何が居るのでしょう」
――
レナリアの治療を終えると、ラスはその場に寝転がった。
「寝る。この距離ならエルフは出てこない。遠視の範囲外だしな。馬も休ませたい」
レナリアは今朝のことを思いだし、ラスは寝ていないのだろうと考えた。
「……夜になると魔物が出る。昼は安全だから、その辺探索してて良いぞ」
魔物。知性の無い獣のうち、魔力を持つ存在のことである。森に出なかったのは、エルフ族によって整備されていたということなのだろう。
「では、私の膝を使ってください」
時に。
虹の国の女王、レナリア・イェリスハートは、外見こそ10代前半であるが、その実年齢は28歳である。否。
実年齢こそ28歳であるが、外見は10代前半なのだ。
「……は?」
「ポーションを飲んでも、傷が癒えるだけ。角と尾を失った私は歩けないことに変わりません」
レナリアはラスの頭を掴み、やや強引に引き寄せた。
「ラスはいくつですか?」
「……18、だ」
「では。私より10も歳下ですね。さあ」
ラスは慌てて起き上がろうとするが、頭を抑えるレナリアの力が【すぐに振り切れるほど弱い】ことに気付き、それ以上抵抗できなかった。振りきれば、何かを失ってしまう気がしてしまったのだ。
まあ、見た目10代前半の少女の膝で寝ることも、何かを失う気がしたのだが……。
「私にも、あなたと同じくらいの弟が居ます。よくこうやって甘えてきたものです」
「それにしても昔の話だろっ?」
ラスは慌てる。こんな経験は、それこそ子供の頃にしか無いからだ。妙に恥ずかしくなる。
「……あなたには、助けて貰ってばかりです。せめてこれくらいさせてください。それとも、私の膝は具合が悪いでしょうか」
「……」
ラスは答えなかった。否。答えられなかった。
――
穏やかな風が吹いた。ラスはすぐに眠ってしまったようだ。よほど疲れていたのだろう。
「……そういえば。私の仲間を、弔ってくれたのですね。……歴史上『火』を初めて使ったのは人族なのです。それだけではない。最古の知的種族は人族と言われています。あらゆる物は、人族から産み出された。道具も文化も。集落の規模が大きくなることで必要になってくる考え方、交渉の仕方。私達亜人は、人族を見て生き方を学んできたのです。それをいつしか忘れ、魔法が使えないと見下してしまった。あまつさえ、奴隷にした。……あなた(人族)の怒りは尤もです」
レナリアは優しく、ラスの頭を撫でた。
「ですが、私も王です。民のために私は在る。一刻も早く戻り、世界の秩序を乱さんとした襲撃者を罰しなければ」
――
その夜。
「ラス」
「!」
馬が嘶いたこと、レナリアが呼び掛けたことで、ラスは目を覚ました。
見ると既に囲まれていた。ラスは飛び起きて短剣を構える。
「ホーンラビットです」
レナリアが答える。額に角の付いた兎の魔物だ。魔法は使わないが、素早く群れで襲ってくる。草原の代表的な魔物である。
「5匹か」
ラスが立ち上がったことで、5匹のホーンラビットは彼に注目した。
瞬間。
「……不思議です」
レナリアが呟く。5匹のホーンラビットは、その全てが地に伏せ動かなくなっていた。
「一体どういう仕組みなのですか?魔道具?」
魔道具とは、魔力の込められた道具の事だ。これを使うことで、道具の魔力を使い魔法を放てる。人族でも魔法を使うことのできる唯一の方法だ。
「教えられないな。俺はまだあんたを――」
言いかけて、ラスが振り向いた先に。
レナリアの膝があった。つい先程まで、心地好く使わせて貰っていた白く美しく、暖かく柔らかい枕が。
「…………」
「……?」
レナリアは首を傾げる。そう。彼女ならできたのだ。無防備に眠るラスの首を、彼の短刀で掻き、馬によじ登ってひとりで祖国を目指すことも。
