3 / 50
序章:人族と亜人族
第3話 亜人を狩る人族
しおりを挟む
レナリアは、森での所謂サバイバル術に詳しくなかった。火を起こせば煙が立ち、エルフ族達に居場所を教えることになることを知らなかった。勿論ラスは知っている。だからレナリアを早めに寝かせたのだ。相手を夜目の利かない人族だと思えば、夜襲で簡単に捕らえられる。森の種族は当たり前にそう考える。
次の日の朝。
「……?」
レナリアは異臭で目が覚めた。満身創痍を引きずり、テントを出る。木と枝に繋いだ幕に過ぎないが、寝心地は悪く無かった。
「……え……!」
テントから顔を出して、外を確認する。【異臭は、死臭だった】。
凄惨な光景が広がっていた。倒れているのは数人のエルフ族。そのどれもが死んでいる。そしてその全てのエルフ族から、額の魔石が抉り出されていた。
「……起きたか」
「!」
立っていたのは、ラスひとりだった。今、最後の魔石を取り出した所だった。
「……おはようございます。これは、どう……いうことですか?」
もう、大体何が起きたかは想像できたが、だが疑問である。ただの人族でしかない彼が、どのようにしてエルフ族を相手に無傷で勝つことができるのか。
「すまんがすぐに出発だ。奴等の本隊が今来たら、さすがに勝てん」
だがラスははぐらかし、手際よくテントを回収しレナリアを担ぎ上げる。
「……もう少し、なんとかなりませんかね」
まるで俵のように肩に担がれたレナリアは、言ってしまえば無様であった。
「ああ。早く馬を回収しよう。襲撃者の馬車は無事な筈だ」
「!」
まずは、襲撃された地点へ向かう。当初の予定通り、ふたりは森を掻き分けて進んでいった。
――
「あった。荷車も無事だ」
道に出ると、昨日のそのまま、馬車があった。馬も無事だが、少し弱っているようだ。
ラスが殺した襲撃者の死体は無かった。あの逃げたひとりがあの後、片付けたのだろうか。
「……中を。私の服と、切り落とされた角と尻尾があります」
「ああ」
ラスは水筒に用意してあった水を桶に入れ、馬に差し出してから荷車の中を覗いた。
「……私の、竜尾」
昨日はここからレナリアを運び出したラスも、よく見たわけではない。中は、真っ赤な血があちこちに飛び散っていた。全て、レナリアの血なのだろう。相当暴れた形跡があった。
レナリアはラスに降ろしてもらい、這いずっていく。中に落ちていた自らの尻尾を、恐る恐る手に取った。
彼女の竜鱗と同じ、金に虹色の輝きを持つ鱗で覆われた、細く長い尻尾。先端の鱗は二股に別れており、魔法に関係する用途があったのだろうと想像できる。
「それ、どうするんだ」
ラスは中を見回し、残りの角と鱗を拾ってレナリアへ手渡す。
「……もう、私の身体には戻らないものです。売るか、武具の素材にするか、装飾に使うか。どうするかと問われれば、それくらいしか思い付きません」
悲しい声で答えるレナリア。大事そうに抱く鱗を、ラスはひょいと取り上げた。
「あ……」
「じゃ、貰うぜ」
「……良いですけど、何故?」
「まあ、報酬の一部にしてくれ。……ここはまだエルフの森だ。急いで出る必要がある。俺はあんたらの生き残りが居ないか見てくるから、あんたはそこで待ってな」
と、ラスは何かを取り出してレナリアへ渡した。
「笛、ですか」
「奴等が来たら吹いて俺に報せてくれ」
それだけ言って、荷車から降りていった。
――
「エルフ族……正式には『森人族』。魔力媒体は額の魔石。魔石には視覚もあり、暗視も可能。自然と魔法に愛された種族。基本的に排他的、閉鎖的で、自分達の森を縄張りとして、侵入者を許さない」
ラスは森を進みながら、エルフについての情報を整理していた。彼の目的は奴隷解放。そして襲撃者の皆殺しである。だがそのために、今はエルフと交戦中だ。奴等に恨みが無いことは無い。喜んで殺そう。
「次は、正面からは来ないだろうな。警戒しないと」
ラスは、昨日と今日でもう10人ほどエルフを殺している。それは森の王の耳に入っているだろう。ここまでくると、もう相手を人族だと侮ることなく、本気で来る。
と、考えている内に死体を発見した。エルフではない。角と尻尾がある。竜人族だ。
「……50人って言ったか。ひとりくらい、生きてないか?」
その死体を皮切りに、横転した『虹の国』の馬車や折られた旗など、死体も含めて。朝レナリアが見たものより悲惨な光景が広がっていた。
――
「馬車か。何故発見が遅れた?」
「斥候との連絡が途絶えた。言ったろ、人族にやられたって」
「なんだそりゃ。斥候って乳飲み子がやってるのか?」
声がした。聞く限りエルフである。荷車の中に隠れるレナリアは、すぐに笛を咥えて息を潜めた。
エルフ達は馬車に近付いてくる。
「水だ。さっきまで誰か居たらしい」
「荷車に居ないか? 透視しろよ」
「!」
エルフの魔石は、魔力を持つ者のみを感知する能力がある。今使われれば、即座にレナリアは見付かるだろう。
笛を吹くために息を吸い込む。
「ちょっと待て。あっち、なんだ?」
「は? ……煙?」
しかし、エルフ達はそれを止めた。レナリアも笛を寸でで止める。
「……おい火事か? 誰だ?」
「知らねえよ。敵だろ、殺せ」
「行くぞ」
彼らは馬車から離れていく。方向は、ラスの向かった先だ。レナリアは彼らの言葉から、ラスが『火葬』したのだと察した。
だからこそ。
「!」
思い切り、笛を吹いた。
――
「!? 何の音だ!」
エルフ達は混乱する。目の前に火事があり、侵入者の可能性が高い。森を焼かれるのは彼らにとって家を焼かれるのと同じだ。すぐに向かわなければならない。
しかし、先程の馬車の方から、奇妙な音が響いた。甲高く、森に響き渡る大きな笛の音。
エルフのひとりが即座に魔石で中を覗く。
「ちっ! 人族の女だ!」
「人族なら放っとけ! 火事の方へ行くぞ!」
たかが人族。まだ彼らは侮っていた。貧弱な『魔無し』には、何もできやしないと。
だが、一瞬。
後ろを向いて、意識を馬車へ向けた。咄嗟の笛の音に、前方への警戒を解いたことが。
彼らの敗因だったのだろう。
「ぎゃ……!」
「!?」
大きく踏み込んで、力一杯剣を振る。それで首を薙ぐだけで、人族であろうとエルフを殺せる。問題はそれまでの過程をどうするか。遠視と透視と魔力感知を使い遠距離から即死攻撃をノーリスクで連射するエルフとの距離をどう詰めるか、なのだが。
簡単である。ひとつは注意を他へ向ければ良い。永い迫害の歴史の中に埋もれ、彼らは『魔法を持たない者達』の戦い方を忘れてしまったのだ。
「敗北者はいつだって戦ってすらいない。勝利者はいつだって、戦わずに勝つからだ」
瞬時にエルフふたりの喉を掻き切ったラスが、現れる。またしても死体から魔石を抉り取り、悠々と馬車へ戻ってきた。
「待たせたな」
「……無事ですか」
荷車へ入ってきた人物がラスだと分かると、レナリアはほっとして息をついた。
「あんたのお陰でな。さあ、森を出るぞ。流石に部族全部を相手にはできない」
と言って、ラスはレナリアを担ぎ上げ、荷車を降りる。
「馬車は捨てるのですか?」
「身軽じゃねえしな。血痕もある。馬1頭で充分だ」
ラスは馬を荷車から離し、レナリアを乗せてから飛び乗った。
「乗馬は?」
「当たり前だろ。集落でも馬くらい飼ってたよ」
――
「……やはり全滅、でしたか」
「ひとりだけ生きてたよ。んで、これを渡された」
森の悪路をものともしない襲撃者の馬。駆ければ30分ほどで出口に辿り着いた。
「道中エルフに見付かりませんでしたね」
「消火に必死なんだろ」
ラスは後ろで自分に掴まるレナリアに、1本の小瓶を渡した。透明な瓶で、中に赤い液体が入っている。
「……上級治癒薬。ハイポーション」
「魔法の薬か。良かったな」
「その生き残りは?」
「もう死んだよ。腹に槍が刺さってた」
寧ろそれで生きていた生命力は、流石竜人だとラスは讃えた。
「そうですか」
「それ飲めば治るのか?」
「傷口は塞がりますが、生えては来ません。失った肉体の蘇生は、できないのです」
「……そっか。……飲まないのか?」
「……揺れる乗馬中に飲めるほど器用ではありません」
「ん……なるほど」
――
ふたりは森を出た。レナリアは振り返る。巨大な森だ。地図上でもその存在感を発揮しているほど。
通常、ひとつの森にエルフ族はひとつ。しかしこの森には、いくつかのエルフの部族(と人族の集落)が同居している。ラスが戦ったのがどの部族か分からないが、ここまであっさりと『森の種族』から逃げられたのは、そうした事情による情報伝達の粗があったのかもしれない。
今は、燃え広がる炎の対処に追われているだろう。追っ手も来ない。ラスの手際は、やはり流石と言える。
「これからどうするのですか?」
森から出たと言っても、レナリアの目指す虹の国へは普通の馬では1ヶ月から2ヶ月程度掛かる。
「人族の集落へ寄る。俺の集落と定期的に交流してる集落があるんだ。全滅の報せと、あんたの凱旋の協力を要請する」
「……人族の集落」
レナリアひとりでは、決して思い付かなかった経路だ。奴隷でない人族に出会ったのもラスが初めてである。だがここで、レナリアは不安に襲われる。
「……人族の社会では、私は疎まれるのでは……無いでしょうか」
人族の中には、底知れない『怒り』がある。ラスを見てそれを知った。ならば人族の集団にひとりだけ亜人が現れれば、自分は糾弾されるのではないか。捕まり、積年の恨みと拷問されるのではないか。
それともそれこそがラスの目的では――
「不安なら人族の振りをしたら良い。魔石を持つエルフが気付かないんだ。薬を飲んでからも包帯を取らず、背中を隠したら良い。片角は……髪飾りってことにしよう」
「!」
レナリアは自分を恥じた。ラスの『怒り』は本物なのだ。それはレナリア自身が身をもって保証できる。だとするならば、亜人の王たる自分を短絡的に復讐するのではなく、人族全ての下克上を達成するため、生かして利用するだろう。そもそもそういう契約である。この期に及んで我が身を可愛く思ってしまったと、反省した。
「ラスは私を、恨んでますか」
「なんでだ? 言ったろ、千載一遇の好機だっ……ああ、そういう意味か」
震えるように訊ねたレナリアの言葉の真意を、ラスは返答中に気付く。
自分のせいで集落を崩壊させたこと、ではなく。世界に対して、歴史に対して。亜人が支配するこの時代の責任は、『虹の暦』とする世界の責任は。
人族に対する世界の待遇は。もしかしたら、いや。
もしかせずとも。
「力を持つ奴が上に立つのは必然だ。この世は弱肉強食だからな。自然の摂理に反してるのは寧ろ俺の方だ。あんたは気にしなくて良い」
自分の責任なのだと、レナリアは強く思った。
「おかしいと思ったことはあるけどな。俺達(人族)もあんたら(亜人族)も、中身は同じなんだ。つまり知能や感情は。魔法の有無と、身体的特徴が少し違うだけ。同じ知性を持つ者なのに、何故優劣があるんだ、てな。答えは単純に武力なんだが」
そう。中身は同じなのである。皆、人だ。竜人族も人族も、森人族も。同じように喜び、怒り、生きている。
時代の王として、世界の安定を考えねばならないレナリアは、今までそれを知らなかった。自国民の安定のみを考え、他国、他種族に「情」を抱いたことはなかった。
しかし、知ってしまった。最弱の奴隷である人族の怒りを。悲惨な過去を。
「亜人は嫌いだよ。だけど今のあんたを見て何かしてやろうとは思わないさ。それが『人』だ。あんたが高級そうな衣服を纏って、護衛の兵士なんかを侍らせて、偉そうに大きな椅子にでも座っていれば違ったろうけどな」
レナリアは決心した。これからの私の人生は、大恩ある人族のために使おう、と。奴隷を解放し、ラスの作る人族の国と、友好を結ぼうと。弱小国だろうから、虹の国として最大限守ろうと。
「大丈夫さ。そこは俺の生まれ故郷でもある」
「……感謝します、ラス」
「……おう……?」
レナリアはラスを掴む力が強くなり、そう言葉を絞り出した。
次の日の朝。
「……?」
レナリアは異臭で目が覚めた。満身創痍を引きずり、テントを出る。木と枝に繋いだ幕に過ぎないが、寝心地は悪く無かった。
「……え……!」
テントから顔を出して、外を確認する。【異臭は、死臭だった】。
凄惨な光景が広がっていた。倒れているのは数人のエルフ族。そのどれもが死んでいる。そしてその全てのエルフ族から、額の魔石が抉り出されていた。
「……起きたか」
「!」
立っていたのは、ラスひとりだった。今、最後の魔石を取り出した所だった。
「……おはようございます。これは、どう……いうことですか?」
もう、大体何が起きたかは想像できたが、だが疑問である。ただの人族でしかない彼が、どのようにしてエルフ族を相手に無傷で勝つことができるのか。
「すまんがすぐに出発だ。奴等の本隊が今来たら、さすがに勝てん」
だがラスははぐらかし、手際よくテントを回収しレナリアを担ぎ上げる。
「……もう少し、なんとかなりませんかね」
まるで俵のように肩に担がれたレナリアは、言ってしまえば無様であった。
「ああ。早く馬を回収しよう。襲撃者の馬車は無事な筈だ」
「!」
まずは、襲撃された地点へ向かう。当初の予定通り、ふたりは森を掻き分けて進んでいった。
――
「あった。荷車も無事だ」
道に出ると、昨日のそのまま、馬車があった。馬も無事だが、少し弱っているようだ。
ラスが殺した襲撃者の死体は無かった。あの逃げたひとりがあの後、片付けたのだろうか。
「……中を。私の服と、切り落とされた角と尻尾があります」
「ああ」
ラスは水筒に用意してあった水を桶に入れ、馬に差し出してから荷車の中を覗いた。
「……私の、竜尾」
昨日はここからレナリアを運び出したラスも、よく見たわけではない。中は、真っ赤な血があちこちに飛び散っていた。全て、レナリアの血なのだろう。相当暴れた形跡があった。
レナリアはラスに降ろしてもらい、這いずっていく。中に落ちていた自らの尻尾を、恐る恐る手に取った。
彼女の竜鱗と同じ、金に虹色の輝きを持つ鱗で覆われた、細く長い尻尾。先端の鱗は二股に別れており、魔法に関係する用途があったのだろうと想像できる。
「それ、どうするんだ」
ラスは中を見回し、残りの角と鱗を拾ってレナリアへ手渡す。
「……もう、私の身体には戻らないものです。売るか、武具の素材にするか、装飾に使うか。どうするかと問われれば、それくらいしか思い付きません」
悲しい声で答えるレナリア。大事そうに抱く鱗を、ラスはひょいと取り上げた。
「あ……」
「じゃ、貰うぜ」
「……良いですけど、何故?」
「まあ、報酬の一部にしてくれ。……ここはまだエルフの森だ。急いで出る必要がある。俺はあんたらの生き残りが居ないか見てくるから、あんたはそこで待ってな」
と、ラスは何かを取り出してレナリアへ渡した。
「笛、ですか」
「奴等が来たら吹いて俺に報せてくれ」
それだけ言って、荷車から降りていった。
――
「エルフ族……正式には『森人族』。魔力媒体は額の魔石。魔石には視覚もあり、暗視も可能。自然と魔法に愛された種族。基本的に排他的、閉鎖的で、自分達の森を縄張りとして、侵入者を許さない」
ラスは森を進みながら、エルフについての情報を整理していた。彼の目的は奴隷解放。そして襲撃者の皆殺しである。だがそのために、今はエルフと交戦中だ。奴等に恨みが無いことは無い。喜んで殺そう。
「次は、正面からは来ないだろうな。警戒しないと」
ラスは、昨日と今日でもう10人ほどエルフを殺している。それは森の王の耳に入っているだろう。ここまでくると、もう相手を人族だと侮ることなく、本気で来る。
と、考えている内に死体を発見した。エルフではない。角と尻尾がある。竜人族だ。
「……50人って言ったか。ひとりくらい、生きてないか?」
その死体を皮切りに、横転した『虹の国』の馬車や折られた旗など、死体も含めて。朝レナリアが見たものより悲惨な光景が広がっていた。
――
「馬車か。何故発見が遅れた?」
「斥候との連絡が途絶えた。言ったろ、人族にやられたって」
「なんだそりゃ。斥候って乳飲み子がやってるのか?」
声がした。聞く限りエルフである。荷車の中に隠れるレナリアは、すぐに笛を咥えて息を潜めた。
エルフ達は馬車に近付いてくる。
「水だ。さっきまで誰か居たらしい」
「荷車に居ないか? 透視しろよ」
「!」
エルフの魔石は、魔力を持つ者のみを感知する能力がある。今使われれば、即座にレナリアは見付かるだろう。
笛を吹くために息を吸い込む。
「ちょっと待て。あっち、なんだ?」
「は? ……煙?」
しかし、エルフ達はそれを止めた。レナリアも笛を寸でで止める。
「……おい火事か? 誰だ?」
「知らねえよ。敵だろ、殺せ」
「行くぞ」
彼らは馬車から離れていく。方向は、ラスの向かった先だ。レナリアは彼らの言葉から、ラスが『火葬』したのだと察した。
だからこそ。
「!」
思い切り、笛を吹いた。
――
「!? 何の音だ!」
エルフ達は混乱する。目の前に火事があり、侵入者の可能性が高い。森を焼かれるのは彼らにとって家を焼かれるのと同じだ。すぐに向かわなければならない。
しかし、先程の馬車の方から、奇妙な音が響いた。甲高く、森に響き渡る大きな笛の音。
エルフのひとりが即座に魔石で中を覗く。
「ちっ! 人族の女だ!」
「人族なら放っとけ! 火事の方へ行くぞ!」
たかが人族。まだ彼らは侮っていた。貧弱な『魔無し』には、何もできやしないと。
だが、一瞬。
後ろを向いて、意識を馬車へ向けた。咄嗟の笛の音に、前方への警戒を解いたことが。
彼らの敗因だったのだろう。
「ぎゃ……!」
「!?」
大きく踏み込んで、力一杯剣を振る。それで首を薙ぐだけで、人族であろうとエルフを殺せる。問題はそれまでの過程をどうするか。遠視と透視と魔力感知を使い遠距離から即死攻撃をノーリスクで連射するエルフとの距離をどう詰めるか、なのだが。
簡単である。ひとつは注意を他へ向ければ良い。永い迫害の歴史の中に埋もれ、彼らは『魔法を持たない者達』の戦い方を忘れてしまったのだ。
「敗北者はいつだって戦ってすらいない。勝利者はいつだって、戦わずに勝つからだ」
瞬時にエルフふたりの喉を掻き切ったラスが、現れる。またしても死体から魔石を抉り取り、悠々と馬車へ戻ってきた。
「待たせたな」
「……無事ですか」
荷車へ入ってきた人物がラスだと分かると、レナリアはほっとして息をついた。
「あんたのお陰でな。さあ、森を出るぞ。流石に部族全部を相手にはできない」
と言って、ラスはレナリアを担ぎ上げ、荷車を降りる。
「馬車は捨てるのですか?」
「身軽じゃねえしな。血痕もある。馬1頭で充分だ」
ラスは馬を荷車から離し、レナリアを乗せてから飛び乗った。
「乗馬は?」
「当たり前だろ。集落でも馬くらい飼ってたよ」
――
「……やはり全滅、でしたか」
「ひとりだけ生きてたよ。んで、これを渡された」
森の悪路をものともしない襲撃者の馬。駆ければ30分ほどで出口に辿り着いた。
「道中エルフに見付かりませんでしたね」
「消火に必死なんだろ」
ラスは後ろで自分に掴まるレナリアに、1本の小瓶を渡した。透明な瓶で、中に赤い液体が入っている。
「……上級治癒薬。ハイポーション」
「魔法の薬か。良かったな」
「その生き残りは?」
「もう死んだよ。腹に槍が刺さってた」
寧ろそれで生きていた生命力は、流石竜人だとラスは讃えた。
「そうですか」
「それ飲めば治るのか?」
「傷口は塞がりますが、生えては来ません。失った肉体の蘇生は、できないのです」
「……そっか。……飲まないのか?」
「……揺れる乗馬中に飲めるほど器用ではありません」
「ん……なるほど」
――
ふたりは森を出た。レナリアは振り返る。巨大な森だ。地図上でもその存在感を発揮しているほど。
通常、ひとつの森にエルフ族はひとつ。しかしこの森には、いくつかのエルフの部族(と人族の集落)が同居している。ラスが戦ったのがどの部族か分からないが、ここまであっさりと『森の種族』から逃げられたのは、そうした事情による情報伝達の粗があったのかもしれない。
今は、燃え広がる炎の対処に追われているだろう。追っ手も来ない。ラスの手際は、やはり流石と言える。
「これからどうするのですか?」
森から出たと言っても、レナリアの目指す虹の国へは普通の馬では1ヶ月から2ヶ月程度掛かる。
「人族の集落へ寄る。俺の集落と定期的に交流してる集落があるんだ。全滅の報せと、あんたの凱旋の協力を要請する」
「……人族の集落」
レナリアひとりでは、決して思い付かなかった経路だ。奴隷でない人族に出会ったのもラスが初めてである。だがここで、レナリアは不安に襲われる。
「……人族の社会では、私は疎まれるのでは……無いでしょうか」
人族の中には、底知れない『怒り』がある。ラスを見てそれを知った。ならば人族の集団にひとりだけ亜人が現れれば、自分は糾弾されるのではないか。捕まり、積年の恨みと拷問されるのではないか。
それともそれこそがラスの目的では――
「不安なら人族の振りをしたら良い。魔石を持つエルフが気付かないんだ。薬を飲んでからも包帯を取らず、背中を隠したら良い。片角は……髪飾りってことにしよう」
「!」
レナリアは自分を恥じた。ラスの『怒り』は本物なのだ。それはレナリア自身が身をもって保証できる。だとするならば、亜人の王たる自分を短絡的に復讐するのではなく、人族全ての下克上を達成するため、生かして利用するだろう。そもそもそういう契約である。この期に及んで我が身を可愛く思ってしまったと、反省した。
「ラスは私を、恨んでますか」
「なんでだ? 言ったろ、千載一遇の好機だっ……ああ、そういう意味か」
震えるように訊ねたレナリアの言葉の真意を、ラスは返答中に気付く。
自分のせいで集落を崩壊させたこと、ではなく。世界に対して、歴史に対して。亜人が支配するこの時代の責任は、『虹の暦』とする世界の責任は。
人族に対する世界の待遇は。もしかしたら、いや。
もしかせずとも。
「力を持つ奴が上に立つのは必然だ。この世は弱肉強食だからな。自然の摂理に反してるのは寧ろ俺の方だ。あんたは気にしなくて良い」
自分の責任なのだと、レナリアは強く思った。
「おかしいと思ったことはあるけどな。俺達(人族)もあんたら(亜人族)も、中身は同じなんだ。つまり知能や感情は。魔法の有無と、身体的特徴が少し違うだけ。同じ知性を持つ者なのに、何故優劣があるんだ、てな。答えは単純に武力なんだが」
そう。中身は同じなのである。皆、人だ。竜人族も人族も、森人族も。同じように喜び、怒り、生きている。
時代の王として、世界の安定を考えねばならないレナリアは、今までそれを知らなかった。自国民の安定のみを考え、他国、他種族に「情」を抱いたことはなかった。
しかし、知ってしまった。最弱の奴隷である人族の怒りを。悲惨な過去を。
「亜人は嫌いだよ。だけど今のあんたを見て何かしてやろうとは思わないさ。それが『人』だ。あんたが高級そうな衣服を纏って、護衛の兵士なんかを侍らせて、偉そうに大きな椅子にでも座っていれば違ったろうけどな」
レナリアは決心した。これからの私の人生は、大恩ある人族のために使おう、と。奴隷を解放し、ラスの作る人族の国と、友好を結ぼうと。弱小国だろうから、虹の国として最大限守ろうと。
「大丈夫さ。そこは俺の生まれ故郷でもある」
「……感謝します、ラス」
「……おう……?」
レナリアはラスを掴む力が強くなり、そう言葉を絞り出した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
卒業パーティーのその後は
あんど もあ
ファンタジー
乙女ゲームの世界で、ヒロインのサンディに転生してくる人たちをいじめて幸せなエンディングへと導いてきた悪役令嬢のアルテミス。 だが、今回転生してきたサンディには匙を投げた。わがままで身勝手で享楽的、そんな人に私にいじめられる資格は無い。
そんなアルテミスだが、卒業パーティで断罪シーンがやってきて…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる