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月光
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外では雨が降っていた。
プシュッ、と缶ビールを開ける音が狭苦しい部屋に虚しく響く。
男がこの部屋で暮らし始めて、もう8年目になる。
最初は孤独を感じたこの空虚な部屋も、今はすっかり慣れたものだった。
ニュースでも聴こうかと、男は携帯端末を開いた。
一人の部屋があまりに静かなので、特別聴きたいわけでもないのに、ニュース番組を流すのが日課になっていた。
手の平大の小さな端末から流れるアナウンサーの声(と言っても合成音声に過ぎないが)が、今日あったニュースの概要を淡々と読み上げる。
夕食にしようと思い、男は携帯端末で『食事』のアプリケーションを開いた。品目の中から硬いが量だけは多いパンと味気ない栄養補填用の流動食をタップする。5分とせずに近所の流通拠点から配達ドローンが飛んできて、ドローン用の「ポスト」に食事が届く。
たまには、天然食品を食卓に並べたいものだが、今の給料じゃとても手を出せない。科学が発展していくら便利になっても無い袖は振れない。
食べ終わってしばらく、男はボンヤリしていた。この空虚か時間を埋めるために、趣味を持とうとしたこともあったが、どれも長続きしなかった。それに何をするにも金がかかる。
やることもなかったので、ビールをもう一本開けた。今夜は深酒になりそうだと男は思った。
♢♢
携帯端末の時刻表示は日を跨ごうとしていた。
気づけばテーブルの上の空き缶は、片手の指の数をゆうに超えていた。
幸い明日は休みなので、どれだけ酔っても平気なのだが。
しかし流石に酔いが回って、頭痛がしてきた。
フラつく頭で携帯端末の中から、『電子薬物』のアプリケーションを開いて、端末をヘッドセットに繋いだ。
品名の中から「頭痛薬」をタップして、ヘッドセットを装着した。
すると、いつものようにヘッドセットからは自律神経を刺激する電気信号が送られていく。当然、それによる痛みも危険もない。
ヘッドセットを外して、しばらくすると頭痛は立ち所に消え去っていった。便利なものだ。
電子ドラッグが一般流通しだして、かれこれ4,5年が経つ。しかし未だに、人々に受け入れられているとは言えない。
それは数十年前、ジェネリック薬品がそうだったように、避けられない反発なのだろう。
電子ドラッグアプリの表示画面を眺めながら、ふと脱法ドラッグの噂について思い出した。
なんでも、脳へ直接的に電気刺激を与える電子ドラッグの技術を利用し、快楽中枢へと働きかけて頭をトばすらしい。
直に浴びる電気刺激は大麻なんか目じゃないほど強烈だという。
思えば不満しかない人生だ。
仕事もキツけりゃ、給料も少ない。酒以外にこれといった楽しみもない。
少しの期待と好奇心に駆られて、ネットから脱法ドラッグを探そうと考えた。
まだ、電子ドラッグについての法整備は完全とは言えない。ネット上では規制されていないオープンソースでフリーの電子ドラッグがいくつも公開されていた。
端末で検索をかけてみるが、「睡眠導入剤」、「鎮痛剤」、「胃腸薬」、……どれも目当てのモノではなかった。
やはり、脱法ドラッグのような犯罪紛いの品が、ネットに転がっているわけないか。
諦めて端末を切ろうとしたとき、面白いものが目に留まった。
_______________________
『霊視薬』:脳への特殊な電気刺激で、
幽霊が見えるようになります。
※使用は自己責任でお願いします。
※使用による損害について、一切
責任を負いません。
_______________________
脱法ドラッグでもないし、怪しさ満点だったが、同時に強く好奇心を掻き立てられた。
後から思えば、このときは酷く酔っていたのだ。
よく考えもしないまま、ヘッドセットを着けて『霊視薬』をタップした。
そして酔いに任せて「実行」ボタンを押した。
♢♢
ハッと目を覚ました。
端末で時刻を確認すると、10分ほど意識を失っていたらしかった。
背筋がサーッと寒くなるのを感じた。やはり、フリーの電子ドラッグなんてやるもんじゃない。
少し気絶したせいか、頭が冴えていた。酒が抜けてきたようだ。それと同時に、さっきよりも部屋が明るいのに気づいた。
窓からは月明かりが差し込んでいる。どうやら、雨は止んだらしい。
ちょうどいい! 近くの墓地にでも行って『霊視薬』とやらの効能を確認しよう。
少しほろ酔い気分で意気揚々と部屋のドアを開けた。
さっきまでの雨で地面が濡れていたが、雨で出来た水溜りに月明かりが反射して、辺りは昼みたいに明るかった。
酒が残っているせいか、青白い月光が少し揺らいで見えた。
数分歩くと墓地に着いた。
しかし墓地は普段となんら変わったところは無かった。
なんだ、やっぱりガセだったわけか。
少しがっかりしたが、内心どこかほっとしている自分もいた。
夜風に当たって酔いが覚めてきたのか、深夜の墓地の風景が急に怖くなってきて、足早に墓地を立ち去った。
そして家に帰り着くと、急に眠くなってきてそのままベッドに沈み込んだ。
♢♢
翌朝、男が目が醒ますと、酔いはすっかり醒めていた。
起きがけの眠い目をこすりながら、部屋のなかを見やると、見慣れた風景が奇妙なことに気づいた。
その風景の意味を悟ると、男は布団に包まって目を固く瞑った。
男は見た、朝日が差す部屋の中で揺らめく、青白い月光を。
プシュッ、と缶ビールを開ける音が狭苦しい部屋に虚しく響く。
男がこの部屋で暮らし始めて、もう8年目になる。
最初は孤独を感じたこの空虚な部屋も、今はすっかり慣れたものだった。
ニュースでも聴こうかと、男は携帯端末を開いた。
一人の部屋があまりに静かなので、特別聴きたいわけでもないのに、ニュース番組を流すのが日課になっていた。
手の平大の小さな端末から流れるアナウンサーの声(と言っても合成音声に過ぎないが)が、今日あったニュースの概要を淡々と読み上げる。
夕食にしようと思い、男は携帯端末で『食事』のアプリケーションを開いた。品目の中から硬いが量だけは多いパンと味気ない栄養補填用の流動食をタップする。5分とせずに近所の流通拠点から配達ドローンが飛んできて、ドローン用の「ポスト」に食事が届く。
たまには、天然食品を食卓に並べたいものだが、今の給料じゃとても手を出せない。科学が発展していくら便利になっても無い袖は振れない。
食べ終わってしばらく、男はボンヤリしていた。この空虚か時間を埋めるために、趣味を持とうとしたこともあったが、どれも長続きしなかった。それに何をするにも金がかかる。
やることもなかったので、ビールをもう一本開けた。今夜は深酒になりそうだと男は思った。
♢♢
携帯端末の時刻表示は日を跨ごうとしていた。
気づけばテーブルの上の空き缶は、片手の指の数をゆうに超えていた。
幸い明日は休みなので、どれだけ酔っても平気なのだが。
しかし流石に酔いが回って、頭痛がしてきた。
フラつく頭で携帯端末の中から、『電子薬物』のアプリケーションを開いて、端末をヘッドセットに繋いだ。
品名の中から「頭痛薬」をタップして、ヘッドセットを装着した。
すると、いつものようにヘッドセットからは自律神経を刺激する電気信号が送られていく。当然、それによる痛みも危険もない。
ヘッドセットを外して、しばらくすると頭痛は立ち所に消え去っていった。便利なものだ。
電子ドラッグが一般流通しだして、かれこれ4,5年が経つ。しかし未だに、人々に受け入れられているとは言えない。
それは数十年前、ジェネリック薬品がそうだったように、避けられない反発なのだろう。
電子ドラッグアプリの表示画面を眺めながら、ふと脱法ドラッグの噂について思い出した。
なんでも、脳へ直接的に電気刺激を与える電子ドラッグの技術を利用し、快楽中枢へと働きかけて頭をトばすらしい。
直に浴びる電気刺激は大麻なんか目じゃないほど強烈だという。
思えば不満しかない人生だ。
仕事もキツけりゃ、給料も少ない。酒以外にこれといった楽しみもない。
少しの期待と好奇心に駆られて、ネットから脱法ドラッグを探そうと考えた。
まだ、電子ドラッグについての法整備は完全とは言えない。ネット上では規制されていないオープンソースでフリーの電子ドラッグがいくつも公開されていた。
端末で検索をかけてみるが、「睡眠導入剤」、「鎮痛剤」、「胃腸薬」、……どれも目当てのモノではなかった。
やはり、脱法ドラッグのような犯罪紛いの品が、ネットに転がっているわけないか。
諦めて端末を切ろうとしたとき、面白いものが目に留まった。
_______________________
『霊視薬』:脳への特殊な電気刺激で、
幽霊が見えるようになります。
※使用は自己責任でお願いします。
※使用による損害について、一切
責任を負いません。
_______________________
脱法ドラッグでもないし、怪しさ満点だったが、同時に強く好奇心を掻き立てられた。
後から思えば、このときは酷く酔っていたのだ。
よく考えもしないまま、ヘッドセットを着けて『霊視薬』をタップした。
そして酔いに任せて「実行」ボタンを押した。
♢♢
ハッと目を覚ました。
端末で時刻を確認すると、10分ほど意識を失っていたらしかった。
背筋がサーッと寒くなるのを感じた。やはり、フリーの電子ドラッグなんてやるもんじゃない。
少し気絶したせいか、頭が冴えていた。酒が抜けてきたようだ。それと同時に、さっきよりも部屋が明るいのに気づいた。
窓からは月明かりが差し込んでいる。どうやら、雨は止んだらしい。
ちょうどいい! 近くの墓地にでも行って『霊視薬』とやらの効能を確認しよう。
少しほろ酔い気分で意気揚々と部屋のドアを開けた。
さっきまでの雨で地面が濡れていたが、雨で出来た水溜りに月明かりが反射して、辺りは昼みたいに明るかった。
酒が残っているせいか、青白い月光が少し揺らいで見えた。
数分歩くと墓地に着いた。
しかし墓地は普段となんら変わったところは無かった。
なんだ、やっぱりガセだったわけか。
少しがっかりしたが、内心どこかほっとしている自分もいた。
夜風に当たって酔いが覚めてきたのか、深夜の墓地の風景が急に怖くなってきて、足早に墓地を立ち去った。
そして家に帰り着くと、急に眠くなってきてそのままベッドに沈み込んだ。
♢♢
翌朝、男が目が醒ますと、酔いはすっかり醒めていた。
起きがけの眠い目をこすりながら、部屋のなかを見やると、見慣れた風景が奇妙なことに気づいた。
その風景の意味を悟ると、男は布団に包まって目を固く瞑った。
男は見た、朝日が差す部屋の中で揺らめく、青白い月光を。
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