9 / 120
第1章:不思議な妹
第9話 パンク
しおりを挟む
人は、人を管理できない。人類は人類を管理できていない。
今、全部で何人いるのか。そんなことも分からないんだから。スマホで調べてすぐ出てくる人口は、『管理下にある人数』でしかない。机上でしか。紙の上、パソコンの中でしか見ていない。そんなんじゃ本当に、真の『全人類』の数は分かりっこない。『凡そ』でしか測れない。
俺は、もっと知らなくちゃいけない。俺の家族のこと。俺自身のこと。
この子達のことを。
せめて、管理できる程度は。
守るために。
「まあ、正確にはお母さまにまだ日本国籍があります。ですから出生届のされていない無戸籍児ですね。事実上の無国籍、ということでしょうか」
「ちょっ……ちょっと待ってくれ!」
「はい。お兄さま」
頭がこんがらがる。いきなり、この10歳の小さな口から。
どんだけでかく重いことが発せられたんだ。
「しゅっ! 出生届出してないのか? 母さんは!」
「はい。法的には、『川上愛月』の『子』は、お兄さまのみですね」
「…………! 向こうの国籍を取得してないのか……?」
「向こう……と言いますと」
「お前達の父さんのだよ! 再婚したんだろ? 母さんは!」
「してませんよ」
「!!」
「アルテ達も、自分の父親を知りません。アルテ達はどこの国でもない場所にある『組織の本拠地』で生まれ、育てられました」
「はぁ!?」
意味が分からない。
「それじゃ、母さんはどこに居るんだ!?」
「さあ……」
「!!」
意味が。
分からない。
「お前達はどこから来たんだ?」
「アルテ達は、地を行き巡り、そこを歩き回って来ました」
「…………!?」
ここへ来て、白を切る子じゃない。アルテは。
本当に『分からない』んだ。自分達の居た場所が『どこ』で『何』なのか。
「アルテ達が日本まで来たのは、ロンドンのヒースローからでした。だけどその前にどこに居たのかは分かりません。寝てる間に移動して貰ったので」
「…………そんな」
「ねえ、パスポートは?」
「!」
美裟が呟いた。そうだ。パスポートが無いと、飛行機には乗れない。
だけど身分証明ができないこのふたりには、パスポートは作れない筈だ。
「あれじゃないかな。あるよ。ほら」
それを聞いて、セレネがダッフルバッグから取り出した。
「…………!」
名前が、全然違った。写真も、よく似てるが別人だ。
英語? はよく分からないけど……。
これは偽造だ。
「……そこまでして、貴女達を日本へ。文月の元へ寄越した理由は何なのよ」
「緊急避難」
「!」
「……と、執事のアレックスが言ってました」
「緊急……避難」
内密とか。匿うとか。確か手紙にもそんなことが書いてあった。
一体何なんだ?
「『組織』ってなんだよ。何の組織なんだ? 母さんは、一体何をやってるんだ?」
「……お兄さま」
「俺は! 一体『誰』の子なんだよ!」
「文月っ!!」
「!」
はっとした。
美裟の怒声で。
「……お兄さま。痛い、です」
「ご! ごめんっ!!」
俺はいつの間にか。
アルテの肩を強く掴んでしまっていた。
慌てて下がる。
……テーブルは傾いて、お茶は全部倒れてしまっている。
「…………ごめん……」
「……フミ兄……」
がっくりと、項垂れた。頭がパンクしそうだ。
心配そうに、セレネが俺の手を取ってくれた。
暖かい。
「……お兄さま」
「…………」
「これ以上は、アルテも知りません。どんな組織なのか。何かと戦っているのか。詳しいことはアルテ達『子供』には何も。……アルテは、アルテの体験したことしか話せません」
「……う」
「不勉強で。お役に立てず。……無能なアルテを許してください……」
「そんなことないわよっ! ほら文月! 謝りなさいっ!」
「…………ぅ」
「文月?」
初めから。
意味不明な母親だった。もう、10年以上会ってない。アルテやセレネと顔が似てるとか言ったけど。俺は本当にあの人の顔を覚えているんだろうか。
子に、籍を与えず。
何者かと戦っている。
俺には、謎の能力と。
異父の妹にも、何やら妙な力がある。
緊急避難として。
パスポートを偽造してやってくる。
なんだこれは?
「……なんだこれ……」
頭がパンクする。
何も考えられない。
そうとしか、形容できない。
今の俺は。
「…………文月」
「お兄さま……」
「フミ兄……っ」
俺を呼ぶ声。だけど応じられない。今は。
脳の処理に追い付けなくて、身体が動かないんだ。
「……少し、休憩しましょっか」
「…………はい。お茶、入れ直しますね」
「ありがと。アルテちゃん。あと、なにか拭く物を」
その間ずっと。
「……フミ兄」
セレネが、俺の手を握ってくれていた気がする。
——
——
フミ兄は凄く優しい。
色んなものを沢山買ってくれるし、服も自由に選ばせてくれる。
目が合うと、笑ってくれる。近付くと頭を撫でてくれる。わたしはフミ兄を、会ってすぐに大好きになった。
そんなフミ兄が悲しい顔をするのは嫌だ。
どうしたら良いか分かんない。
わたし達は、生まれた時からママしか居ない。パパは知らない。
国、ってのも知らない。学校も知らない。
ずっと、ママと、ママの部下の人しか知らなかった。
フミ兄は、そのことを悲しんでいる。
わたしには、分からない。
それの何が駄目なんだろう。籍? が無いことの。パパが居ないことの。学校に行ってないことの。
何がいけないんだろう。
フミ兄だって。パパが居ないのに。
でも、フミ兄は学校に行ってる。
なんでだろう。
「…………」
悲しそうにするフミ兄は見たくない。
「…………」
どうしたら良いんだろう。
床に置かれた手が、とても寂しそうに見えて。
思わず握った。
わたしにはそれしかできなかった。
「……アルテちゃん。ちょっと」
「えっ? ……はい」
「?」
ミサ姉が、アルテを誘って玄関へと向かった。
「セレネ。悪いけどお兄さまを見ててくれない?」
「どういうこと?」
「……美裟さんと、ちょっと買い物してくる。皆で美味しいもの食べよう?」
「…………わかった」
アルテは、時々よく分からないことを言って、よく分からないことをする。
だけどアルテは頭が良い。わたしなんかよりずっと。
何か考えがあるんだ。
ずっと一緒に居るよ。わたしはフミ兄と。
「早く帰ってきてね」
「うん。勿論」
また皆で笑って。
さっきまで楽しい感じだったのに。アルテがわたし達のことを話したら急にこうなった。
誰が悪いんだろう。
何がいけなかったんだろう。
「……フミ兄。元気出して」
「…………ぁぁ。ありがとう」
わたしを見て。
もっと楽しそうに話して。
わたし達が悪いなら、謝るから。
これからもっともっと。
仲良くなりたいから。
今、全部で何人いるのか。そんなことも分からないんだから。スマホで調べてすぐ出てくる人口は、『管理下にある人数』でしかない。机上でしか。紙の上、パソコンの中でしか見ていない。そんなんじゃ本当に、真の『全人類』の数は分かりっこない。『凡そ』でしか測れない。
俺は、もっと知らなくちゃいけない。俺の家族のこと。俺自身のこと。
この子達のことを。
せめて、管理できる程度は。
守るために。
「まあ、正確にはお母さまにまだ日本国籍があります。ですから出生届のされていない無戸籍児ですね。事実上の無国籍、ということでしょうか」
「ちょっ……ちょっと待ってくれ!」
「はい。お兄さま」
頭がこんがらがる。いきなり、この10歳の小さな口から。
どんだけでかく重いことが発せられたんだ。
「しゅっ! 出生届出してないのか? 母さんは!」
「はい。法的には、『川上愛月』の『子』は、お兄さまのみですね」
「…………! 向こうの国籍を取得してないのか……?」
「向こう……と言いますと」
「お前達の父さんのだよ! 再婚したんだろ? 母さんは!」
「してませんよ」
「!!」
「アルテ達も、自分の父親を知りません。アルテ達はどこの国でもない場所にある『組織の本拠地』で生まれ、育てられました」
「はぁ!?」
意味が分からない。
「それじゃ、母さんはどこに居るんだ!?」
「さあ……」
「!!」
意味が。
分からない。
「お前達はどこから来たんだ?」
「アルテ達は、地を行き巡り、そこを歩き回って来ました」
「…………!?」
ここへ来て、白を切る子じゃない。アルテは。
本当に『分からない』んだ。自分達の居た場所が『どこ』で『何』なのか。
「アルテ達が日本まで来たのは、ロンドンのヒースローからでした。だけどその前にどこに居たのかは分かりません。寝てる間に移動して貰ったので」
「…………そんな」
「ねえ、パスポートは?」
「!」
美裟が呟いた。そうだ。パスポートが無いと、飛行機には乗れない。
だけど身分証明ができないこのふたりには、パスポートは作れない筈だ。
「あれじゃないかな。あるよ。ほら」
それを聞いて、セレネがダッフルバッグから取り出した。
「…………!」
名前が、全然違った。写真も、よく似てるが別人だ。
英語? はよく分からないけど……。
これは偽造だ。
「……そこまでして、貴女達を日本へ。文月の元へ寄越した理由は何なのよ」
「緊急避難」
「!」
「……と、執事のアレックスが言ってました」
「緊急……避難」
内密とか。匿うとか。確か手紙にもそんなことが書いてあった。
一体何なんだ?
「『組織』ってなんだよ。何の組織なんだ? 母さんは、一体何をやってるんだ?」
「……お兄さま」
「俺は! 一体『誰』の子なんだよ!」
「文月っ!!」
「!」
はっとした。
美裟の怒声で。
「……お兄さま。痛い、です」
「ご! ごめんっ!!」
俺はいつの間にか。
アルテの肩を強く掴んでしまっていた。
慌てて下がる。
……テーブルは傾いて、お茶は全部倒れてしまっている。
「…………ごめん……」
「……フミ兄……」
がっくりと、項垂れた。頭がパンクしそうだ。
心配そうに、セレネが俺の手を取ってくれた。
暖かい。
「……お兄さま」
「…………」
「これ以上は、アルテも知りません。どんな組織なのか。何かと戦っているのか。詳しいことはアルテ達『子供』には何も。……アルテは、アルテの体験したことしか話せません」
「……う」
「不勉強で。お役に立てず。……無能なアルテを許してください……」
「そんなことないわよっ! ほら文月! 謝りなさいっ!」
「…………ぅ」
「文月?」
初めから。
意味不明な母親だった。もう、10年以上会ってない。アルテやセレネと顔が似てるとか言ったけど。俺は本当にあの人の顔を覚えているんだろうか。
子に、籍を与えず。
何者かと戦っている。
俺には、謎の能力と。
異父の妹にも、何やら妙な力がある。
緊急避難として。
パスポートを偽造してやってくる。
なんだこれは?
「……なんだこれ……」
頭がパンクする。
何も考えられない。
そうとしか、形容できない。
今の俺は。
「…………文月」
「お兄さま……」
「フミ兄……っ」
俺を呼ぶ声。だけど応じられない。今は。
脳の処理に追い付けなくて、身体が動かないんだ。
「……少し、休憩しましょっか」
「…………はい。お茶、入れ直しますね」
「ありがと。アルテちゃん。あと、なにか拭く物を」
その間ずっと。
「……フミ兄」
セレネが、俺の手を握ってくれていた気がする。
——
——
フミ兄は凄く優しい。
色んなものを沢山買ってくれるし、服も自由に選ばせてくれる。
目が合うと、笑ってくれる。近付くと頭を撫でてくれる。わたしはフミ兄を、会ってすぐに大好きになった。
そんなフミ兄が悲しい顔をするのは嫌だ。
どうしたら良いか分かんない。
わたし達は、生まれた時からママしか居ない。パパは知らない。
国、ってのも知らない。学校も知らない。
ずっと、ママと、ママの部下の人しか知らなかった。
フミ兄は、そのことを悲しんでいる。
わたしには、分からない。
それの何が駄目なんだろう。籍? が無いことの。パパが居ないことの。学校に行ってないことの。
何がいけないんだろう。
フミ兄だって。パパが居ないのに。
でも、フミ兄は学校に行ってる。
なんでだろう。
「…………」
悲しそうにするフミ兄は見たくない。
「…………」
どうしたら良いんだろう。
床に置かれた手が、とても寂しそうに見えて。
思わず握った。
わたしにはそれしかできなかった。
「……アルテちゃん。ちょっと」
「えっ? ……はい」
「?」
ミサ姉が、アルテを誘って玄関へと向かった。
「セレネ。悪いけどお兄さまを見ててくれない?」
「どういうこと?」
「……美裟さんと、ちょっと買い物してくる。皆で美味しいもの食べよう?」
「…………わかった」
アルテは、時々よく分からないことを言って、よく分からないことをする。
だけどアルテは頭が良い。わたしなんかよりずっと。
何か考えがあるんだ。
ずっと一緒に居るよ。わたしはフミ兄と。
「早く帰ってきてね」
「うん。勿論」
また皆で笑って。
さっきまで楽しい感じだったのに。アルテがわたし達のことを話したら急にこうなった。
誰が悪いんだろう。
何がいけなかったんだろう。
「……フミ兄。元気出して」
「…………ぁぁ。ありがとう」
わたしを見て。
もっと楽しそうに話して。
わたし達が悪いなら、謝るから。
これからもっともっと。
仲良くなりたいから。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる