ネフィリム・エスカトロジー

弓チョコ

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第3章:堕天島

第45話 Nephilim

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 死生観、という言葉がある。生や死について、自分なりの考えを持つことだ。死ぬまでの過程や行動の判断基準となる場合が多い。
 それは他人に強要はできない。個人が、自身の為だけに、自分だけの為に持つ自分だけのものだ。

「…………これで良かったのか分からない」

 話は解散となった。ディアナは、揺れる町をなんとかしなくてはならない。アレックスも、誰かと連絡を取ると言って出ていった。アルテとセレネは、武道館へ患者のケアへと足を運んだ。

 文月の部屋に残ったのは、美裟だった。

「無理矢理、引き止められたんじゃないかとも思うんだ。説得して。ディアナちゃんや母さんを話に持ってきて」
「ええ」
「…………全員に触れれば。誰かひとりくらいは『生きたい』と思ってるボディガードさんも居たんじゃないかって」
「ええ」
「……俺は。俺は妹の母親を。家族を亡くしたんだ。……亡くなった所に、立ち会ったんだ」
「……ええ」

 家族で全員集合したかった。皆で、青空の下で、笑い合って。バーベキューか何かでもしながら。
 欠けてはならなかった。『萩原縷架』という例外は置いておいても。ディアナの母であるソフィアは、紛れもなく文月の『家族』同然だった。このメンバーで、愛月に会いに行けば。あとは父親をふたり探すだけだと。

「……救えなかった……!!」
「……!」

 目を、ぎゅっと瞑り。拳を震わせ。肩を揺らし。
 悔しさを全面に出す。美裟もつられて、涙が溢れてしまう。彼の悔しさに共感して。

「ぅ……っ!」

 嗚咽が。
 もう駄目だった。

「文月」

 彼を抱き締めてあげたいと、ここまで思ったことは無かった。怪我も病気も、何でも治してきた彼が、初めて『触れても治せなかった』人が出た。そのまま、その人は亡くなってしまった。
 文月が恐れていたことが、起きてしまったのだ。

「ぅう……っ」
「……ええ」

 強く、頬を胸に擦り付ける。涙も鼻水も、全てぐしょぐしょに。

「ごめん……っ!」
「良いのよ。……良いから」

 人がひとり死ぬ、ということは。
 こういうことだ。

「救えなかった……っ!!」
「……ええ」

 ひとりの力で立ち直れるほど、日本人の18歳は大人では無い。少なくとも文月は。
 アルテやセレネでは、一緒になって泣きわめいていただろう。愛月に至っては、そもそもソフィアの死を悼むかどうか。

 これは美裟にしかできないことだった。ソフィアにとって一番、『他人』である美裟にしか。

「(不謹慎だけど、文月の為に来て良かった)」

 美裟は今、自身のやるべきことの、最も根幹部分に触れていると実感していた。
 これからさらにどんな試練が、彼に待ち受けているのか。

——

——

「俺は、弱いな」

 しばらく泣いて。
 落ち着いたらしい文月は、ふと呟いた。

「強い人間なんて居ないわよ」
「……そうかもしれない」
「良いからね」
「?」

 もう陽は沈んでいた。お腹も空いてきたなと、思い出す。この数日は何をいつ食べたかも分からない。

「泣きたくなったら、いつでも好きなだけ。あたしの前でなら。胸ならいつでも貸してあげるから」
「…………ありがとう。けど恥ずかしいからもう大丈夫」
「その代わり、あたしが泣きたい時も肩貸しなさい」
「えっ。美裟って泣くのか?」
「…………泣くわよ」
「ごめん……」
「お腹空いたわね。何か食べに行く?」
「ああ。そうしよう」
「別に良いのよ? ふたりきりの時はもっと甘えても」
「……いや、俺そろそろ高校卒業だぞ。あんまりからかわないでくれ」
「あっそう。じゃあこの、あんたの気持ち悪い体液でべしょべしょになった服の弁償をしてもらおうかしら」
「うぐっ! ごめん! それはもう、ほんとすまん!」
「……ふふ。冗談よ。義母……と言えるかも分からないけど。ソフィアさんの為に流す、素敵な涙だと思うわ」

 まだ。
 からかい合うくらいが丁度良い。美裟は今の文月との関係が好きだった。

「とはいえ着替えはしないとね。だから早く出なさい。この変態」
「えっ!」
「外で待ってろって言ってんのよくそ野郎」
「……うぐ」

 逆に。
 まだ着替えは見れないのか、と少しだけ思った文月は。
 すぐにその考えを頭から消した。

「……確かに今はそんな場合じゃない。美裟には感謝しないと。それから……」

 自分のやるべきことを、考えなければならないと。

——

——

「——『ネフィリム』」
「えっ?」

 町の、レストランにて。
 入るなり、歓迎された。武道館での噂は届いていたのだ。金は要らないと、席へ案内された。確かに日本円しか持っていない文月には、そもそも支払うことはできないのだが。

「俺の事を、そう呼ぶらしい。俺の……『種族』というか。らしいんだ」
「……聞いたことは無いわね。まあ聖書に詳しい訳じゃないけど」
「ああ」

 ソフィアが、文月へ真に伝えたいこと。それは自身の生い立ちや、夫自慢ではない。
 人や人ならざるものの、『願い』のようなものだったと、文月は解釈している。

「聖書じゃ巨人らしいけど、本質はそこじゃない。『天界の住人が、人間の娘を娶った』んだ。その子供のことらしい」
「……やっぱあんた、天使か何かの子だったのね」

 悪魔が居るなら。天使も居るだろう。そして、なんとなく、そんな予想もしていた。明らかに、文月の父親とアルテ、セレネの父親は『分けて』説明されてきたからだ。アレックス達は、悪魔はきちんと『悪魔』と呼んでいる。言葉を濁しているのは、文月の父親のことだけだ。

「実はそうでも、無いらしいんだけどな。ソフィアさんも、本当の所は分からないらしい。母さんに『教えた』というエピソードも、エデンの園の蛇に似てるし」
「ふうん。結局分からないのね」
「けど、天界から来たのは本当だと思う。天界と地上と地獄しか無いなら、半魔じゃない俺は『そっち』の子としか言えないだろ。消去法的に」
「……まあ、まだまだ未知の存在の可能性はあるけどね」
「それはそうだけど、ソフィアさんはそう言っていた。取り敢えずは、その仮定で行こうと思う」
「ええ」

 へえ、愛月の子か。
 何度も言われた。誰かに会う度に、そう言われる。皆が、愛月を知っている。
 だが、父親について言及したのはソフィアが初めてだった。

「……そっくり、か」
「まあ、あたしがイメージする『天使』のようなイケメンには見えないわね」
「……自分でも分かってるって」

 ネフィリムと『呼ぶ』ということは、他にも例があるということだ。例えば萩原縷架だが。聖書の時代から、彼らは誕生していた。
 文月は、独りじゃない。『その事実』は割りと収穫なんじゃないだろうか。美裟は思った。

「あと、こうも言ってた。『グリゴリ』と接触しろ、と」
「グリゴリ? なにそれ。人の名前?」
「組織、だと思う。後でアレックスにでも訊いてみようと思うんだけど」
「……アレックス、ね」
「なんだよ」

 美裟は、言おうかどうか少し迷ったが。彼へ少しでも隠し事はしたくない。全て話し合いたいという気持ちが勝った。

「あたし、あんまりあの人を信用できないのよね」
「どうして?」
「……うまく説明できるか分かんないけど、ちょっと違和感があるのよ」
「良いよ。聞く。美裟は『そういうの』を察知するのが得意だよな」
「……誉められてんだか」

 こんな相談、アルテやセレネには聞かせられない。ふたりはアレックスを信頼しているからだ。

「あんたが、組織を継ぐと決め付けてる。手紙では『坊っちゃん』だったのに、『文月様』と呼んでる。……執事でしょ? 誰の指示で、あんたをここへ連れてきたの? この組織は、愛月さんのただの『ファンクラブ』なのに。アルバートも知らなかったみたいだし」
「…………」
「何故、移動魔術というものがあるのに、わざわざ飛行機と、組織外から雇ってブラックアークで来たの?」
「…………」
「あの屋敷の一幕だけだけど。ソフィアさんと、対立してたようにも見えた。あたしはあのふたりの掛け合いにも違和感を覚えた」

 落ち着いて考えれば。ぼろぼろと怪しい所が出てくる。気にしすぎと言えばそうなのだろうが。
 こと、命が懸かっているこの場面で。ひとつも妥協はしたくなかった。

「ソフィアさんが『ネフィリム』や『グリゴリ』の話を、わざわざあんただけにした意図は何かしら」
「! まさか、アレックスに聞かれたくなかった、とか?」
「考えすぎならそれで良いけどね。でも、アレックスは。初めから、『文月様はネフィリムです』と言えば良かったのに。あんたのアパートで。愛月さんの話の時に」
「…………!」
「あんたと、あんたの父親の話なら。まああたしは除けても、アルテちゃんセレネちゃんも聞くべきでしょ? だから、アレックスだけ除けると不自然だから、あんただけを指名したのよ」

 文月は。考える。

「……根拠は」
「無いわよ。巫女の勘ね」
「……なるほど」

 考えることが、増えていくなと。
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