ほんの少しの世界を映し出す。

神崎郁

文字の大きさ
3 / 7

第2話 そして再び訪れる。

しおりを挟む
「どうして謝るの? 私が死んでから何かあった?」

 どうしてだろう、涙はぽろぽろと止めどなく溢れ続けて、止めたくても止まらない。執着も無力もかき消すくらいの夢だと思った。

「僕には、何も無かった。だから、今こんなにも嬉しいんだと思う」
「そっか。よく分からないけど頑張ったんだね」

 彼女はそれだけしか言わずに僕の隣に腰掛ける。

 人の少ない公園で僕は子供みたいに泣いた。泣き虫は卒業したはずだけど根っこは変わらず子供のままだ。

 涙が止まると彼女は撮った写真を精査し始める。その横顔はやはり綺麗だ。

 僕は未だ何も言えない。言ってはいけない気がする。

「千咲はさ、前、一瞬とか唯一とか言ってたよな」

 何故か昔のような距離感で話すことが出来た。なぜかは分からないけど僕の時間は千咲が死んでからずっと止まっていたからかも知れない。

 「そうだね。君には知って欲しかったからかも」
「今ならわかる気がする」

 今だって唯一の一瞬だ。どれだけ悔やんでも、後悔しても本来は戻ってこないもの。

 だからこそ、彼女は一度きりの一瞬を写真という形で残そうとしたのだろう。

「ありがと。でも今はそれが全てじゃないって思うよ」
「と言うと?」
「君に私の心の中を当てられたくないなぁ......恥ずかしいし。だから内緒」
「失礼じゃない?」
「むしろ礼儀だけどな。心配しなくてもいいよ。最期に全部言うつもりだし」
「最期なんて言うなよ。こんな時に」
「じゃあ変えて見せてよ」

 皮肉っぽく彼女は言った。

「私は全部分かってる。だから全部墓場に持っていくつもり。君はどうなの? 私が死んで何か変わった?」
「分からない」

 言葉を濁す。そう、僕は変わった。それも最悪の方向に。

 でも言いたくない。夢だとしても彼女に失望されたくないから。

「ほら、言いたくないんじゃん。私も一緒」
「ぐうの音も出ないな」

 隠し事ばかりだ。本心を隠して、繕うだけの上辺だけの関係。僕らは結局それだけだったのかもしれない。

「でも私にとってはそれも含めて大事なんだと思う」
「千咲にしては月並みね」
「別に特殊な人間になりたいとは思ってないし」
「僕の勝手なイメージだったか」
「そういうものだと思うよ私も蒼はこういう人間だってイメージを前提に置いて今話してる訳だし」

 懐かしい感覚が戻ってくる。千咲は聡かった。僕は彼女の語ることをただ聞いて相槌を打つだけ。それでもその時間が何より心地よかった。我ながら薄っぺらな人間だと思うけど。

 僕は彼女に何も出来なかった。彼女が居眠り運転のトラックにはね飛ばされるのをただ無力に傍観していただけだ。どうしようもない。

「蒼はさ、なんで戻ってきたの?」

 彼女が口を開く。

「分からない。千咲が残したカメラ持ってこの公園に行ったら突然飛ばされた」
「んー何か理由があると思うけどな。まぁいっか」
「そうそう。僕は千咲ともう一度会えただけで十分だ」
「いや、さっきの『まぁいっか』はまた別の意味だよ」
「つまり?」
「君さ、私の死を見届けてよ」

 体がフリーズする。これまた意味がわからないと思った。どうにかしてでも助けてでもなく、「見届けて」とそれだけ。

 そうだこの世界であれば助ける方法ももしかするとあるのかの知れない。

 そんな僕の考えを他所に彼女は続ける。

「私が死ぬことを知ってる君に私が死ぬ所を見ていて欲しい。何も知らない君に悲しんで欲しくないからさ」

 残念ながら、その要望には答えられそうにない。

「いや無理だ」
「どうして。私は君に......」
「どうせなら、僕に助けさせてくれ」
「? 助ける?」
「今日は何年の何日?」
「え? あぁ二千二十年の八月二十日だけど」

 告げられたその日付、それは彼女の命日だった。

 いける、助けられる。そんな希望に似た確信が僕の中でどんどん募っていく。

「えぇ......まぁ、よく分からないけど、頑張れー」

 彼女は無気力そうにぽつりとそう言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

M性に目覚めた若かりしころの思い出

kazu106
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、それをはじめて自覚した中学時代の体験になります。歳を重ねた者の、人生の回顧録のひとつとして、読んでいただけましたら幸いです。 一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

秘密のキス

廣瀬純七
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

処理中です...