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第9話「宝瓶宮アクエリアス」
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この砂と大地と丘の大陸『ヴェルトラオム』でほぼ唯一、アクアリウスは『清らかな水の湧き出る』国です。
☆
「勿論、人が生きられるだけの水は世界中でなんとか手に入ります。ですが、地中から湧き出た濁り水、また雨季に蓄えた雨水を浄水しているだけでは、人は豊かに生きていけません」
アニータはこの1ヶ月、アルファとステラに対して授業をしていた。国と世界の事を知り、将来立つべき地位にて恥ずかしく無いように。
これはその初めの方だ。
「……海の水は飲めないの?」
ステラは訊ねた。大陸の外側にあるのは紛れもない、大量の水なのではないか。
「現状、不可能です。海の水は『何をどうしても』清水になりません。ひと口飲めば数分で死に至る『死の水』なのです。だから、大陸の外へも行けません。研究は進められていますが、今のところ浄水は不可能とされています」
アニータは答えた。水の不足する現状を。
「……水があればあるほど、人々の生活は豊かになります。その証拠に、世界中で我々『星海の民』並びに『水の民』が最も寿命が長いのです」
ふたりは真剣に聞いている。本来ステラは難しい水の話は嫌いだった筈だが、それは堅苦しい父親に原因があったようだ。
「……その秘密が『宝瓶宮』に?」
アルファが口を開いた。
「その通り。それはアクアリウスの成り立ちにも関係してきます。アルファ殿は、ヴェルトラオム大陸に於いて幾つかの『民族』がある事は知っていますか」
「ええっと……」
「こほん。民族は4つあります。その中で、我々は『ヘルプスト』と、一般に言われます」
「……なるほど」
「しかし、アクアリウスでは国民は『水の民』若しくは『星海の民』と呼びます」
「あ、それなら知ってる!」
アルファが押し黙り、代わりにステラが手を挙げる。
「ええ。父王陛下が仰っていましたからね」
「うん!」
「例えば……『アクアリウス国』と『ヘルクレス国』という国を比べた場合、民族的に『ヘルプスト族』と『ベラノ族』の違いがあります」
「……ん……」
ステラも黙ってしまった。
「両者の違いは何でしょう。アルファ殿」
「えっ。……うーん……髪の色とか?」
「良い推察です。正解は髪、眼、肌の色から、顔の形、体つき、性格など様々です」
「……全然違うんですね」
「厳密に全てが違う訳では無く、統計的に現れる違いです。ここが違い易い、というお話。つまりは同じ人間であるから、あまり差は無いのです。民族の分け方は太古の先祖様が住んでいた地域によるものでしょう」
「……なるほど」
「さて、では『星海の民』と『水の民』の違いは何でしょう。ステラ様」
「……わ私?」
ステラは驚いて胸に手を当てた。
「ええ」
「え……えっとー……。アニータはどっち?」
「私は『星海の民』です」
「アルファは?」
「……多分、『水の民』?」
「むむむ」
ステラはふたりの顔を交互に見比べる。アルファも、この問題は分からなかった。義父や育ての親が度々口に出すので『星海の姫』の言葉は知っていたが、詳しく理解はしていなかった。
「……アルファの眼、瞳が真っ赤だね」
「ああ」
アルファもアニータも金髪で、アニータの眼は蒼かった。
「……瞳の違い?」
「合ってはいますが、それでは不充分です。『星海の民』は皆金髪蒼眼ですが、金髪の『水の民』も、蒼眼の『水の民』も居ます」
「え……」
「ですが、『金髪蒼眼』揃った者は世界中で『星海の民』のみです。この見た目の違いがまずひとつ」
「……他にもあるの?」
「ええ。決定的な違いが」
そう言うとアニータは立ち上がり、ナイフを取り出した。
「見ていてください」
「?」
アニータはナイフを自分の腕に突き付け、少し切った。
「アニータ!?」
「アニータさん何を!?」
アニータの腕から血が滴る。
「ご安心ください」
続いてアニータは革の水筒を取り出し、少し口に含んだ。
そしてその水を腕の傷に吹き掛けた。
「??」
「ご覧下さい」
「……えっ!」
布で水を拭うと、なんと傷が無くなっていた。
「これは……怪我が治った?」
「はい」
「泉の水とおんなじ水なの?」
「いえ。この水はジャアの街で手に入れた普通の水です」
「なら……」
「私達『星海の民』には、『触れた水の性質を泉と同じにする』力があります」
「……!!」
☆
宝瓶宮アクエリアス。
国の名を冠し、国の象徴足る名を持つ水の国の王宮。
地下から湧き出る清水を、宮中に水路を作って行き渡らせ、中は驚くほど涼しく保たれている。
四方にある庭にはそれぞれ噴水があり、使用人や『水装士』が憩いの場としている。
その広場に待機していた『水装士』達が、一斉に王宮を出る。
王宮の門は開かれた。部隊長であろうか、先頭の『水装士』が高らかに叫んだ。
「『起動』!!」
「「フリューエントー!!」」
後ろの『水装士』達がそれに続き、それで出陣となる。
その目的は勿論、今正に都を襲っている『ネヴァン商会』とその揮下の甲冑兵の武力鎮圧である。
「……ははは」
それを見るや街の破壊を止め、甲冑兵も王宮の門へと集結する。
その先頭には黒衣の男……フギンが居た。門前の広場は一時静まり返る。陽はとうに暮れていたが今夜は月が出ており、お互いの姿は確認できた。
「憐れな『水猿』が出てきたな。銃撃隊、並べ!」
フギンは一列に甲冑兵を並ばせる。彼らの手には、ひとり一丁ずつ『火器』が握られていた。
「撃ぇぇぇえ!」
フギンの合図で一斉に引き金を引く。すると、爆音と共にその甲冑兵達は全員後方へ吹き飛んだ。
「うわあぁっ!!」
「は……?」
銃撃隊と呼ばれた甲冑兵達は殆ど気絶していた。フギンは一瞬思考が停止し、ややあって前方を見る。
「ぎゃあぁぁ!」
「痛ええ!」
「くそぉ!『火器』使いめぇ!まさか黒衣の者以外も居たとは!それも大量に!」
『水装士』部隊は混乱状態だった。どうやら『火器』は有効に働いたようだ。
「……じゃお前らなんで吹き飛んでんだ?」
「ぐっ!……協力者殿……。この『火器』……撃つと何か……殴られたような……」
「……」
それを聞いてフギンは自分の『火器』でひとりの『水装士』を撃った。フギンは吹き飛ばず、『水装士』は死んだ。だがフギンの腕は少しばかり倦怠感を感じていた。
「……あーー……。なるほどな。反動か。……お前らが貧弱なのか、やはりアクアリウスの工房じゃ品質が落ちるのか。……銃撃隊は今回使えそうにないな。じゃ、白兵戦に切り替えて……何人か、カハへ報告に行け。俺は隙を見て王宮に侵入し、女王を拘束する」
「りょ、了解!」
「やっぱぶっつけ本番は駄目だったかーー」
出鼻を挫かれたアクエリアスの『水装士』達。そして作戦変更をせざるを得なくなった『ネヴァン商会』。
勝敗が決するにはまだ時間が掛かりそうであった。
☆
常に宮中の何処でも水がせせらぐ宝瓶宮。
その上階の窓から戦場を覗く眼があった。
「……ついにサダルスウドが戦場に」
「ひめ……いや女王陛下!ここは危険です!避難を!」
美しく黄金に靡く髪、戦場を見据える瞳は水晶の輝きを持つ。
彼女の名はエストレーリャ・ガニュメーデス。まだ若いがこの国の女王だ。
エストレーリャは注意をする『水装士』を無視して質問する。
「ステラは、アニータは。まだ到着しないのですか」
「……は……。未だ何の報告も無く……」
「ならば私がこの『宝瓶宮』を離れる事はありません」
「……ですが!」
エストレーリャは15で夫王を迎え、16でステラを産んだ。現在26歳だ。見た目もまだ少女のようであるため、未だに度々国民に「姫」と呼び間違えられるほど若く美しかった。
古くからのアクアリウスのしきたりにより、年に一度しか会えない娘を、これ以上無いほど彼女は愛していた。
それに加え歳の近く、かつて自分の付き人であったアニータとは心から友と想っていた。
「『星海の姫』無くしてアクアリウスの繁栄は無い。私がここから逃げれば、それも国の終焉を意味します。私はこの戦争を、国の行く末をこの眼で見届ける」
「……!」
「それより、陛下はどちらへ?」
「こ、国王陛下は先程地下の『宝水』の様子を見ると……」
「……分かりました。ではユミトは?」
「レイピア卿は……」
ここは女王の自室である。しかしそこへ、ひとりの男が断りも無く入ってきた。
「呼びましたか?エストレーリャ姫」
「……ユミト」
男は茶髪に蒼眼、服装は横の『水装士』とはデザインの違う『水装』を着用していた。
『宮廷技師』ユミト・レイピア。アルファの養父でもある技師だ。
「レイピア卿!無礼ですぞ!」
「良いのです。……貴方は下がりなさい」
「……! は……」
水装士はユミトを睨み付け、部屋を出ていった。
「こんな所に居て良いのですか」
「心配ありませんよ。姫お抱えの『水将』専用に開発した『水装』なら3日前には調整を終わらせてる。今頃あの薄っぺらい甲冑を紙の様に千切り裂いている頃でしょう」
「……そうですか」
エストレーリャはふうと息を吐き、窓際に置かれた豪華な椅子に腰を下ろした。
「……この戦争、貴方はどう見ますかユミト」
「さあ。俺は『水装技師』。軍事にゃ疎いので」
「……ふっ。この非常時に、貴方は変わらない」
エストレーリャから渇いた笑いが漏れた。
「姫こそ、こんな状況だってのに、嬉しそうにしてるぜ?」
「!」
「顔がにやけてる」
エストレーリャは驚いて自分の頬を触って確かめる。その様子はまるで子女であった。
「……本当にそう見えますか?」
「プッ。ハハハ!」
「……ユミト?」
真剣に訊ねるエストレーリャ、笑うユミト。
ユミトは部屋のテーブルに並べてある椅子のひとつを引き、座った。
「よっぽど、娘さんと会うのが楽しみなんですねえ」
「……!ユミト、うるさい。国の存亡をかけた戦いの最中にそんな、自分の満足だけ考える女王がどこに居ますかっ」
「ハハハ」
「訂正しなさいっ」
エストレーリャは落ち着きながらも、やや感情の籠ったしゃべり方でユミトへ詰め寄った。
「ハハハ。悪い悪い。……少しはリラックスできたか?」
「!」
ユミトは最初から見抜いていた。エストレーリャの手が、ずっと震えていた事を。
敵の大群が目と鼻の先に押し寄せているこの状況で、女王として逃げないと強がりつつ、本心では恐怖していた事を。
「…………」
「『星海の姫』も人の子だ。人並みに恐怖し、人並みに幸せを求める。国民の前でも素直だったら、今ほど神聖化されてはいなかったろうな」
「……うるさい」
「お?」
「ユミトうるさい。もうひとりにして頂戴。暇なら私で遊んでないで、貴方も戦うかステラを迎えにでも行ってきなさいっ」
機嫌を損ねた女王に閉め出されてしまったユミト。
「ハハハ……そうだなぁ。迎えに行ってやるか。あの馬鹿、ちったあ成長したのかね」
実は、子と会うのが楽しみなのはエストレーリャもユミトも同じであった。
☆
「うわあああん!アルファあ!アニータあ!」
「大丈夫!大丈夫ですステラ様!落ち着いてくださいまし!」
「うわあああん!」
当の娘達は、既に王宮を視界に捉えつつも、身動きが取れなくなっていた。
案の定、ステラの泣き声で甲冑兵に見付かってしまったのだ。ステラはこの1ヶ月で成長した。とは言え、トラウマを克服出来た訳では無い。
「貴様ら、その旅荷、都の市民ではないな!」
「それに、それは『水装』だろう!何者だ!」
あっという間に甲冑兵に囲まれてしまう。
そこで、ここまでステラ達を導いてきた使者が前へ出た。
「もう王宮は目と鼻の先。行ってください。私はここで敵を食い止めます」
「……任せて大丈夫ですか?」
彼らを囲む甲冑兵を数えると10では足りない。アルファの質問は、彼の人生がここで終わって良いのかという不安だった。
「私は『水装士』です。それに誇りを持っています」
使者の表情は明るかった。アルファは、当然の様にそれに応える。
「……!了解した」
「では、私が注意を引いた隙に王宮へ」
「ああ」
『水装』の基本機能として、水の圧縮がある。
使者は自らの『水装』に傷を入れ、中の水を圧縮し、甲冑兵に浴びせかけた。
「なっ!」
「水かっ!」
正直、あまり意味は無い。むしろ貴重な水が減ってしまう。
しかし、緊張した状況では敵を怯ませるのには効果的だった。
「今だっ!!」
「ステラ様!」
「俺が担ぎます!」
3人は甲冑兵の包囲を抜けた。
☆
「勿論、人が生きられるだけの水は世界中でなんとか手に入ります。ですが、地中から湧き出た濁り水、また雨季に蓄えた雨水を浄水しているだけでは、人は豊かに生きていけません」
アニータはこの1ヶ月、アルファとステラに対して授業をしていた。国と世界の事を知り、将来立つべき地位にて恥ずかしく無いように。
これはその初めの方だ。
「……海の水は飲めないの?」
ステラは訊ねた。大陸の外側にあるのは紛れもない、大量の水なのではないか。
「現状、不可能です。海の水は『何をどうしても』清水になりません。ひと口飲めば数分で死に至る『死の水』なのです。だから、大陸の外へも行けません。研究は進められていますが、今のところ浄水は不可能とされています」
アニータは答えた。水の不足する現状を。
「……水があればあるほど、人々の生活は豊かになります。その証拠に、世界中で我々『星海の民』並びに『水の民』が最も寿命が長いのです」
ふたりは真剣に聞いている。本来ステラは難しい水の話は嫌いだった筈だが、それは堅苦しい父親に原因があったようだ。
「……その秘密が『宝瓶宮』に?」
アルファが口を開いた。
「その通り。それはアクアリウスの成り立ちにも関係してきます。アルファ殿は、ヴェルトラオム大陸に於いて幾つかの『民族』がある事は知っていますか」
「ええっと……」
「こほん。民族は4つあります。その中で、我々は『ヘルプスト』と、一般に言われます」
「……なるほど」
「しかし、アクアリウスでは国民は『水の民』若しくは『星海の民』と呼びます」
「あ、それなら知ってる!」
アルファが押し黙り、代わりにステラが手を挙げる。
「ええ。父王陛下が仰っていましたからね」
「うん!」
「例えば……『アクアリウス国』と『ヘルクレス国』という国を比べた場合、民族的に『ヘルプスト族』と『ベラノ族』の違いがあります」
「……ん……」
ステラも黙ってしまった。
「両者の違いは何でしょう。アルファ殿」
「えっ。……うーん……髪の色とか?」
「良い推察です。正解は髪、眼、肌の色から、顔の形、体つき、性格など様々です」
「……全然違うんですね」
「厳密に全てが違う訳では無く、統計的に現れる違いです。ここが違い易い、というお話。つまりは同じ人間であるから、あまり差は無いのです。民族の分け方は太古の先祖様が住んでいた地域によるものでしょう」
「……なるほど」
「さて、では『星海の民』と『水の民』の違いは何でしょう。ステラ様」
「……わ私?」
ステラは驚いて胸に手を当てた。
「ええ」
「え……えっとー……。アニータはどっち?」
「私は『星海の民』です」
「アルファは?」
「……多分、『水の民』?」
「むむむ」
ステラはふたりの顔を交互に見比べる。アルファも、この問題は分からなかった。義父や育ての親が度々口に出すので『星海の姫』の言葉は知っていたが、詳しく理解はしていなかった。
「……アルファの眼、瞳が真っ赤だね」
「ああ」
アルファもアニータも金髪で、アニータの眼は蒼かった。
「……瞳の違い?」
「合ってはいますが、それでは不充分です。『星海の民』は皆金髪蒼眼ですが、金髪の『水の民』も、蒼眼の『水の民』も居ます」
「え……」
「ですが、『金髪蒼眼』揃った者は世界中で『星海の民』のみです。この見た目の違いがまずひとつ」
「……他にもあるの?」
「ええ。決定的な違いが」
そう言うとアニータは立ち上がり、ナイフを取り出した。
「見ていてください」
「?」
アニータはナイフを自分の腕に突き付け、少し切った。
「アニータ!?」
「アニータさん何を!?」
アニータの腕から血が滴る。
「ご安心ください」
続いてアニータは革の水筒を取り出し、少し口に含んだ。
そしてその水を腕の傷に吹き掛けた。
「??」
「ご覧下さい」
「……えっ!」
布で水を拭うと、なんと傷が無くなっていた。
「これは……怪我が治った?」
「はい」
「泉の水とおんなじ水なの?」
「いえ。この水はジャアの街で手に入れた普通の水です」
「なら……」
「私達『星海の民』には、『触れた水の性質を泉と同じにする』力があります」
「……!!」
☆
宝瓶宮アクエリアス。
国の名を冠し、国の象徴足る名を持つ水の国の王宮。
地下から湧き出る清水を、宮中に水路を作って行き渡らせ、中は驚くほど涼しく保たれている。
四方にある庭にはそれぞれ噴水があり、使用人や『水装士』が憩いの場としている。
その広場に待機していた『水装士』達が、一斉に王宮を出る。
王宮の門は開かれた。部隊長であろうか、先頭の『水装士』が高らかに叫んだ。
「『起動』!!」
「「フリューエントー!!」」
後ろの『水装士』達がそれに続き、それで出陣となる。
その目的は勿論、今正に都を襲っている『ネヴァン商会』とその揮下の甲冑兵の武力鎮圧である。
「……ははは」
それを見るや街の破壊を止め、甲冑兵も王宮の門へと集結する。
その先頭には黒衣の男……フギンが居た。門前の広場は一時静まり返る。陽はとうに暮れていたが今夜は月が出ており、お互いの姿は確認できた。
「憐れな『水猿』が出てきたな。銃撃隊、並べ!」
フギンは一列に甲冑兵を並ばせる。彼らの手には、ひとり一丁ずつ『火器』が握られていた。
「撃ぇぇぇえ!」
フギンの合図で一斉に引き金を引く。すると、爆音と共にその甲冑兵達は全員後方へ吹き飛んだ。
「うわあぁっ!!」
「は……?」
銃撃隊と呼ばれた甲冑兵達は殆ど気絶していた。フギンは一瞬思考が停止し、ややあって前方を見る。
「ぎゃあぁぁ!」
「痛ええ!」
「くそぉ!『火器』使いめぇ!まさか黒衣の者以外も居たとは!それも大量に!」
『水装士』部隊は混乱状態だった。どうやら『火器』は有効に働いたようだ。
「……じゃお前らなんで吹き飛んでんだ?」
「ぐっ!……協力者殿……。この『火器』……撃つと何か……殴られたような……」
「……」
それを聞いてフギンは自分の『火器』でひとりの『水装士』を撃った。フギンは吹き飛ばず、『水装士』は死んだ。だがフギンの腕は少しばかり倦怠感を感じていた。
「……あーー……。なるほどな。反動か。……お前らが貧弱なのか、やはりアクアリウスの工房じゃ品質が落ちるのか。……銃撃隊は今回使えそうにないな。じゃ、白兵戦に切り替えて……何人か、カハへ報告に行け。俺は隙を見て王宮に侵入し、女王を拘束する」
「りょ、了解!」
「やっぱぶっつけ本番は駄目だったかーー」
出鼻を挫かれたアクエリアスの『水装士』達。そして作戦変更をせざるを得なくなった『ネヴァン商会』。
勝敗が決するにはまだ時間が掛かりそうであった。
☆
常に宮中の何処でも水がせせらぐ宝瓶宮。
その上階の窓から戦場を覗く眼があった。
「……ついにサダルスウドが戦場に」
「ひめ……いや女王陛下!ここは危険です!避難を!」
美しく黄金に靡く髪、戦場を見据える瞳は水晶の輝きを持つ。
彼女の名はエストレーリャ・ガニュメーデス。まだ若いがこの国の女王だ。
エストレーリャは注意をする『水装士』を無視して質問する。
「ステラは、アニータは。まだ到着しないのですか」
「……は……。未だ何の報告も無く……」
「ならば私がこの『宝瓶宮』を離れる事はありません」
「……ですが!」
エストレーリャは15で夫王を迎え、16でステラを産んだ。現在26歳だ。見た目もまだ少女のようであるため、未だに度々国民に「姫」と呼び間違えられるほど若く美しかった。
古くからのアクアリウスのしきたりにより、年に一度しか会えない娘を、これ以上無いほど彼女は愛していた。
それに加え歳の近く、かつて自分の付き人であったアニータとは心から友と想っていた。
「『星海の姫』無くしてアクアリウスの繁栄は無い。私がここから逃げれば、それも国の終焉を意味します。私はこの戦争を、国の行く末をこの眼で見届ける」
「……!」
「それより、陛下はどちらへ?」
「こ、国王陛下は先程地下の『宝水』の様子を見ると……」
「……分かりました。ではユミトは?」
「レイピア卿は……」
ここは女王の自室である。しかしそこへ、ひとりの男が断りも無く入ってきた。
「呼びましたか?エストレーリャ姫」
「……ユミト」
男は茶髪に蒼眼、服装は横の『水装士』とはデザインの違う『水装』を着用していた。
『宮廷技師』ユミト・レイピア。アルファの養父でもある技師だ。
「レイピア卿!無礼ですぞ!」
「良いのです。……貴方は下がりなさい」
「……! は……」
水装士はユミトを睨み付け、部屋を出ていった。
「こんな所に居て良いのですか」
「心配ありませんよ。姫お抱えの『水将』専用に開発した『水装』なら3日前には調整を終わらせてる。今頃あの薄っぺらい甲冑を紙の様に千切り裂いている頃でしょう」
「……そうですか」
エストレーリャはふうと息を吐き、窓際に置かれた豪華な椅子に腰を下ろした。
「……この戦争、貴方はどう見ますかユミト」
「さあ。俺は『水装技師』。軍事にゃ疎いので」
「……ふっ。この非常時に、貴方は変わらない」
エストレーリャから渇いた笑いが漏れた。
「姫こそ、こんな状況だってのに、嬉しそうにしてるぜ?」
「!」
「顔がにやけてる」
エストレーリャは驚いて自分の頬を触って確かめる。その様子はまるで子女であった。
「……本当にそう見えますか?」
「プッ。ハハハ!」
「……ユミト?」
真剣に訊ねるエストレーリャ、笑うユミト。
ユミトは部屋のテーブルに並べてある椅子のひとつを引き、座った。
「よっぽど、娘さんと会うのが楽しみなんですねえ」
「……!ユミト、うるさい。国の存亡をかけた戦いの最中にそんな、自分の満足だけ考える女王がどこに居ますかっ」
「ハハハ」
「訂正しなさいっ」
エストレーリャは落ち着きながらも、やや感情の籠ったしゃべり方でユミトへ詰め寄った。
「ハハハ。悪い悪い。……少しはリラックスできたか?」
「!」
ユミトは最初から見抜いていた。エストレーリャの手が、ずっと震えていた事を。
敵の大群が目と鼻の先に押し寄せているこの状況で、女王として逃げないと強がりつつ、本心では恐怖していた事を。
「…………」
「『星海の姫』も人の子だ。人並みに恐怖し、人並みに幸せを求める。国民の前でも素直だったら、今ほど神聖化されてはいなかったろうな」
「……うるさい」
「お?」
「ユミトうるさい。もうひとりにして頂戴。暇なら私で遊んでないで、貴方も戦うかステラを迎えにでも行ってきなさいっ」
機嫌を損ねた女王に閉め出されてしまったユミト。
「ハハハ……そうだなぁ。迎えに行ってやるか。あの馬鹿、ちったあ成長したのかね」
実は、子と会うのが楽しみなのはエストレーリャもユミトも同じであった。
☆
「うわあああん!アルファあ!アニータあ!」
「大丈夫!大丈夫ですステラ様!落ち着いてくださいまし!」
「うわあああん!」
当の娘達は、既に王宮を視界に捉えつつも、身動きが取れなくなっていた。
案の定、ステラの泣き声で甲冑兵に見付かってしまったのだ。ステラはこの1ヶ月で成長した。とは言え、トラウマを克服出来た訳では無い。
「貴様ら、その旅荷、都の市民ではないな!」
「それに、それは『水装』だろう!何者だ!」
あっという間に甲冑兵に囲まれてしまう。
そこで、ここまでステラ達を導いてきた使者が前へ出た。
「もう王宮は目と鼻の先。行ってください。私はここで敵を食い止めます」
「……任せて大丈夫ですか?」
彼らを囲む甲冑兵を数えると10では足りない。アルファの質問は、彼の人生がここで終わって良いのかという不安だった。
「私は『水装士』です。それに誇りを持っています」
使者の表情は明るかった。アルファは、当然の様にそれに応える。
「……!了解した」
「では、私が注意を引いた隙に王宮へ」
「ああ」
『水装』の基本機能として、水の圧縮がある。
使者は自らの『水装』に傷を入れ、中の水を圧縮し、甲冑兵に浴びせかけた。
「なっ!」
「水かっ!」
正直、あまり意味は無い。むしろ貴重な水が減ってしまう。
しかし、緊張した状況では敵を怯ませるのには効果的だった。
「今だっ!!」
「ステラ様!」
「俺が担ぎます!」
3人は甲冑兵の包囲を抜けた。
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ファンタジー
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実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
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