『関係解消』までの再放送

あかまロケ

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第一話

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第一話


うずら 日夏ひなつ先輩様
 あんたに飽きた。 |

 ―― 違うな。当たっているけど、なんか違う…。

『鶉 日夏先輩様
 もう、俺に付き纏うな。 |

 ―― これも違う。
 どっちかって言うと、ほぼ、俺から絡んで行く事が多かったから、付き纏いは俺の方、か…。

『鶉 日夏先輩様
 |

 ―― うーん。

 こう、さ、……先輩を深く傷付ける様な関係解消の言葉は無いのか?


 

 だってさ、日夏先輩と俺のこの関係の始まりは、俺への償いの為。
 日夏先輩が、「俺の気が済むまで奴隷になる」って約束で始まった関係。―― それも言って来たのは先輩の方から。

 だから俺が「関係解消」と言うまでは、この関係を続ける義務が…先輩にはある。絶対ある!……言った先輩本人が言ってんだから!

 言っておくが、日夏先輩と俺との間に恋愛感情なんか一つも無いぞ。
 高校時代から10年間この関係を続けてきたが、俺はそんな感情一ミリも沸かなかった。
 ただただ俺にとって先輩が都合が良いから、ズルズルズルズルこの関係を続けて来ただけ。

 じゃあさ、なんでこの俺が、そんな俺にとって都合の良い日夏先輩と「関係解消」しようと思ったのか。

 簡単な事。

 先輩との関係にストレスを感じる様になった。―― から。
 本末転倒だろ?ストレス発散の為の関係なのに、ストレス感じるって。

 だから、「関係解消」。
 
 あの人も、長年―― 俺の我儘と暴挙に相当ストレス感じてたみたいだから、「関係解消」なんて事は、「目から鱗」「青天のへきれき」「ぎょうこう」とやらで、喜ぶんじゃない?
 あの、いつも仏頂面でクールぶった色男が、喜びのあまり狂った様に踊り出すかもな。

 ……は?ストレスはお互い様で、「関係解消」はウィンウィンじゃないかって?
 違うぞ! 俺は良いの。先輩は俺の奴隷だから。俺があの人には何しても許されるの!そーゆーけ・い・や・く!
 でもさ、奴隷の分際である先輩が、主である俺にイライラさせてストレスを与えるなんてあり得ないだろ?許されないだろ?
 ふ・つ・う・は!!!

 
 
 
 

『鶉 日夏先輩様
 俺、愛する人と結婚するんで、「関係解消」で。
 秋空あきぞら うろこより』


 充電残り4%スマホを取り出し、タタタっと上記嘘内容を打ち、送信。
 そして、即座にブロック☆

 うむ、我ながら良い文章だ。
 この世の幸せを全部持っている日夏先輩が、唯一持ってない物…それは家庭。
 その家庭を、日夏先輩より先に手に入れた、―― 俺。
 幸せがあり溢れている文章が良い……。
 これはかなり効くぞ!
 出会った高校時代から優秀だ王子だと周りから持て囃されて、有名大卒のエリート商社マンで出世コース爆進中。地位、名誉、金、女、全てを手に入れたが、高校時代の一時の過ちで俺と言う貧乏神に取り憑かれ、こき使われ、搾取され…気付けば27歳独身。
 そんな完璧な男が、ゴミ屑な俺に先を越される。
 

「ふっ、ふふふふ、あーはっはっはっはっーーーーーー!!!」
 おっといけない、周りに人が……って誰も居ないか。ここには。
 
 うむ、ゴホンっ。
 ま、どうせもう金輪際会う事も無いんだから、見え透いた嘘の一つや二つ位良いだろう。
 傷付ける事は無理でも、一瞬くらいはぐぬぬと思うだろうな。はっ、はっ、はっ!
 

 
 
 ――で、続いて…。

 タタっとスマホを操作。
 アドレスから“母ちゃん”を選択。―― 充電は、まだ4%…行けるだろう。

 高校卒業と共に、都内の日夏先輩のアパートに転がり込み、そこから2、3回位実家に帰ったかな。連絡もここ数年はしていないけど、今回は事情が事情。
 きっと、母ちゃんの第一声は「連絡も寄越さないでっ!」とキレられる事は想定済み。

 あ、充電3%、急がねば。
 “母ちゃん”の欄にある“通話”をタップし、素早くスマホを耳元に充てる。
 数回のコール音の後、出た母ちゃんの第一声は、
「もしもし鱗? 何? 急に。 アンタが連絡して来るなんて珍しい。 そう言えば体調不良治ったの?……アンタ、頭はバカだけど、体だけは丈夫な筈でしょ?」

 ちょっと酷くない?久しぶりに連絡寄越した実の息子をバカ呼ばわり…。

「ま、元気そうで良いけど。 それよりアンタ、もう26でしょ?そろそろ結婚とか…。 え? まさか、結婚決まったとか?……だから珍しく連絡寄越して来たの?」

「いや、ちげーし」
「なーんだ。 残念。…で?」
 どうして母親って、すぐに話題を色恋沙汰に結びつけて、そうじゃないとテンション下げるの?
 …おっと、今はそんな事より、本題、本題。

「…あのさ、俺、工場の仕事クビになってさ」
「…は?」
「しかも、アパートが火事で全焼して、色々手続きとかで連絡遅くなったんだけど・・・」
「ちょっと待って、それは聞い……あ、アンタ…は、大丈夫なの?」
 母ちゃんの声音が変わったのが分かる。これはかなり心配している時の声だ。
「あー、全然平気で、たまたま外に出てて…スマホと財布は持ってたから」
 先輩の家で、クビになった腹いせに、……をし過ぎて動けなくなって、色々あってベッドから起き上がれなかったとは言えまい。
「それで、ごめん、スマホの充電切れそうだから手短に言うね」
 耳元でピピ~っと電子音。あと充電1%の警告!
「俺、再就職が決まって、住み込みで温泉宿で働く事になったの。 そこ、電気もガスも無い所で当分連絡取れないけど、落ち着いたら連絡するから。 あと、もうスマホ充電切れるから…じ」
 
「ゃあね……って……途中で充電切れたか……」
 
 向こうで母ちゃんが何か言いかけていたけど、耳から離したスマホの画面は真っ黒。
 その真っ黒な画面についた無数の細かい傷を見つめながら思い出した事。
 
「そーいえばこのスマホ、喧嘩した時先輩が買ってくれたモノだった……」

 ―― 今日まで俺と先輩の喧嘩は大小様々あったけど、全部俺の勝利で終わっている。当たり前。
 で、このスマホ事件の“喧嘩”の経緯は、俺の「金が欲しい」発言が発端だった。

 先輩のアパートに転がり込んでからずっと無職でヒモ生活で、毎日机の上に置かれる夜飯代1000円で何年も事足りていた。でも、突然無性に高額商品が欲しくなり、先輩に「金が欲しい」って言ったら、ありったけの現金と通帳出して来やがって、「好きに使って良い」って言うから苛ついて「こんな端金じゃ意味ねーんだよ!」と説教してやり、一週間無視し続け、その間に深夜コンビニで働き出したっけ。
 一週間が経った頃、高級プリンを差し出して来やがったから温情で口を聞いてやったら「バイトで必要だから」と、ケータイショップへ連れて行かれ、「社会人になったから」と言って渡されたのがこのスマホ。
 
 ―― それも、明日で契約が切れて、ただのゴミになる。
 真っ黒な画面に無数の傷、その中にボヤけて映る表情が潰れた俺の顔…。

 …………………………!
 …………………………!!
 …………………………!!!

 (´Д` ){ヤバい
 
「ヤバいぞ。……充電5%は紅梅こうばいさんへの連絡用に取っておかないといけなかった……」

 ふっ、不覚…。原因は分かっている、先輩へのメッセージ件。思ったより時間がかかってしまい、その結果。……っ、……っ、……っ!

 ……と、とにかく、アレを。
 目の前の視界に広がるのは、俺の吐き出した白い空気の塊。今にも散らつきそうな黒い雲に覆われた空。白く覆われた遠くにある山と枯れ茶色の畑と道路。―― 右を向くと、『ようこそ!月神村へ』と書かれたサビサビで塗装の剥げた古びた大きな看板。その横に午後1時を指す時計。―― 左を向けば、シャッターの閉まった人気の無い食堂とお土産屋。後ろを振り返れば、今さっき利用した小さな駅舎。―― の右隅に、お目当ての『電話ボックス』!!!
 2時間に一本しか電車が停まらない人気の全く無い駅の『電話ボックス』だが、意外と綺麗で、きちんと整備されてるようだ。
 使い方は社会見学で一度体験している。折れ扉を引いて、中に入り、機械の横にかけられている重そうな受話器を取ってから10円玉を入れる。 ……連絡先は…、もちろんスマホにも登録してはいたが、今やこの小さな板はただのゴミに成り下がってしまった。ので、持って来たパンツ5枚と高校時代からの愛用のジャージが入ってるバッグに投げ込み、その代わりに入れてあった求人誌を取り出し、ペラペラと紅梅さんの経営する宿の連絡先が載っているページは、と…。

「あったあった、『月神宿』…電話番号は……市外局番…」

 3回目のコールで、「はい『月神宿』です」と、優しげな声。オーナーの紅梅さんだ。

「もしもし、お疲れ様です。紅梅さん、秋空です」
「もしもし、鱗くん!電話待っていたよ~!今から電車に乗る所かな?」

 予定では一本遅れの午後1時発、3時着の電車に乗る予定だったのだが、気持ちが逸ってしまい、早く着いてしまった事を告げると、「遠足前の小学生かっ!」と、なぜか思いきり笑われる。
「じゃ、僕、今からここ出るからね~。……前話した通り、ここから駅まで2時間位かかるので、到着は3時頃になるね。……今日冷えてるし、今から少し雪散らつくみたいだから、駅の待合室で良い子で待っててくれるかな?」
 
 紅梅さんは、面接と言う名の雑談の時からなぜか26歳の俺を子供扱いしている。36歳から見ると26歳は子供みたいなモノだとか…。(普通は“弟”位だと思うんだけどね)
 でも、紅梅さんの柔らかい優しい声音で言われると……案外、満更でも……無い。
 
「はい。 すみません、お願いします」
 俺の返答に、紅梅さんは少し拗ねた感じで、
「もー、鱗くんは真面目だなぁ~。 そこは、僕と鱗くんの仲なんだから、「待ち遠しいわ、早く来てねダーリン♡」でしょ?」
「………………………………」
「あはははは、照れちゃった? 可愛いなぁ~、僕の鱗くんは。じゃ、すぐに行くからね~!」
 受話器から「ツーツーツー」と一定の速度の電子音が響いている。
 
 ……紅梅さんのこの手の冗談はよく理解できないが、…面接で、得体の知れない顔も見た事もない俺の現状の話を親身になって聞いてくれて、その場で「採用だから、明日にでもすぐにこっちにおいでよ」との言葉は嬉しさの反面、人を簡単に信用し過ぎて心配になるレベルだけど……。
「美しい景色に囲まれながらバリバリ仕事して、毎日炭酸泉の温泉浸かって健康になって、美味しい賄いモリモリ食べたら、きっと鱗くんも元気な鱗くんになると思うんだよね。 僕がそうだったから……って言うか、僕、鱗くんが気に入ったから来て!独りで寂しいから来て! ね、お願い!独りは嫌ぁ~っ!」……って、なぜか電話口でおいおい泣かれてしまい、断る事が許されない雰囲気に思わず「はい」と言ってしまった事に、後悔は…………………ない。………………ない筈。

 耳から受話器を離し、数秒の間――  今、耳を当てていた部分を見つめ、元の場所に戻す。
 新発見だ!これは、俺の癖なのだろう。
 スマホの時も同じ行動をしてるなぁ~。――  等と思いながら『電話ボックス』を出ると、視界にフワリと白い粒々。『雪!』と言う喜びよりも、『寒いっ!』が勝った俺は、(26歳は子供じゃ無いよな)と思いながら、この寒さから逃れる為に数歩先にある駅の待合室に向け歩を進めた。

 駅に入るとすぐ左側に待合室を見つける。内へと通じるドアの横には木枠に囲まれた大きな窓。チラリと内部を覗き見。―― もちろん誰も居ない。部屋の中心には円筒状のストーブが置かれていて、その上には金色に光る大きなヤカンが鎮座し、その蓋と注ぎ口の部分からモクモクと白い湯気が上がっている。
 ヒヤリと冷たいドアノブに手をかけ内に入ると、ポカポカと春を感じさせる空気に包まれる。外では聞こえなかったヤカンからのシュンシュンカタカタ音が懐さを醸し出していて、耳に心地良い。
 周りを見渡すと円筒ストーブを囲む様にベンチやパイプ椅子が置かれており、壁には様々なポスターが貼られている。4月に行われる村の祭りのポスター。5日前に終わっている公民館で行われたであろう音楽祭の張り紙。色々な旅行会社のポスター。時刻表。―― それらを見ながら俺は入り口から一番遠く離れた部屋の隅に置かれたベンチに深く腰掛ける。ここなら後で誰かが来ても邪魔にはならないだろう。

 少し高い天井を見上げて目を瞑る。

「クソ眠い」

 ここに来て、最近の疲れがドッと押し寄せて来た感じがする。
 

 シュンシュンカタカタ。シュンシュンカタカタ。ポカポカの春。…………春。



 ―― あの日の春はチラチラと小雪が舞う寒い春だった。

 そう、こんな感じ。
 今、俺の目の前には懐かしい高校の門がそびえ立っている。その門の横にはデカデカと『入学式』の文字。天気は悪く、小雪が舞っているのに桜が満開。なかなかお目にかかれない光景だ。……そう、これは俺の高校の入学式の時の風景。
 
 ……うぅん?
 先程まで駅の待合室に居た筈だが。
 ……………………。


 …夢?……え、夢なのこれ?マジ?意識あるんですけど!意識あるのにこれ夢?マジ?入学式……なぜ?
 普通こういう時は、美女とか宝くじとか。もっと、こ~、夢のある夢じゃないの?……意識あるし強く思えば良いの?

 う~ん、う~ん、美女とエロい事。
 う~ん、う~ん、宝くじ10億円。

 …………………………ぐはっ、血管切れそう。
 おい、こら、こんなに強く思っているのに景色は一向に変わらないぞ!

 クソっ、何で入学式なんだよ、こんな夢見たくないんですけど!起きろ俺!ウェイクアップ俺!


 !?

 はぁ?
 ちょっ、待て待て。待って、これ、これって俺の記憶?
 これ、入学式の時まんまじゃん!今よりちょっと低い位置からの目線とか何?リアルなんですけど。そうそう、ここに新入生の受付があって……。ここで母ちゃんが俺に言うんだよな。「鱗、母さんここで受付するから、先に行きな」……マジか記憶通り。あ、母ちゃんが若い!
 再現度抜群かよ!精巧過ぎてどんだけ記憶力良いんだよ!俺!

 って事は……。今から起こる事って。
 

 ―― 先輩との出会い。
 

 うむ、起きよう。
 夢ならほっぺを抓れば起きれるはず。
 
 
 …………………………あはっ、こいつ、俺が何しても動かないぞ!

 ………………………………………………………………………。


 あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“ぁぁぁぁぁぁぁっ!
 起きろ俺っ!
 全力で起きろぉ!
 クソぉクソぉっ、意識だけじゃほっぺが抓られないぃぃぃっ!
 何、俺、見てる事しか出来ないの?聞くことしか出来ないの?
 俺の中で?
 過去に終えてる事をまた?未来が分かっているのに?

 こんなの再放送じゃん!


 
 ……もう良い、見たくないから目瞑る。そんでもって夢の中だけど、醒めるまで寝る。おやすみ。グー。
 グー。
 グー。
 グー。

 

「入学おめでとう」

 ~げ、
 頭上から降る声……クソッ、やはり来たか。
 
「あ、ありがとうございま……」
 分かる。分かってしまうのよこの場面。よ~く覚えているからこの件。予言しよう。今、お前の目に映ったモノ。それに対しお前が頭の中で浮かんだ言葉。お前はその言葉をバカ正直に口にする。
 
 ―― だって、この時見上げた先には・・・。
 (俺は見ないからな!)
 
「おー、本物の王子様だー」
 説明しよう。この時なぜ俺はこの言葉を発してしまったのか。この時の俺は妹の影響で某少女漫画にハマっており、そこに出てくる主人公の意中の相手がどこかの国の王子様で、美形で背が高く笑顔を絶やさない様が目の前の人物と重なり、ついついこんなバカっぽい言葉を口にしてしまったという…。
 
「ごめんね。 俺、王子様じゃないんだ。2年の鶉 日夏と言います。君は?」
「秋空 鱗です」
「うん、じゃあ、……鱗くん。 お祝いのお花をつけさせて下さい」

 あ“ー、う”ー、お“ーっ。

「鶉先輩」
「ん~?」
「先輩って、結構不器用なんですね」
 ―― そう、この時の日夏先輩、生花のついた安全ピンをなかなか留められなくてさ。
「ごめんね、ちょっと待っててね」
「あと」
「ん?」
「先輩、笑顔が引き攣ってる」

 なーんーでーおーれーはーこーのーとーきーこーんーなーこーとー、言ったんだぁぁぁぁぁょっ!!!

 (はっ!目を開けてしまった!)
 
 

「っつぅ!」
 目の前の日夏先輩が親指を押さえている。俺が発した何気ない言葉で驚き、力の加減を誤って安全ピンの針の部分で親指を傷付けてしまったのだ。その親指には血が滲んでいる。
「先輩、親指から血!」
 
「え?」

 
 この時の先輩の表情を俺は知らない。だって、俺、……血の滲んだ日夏先輩の親指咥えていたから。

 
 この後先輩は異変に気付いた女子達に囲まれながら保健室に行ってしまい、一人残された俺は自力で生花をつけ、無事入学式を終える。

 ―― で、だ。その次の日から俺は日夏先輩に絡まれる事になる。

 (そうなる事は当然、知ってるけどね)
 
 

 ―― そして、目の前の場面が変わる。
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