傷持つ姫と僕

ユウヒ シンジ

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第4章 旅立ち

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翌朝、シンジとルアルは、エレノアールに呼び出され、青の森の御神木の前に立っていた。
ルアルはまず、その樹の大きさに目を奪われた。
幹の一番太いところは、10人の大人が両手広げて並んでもその直径に及ばないくらいの太さで、その大きさのまま、天に向かってそびえる立つ大木だった。
一番下の枝も遥か上に存在し、たくさんの枝と葉が重なりその上を見ることも出来ない。
ルアルがその大きさ以上に驚いたのが、樹の色だった。
普通の大木の幹の色は茶とか濃いい灰色とかが多いと思うのだが、この大樹は少し青みがかっており、そしてほんのり光っているようにも見えた。
それは神秘的と云うにも当てはまらない程の不思議な存在だった。

「この神木は樹齢が8千年は超えてると言われててね、大精霊が宿ってるんだよ。その精霊のおかげでこの青の森は他の森に比べて魔獣の発生率が低く安定していてるんだよ。まあ絶対数が少ないだけで、災害級とか、出ないとは言えないけどね。」

シンジにとってはいつもの母様の青の森の講義であるが、ルアルにとっては新鮮な話なのだろう。
感心してエレノアールの言葉を食い入る様に聞いていた。

「少し聞いた事があります。青の大精霊の力の雫からハイエルフ族が誕生したと。」

「う~ん、真実かは判らないけど、この神木の大精霊が私たちハイエルフの始祖とは言われているわね。」

「凄いです! あの伝説の青の大精霊の身元に私は今、居るんですね!」

目を輝かせ詰め寄るルアルに、少したじろぐエレノアールだった。

「そんなに大層なもんじゃないけどね。まあそれは置いといて、この神木を守り管理する役目がハイエルフの私、エレノアールで、この地を住家とするクルデの民がこの神木の守り役なの。」

「そうなんですか? でもこの村には普通に人族やエルフ族、獣人族が混在してますけど昔からそうなんですか?」

「そうだね、昔各部族から選ばれた者がこの地に移り住んだと言われてる。それからも奴隷として売られるはずだった者を助けたりして何かしら外から他部族が者が入り続けて今に至っているからね。ただ一つ共通するのは、このクルデの民と認められる者全てに、神木の加護が付与されるの。」

「神木の加護、ですか?」

少し首を傾げ不思議に思うルアル。
彼女達、鬼人族には加護と云うものは無く、どういったものなのかさえ判らなかったからだ。

「まあ、簡単に言えば、この加護を持つと精霊の力をほんの少し与えられて、精神世界からの耐性力が強くなる事と、魔獣に対して襲撃されにくくなるという特典がつくのよね。どう?凄いでしょ!」

人差し指を立ててウインクするエレノアールに目を輝かせるルアルに対してシンジは自分の母親が可愛らしくウインクする姿に、母様の年齢が時々解らなくなるんだよなと思っていた。

「シンジ、あんた今、何か失礼な事考えてなかったかい?」

シンジはブンブンと首を横に振って否定する。

「母様って変わらず若くて可愛らしから時々年齢が解らなくなるんだよ。」

「そ、そうかな?、ま、まあ、いいわ。それでルアルにもその加護を授けようと思ってね。」

「え?でも私は鬼人族ですよ? それにこのクルデの民になるわけには・・」

「良いのよ。ルアルにとってこれからの行く道は厳しい事が続くはず。その時にこの加護は役に立つはずよ。この地を旅立つ餞別と思って貰ってちょうだい?」

エレノアールは諭すようにルアルに申し出、ルアルは少し考えてからその申し出を受けることにし頷く。

「ありがとうございます。エレノアール様。」

「それじゃあ、始めるわよ。加護は大精霊に私がお伺いしてその者に授ける術式を組むからね。」

そう言ってエレノアールは、術式を構築し始め加護の付与を始めた。

「それじゃあ、皆、行ってきます!」

大きくお辞儀をして大きな声で挨拶するシンジ。

「シンジ、本当は私も行きたいんだけどね。御神木の大精霊の力がまだ不安定でね、この地を離れられないから。勘弁しておくれ」
「判ってる。それにレアイアも来てくれるし、三人なら大丈夫だよ」

稀代の魔女と言われ恐れられているエレノアールといえども、自分の子が里を離れると云うのは普通の親と変わらなず心配なのだろう。
ギュウッと抱きしめて暫く会えない息子を体全体で感じようとしているようだった。
それを見ていた、ルアルはどこか羨ましそうな、なんとも言えない表情をしていた。

「大丈夫。青の森の大精霊の加護をルアルも授かったからね、もう私の娘みたいなもんだよ」

そう言ってシンジと同じ様に今度はルアルをギュウッと抱きしめるエレノアールだった。
始めびっくりしていたルアルだったが、その暖かさとなんとも言えない落ち着く香に目を閉じその感触に体を委ねた。

「ありがとうございます、エレノアール様」
「エレンで良いわよ。それともお母さんでも良いわよ?」

少し悪戯っぽい顔でルアルに言うと、少し戸惑った顔でエレンの顔を覗くルアルだった。

「母様、そんな事言ったってルアルが困るんじゃない?」

シンジが戸惑っていると思っているルアルを助けようとするが、何故かキッ!と睨まれて、余計なこと言うな! と言わんばかりの怒りの目をされてしまった。

「え? え?」

困惑するシンジにレアイアがポンと肩に手を置いて首を横に振っていた。

「シンジ、ここは黙って見てるだけにしときな」
「そうなの?」
「そう云うもんだよ」

シンジはよく解らなかったが母様がそう云うならと黙っておくことにした。


それから三人は村に戻り準備を終え、出立の時間となった。
その日はお別れの挨拶にクルデの村の住人の殆どが集まってくれていた。
その村人に挨拶をして、シンジ、ルアル、レアイアの三人は、クルデ村の門へと向かった。
そこには、族長でシンジの父親であるドアルドとタイゾウが三人を待っていた。

「母さんには挨拶ちゃんとしたか?」
「うん、神木の所でさっきね。ルアルも母さんに抱きしめてもらってたしね」

「ガン!!」

「いったあー!!い 何行きなり殴るんだよ!」
「あんたは一言多い!!」

握り拳を作ってワナワナと震えるルアルがとっても恐い顔だったので、それ以上は何も言わないでおこうとシンジは思った。

「若、あまり無理されんように。ルアル様の身をとご自身の身の安全が第一ですからな。危険と思ったらその時は素早く身を引くことですよ?」

世話役らしい忠告をシンジにすると少し涙ぐむタイゾウだった。

「別に懇情の別れでも無いんだからね、また会えるよ、タイゾウ」
「すみませんなあ、若。どうも年取ると涙脆くなってしまいましてな。これだけ立派に成長された事が嬉しくてたまりません。」

服の袖で涙を拭うタイゾウの背中をバンバンと叩いて励ますシンジ。
それを見ていたルアルも何か微笑ましいものを見る穏やかな笑顔を見せていた。

「それと、シンジこれを持ってけ。」

今度は、ドアルドが片手に持っていた黒い鞘に収めている一本の剣をシンジに向けて突き出していた。

「これは?」

「ああ、これはなお前の本当の親父が実際に使ってた剣らしいんだ。俺もエレンから聞いただけだから詳しくは解らんが相当な業物だと云うことは解る。エレンではこいつの手入れが出来ないからな、シンジが旅立つまで俺が預かっていたんだ。」

そう言ってシンジが受けとった剣は、刃渡りが大の大人が両手を広げたくらいより少し小さめの長さが有り、緩やかな弓なりの様な曲線を描く見たことも無い剣だった。
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