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第2章:旅の始まり
第31話 その後ろでアレックス
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飛行機が飛び立って。しばらくはしゃいでいたアルテとセレネ。だがすぐに眠気が来たらしく、現在はくうくうと可愛い寝息を立てている。
「……ねえ文月」
「ん?」
窓側に座り、ぼうっと景色を眺める文月に、美裟から話し掛けた。
「あんたは『どう』なの? 今」
「……ん——……」
美裟には彼と話したい話題があったが、それは今押し殺している。文月にとって必要なものでは無いと考えているからだ。
「……やってることは、ただ『母さんに会いに行く』だけなんだけどな。結構なおおごとだ」
「この子達はいつも通りだし、あたしはもう腹括ってるけど。あんた自身はどうなのよ。なんだか成り行きで流されてるようにも見えるわ」
「うーんと……そうだなあ」
文月の能力で治せるのは身体のことだけだ。メンタルケアはできない。特に、彼自身のメンタルについては。
美裟が気付き、察し、ケアすべき点であると。彼女自身が自覚している。
「細かいことは置いといて、単純に興味あるんだ。『知りたい』。母さんがどこで何をしてるのか。何故そんなことをしてるのか。俺が組織のトップに立つとかそんな話は置いといて。まず『知りたい』んだ」
「…………」
この旅を、彼は楽しみにしている。そう感じさせる話し方だった。
「世界の誰も知らないようなことを教えて貰えるんだろ? そんなの普通にワクワクするだろ」
「……日本で普通に進学・就職する安定性を蹴ってまで?」
「いやそりゃ……。ノリと勢いが強いことは否定しないけどさ。でもどっかでは思ってたんだと思う」
「何が?」
文月は自分の右手を出して、握って見せた。
「俺は普通の人生は歩めない。いや、歩まない。……この力は。それを持つことは、『普通』からは随分と逸脱してるんだと」
「…………そう」
まだまだ、若い。18だ。
自分の人生を考えるには若すぎる。まずは興味関心。やりたいことを思う存分やって、やりきって。
考えるのはそれからで良い。
後ろの席で会話を聞いているアレックスはそう思った。
「付いてきてくれてありがとうな」
「まだ早いわよ。どんな話かも知らないんだから。後悔するかもね」
「なら今のうちに言っとかないとなあ」
「あっそ。でもあんたがするのは感謝じゃないわよ」
「え?」
「『安心』しなさい。これからは、あたしは常にあんたの隣に居るから」
「……分かった」
「邪魔なら言ってくれたら消えるから」
「……まあ、時と場合によるかな」
「くそ野郎」
他愛も無い会話。だが大切な時間。お互いの気持ちを伝え合い、意思を共有することは大切である。
「……あのね文月」
「ん?」
それが嬉しくなってしまった美裟は、口を滑らせ掛けた。
「………………いや。なんでも無いわ」
「はっ?」
きょとんとする文月の顔を見て、何故かムカついてきた。
「あたしも寝るから。それじゃ」
「……別に良いぞ?」
「!」
そして文月は。
そこまで察しが悪い男ではなかった。
「どんな話でも。俺は何でも」
「——!」
穏やかな。まるで妹——否。家族に向けるような表情で。
ずっと。
思い返しているのだ。美裟は急に、顔を赤くしてしまった。
「……大丈夫か?」
「あのねえ…………」
顔が熱い。赤くなっているであろうことは美裟本人も気付いている。誤魔化そうと口角が上がるが、意味は無い。
「……あたしはねえ。昨日の夜からずっとドキドキしてんの」
「!!」
その熱が。
彼女のひと言で文月にも伝播した。
『……恋人じゃ駄目か?』
それを思い出させた。
「…………美」
「はいおしまい」
「!?」
自制しなければならない。美裟は強く、自分を律した。それこそ。この件こそ、成り行きのノリの勢いではないか。
「何が『……美裟』よ気持ち悪い。もう寝るから」
「えっ。ちょっ」
「黙って景色でも眺めてろくそ野郎」
「なっ……!」
美裟は毛布にくるまり、無理矢理寝てしまった。
『とんでもなく優しい——』
母の言葉を思い出す。
『嫁に行くようなもんだ——』
バクバクと。
この心臓の音だけは、隣の男に伝わりませんように。
美裟は自分の神様に強くそう祈っていた。
——
「(…………)」
その後ろで、アレックスは。
「(……文月様とふたりきりの時くらい、『その話』を進めても良いと思いますが。いやはや自分に厳しいと言うか、他者を優先しすぎと言うか)」
聞き耳を立てるのは失礼と思いつつ、執事の癖で会話は全て勝手に耳に入ってきてしまう。
「(『好きな殿方とならいつでもイチャイチャしたい』とお考えの愛月様とは、真反対の女性ですね。しかもまだティーンというのだから)」
愛月とも、アルテともセレネとも違うタイプの『女性』。
アレックスは、日本で初対面である文月と美裟——特に美裟について、とても注意深く観察している。その人間性を見極めなければならないと。
「(しかし、『しっかり』している。ジャパニーズシントー『ジンジャ』のシャーマンという話ですが、女学生にしても驚くほど地に足着いていますね)」
アレックスはその仕事柄、様々な宗教者と対峙してきた。本当に、色んな相手が居た。
その中でも美裟は、上位に位置するほど『ちゃんと』している。新興宗教の信者などは大抵、思考がふわふわとしている気分屋であるからだ。
「(島国日本に根付いた、文化・生活習慣に深く馴染んだ固有の宗教。信者を仮に『1億3千万』とするなら、世界でもトップクラスの信者数になる)」
日本は、世界から見て奇妙である。特有である。個性的である。アレックスはそう考えている。なにせ、『あの』愛月の生まれ故郷だ。
隣国韓国や、近年の発展が凄まじい中国も、今の国家は建国100年も無い。様々な理由、事情があるとは言え事実だ。
対して日本は。建国何年だろうか。
『天皇制度』で『元号』を使い始めたのが『645年』である。そこから数えても1000年以上。初代天皇の即位であれば『紀元前660年』まで遡る。つまり約2600年?
その間、他国によって主権を奪われることなく。敗戦はしたが植民地にもならず。
世界地図で見ると東の果てにある小さな島国が。
「(神の国。奇跡の国)」
大小様々な国ができては消え、併合しては崩壊し。それを繰り返してきた歴史を持つ欧米人からすれば。独特の感性と『誇り』を持つ日本人は、時に眩しく見える。
「(あの愛月様を生んだ国ですからねえ)」
キリスト教と言えば、クリスマスと結婚式と有名な讃美歌だけ。
仏教と言えば、仏壇と除夜の鐘とお盆と葬式だけ。
イスラム教はほとんど無い。
愛月や文月や美裟が、そんな日本人であるということは。
これから彼らが行おうとすることに於いては案外『妥当な人選』なのかもしれない。
「(宗教的価値観・偏見をほぼ持たない『無垢の民族』)」
それは色眼鏡を通さずに世界を見ることのできる、唯一の先進国民なのかもしれない。
アレックスは勝手に、文月達に期待を寄せていた。
「(……ティーンのカップルの会話でここまで考えるとは。私も老いてきましたねえ)」
そして最後に。やはり。
文月について思う。
「(お優しい。そして、『知りたがり』。その点は全く、愛月様そっくりですね)」
期待を寄せているが、だが同時に懸念点もあるのだ。
「(だがやはり、自己主張は弱い。他者を愛し、自己愛も強い愛月様よりは、『組織のトップ』として苦労するでしょうね)」
組織のメンバーは殆どが白人、黒人である。つまり『日本的感性』の持ち主と共感できるメンバーは多くない。
「(それに、今の幹部達は皆、愛月様自体に共感してチームとなった、『人軸』のメンバーばかり。世代交代は仕方の無いこととは言え、彼らが文月様を素直にボスと認めるかどうか)」
彼らとの出会いで、さらに成長して欲しい。
一番近しい恋人との関係に手こずっている場合ではないと、勝手に心配していた。
「……ねえ文月」
「ん?」
窓側に座り、ぼうっと景色を眺める文月に、美裟から話し掛けた。
「あんたは『どう』なの? 今」
「……ん——……」
美裟には彼と話したい話題があったが、それは今押し殺している。文月にとって必要なものでは無いと考えているからだ。
「……やってることは、ただ『母さんに会いに行く』だけなんだけどな。結構なおおごとだ」
「この子達はいつも通りだし、あたしはもう腹括ってるけど。あんた自身はどうなのよ。なんだか成り行きで流されてるようにも見えるわ」
「うーんと……そうだなあ」
文月の能力で治せるのは身体のことだけだ。メンタルケアはできない。特に、彼自身のメンタルについては。
美裟が気付き、察し、ケアすべき点であると。彼女自身が自覚している。
「細かいことは置いといて、単純に興味あるんだ。『知りたい』。母さんがどこで何をしてるのか。何故そんなことをしてるのか。俺が組織のトップに立つとかそんな話は置いといて。まず『知りたい』んだ」
「…………」
この旅を、彼は楽しみにしている。そう感じさせる話し方だった。
「世界の誰も知らないようなことを教えて貰えるんだろ? そんなの普通にワクワクするだろ」
「……日本で普通に進学・就職する安定性を蹴ってまで?」
「いやそりゃ……。ノリと勢いが強いことは否定しないけどさ。でもどっかでは思ってたんだと思う」
「何が?」
文月は自分の右手を出して、握って見せた。
「俺は普通の人生は歩めない。いや、歩まない。……この力は。それを持つことは、『普通』からは随分と逸脱してるんだと」
「…………そう」
まだまだ、若い。18だ。
自分の人生を考えるには若すぎる。まずは興味関心。やりたいことを思う存分やって、やりきって。
考えるのはそれからで良い。
後ろの席で会話を聞いているアレックスはそう思った。
「付いてきてくれてありがとうな」
「まだ早いわよ。どんな話かも知らないんだから。後悔するかもね」
「なら今のうちに言っとかないとなあ」
「あっそ。でもあんたがするのは感謝じゃないわよ」
「え?」
「『安心』しなさい。これからは、あたしは常にあんたの隣に居るから」
「……分かった」
「邪魔なら言ってくれたら消えるから」
「……まあ、時と場合によるかな」
「くそ野郎」
他愛も無い会話。だが大切な時間。お互いの気持ちを伝え合い、意思を共有することは大切である。
「……あのね文月」
「ん?」
それが嬉しくなってしまった美裟は、口を滑らせ掛けた。
「………………いや。なんでも無いわ」
「はっ?」
きょとんとする文月の顔を見て、何故かムカついてきた。
「あたしも寝るから。それじゃ」
「……別に良いぞ?」
「!」
そして文月は。
そこまで察しが悪い男ではなかった。
「どんな話でも。俺は何でも」
「——!」
穏やかな。まるで妹——否。家族に向けるような表情で。
ずっと。
思い返しているのだ。美裟は急に、顔を赤くしてしまった。
「……大丈夫か?」
「あのねえ…………」
顔が熱い。赤くなっているであろうことは美裟本人も気付いている。誤魔化そうと口角が上がるが、意味は無い。
「……あたしはねえ。昨日の夜からずっとドキドキしてんの」
「!!」
その熱が。
彼女のひと言で文月にも伝播した。
『……恋人じゃ駄目か?』
それを思い出させた。
「…………美」
「はいおしまい」
「!?」
自制しなければならない。美裟は強く、自分を律した。それこそ。この件こそ、成り行きのノリの勢いではないか。
「何が『……美裟』よ気持ち悪い。もう寝るから」
「えっ。ちょっ」
「黙って景色でも眺めてろくそ野郎」
「なっ……!」
美裟は毛布にくるまり、無理矢理寝てしまった。
『とんでもなく優しい——』
母の言葉を思い出す。
『嫁に行くようなもんだ——』
バクバクと。
この心臓の音だけは、隣の男に伝わりませんように。
美裟は自分の神様に強くそう祈っていた。
——
「(…………)」
その後ろで、アレックスは。
「(……文月様とふたりきりの時くらい、『その話』を進めても良いと思いますが。いやはや自分に厳しいと言うか、他者を優先しすぎと言うか)」
聞き耳を立てるのは失礼と思いつつ、執事の癖で会話は全て勝手に耳に入ってきてしまう。
「(『好きな殿方とならいつでもイチャイチャしたい』とお考えの愛月様とは、真反対の女性ですね。しかもまだティーンというのだから)」
愛月とも、アルテともセレネとも違うタイプの『女性』。
アレックスは、日本で初対面である文月と美裟——特に美裟について、とても注意深く観察している。その人間性を見極めなければならないと。
「(しかし、『しっかり』している。ジャパニーズシントー『ジンジャ』のシャーマンという話ですが、女学生にしても驚くほど地に足着いていますね)」
アレックスはその仕事柄、様々な宗教者と対峙してきた。本当に、色んな相手が居た。
その中でも美裟は、上位に位置するほど『ちゃんと』している。新興宗教の信者などは大抵、思考がふわふわとしている気分屋であるからだ。
「(島国日本に根付いた、文化・生活習慣に深く馴染んだ固有の宗教。信者を仮に『1億3千万』とするなら、世界でもトップクラスの信者数になる)」
日本は、世界から見て奇妙である。特有である。個性的である。アレックスはそう考えている。なにせ、『あの』愛月の生まれ故郷だ。
隣国韓国や、近年の発展が凄まじい中国も、今の国家は建国100年も無い。様々な理由、事情があるとは言え事実だ。
対して日本は。建国何年だろうか。
『天皇制度』で『元号』を使い始めたのが『645年』である。そこから数えても1000年以上。初代天皇の即位であれば『紀元前660年』まで遡る。つまり約2600年?
その間、他国によって主権を奪われることなく。敗戦はしたが植民地にもならず。
世界地図で見ると東の果てにある小さな島国が。
「(神の国。奇跡の国)」
大小様々な国ができては消え、併合しては崩壊し。それを繰り返してきた歴史を持つ欧米人からすれば。独特の感性と『誇り』を持つ日本人は、時に眩しく見える。
「(あの愛月様を生んだ国ですからねえ)」
キリスト教と言えば、クリスマスと結婚式と有名な讃美歌だけ。
仏教と言えば、仏壇と除夜の鐘とお盆と葬式だけ。
イスラム教はほとんど無い。
愛月や文月や美裟が、そんな日本人であるということは。
これから彼らが行おうとすることに於いては案外『妥当な人選』なのかもしれない。
「(宗教的価値観・偏見をほぼ持たない『無垢の民族』)」
それは色眼鏡を通さずに世界を見ることのできる、唯一の先進国民なのかもしれない。
アレックスは勝手に、文月達に期待を寄せていた。
「(……ティーンのカップルの会話でここまで考えるとは。私も老いてきましたねえ)」
そして最後に。やはり。
文月について思う。
「(お優しい。そして、『知りたがり』。その点は全く、愛月様そっくりですね)」
期待を寄せているが、だが同時に懸念点もあるのだ。
「(だがやはり、自己主張は弱い。他者を愛し、自己愛も強い愛月様よりは、『組織のトップ』として苦労するでしょうね)」
組織のメンバーは殆どが白人、黒人である。つまり『日本的感性』の持ち主と共感できるメンバーは多くない。
「(それに、今の幹部達は皆、愛月様自体に共感してチームとなった、『人軸』のメンバーばかり。世代交代は仕方の無いこととは言え、彼らが文月様を素直にボスと認めるかどうか)」
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