ここから先には、虹の国同盟国である『獣人族』の国がある。助けを求めれば、安全になるだろう。エルフや襲撃者の手がどこまで届いているか分からない以上、大怪我によりいざというときに戦えないというリスクはあるが。
それを、思い付けない程度で王になれる筈も無い。歩けはしないが、もしかしたら片角だけでも簡単な魔法なら使えるのではないか。そもそもそれも、演技である可能性がゼロではない。
「……あんたさ」
ラスは頭を掻きながらそっぽを向いた。
「?」
彼女は『少女』ではなく『政治家』。全ての行動は国を想ってしかるべき。
ラスは確かめようとした。目先の利を考えるなら、彼女は信用に足るだろう。現時点で圧倒的に優位なのはラスなのだから。
だが『人族の秘密兵器』を話せるほど信頼できるのか。
「……よく見りゃすげー美人だよな」
人として。ラスはレナリアの人間性を知りたがった。
「!!」
対してレナリアは。
こともあろうに10も歳の離れた少年のお世辞程度で。
「……ちょ……なんです、か。いきなりっ」
良い歳をした、国を背負って立つ女王が。
「そ、そんな言葉ではぐらかそうとしても、無駄ですよっ?」
顔を紅くして挙動不審気味に照れた。
――
「はははっ。まあ、また今度な。さて。兎食うか?俺は腹減って死にそうだ」
笑うラスと逆に、彼をじとりと睨め付けるレナリア。からかわれたと思ったのだ。
「う……恨みますよ」
「悪かったって。だが本心さ。主観じゃない。俺ら(人族)に取っては、殆どの亜人族が美男美女に見える。あんたらの社会でどう見られていようがな。例えば、犬はどの犬種でも可愛いだろ? 同じさ。『ああ、他種族なんだな』って感じだ」
「……なんですかそれ。もういいです」
「え?」
ラスの説明により、彼女の紅潮していた頬は急速に冷めていった。『まだお世辞の方が良かった』と思ったのは、レナリアは人生初めてだった。
――
「魔物を食べるなんて、お腹壊しますよ?」
「好き嫌いか。流石女王だな」
「……また『女王』を蔑称にして」
ラスの『秘密兵器』には、殺傷能力は無い。倒れているホーンラビットを1匹ずつ短剣で仕留め、丸焼きにする。
その様子を、未だ機嫌の直らないレナリアが睨むように半目で眺めていた。
「なんでも食べねえと飢えるからな。人族には魔物を食べると魔力が付くって迷信がある。あんたらは食わないのか」
「単純に不味く、栄養も無い。物好き以外食べる意味はほぼありません」
「腹減らないのか? あんたも昨日から食べてないだろ」
「ですから、あと3日は大丈夫です。怪我のせいで運動もしていない上、魔法も使っていない。5日持つかもしれません」
「低燃費め。これだから亜人は」
「そうですよ。あなた達から見たら、皆『同じ』の亜人です。だから平気です」
「根に持つね女王様」
と、焼き上がった魔物の肉を前に、ラスは目を閉じて【両手を合わせた】。
「――いただきます」
「……それはなんですか?」
その仕草を、不思議そうに見るレナリア。確か、集落を火葬した時にもしていた仕草だった。
「ああ、人族だけの習慣なのか」
ラスもふと気付いた。
「儀式のように見えましたが」
「そうだ。『俺達(人族)が無力だと再確認する』儀式だな。別に食事の前だけにする訳じゃない。……思えば、『これ』をするのは人族だけなんだな」
「? なんという儀式ですか?」
――
その言葉を。
レナリアは一生忘れないだろう。
『人族』という、その根源に関わる儀式。
無力な彼らだからこそ、意味を成す儀式。
「【祈り】。俺達は、命を繋ぐ為の食事の前に。命を失った仲間の為に。誰かの無事を願う時に。……祈るのさ」
「……っ」
気付けば大きな月が出ていた。夜風がさらりとラスを撫で、レナリアを包む。
お世辞ではなく、レナリアは彼とその行為を、『綺麗』で美しいと思った。
