ネフィリム・エスカトロジー

弓チョコ

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第7章:地獄の門

第80話 愛月の罪

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「……あれが……ママの『趣味』だったなんて」
「まあまあ……」

 一同は、館の入口で待機していた。愛月ひとりを残して、出てきたのだ。

「お母さまひとりで大丈夫でしょうか」
「そもそもそれが目的らしいけどな。ただ単に月のトップ……『ツクヨミ』に会うだけなら、シレークスの所へ寄る必要は無いと言えば無かったし」
「愛月様……」
「車椅子、壊れちゃったよな」

 皆心配している。特にディアナとエマは、強烈な記憶となって心に残るだろう。
 あれが『悪魔』。ウゥルペスやケイは大人しすぎたのだ。人間より遥かに強い者が暴れれば当然『ああ』なる。

「でもあの人、元人間なんですよね」
「!」

 ウゥルペスが言った。そうだ。
 ディアナには悪魔の血は流れていない。つまり16年前までは少なくとも、シレークスは『人間』だったということ。

「もしかして、悪魔になってからあんな感じに?」
「さあ? 僕も人間時代のあの人を知りませんけど。まあ大体『憑かれて』悪魔堕ちした人って暴力的になりがちですからね」
「…………そうよ」
「ディアナちゃん?」

 ウゥルペスの説明に、ディアナが頷いた。

「ママの話に出てくる『パパ』とは、全く違うもの。きっと…………」

 今のシレークスを否定しようとして。

「……ぅ」

 アルテとセレネが目に入る。
 このふたりは、『悪魔』シレークスの子である。

「…………訳、分かんないわよ。もう……」

 力なく項垂れた。

「お姉さま大丈夫です。きっといつか、仲良くできますよ」
「う……」

 アルテが寄り添う。
 直接、ソフィアから話を聞いていた彼女にとって。ショックは大きいのだろう。双子の順応力が高いとも言えるが。

「ていうか美裟さん」
「へ?」

 ウゥルペスはそれよりも気になることがあった。

「貴女、やばすぎですよ」
「なにが?」
「悪魔とガチンコファイトして死なないどころか『競る』なんて。聞いたことありません。貴女ソロモンの生まれ変わりか何かですか」
「……気合いがあれば、人間何でもできるわ」
「いやいや……説明になってませんから。シレークスさんとガチ喧嘩とか僕でも嫌ですもん」
「貴方、途中からわざと気絶してたわよね」
「あははぁ。バレましたか」
「…………あたしは神社の子だから、『神様』が付いてるって、思い込んでるんだけど。意外と、なんか『神属性』みたいなのが悪魔に効いてたりしてね」
「なんですかそれ……。ゲームじゃないんだから。暴論も良いとこですよ」

 ウゥルペスは引いていた。それも珍しいなと、文月は思う。

——

「お待たせしちゃったわね」
「!」

 扉の奥から。
 愛月の声がした。

「愛……!?」
「え。母さん……?」
「うふふ」

 車椅子も無いのに。動けはしない筈だ。それがひとりで、部屋に残っていたのだ。

「なあに、人を珍獣みたいな目で見て」
「いや……母さん!」

 ひとりで。
 愛月は両足で。
 そこに立っていた。

「立てるのか!? いや……シレークスに治してもらったのか!!」
「!!」

 一斉に驚く。それは。その『罰』は治らない筈だ。

「馬鹿な……!」

 この場で一番の知恵者であるウゥルペスも、驚愕を隠しきれない。

「うふふ。まあ、そんなに都合の良い話は無いわ。これはね、一時的に『騙して』貰っているだけ」
「!」

 楽しそうに、愉快そうに歩き回る愛月。もう何年車椅子生活だったのだろう。しかし急にリハビリも無く歩けるのだろうか。

「騙して……?」
「ええ。シレークスは『偽計』の悪魔ですもの」
「いやいやいやいや!」

 ウゥルペスが。あわてふためいている。

「何が『偽計』ですか! あんなゴリゴリの脳筋……いや武闘派悪魔のシレークスさんにそんな力あるわけが……」
「うふふ。あなたをそんな風に驚かせたのなら、見事にシレークスの思う壺ね」
「うぐっ!」

 すたすたと歩いて。
 文月の元へ。

「じゃあ、行きましょう。後はサリエルとツクヨミね」
「…………ああ」

——

「一時的ってことは、『罰』が無くなった訳じゃないんだ」
「ええそうよ」
「じゃあ魔術は」
「取り敢えずは、この間は『罰』を無視できるけれど。効果が切れたらそうね。わたしは即死すると思うわ」
「!!」

 シレークスの『騙し』の。
 効果中に発生した『罰』は。効果が切れると一気にやってくる。それと、元からあった『罰』も戻ってくる。
 つまり、殆どの場合死ぬだろう。そもそも身体を殆ど動かせなくなっていたのだから。

「それって、効果はどれくらい……?」
「えっとねえ。まあ、わたし達が『太陽』を取るくらいまでは保つかしらね」
「…………!」
「ルールを書き換えたら『罰』なんてチャラなんだから。もう実質『罰』が無くなったようなものね」

 涼しい顔でそう言った。
 危険すぎる橋を渡っていると文月は思う。そもそも誰と会って何をしてどうなるのか。それを詳しく訊かなかった自分にも落ち度はあると考えた。

「(だけど結局止められたかどうか)」

 『罰』で即死する愛月を。文月は助けられない。
 つまり母を死なせたくなければ、この計画を成功させるしかない。
 母の計画に、悩んでいる場合ではなくなった。

「(そういうこと。……常に一手上ね)」

 美裟も思い至った。これで文月の退路を絶ったのだ。家族を一番に考える文月は、母を見殺しになどできはしない。

「(人類救済……。本当にできるのかしら。そもそも、愛月さんが何も始めなければ——)」

 そこまで考えて、止めた。
 もはや考える意味が無い話題である。もう元には戻せないし、自分も荷担しているのだから。

——

「こちらです」
「!」

 街へ出ると案内の女性が待っていた。

「サリエルの所ね?」
「いえ。サリエル様への面会は不可能です」
「何故?」

 愛月がその足で、女性の近くへと寄る。文月はもう半年近く、車椅子の愛月しか見ていなかった為、まだ少し違和感が拭えない。
 愛月を再び歩かせる。文月にできなかったことを、シレークスはやってみせたのだ。

「……地獄の、最深部に未だ幽閉されておられるからです。最後の審判の日まで、鍵が開けられることは無いでしょう」
「…………ですって。フランソワ」
「……かしこまりました」

 フランソワは意気消沈した。自らの主と再会できると思っていたのだが。やはり元人間であるシレークスは例外。地獄と現世は容易に繋げられないのだ。

「では『最後の審判の日』を早めるしかありませんね」
「うふふ。良い考えだわ」
「……では今回——特例中の特例。場所は月宮殿——『月読様』の元へご案内いたします」
「ええお願いね」
「……!」

 さらりと答える。まるで『ツクヨミに会うのが普通』であるかのように。
 女性はその態度が気に食わなかったが、案内しない訳にもいかない。

「ではこちらへ」

——

——

『「聖母」の生まれ変わりを騙る罪』

『天の使いを誘惑し堕落させた罪』

『加えて天の使いと交わり、ネフィリム人を産んだ罪』

『さらに悪魔とも交わり、ハーフデビルをも産んだ罪』

『あまつさえその子らを従え、「九歌島」を略奪し、「天」に歯向かう暴挙』

『最後に……愚かにも「天」すら手に取り、「定め」を我が物にせんと、地上を離れ月界へ侵入』

 愛月にとって、神は敵なのだろうか。
 そもそも『神』とは、何を意味しているのか。全知全能の唯一神か、はたまた多神教の神々なのか。

『……ひと言で「傲慢」である。思い上がりも甚だしい』
「でも実際わたしはここまで来たわ。人間だって、やればできるのよ」

 気付けば殺風景な月面に居た。街や扉や、トンネルも無い。ここは、月面であって月面では無い場所。ツクヨミの部屋である。

「それに、貴方だって人間よ。——今は『何代目のツクヨミ』なのかしら」
『…………罪は状態だ』
「?」
『……罰は結果だ』
「何の話? 無視しちゃ嫌よ」
『そして……「刑」は運命である』
「!」
『貴様に待っているのは、「刑」だ。大罪人カワカミアヅキよ』

 姿は見えず、声のみが響く。文月は、あの堕天使と会話した場所を思い出していた。あそこは、あの堕天使の『部屋』だったのかもしれない。

『知罪。体罰。そして「極刑」。恐らく貴様には一時の安らぎも与えられぬだろう』
「あのさあ、ツクヨミちゃん」
『……』
「!」

 脳内に直接響くような『声』を前に、セレネなどは萎縮して固まってしまっている。
 だが愛月は溜め息混じりに、その場に座り込んだ。

「もう良いわよ。そんなへちょい脅しなんて。興味無いわ。それから、必死に『神感』出そうと声とか演出とか凝らなくて良いから。ちゃっちゃと用件だけ済ませるわよ」
「……!」
「(母さん……!)」
「(この人やべえ……)」

 その言葉に、一同が驚愕する。

『……良いだろう。妾とて貴様に多くの時間を割きとうは無い』
「はいはい」

 ツクヨミというものについて、知識の無いものは。
 勘違いしてしまうかもしれない。
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