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第十四話
しおりを挟む「先輩は?日夏先輩は?」
いきなり走って来て、大声で叫ぶ俺にビックリしたのか蘭ちゃんがその場で泣き崩れる。
「蘭ちゃん、先輩に……鶉さんに会ったんでしょ? 鶉さんは……」
「わっ、私がっ、私がっ、悪いの……私を庇って…………崖っ、崖か、ら、落ちっ、落ちてぇ」
―― そう言って、うわぁぁぁんと泣いてしまう。
ゾワっと背中に悪寒が走り、心臓がドクドクと全身を打ち付けている。
……けれど蘭ちゃんをこのままにはして置けず、宿の玄関まで運ぶと、驚いた紅梅さんが出て来て、俺は何も告げず神社への一本道を全力で駆けていた。
雨は益々強くなり、全身ずぶ濡れ。泥塗れ。
しかもいつもは緩い坂道が、この大雨で上の方から水が滝の様に流れて来て…足を取られ、滑って、何度も転んでしまう。
でも、そんな事よりも、早く、早く先輩を見付けなきゃと気が背って、足が水で滑ってまた転ぶ。
ようやく坂道から抜け出し、途中にある平な草に覆われた場所に出ると今度は酸欠で地面に倒れ込んでしまう。
それでも早く早くと前に進もうと手を伸ばし草を掴む。
手を伸ばし、草を掴みながら地面を這う様に進む――。
先輩に何かあったらどうしよう。
先輩に何かあったらどうしよう。
頭の中はそれだけで、とにかく手を伸ばす。
雨はまた一段と強くなっている。
それでも這って進むうちに息が整い、体を起こそうと、草むらに手を伸ばすと、よく手に馴染んだ物が指先に当たり、俺はその手に馴染んだ物を掴む。
それは電源の入ってないスマホで、―― 先輩の持ち物。
何とか立ち上がり、周りをキョロキョロと見渡すと、すぐ側の道沿いに草に隠れた崖とは言えないが、段差。
覗き込み下を見ると、2メートル位下の地面に、脱げた片方だけのスニーカーが落ちている。
「日夏先輩っ!!」
俺が大声で下に向かい呼び掛けると……返事は無い。
雨音で消されたのかと、もう一度大声で下に呼び掛けると、今度は小さいが、先輩の声で「鱗?」と返って来た。
「っ!!!」
俺はまたキョロキョロと辺りを見渡し、今度は下に降りられそうな場所を探し、少し道を戻った所に段差が1メートル位の場所があったので、そこを降りて先輩の声のした方へ名前を呼びながら走って向かう。
「先輩っ、日夏先輩っ!!」
日夏先輩は、段差の壁にポッカリと開いた洞穴の中で靴の脱げた右足を投げ出し座り込んでいる。
洞穴は狭く、暗く、先輩一人座ってギチギチ。投げ出された右足は入り口近くまで来ている。これ以上人が入るスペースは無い。
「先輩、大丈夫?怪我は?どこか痛い所は……」
屈んで少しだけ頭を洞穴の入り口に入れ、中に居る日夏先輩に問いかける。
すると、中から先輩の左手が伸びて来て、俺を掴むと洞穴の中へ引き摺り込まれた。
・・・それで今、俺は先輩の体の上に覆い被さる様に乗せられて、先輩の胸に顔面を押し付けている状態。
先輩は持っていたタオルで、俺の頭とか背中を拭き拭きしている。
洞穴は外から見るよりも少し広かったみたいで……。けれど俺が座れるスペースは無く……。でも四つん這いになれる位の高さはあるのだから、体の密着は……と、片手を地面に突き体を起こして離れようとするけど、背中に先輩の左腕が回っていて、起き上がる事が出来ず……クソ馬鹿力野郎っ!
先輩の服は乾いていて、雨が降る前にここへ避難したとか。
……なのでビショビショドロドロの俺がくっ付くと・・・この馬鹿野郎は、俺が「濡れて汚くなるから」って言っても聞いてくれないっ!
―― けど、伝わって来る体温が……温かい。
なので、……仕方が無く諦める!
日夏先輩の様子は、右足首と右手首をここに落ちた時に捻っていて、動かすと痛いらしい。折れては無いと言っている。
俺は、自分の右手に握っていた電源の入ってない先輩のスマホを、先輩の目の前に突き出すと、宿への通話の許可を貰う。
―― 宿に連絡してこの状況を伝える為。
(何も言わずに出て来たから、紅梅さん達心配してるだろうな……)
先輩から許可を貰うと、俺はスマホの電源を入れる。
――が、……待ち受け画面が……………………不恰好な二個のおにぎり。
……明らかに俺が最近握ったモノみたいな・・・。
「???」
……ハッ!!!
……いや、先ずは……紅梅さんに連絡!!
って事で、目の前の先輩に宿のアドレスの出し方を聞いて、電話。
すぐに電話に出てくれた紅梅さんに状況を説明。
先輩が怪我をして動けない事を伝えると、子鹿さんがこの場所に来てくれる事になった。
そして、この場所の説明。
この場所には大きな松の木があるので、それを目印に…と伝えると、子鹿さんも何度かここへは来た事があるとの事で、この場所が分かったらしく、今すぐ出るとの事。
この近くに来たら笛を吹いてくれるとの事で、取り敢えずは洞穴でこのまま待機。
「この大雨で道が滑りやすいので気を付けて下さい」と伝え電話を切る。
電話を切ると、スマホの画面に俺が握ったであろう不恰好な二個のおにぎり。
俺がそれを見ていると、先輩が「美味しかったよ、鱗が握ったおにぎり」―― と言って来る。
俺が「何で知って……」と驚くと、「だいぶ前に、俺の誕生日に作ってくれたおにぎりにそっくりだったから……」と、器用に左手の人差し指を俺の持つスマホの画面に伸ばして来て操作し、ある画像をタップすると画面に映し出されたのは焦げたハンバーグと不恰好なおにぎりの画像。
「これ、鱗が初めて俺の為に作ってくれた料理。その日の夜に食べようと思って楽しみにして帰って来たのに・・・無くなってて悲しかったな……」
―― と、話す先輩。スマホの明かりで照らされた顔は相変わらずの仏頂面。
……そう言えば、再放送で見たあの日の先輩はいつもより早く帰って来て、冷蔵庫を開けるなり急にアパートから出て行って、数分後に戻って来るとスーパーの袋一杯に食材を買い込んでよく分からない美味い料理を作って食わしてくれたっけ・・・。
先輩は他の画像も見せてくれるけど、画像は数枚しかなく。……けど、殆どの画像は“俺”が写っているモノばかり・・・。
「あっ!このネクタイ……」
その数枚の画像の中に、あの物置の奥の奥に仕舞われていた先輩への入社祝いのネクタイが箱から出された状態で写っている。しかも、身に着けている先輩の姿の画像も……。
(う~っ、クッソォォ~ッ、やっぱ似合うじゃねーかっ!!!)
「初めての鱗からのプレゼントだね。……しかも鱗が一生懸命働いて貯めて買ってくれた大切なネクタイ。凄く嬉しかったよ。入社式で使わせて貰ったけど、汚したくなくて大事に仕舞っていたのに……ゴミ箱に捨てるなんてショックだったよ?」
……な、なんか・・・思っていたのと違うぞ???
「……あの時、出張なんか止めていれば良かった……。鱗が大変な目に遭っていたのに、側に居られなくて…。「関係解消」されても仕方ないよね、奴隷失格で“契約”違反だから……」
この人、まだ“契約”とか「関係解消」に拘ってるのか?
「もう、終わった話しだぞ」
そう、「終わった話し」……俺は今、違うあんたの事で悩んでいるいるからな!!
「「終わった話し」……か。確かに。でも、最後に鱗と話しがしたくてここへ来た。これで終わりにしようと思って……。この宿の常連だと言う社長に無理言って、条件をクリアーして、ここの予約を取って貰った。……宿に居る筈の鱗に避けられて・・・ショックだったよ。このままだったら、今晩にでも引き摺り出してやろうと思っていた」
先輩の顔が、いつもの仏頂面から再放送で見た氷の魔王みたいに怖い顔に変わる。
「鱗の位置情報は逐一把握していたから、どこへ居るのかは分かってはいたけど……あの人の条件の所為で時間が掛かってしまった。すぐにここへ来るべきだったと後悔している」
……「終わり」だったら、こんな所まで来なくて良いのに……俺を引き摺り出してまでする話なのか“奴隷契約”を解消するって話しは・・・。俺が一方的に「関係解消」したのが許せなかったのかな?………………この人、最後まで律儀というか、奴隷根性が染み付き過ぎと言うか……。
でも、俺の位置情報って・・・???
「位置情報って……どうやって?」
俺の溢した呟きに、親切に先輩が答えてくれる。
「……鱗のスマホの位置情報を俺のスマホの方に送る設定にしてあったからね」
「でも、スマホの契約は切れて……使えなくなっていたのに?どうやってこの宿が分かったんだ?」
「ここの最寄りの駅で位置情報が途絶えた事と、凪子さんから聞いた「電気もガスも無い宿」って所から、調べてすぐに『月神宿』って事が分かったよ」
「……なっ、凪子さんって…???」
「鱗のお母さんだね。10年来の友達で俺の相談をよく聞いて貰ってる。因みに風太さんは飲み仲間」
「……え?……父ちゃん?」
「楓ちゃんは最近年下の彼氏が出来て、この前紹介されたよ。凄く真面目そうでいい青年だったよ」
…………………………妹まで!?
「秋空家には月に2・3回位通っているかな」
「!?」
…………………………は?……………………………………はぁぁぁぁぁぁっ???
「良くして貰ってる」………って。
待て、待て待て、ちょーーーーーーーーーーと待てっ!!!
何がどうなっているんだ?????
俺の頭はグチャグチャでパニック。
ついつい「う“ー」とか「あ”ぁ~??」の声が漏れてしまう。
―― すると突然、日夏先輩が声を立てて笑い出した。
「ちょっ!?」
先輩の笑い声と連動して、上に乗っている俺の体が揺れる。
「ハハッ、…クククッ、ご、ごめん。鱗の百面相が……プッ、あははは……」
「どうせ、俺の顔は面白いですよ……って、笑い過ぎっ!!」
「……いや、ごめっ、ククククッ、かっ、可愛いよ」
~~~っ、……かっ、…か、か、か、「可愛い」って、ななな、な、な、何それっ???
「う、うるせぇ……クソ野郎が・・・」
それでも笑い続けている日夏先輩。
……………………でも、……久々に先輩の笑い顔を見て・・・高校時代に戻った様で……ほんのちょっと嬉しいとか…………。
……………………ちょっとだけ。ほーーーーんの、ちょーーーーーーーーっとだけだぞ!!
―― けれど、笑っている先輩の口元に当てられた左手―― の薬指には、スマホの明かりでキラリと光るシルバーの指輪。
その光が目に入り、心臓にズキリと痛みが走る。
「……っ」
日夏先輩は、そんな俺の痛みも知らずに、まだクスクス笑いながら、今度はその左手で俺の頭をポンポンしながら「乾いたかな?」……って。
クソッ、クソッ、クソッ!
婚約者が居るのに、何これ?
頭ポンポンって少女漫画の定番じゃん?意中の相手にこんな事された日にゃ、勘違いてんこ盛り大盛りしちまう女子大量生産じゃねーーーか!!!!
(俺は違う……断じて違うがっ!!)
「……日夏先輩ってさ、本っ当ぉに、女ったらしだよな~」
おっと、心の声が漏れ出した。
「ん?」
頭をポンポンしていた手が止まる。
「そーゆー事するから、勘違いしちゃうんだよ皆。蘭ちゃんの事も、この手で引っ掛けて、遊んでポイッしたからこんな所まで来て・・・ここに落ちたのはバチが当たったんだよ……きっと」
この言葉は、酷い……八つ当たりだ。
「……案内はして貰ったけど、お昼のお弁当を食べてすぐに送ったから、遊んでは無いよ。初めから大切にしている人が居るって事を話していたし、惚気も聞いて貰ってたから……。……確かに告白は何度かされたけど、全部断ったよ。頂上に在る神社から丁度ここへ降りて来た時に彼女が待っていて、再度告白された時は驚いたけど、キチンと断ったし分かってもくれた。ここに落ちたのは彼女が泣いてしまって、前が見えなかったのか道を踏み外して……それで・・・」
……確かに蘭ちゃんも「私を庇って」と言ってたし、先輩が、ここで嘘をつく理由は無い。
……けどさ、何かさ、何か、……先輩のこの発言が言い訳っぽく聞こえて、理不尽だろうけどムカついちゃったんだよね。
「でも、蘭ちゃんに何度も告白されてたんだろ? 思わせぶりな態度が勘違いさせてたんじゃ無いの? ……先輩は昔からそうじゃん。高校時代からモテモテで女の子に囲まれて。俺の事好きだった癖に、女の子の前で満更でも無い顔して。俺に振られたからって、卒業後は女の子が向こうから寄って来るからって取っ替え引っ替え毎日違う匂いさせて……。アパートにも帰って来ないし、何も言わずに同棲する様な彼女作って……俺、その人の事知ってるんだぞ。初めて先輩のアパートに行った時に先輩の部屋から出て来た女の人っ!……その女の人の匂いプンプンさせて朝帰って来やがって……」
「……え?」
先輩の顔が驚きの表情になる。
―― が、それを無視して俺は自分の心のモヤモヤをこの際、「最後」なんだから、八つ当たりだろうが、理不尽だろうが、全部吐き出し、ぶつけてやる――。
「何が「え?」だ! 本当の事だろ? 俺、全部再放送で見て来て分かってるから。俺が“契約”解除しないから…仕方無く面倒を見てくれてたのはありがたかったけど、悪かったとも思うけど…。先輩どんどんキラキラで変わっちゃうし、俺はボロボロのままで…。俺と先輩を繋いでたのは“契約”だけで……。その指輪っ!相手は政治家の娘なの?それとも女優?……俺の事邪魔だと思ってたんでしょ?……だから俺。アパート燃えて、一から自分でやろうと、「関係解消」して先輩の前から消え……」
まだまだ言いたい事は山の様にたくさんあったのに、急に先輩の腕が俺の頭や背中に回されて来て、ギュウウっと力一杯抱きしめられる。
頭なんか痛む方の右手で押さえつけられて、頬が胸筋に当たって、痛いし、苦しくて言葉が出ない。
「……っ!?」
「……嘘…だろ?」
頭上から先輩の声。
馬鹿力の所為で表情は分からないが、驚き声―― ってのは分かる。
「……俺に興味が無かった鱗が、興味を持ってくれて、しかも、……嫉妬までしてくれてるなんて……」
嫉妬? そりゃそうだろ、好きだもん。
でも言わないよ。婚約者が居る人に好きだなんて…おかしいし、結果分かってるのに虚しいだけだろ? 男からなんて迷惑だろうし……。
「……鱗は、俺の事、どう…思っているの?」
腕が緩まるが、顔を上げる気は無い。ので、頬を胸に付けたまま。
(……ん? 先輩の心臓の音が少し早い気が……)
「鱗の口から聞きたい」
「………………………………」
だから言わねーって。
「………………………………」
「………………………………」
「………………………………」
「………………………………」
沈黙の時は……いつも俺が口開いてたけど、今日はヤダ。
「……………………………っ」
「……俺は、気持ち変わって無いから……」
「……え?」
先に口を開いたのは先輩。
俺は驚き、顔を上げ先輩の顔を見るのだが、……仏頂面。
すると先輩はゴソゴソと動いた後、俺の目の前に小さな茶色の革の袋を置いて来た。袋の口に青色のリボン。
「鱗に受け取って欲しい……」
何その声、今まで聞いた事が無い位良い声を出して来やがって!!!
顔も仏頂面の真剣顔で……イケメン以下略。
クソクソクソッ。
「中を見て要らなければ捨てて貰っても構わない。……けれど、鱗の為に用意した物だから……受け取って欲しい」
この人、一度言ったら聞かないし、引かない人だから……この場を納める為に、仕方が無く……仕方が無くだぞ!
手を伸ばし、小さな茶色の革の袋を受け取ると――。
ピイィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーッ!
――と、笛の音。
俺はその小袋を作務衣のポケットに入れると、すぐに洞穴から出て。まだ大雨の中、大声で「子鹿さん」と叫ぶ。
すぐに子鹿さんは俺の声に気付いてくれると、洞穴の前まで走って来てくれて、二人がかりで先輩を洞穴から出すと、子鹿さんは先輩を防災用の銀シートに包んで横抱きにし、俺には合羽を渡し、俺が合羽を身に着けると、「…………」“行こう”……と――――――。
宿に着くと車が玄関の前に用意されていて、子鹿さんはその車に横抱きしていた先輩を乗せると、運転席に乗り込み、車を走らせて近くの町の病院へ行ってしまった――。
まだ、お礼も言えてないのに――。
残された俺は、出迎えてくれた紅梅さんに促され。体を温める為と着替えの為に従業員用の共有風呂へ。
充分に温まり、先輩から預かった小袋を新しい紺色の作務衣のポケットに入れ、紅梅さんに仕事を投げ出してしまった事への謝罪と報告とお礼の為に調理場へ。
調理場の入り口に居た紅梅さんは俺の姿を見ると、すぐに駆け寄って来てくれて、俺が言葉を発する前に抱きしめてくれて「無事で良かったよ~」と、半泣き状態で言ってくれた。
俺が事情を説明し終わると、紅梅さんは俺が出て行った後の宿の様子を話してくれた。
―― あの後、玄関での騒ぎに駆け付けた白森と子鹿さんも加わり、俺がいきなり出て行った事を知った白森が俺を追って宿を飛び出そうとするのを子鹿さんが止め、三人での協議の末、先ずはずぶ濡れの蘭ちゃんを温泉へと促し着替えて貰う事に。
その頃の蘭ちゃんは少し落ち着いたのか、温泉へと案内する紅梅さんに何が起こったのかを話してくれて、この話しを白森と子鹿さんに話し協議。
蘭ちゃんから日夏先輩が「崖から落ちた」と聞いていたので、最悪な事を想定して救急に連絡を入れようとしていた所に俺からの電話。
命に関わる怪我では無い事で、「今から救急を呼ぶよりも私が行く方が早い」と子鹿さんが言い出し、「私が町の病院へも連れて行く」と……俺と紅梅さんの電話の途中で用意をし始め、笛の音が雨音にも消されずに届くと言う事で、「場所に着いたら笛の音で来た事を知らせると伝えて欲しいと」と頼まれ、俺の風呂の用意や車を玄関側に付ける事を指示し、紅梅さんが電話を切るのと同時に玄関を飛び出して行ったと……。
いつもはホワッとしている子鹿さんからは想像も付かない様な判断力と行動力……そして、先輩を救出する時のあの機敏な動き……「子鹿さんみたいな行動力のある格好良い男になりたい」と紅梅さんに話していると、「バンビちゃんは行動力は早いからな……ああ見えて、我が強いし」……後ろから白森の声。
俺が振り向くと抱きしめられ「鱗が無事で良かった」と顔中にキスの雨。
俺は白森の背中に腕を回しポンポンと叩きながら「ごめん心配かけて、ありがとう」と返すと、抱きしめる力が強くなる。
白森は何も言わずに、俺を強く抱きしめているのだが、一向に解放してくれる気配は無い・・・。
俺が「白森、苦しいぞ」と言っても、力は弱まるどころか益々強くなる。
それを見かねた紅梅さんが「つーくん、鱗くん離してあげて、苦しそうだよ」と、助け舟を出してくれると、ようやく白森の力は弱まり苦しさは無くなったが、抱きしめからの解放はされず。
「嫌だ」……と、一言。
紅梅さんは苦笑いで、子供に言い聞かせる様に「つーくん……」と呼びかけるのだが、白森は俺を抱きしめたまま首を左右に振る。
俺も白森の背を撫でながら、「白森……」と、呼びかけるのだが……状況は変わらず……。
こういう時に子鹿さんが居ると、白森と俺をペリっと引き離し、白森を肩に担ぎながら何処かに連れ去って、数分後に戻って来た白森の機嫌がすこぶる良くなっている―って事をしてくれるのだけど……、今、彼は日夏先輩を下の町の病院に連れて行ってくれている……。
(改めて、子鹿さんの存在のありがたさを痛感……だって、俺にはこのやり方しか……)
「グハッ」
白森が呻き声を上げながら俺から離れ、床に片膝をついて脇腹を抑えている。
俺の拳が白森の脇腹にクリティカルヒットしたからだ。
「脇が甘いぞ白森」
俺の言葉に、顔を上げた白森の表情に悔しさが滲んでいる。
紅梅さんは呆然と俺と白森を見ている。
「……鱗が、日夏さんの事好きなのが許せないっ!」
「……え?」
白森の言葉に先に驚きの声を上げたのは紅梅さん。
「……は?……はぁ?」
次に、一瞬何を言われたのか理解できなかった俺。
白森の言葉に、先輩に対する自分の気持ちを再確認してしまい何だか気恥ずかしくなり、顔が熱くなる。
白森はそんな俺を見てグッと歯を食いしばると、俺から視線を外し俯き言葉を続ける。
「俺、日夏さんに鱗との関係を聞いていて、ここへ来た理由も聞いている」
あーのーひーとぉぉぉぉぉーーーーーーーっ!!!!
俺との関係って、何を言ったんだっ? 何を白森に話したんだっ?
「つーくん、僕、この前言ったよね? お客様と会話を楽しむのは良いけど、自分の事以外の従業員の情報を漏らす様な事は駄目って……」
「もちろん守っていたよ! 日夏さんも何も言わなかったし、当たり障りのない会話しかしてなかったし……。 でも、日夏さんが来てから、うおくんと鱗の様子がおかしくて、仕事も鱗が日夏さんを避ける様な組み方をしていて、おかしいって、何か有るって思うのは当然だろ?」
紅梅さんは俺の方を見ると、申し訳なさそうな表情をして俺を見て来てくれる。
俺は首を小さく横に振って、紅梅さんは悪く無い事を伝える。
俺の我儘で色々と迷惑をかけてしまった……。
「日夏さんと会話していく中で高校が同じって事が分かって、それで思い出話しで恋バナになった時に、俺も日夏さんも初恋の人の話しになって、お互い初めは名前言わなかったけど、容姿や雰囲気性格まで同じで、……まさかと思って、その初恋の人の名前を日夏さんに聞いたら“鱗”って出た時には、俺も日夏さんも二人で驚いたよ。……でも、俺の中でうおくんと鱗がおかしかった事に繋がったんだ!……だから、鱗との事を聞いた」
白森は立ち上がり、俺と視線を合わせる。
「「鱗は俺に興味が無い」って、日夏さんが言っていた。だから逃したく無くて無理矢理関係を持って“契約”で縛り付けたって。……俺もそうすれば良かったって言ったら、凄く怖い顔で睨まれたけど……」
確かにさっき洞穴で、俺が先輩に興味が無いって事は聞いたが、無理矢理関係を持って“契約”で縛るって……最初の無理矢理は置いといて、関係を継続させてたのも俺で、“契約”で縛ってたのも俺の方じゃ無いのか???
それに興味が無いって……先ず、興味の無い相手とはあーんな如何わしい事は致しませんっ!
……まぁ、恋心に気付いたのは最近で、素っ気無かったのは……あったかもしれないけど・・・。
「……鱗は聞いた? 日夏さんがここへ来た理由……」
俺が頷くと、白森が笑い出す。
「……ははっ、日夏さん鱗に逃げられて未練たらたらでここまで鱗を追いかけて会いに来たんだぜ? しかもあの左手の指輪の意味……色男だから女避けってのも有るんだろうけど、鱗に生涯を捧げるって意味なんだって!……凄いよなぁ~今時純愛? 会ったって事は、鱗も渡されたよね? 青いリボンで結ばれた小さな茶色の革の小袋」
俺は作務衣のポケットに入っている、先輩に渡されたその袋を取り出すと、調理台の上に置き青いリボンを解き中身を出す。
―― 中から出て来たのは、シルバーのチェーンと指輪……。
「その指輪、日夏さんの左手の指輪とお揃いなんだってさ。生涯を捧げるって大袈裟だよね。それでずっと鱗からの言葉を待っている……って、乙女思考かよっ!!鱗への執着異常だし、あの人頭ん中鱗しか居ないんじゃね? ヤバい人なんだよ!」
「つーくん、もう良いよ……。そうやって悪ぶらなくても。鱗くんに先輩くんの気持ちを伝えたかったんでしょ? 鱗くん分かってるよ」
紅梅さんは白森の肩をポンッと叩いてる様だが、俺には二人の姿がボヤけて見えない。
クソッ、クソッ、クソ~、クソ日夏の奴「生涯」とか何だよそれ、それに何だよお揃いの指輪ってっ!!白森の言う通りだ、あんな仏頂面の癖に思考乙女かよっ!
「……ズズッ」
紅梅さんがハンカチで俺の涙を拭いてくれるが、ぶっ壊れた水道みたいに止まらなくて、あっという間にハンカチはビショビショで、終いにはタオルを渡してくれた。
「うっ、泣き顔滅茶苦茶可愛いのに、俺のモノじゃ無いなんて……悔しいっ!……悔しいけど、日夏さん…滅茶苦茶良い男なんだよなぁ……。日夏さんが高校の時のあの男なんだろ?鱗の男があんな良い男だとは思わなかったから……」
「白森のが良い男だよ!…………ズッ、だって、あの野郎すっごい不器用で、格好悪いし、外面が良いし……融通が効かないし、決め事多いし、女好きだし……良いのは笑い顔が可愛いって所だけで……それ以外は全然好きじゃ無くて……」
「……プッ、じゃあ、俺に惚れてよ? 俺は鱗の事を絶対に悲しませないし泣かせない自信があるから。大事にするし……」
俺は首を横に振り、「白森は親友」と言うと、舌打ちしやがった。
クソッ、俺の片思いかよ!!!
「紅梅さんは俺の兄貴」と言うと紅梅さんは嬉しそうに喜んでくれたのに……。
「あと、「女好き」はあの日夏さんにはあり得ないよ。さっきも言ったけど、あの人の鱗に対する執着は異常だから……。きっと鱗の勘違いだよ。一度、キチンと二人で話し合いなよ!……それと、これは絶対……日夏さんは鱗に言わないだろうから、俺から鱗に告げ口ね」
「?」
「鱗が、日夏さんの事を本気で好きなら、鱗から日夏さんへ「好き」って言葉を口にしてあげて。日夏さんからは言えないらしいから……」
……なんだそれ。
「……ヤダ」
「「……え?」」
さすがいとこ同士!白森と紅梅さんの言葉がハモる。
その後、何故か白森と紅梅さんに日夏先輩に告白する様に説得されたけど……おれは「ヤダ」と言い続けた。
「少し休んだ方が良いよ」と言う紅梅さんのお言葉に甘え自室に行くと、シルバーのチェーンに指輪を通し、首にかける。
今までの人生、アクセサリーなど一度も身に付けた事が無いので、首に巻きながらチェーンを繋ぐのにかなり苦労をしたが、試行錯誤の末、長さがあったので繋ぎの部分を前に持って来て見ながら繋げた。
垂らした指輪を指で摘み、360度クルクル回しながら眺めるのだが……はっ、恥ずかしいっ!
恥ずかしくて居た堪れなくなったので、それを作務衣の中に隠すと、先輩が帰って来るまでソワソワしてしまい休みどころでは無かった。
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完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
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色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
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彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
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