「元は宗教行為だったらしいが、いつしか宗教知識は失われた。だけど人族は祈り続けた。元からそういう種族だったのさ。無力故に、何かにすがる。逆に言えば、もはや祈ることしかできないんだが」
「……とても、良いと思います」
直に接する度、彼から話を聞く度。
レナリアは人族を好きになっていっていた。
――
「ここはもう、『爪の国』の領土内では?」
翌朝。
馬で草原を駆けるラスの後ろで、レナリアが訊ねた。爪の国とは、獣人族の国のひとつである。
「そうだ。奴等は縄張り意識が高いから、出会わないよう祈ってな」
「……」
レナリアは早速祈ってみた。しかし知っていた。エルフが森から出ないことで、草原全てが爪の国の領土ということになっていることを。だから、こんな何もない所に獣人族は来ないのだと。
――
しばらく進むと、丘を越えた所に人族の集落があった。周りから見ると死角になるような絶妙な大地の窪みに、それはあった。知る者しか訪れないような集落。やはり人族は、世界に隠れて暮らしているのだ。
「着いた。……が、何か揉めてるな」
「……そのよう、ですね」
入り口に見える岩の隙間には見張りの男がふたり立っていたが、何やら誰かと揉めている様子だ。背が低く、髪の長い少女のように見えた。
だがやがて少女は怒った様子でそこから去り、どこかへ行ってしまった。
ふたりはそれを見て丁度入り口に到着した。
「どうかしたのか?」
馬を降りて見張りに訊ねる。
「……いや、まあ集落に入れろとうるさくてな。種族は分からなかったが、今は少々立て込んでるから、お帰り願っただけだ。……今日はよく訪問者が来る。あんたらの用はなんだ?」
見張りはやれやれと、レナリアを見上げた。整った顔立ちと美しい髪に驚いている。
「済まない。彼女は怪我で歩けないんだ。……俺は森の集落のラス。急用だ。首長から『遺言』を託されてきた」
「は?」
それを聞いて、ラスに向き直って目を丸くした。
「森のあの炎は、それか」
「ああ。俺の集落は滅んだ。立て込んでいる所悪いが、『種』の危機だ。通してくれ」
――
「俺達の集落に名前は無い。森の集落とか、草原の集落とか。簡単な呼び名だけさ。それで足りるんだ」
「……」
入り口から集落までは少し距離がある。ラスは馬から降りたまま歩き、馬を連れていた。
「どうした?」
「私、大丈夫でしょうか。髪色も瞳も、人族とは違います」
「人族でもそんな色をした奴はたまに居る。天下の『竜人』がこんな所に居るなんて誰も思わないさ」
レナリアは、人族のふりをするという話だった。別に隠さなくても良いとラスは言ったが、どこで襲撃者に伝わるか分からないと、できるだけ情報を隠すようにレナリアは言った。
「名前も偽るか? 竜人に会ったことはなくても、王の名前くらい皆知ってるぜ」
「……では『レナ』と。安易ですかね」
「いや、その程度で大丈夫だ。レナ」
「っ!」
その呼び方は、レナリアが幼少時に親しい者に呼ばれていたものであった。それをラスに呼ばれ、レナリアは少し恥ずかしくなった。その後、少しの後悔と共にラスに心の中で謝った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
卒業パーティーのその後は
あんど もあ
ファンタジー
乙女ゲームの世界で、ヒロインのサンディに転生してくる人たちをいじめて幸せなエンディングへと導いてきた悪役令嬢のアルテミス。 だが、今回転生してきたサンディには匙を投げた。わがままで身勝手で享楽的、そんな人に私にいじめられる資格は無い。
そんなアルテミスだが、卒業パーティで断罪シーンがやってきて…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる