ネフィリム・エスカトロジー

弓チョコ

文字の大きさ
50 / 120
第4章:母との再会

第50話 裸の付き合い

しおりを挟む
「おっきな温泉があるんだよ!」
「えっ。まじか。俺温泉大好きだぞ」
「……そんな高校生も珍しいわね」
「ママも!」
「ええ。ちょっとやることあるから、すぐ終わらせて向かうわ」

 食事を終えて。セレネが言い出した。こういう所が、セレネの長所だ。
 皆を見送ってから。

「アレックス。フランソワ。ブライアン」
「はっ」

 部下を呼んで。

「——文月達を、『グリゴリ』の連中にだけは、会わせちゃ駄目よ。もう、ここは目と鼻の先なんだから、最大限警戒して」
「かしこまりました。愛月様」

 そう、指示を出した。

「……ごめんなさいねソフィア。わたし、親友の子より自分の子が大事なの。でもそれって普通のことじゃない? お墓参りは行くから、それで許してね」

——

——

「……凄い」

 美裟は呆気に取られていた。温泉——というか、浴場にである。
 大理石に囲まれた、広い広い浴場。隅々まで清掃が行き届いており、まるで王族や貴族が使うかのような、非日常の風景。
 露天風呂から見える景色は夕日と、雲海と、大海原。空中庭園。天空神殿。そんな言葉が脳内に発生する。

「……ていうか、温泉湧いてるのおかしくない? 島の『陸部分』だけ浮いてるんでしょ? 地熱があると思えないんだけど……」
「細かいことは良いんです。どうせ魔術か奇跡ですから」
「えっ」

 入口でぼやく美裟の脇を、アルテが通り過ぎた。

「奇跡って、文月の?」
「はい。それと同じ種類です。お母さまの部下に居るんです。『奇跡』を持つ人が。まあ、その人の『奇跡』は温泉じゃないですけど」
「…………そう」

 そうそう居てたまるか、と思ったが。
 愛月が世界を廻って集めたのだとしたら頷ける。あり得なくはない。少なくともそう思える。
 文月という前例があるのだから。

「(なら、その人もネフィリムってことかしら)」
「ミサ姉っ。なにしてんのっ。ほら」
「ちょっ。転んじゃだめよセレネちゃん」

 文月は先程の食事の際、ネフィリムとグリゴリの話を、愛月にもしていなかった。
 図りかねているのだ。自分の『勘』を。

「……ふぅ。考えすぎも駄目ね。ここは愛月さんの言う通り」

 真面目な話は、後にして。
 今はこの素晴らしい非日常を満喫しよう。

「ディアナちゃんも来たら良かったのにね」
「ほんと!」

 そう考えた。

——

「貸し切りって、良いわよね。自分達が世界の中心に居る気分になるから」
「愛月……さん」

 しばらくすると、メイドのひとりに支えられて愛月が入ってきた。美裟の隣に腰を下ろして、メイドへ退室するよう促す。

「後は美裟ちゃんに助けて貰うわ。ありがとうね、エマ」
「失礼いたします」
「…………」
「あら、どうしたの?」

 美裟は驚いている。
 彼女は。目の前に居る女性は『母親』である。自分と、同い年の子の、母親である。

「(……『33歳』……!)」

 何だ、そのきめ細かな肌は。
 何だ、そのモデル体型は。
 何だ、その張りのある胸は。

「(うちの親は50歳なんだけどっ……)」

 信じられない。開いた口が塞がらない。

「(まだまだ『遊べる』じゃない……この人……っ!)」

 綺麗な人だとは思っていたが。まさか『プロポーション』について『美裟が』驚かされるとは。
 思ってもみなかった。これで。
 これで『3児の母』であると言うのだ。長男が、18歳であると言うのだ。10歳の娘がいる時点で既に『早い』と言われるだろう歳で。

「……文月はどう? 何かあなたに迷惑かけてないかしら」
「!」

 ここは日本ではない。だとしても。
 この違和感は、消えることは無いのだろうと思う。

「……大丈夫、ありませんよ。寧ろ私が、無理矢理付いてきたので」
「ありがとう」
「!」

 笑っている。
 自分へ、笑い掛けている。

「わたしの代わりに、あなたが居てくれたのよね」

 この人の笑顔は。
 その場に居る者を幸せな気持ちにさせる力があるのかもしれない。

「……彼の、為になっていたのなら私も嬉しいですけど」
「大丈夫よ。あの子は一見、何でもひとりでやるように見えるけど。実際は本当、寂しがり屋さんなんだから」
「……確かにそうですね」
「うふふ。でしょう?」

 あなたと仲良くなりたい。そんなオーラが愛月から放たれていた。それは言葉や所作の端々から、隠すことなく美裟へ届けられている。

「彼はあまり、メンタルが強い方では無いので。結構目は離せませんね」
「そうねえ。あの子無理矢理自分を奮い起たせたりするでしょ? ちっちゃい頃からそうだったのよ。わたしを心配させまいと、転けて痛い筈なのに必死に涙を我慢してたわ」
「……彼らしいですね」
「『心は癒せない』というのがネックなのよね。あの子の場合」
「……やっぱり昔からその能力を?」
「ええ。生まれる前からね。だから、出産はとっても楽だったのよ。その後の双子の出産が本当に辛かったわ。『奇跡』があったから楽だったとは理解してたけど、実際どの程度かは味わってみないと分からないものねえ」
「なるほど……」

 愛月は、自分の知らない、この10年の文月の話を聞きたがった。反対に美裟は、自分の知らない、幼少期の文月の話を知りたかった。ふたりの話は文月を中心に盛り上がり、ふたりの距離は縮まっていく。

「それで、子供はまだなの?」
「!!」

 しかし唐突に。
 だが愛月ならば出して不自然ではない話題が、美裟に振られた。

「…………えっとですね。私達はまだ高校生で、というよりまだ——」
「してないのね」
「うっ……!」

 これはバレる。当然だと美裟は思った。

「健全な高校生のカップルが『まだ』って、あなた達ねえ……」
「い。いや、それがですね……」
「?」

 文月と。
 まだそんな関係ではないのだ。

「恋人になったのも、日本を発つ前日でして……」
「あらそうなの?」
「それも、なんというか。電話で」
「電話ぁ? 告白は?」
「…………実は、まだ」
「………………ぇ」

 愛月は。
 開いた口が塞がらなかった。それから、深く溜め息を吐いた。

「……はぁ~」

 息子がまさか、ここまで情けないとは、と。

「駄目ね。それは。そんなの。駄目よ」
「ぅ……」
「部屋を替えさせるわ。今夜なさい」
「えっ!」
「少なくとも、じっくり話しなさい。あのね美裟ちゃん」
「!」

 愛月は美裟の手を、両手で握った。

「わたしは、あなたが文月と一緒になってくれたら本当に嬉しいわ。だから、ちゃんと『家族』になって頂戴。ね?」
「…………ぅ」
「ね?」
「……はぃ」

 何らかの圧に押され。
 美裟が頷き。
 愛月はそれを見てにっこり笑った。

「だってわたしは14であの子を産んだのよ? なら順当に行けば、もう孫が居たって不思議じゃないじゃないの」
「(……その感覚はおかしいと思います)」

 どこの世界に、33で孫を望む母親が居るのか。
 ……居るところには居そうだと、美裟は諦めた。例えば『2000年前のイスラエル』とかに。

——

——

「………………」

 きゃっきゃっ、と。
 天井や壁を反響して、騒ぐ声が聴こえる。広い浴場など、アルテやセレネからしたら遊園地と同じだろう。

「……良い湯だ」

 女湯の方は楽しそうだな、と。
 文月は少し寂しかった。

「……ふぅ。そう言えばひとりになるのは久し振りだな」

 常に、誰かが側に居た。居てくれた。当たり前ではあるが、ずっと一緒に行動していた。

「……え。俺って寂しがりなのか?」

 いやいや。違う、と首を振る。

「(これから、どうするか。母さんは、俺を呼び寄せるのが予定より早まったと言っていた。何か、俺のやるべきことがあるんだ。母さんが今、何を目的にどんな活動をしているのか知らない。まずそこからか)」

 文月が温泉を好きな理由は、ひとりでじっくり考え事ができるからだ。
 決して、寂しさを紛らわす言い訳ではない。

「(俺の目的はふたりの父さんを探すことだ。それも伝えないと。母さんなら、居場所を知っているかもしれない)」

 美裟も協力してくれている。妹達も賛同してくれている。
 もう少しな筈だ。
 もしかしたら、ソフィアと会う方法だって、あるかもしれない。

「(母さんは、『知っている』んだ。恐らくは、人間の中で最も『全知』に近い筈。それに、『生命と死』が神の創ったルールなら、破壊すればソフィアさんとも会えるかもしれない)」

 希望的観測だ。まだ何も知らない。ルールとは何か。それを破壊するとはどういうことか。
 『真実』を世界に打ち明けるという、アレックスの語った活動は今はしていないのだろうか。

「(まだまだ、訊きたいこと知りたいことが多すぎる。普通の会話も勿論だけど、真面目な話もしないとな)」

 島まで、空に浮くのだ。
 もう何が来ても驚かない。そんな気持ちであった。

 風呂から上がり、寝室の変更を聞くまでは。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました

グミ食べたい
ファンタジー
現実に疲れた俺が辿り着いたのは、自由度抜群のVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。 選んだ職業は“料理人”。 だがそれは、戦闘とは無縁の完全な負け組職業だった。 地味な日々の中、レベル上げ中にネームドモンスター「猛き猪」が出現。 勝てないと判断したアタッカーはログアウトし、残されたのは三人だけ。 熊型獣人のタンク、ヒーラー、そして非戦闘職の俺。 絶体絶命の状況で包丁を構えた瞬間――料理スキルが覚醒し、常識外のダメージを叩き出す! そこから始まる、料理人の大逆転。 ギルド設立、仲間との出会い、意外な秘密、そしてVチューバーとしての活動。 リアルでは無職、ゲームでは負け組。 そんな男が奇跡を起こしていくVRMMO物語。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...