入れ替わり

チタン

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入れ替わり

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 あの日、夜遅くに出歩いていたのはなぜだっただろう?
 たしか俺、ユウタ、ケンの3人のうちの誰かが肝試しに行こうと言い出したのだ。


「山の上の墓地へ行こう」

 そう言ったのは確かケンだった。
 当時、俺たちはまだ小学生で親に黙ってこっそり出掛けた。田舎であんまりやることもなくって、要は暇だったのだ。
 しかし、俺たちが肝試しをすることはなかった。そう、あれはちょうど山道に入ってすぐのことだった。一番前を歩いていたケンが言った。

「おれ、ちょっと小便」

 そう言って茂みの方へ入っていった。俺とユウタは「あいつビビってんじゃねぇか?」などと茶化して笑っていた。
 俺とユウタは二人で、山の上へ続く階段に腰掛けてケンの帰りを待った。しばらくしても戻って来なくって、やけに遅いなと思っていた矢先にケンは戻ってきた。

「おい、遅かったじゃん!」

 ユウタがケンに言った。暗がりでそのときケンの顔はよく見えなかった。ユウタにケンが返事をした。

「アパェwfgp#/ヘク@zセケケケ##ケケケgsdtyケケケケケケケケaセケケ」

 人間の言葉ではなかった。

「おい! ケンどうしたんだよ!?」

 俺は動揺してケンに尋ねた。
 と、そのとき木の隙間から漏れた月明かりがケンの顔を照らした。
 ケンは右目から赤い血を流しながら白目を剥いていた。口は開けっ放しで唾液を垂れ流し、とても正気ではなかった。

「うわあぁぁぁ!!!!」

 ユウタがあまりの恐怖に逃げ出した。

「asojjケメ####&&------//&&--&&//」

 ケンが何かを叫んだ。次は後半がもう声ですらない超音波みたいな音だった。
 ケンの前に一人取り残された俺は、足が竦んでケンの方を見たまま動けなかった。このとき俺の胸中は言い知れない恐怖と現実味の無さからくる浮遊感に占められていた。

「うっ、ウワァァァァアア!!! cケヌaslmt#//zjエケケ!!!!」

 後ろからユウタの悲鳴が聞こえた。
 ユウタの悲鳴も、途中から人間がおよそ発し得ない音に変わっていた。
 その声を聞いて竦んでいた足がようやく動いた。   
 全速力でその場から逃げ出した。止まらなかった。無我夢中で走った。
 家に帰り着くとドアも窓も全部に鍵をかけて、部屋の奥でタオルケットにくるまってうずくまった。奴らから身を隠すかのように。
 母が俺の様子に驚いて何か言っていたが覚えていない。
 夜中よるじゅうずっと恐怖と混乱で頭がどうにかしそうだった。
 そして朝を迎えた……。


  ♢♢


 朝日が差し始めた頃、俺は張り詰めた緊張感が限界を迎えて意識を失うように眠った。
 数時間後、母親に叩き起こされた。

「起きなさい、今日も学校でしょ」

 俺はベッドの角から飛び起きた。部屋を見回すとビックリするくらいいつも通りだった。
 そんな俺に母が尋ねた。

「あんた、昨日はどうしたのよ? 血相変えて帰ってきて、その後も何も言わずに……」

「いや……べ、別になんでもないよ。それより、ケンとユウタのこと何か聞いた?」

「昨日の夜、ケン君とユウタ君も一緒だったの? お母さんは何にも聞いてないわよ」

「そ、そっか……」

 そのあと母親には適当な嘘をついた。
 そしてその朝はあまりにも普段通り過ぎて、なんだか前日に起こったことが夢のように感じられた。
 俺は支度をして家を出た。
 けれど、あの後二人はどうなったのか? 母が何も聞いてないということは家に帰ったのか? と頭の中は疑問でいっぱいだった。


 教室に着くとケンとユウタがいた。
 俺は身構えたが、遠目に二人ともいつも通り普通に喋っている様子だったので、俺は二人に近づいて声をかけた。

「ケン、ユウタ、二人ともあの後無事だったんだな。どうしたんだよ、昨日は?」

 ケンとユウタはこちらを見ると、一瞬で真顔になって、二人で俺の手首を掴んだ。
 そしてケンが言った。

「きみが、やんな? ちょっと話があるから付き合ってくれへん?」

 やんな? くれへん?
 様子が一変して、明らかにいつもとは違っていた。
 俺はこのとき迂闊に話しかけたのを死ぬほど後悔したが、二人は有無を言わせず俺を人気ひとけのない方へ引っ張っていった。
 3人きりの状況になって俺は堪らず口を開いた。

「お前ら一体何なんだよ!? 本物のケンとユウタはどうしたんだ!」

「『本物のケンとユウタ』? ボクたちが本物に決まってるやん」

「嘘つくな! ケンはそんな喋り方じゃない!」

「喋り方、かぁ……」

 ケンはそう言うと何かを考えている様子で口に手を当てた。
 するとユウタが横からケンに言った。

「なあ、もうええんちゃうか? 話しても」

「うーん、まあせやな。子供一人にバレたところでどうにもできへんやろ」

「???」

「えーっと、キヨタカ君。確かにボクらは本物のケン君、ユウタ君じゃない。ボクらは君らが言うところの異星人や」

「ハァ!?」

「うん、まあ驚くのも無理ないけどホンマやねん。ほら証拠見せたるわ」

 ケンはそう言うと頭を捻って、こちらに横顔を向けた。すると耳から紐のような細さの黄緑色の触手が這い出てきて、左右に揺れた。

「なっ!?」

「な、信じてくれた? あ、そうそう、昨日は寄生したばっかで発声が上手くいかんくて堪忍な」

「……!!???」

「うーん、やっぱすぐには受け入れられんよな。ホントは昨日もスマートに入れ替わろと思って、事前に言葉も勉強しといたのに」

「な、何言ってんだよ!!? 『寄生』? 『入れ替わった』? それなら今すぐその体返せよ!」

「ああー、それは無理やねん。この二人は寄生された時点で死んでるから。そこは申し訳ないけども、ボクらも生きるためやから堪忍してや」

「……死んでる、だって? そんなこと許せるわけないだろ!?」

 そう聞くとケンは急にドスの効いた低い声で俺にこう告げた。

「許さんかったらどうなるっちゅうねん、あぁ? 他のやつに言うてみるか? 言うても子供の言うタワゴトなんて誰も信じへんぞ」

「ぐっ……」

 それはその通りだ。俺がいくらこの二人が異星人だと言おうとも、俺が頭おかしいと見なされるのが関の山だろう。

「まあボクらも事を荒立てたいわけやない。平和に生きる為に今後とも仲良くしようや」

「なんで……なんでその二人だったんだよ?!」

「あ、別に理由はないよ? 寄生しやすい10歳くらいの子供なら誰でもよかってん。偶々君ら3人が通りがかってから、ケン君らが一人になった隙に右目からピューっと入ったってん」

「そ、そんな……」

「寄生する瞬間はボクらの本体も無防備なるからな。一人のやつが都合良くってな。ボクらが2人で君はラッキーやったね」

 そう言うと二人は去っていった。去り際に「まさか経度がちょっとちゃうだけで言葉に差があるとはなぁ……」なんて二人で話していた。

 俺はこうして幼馴染二人を失った。


  ♢♢


 あれから20年が経った。
 俺はあの日以来、二人との関係を絶った。真実を胸の奥に仕舞い込んで、何とか忘れようとした。
 人間の適応力とは凄まじいもので、二人を見ないようにしているうちに自然とその生活にも慣れていった。そして進学とともに二人を見ることもなくなり、気づけば大人になってしまってもう俺にも一人息子がいる。

 そんな俺の元にある日メッセージが届いた。
 それはケンとユウタに寄生したあの異星人からだった。
 なぜだ? あれ以来、関わりはなかったのに今さらになって……。
 メッセージはムービーで、俺はリビングで一人そのムービーを再生した。
 画面には大人になったケンとユウタの姿が映っていた。二人とも面影はあるが、俺と同い年とは思えないほど老け込んでいて、特にユウタは頭は禿げ上がり皮膚にはあざ黒い斑点が浮き出ていた、

「おー、オッスオッスー! キヨタカ君、元気してたー?」

 画面の中のケンが俺に語りかけた。
 話し方はあの最後に話した時のままだった。

「いきなり、こんなん送ってもうて堪忍やで。今日は君に聞いてほしい話があってな」

「ワイの顔見てえや。31歳にしてハゲ散らかして敵わんで」

 ユウタが口を挟んだ。

「おいおい、ちょっと茶々入れんといてくれや。今ボクが話してるんやから。や、けどや、キヨタカくん、今の話も無関係ちゃうねん。ボクらな、もうすぐ死んでしまうんや」

 どういうことだ?

「この二人の体な、最初は上手いこと適応してたんやけど、歳取るごとになってきて、今やこんなに老け込んでしまった」

「ワイなんて老けるだけやのうて、拒絶反応で皮膚に斑点まで出てきてもうてなぁ」

「そうそう、もうボクらは保ってあと半年とかの命なんや。なんでこんなメッセージ残したかというとな、なんか自分が死ぬと思ったら誰にも知られずに死んでいくんが途端に寂しくなってな……」

 死期を悟ったケンの声は哀愁に満ちていた。

「今になってこの体の元の持ち主にも申し訳ない気がしてきてな……。そんなこと考えてたらキヨタカ君のこと思い出してん。よう考えたらボクらが死んだら、ボクらがこの体に寄生してたこと知ってるん君だけになるな」

 けど、口調だけはなぜか朗らかでそのギャップがある種の不気味さを感じさせた。

「いやぁ、なんか喋り過ぎたな。ほな、ここらで」

 映像が途切れた。

「いまのパパの友達?」

 気がつくと息子がそばに立っていた。

「いや……友達ではなくなってしまったんだ」

「ふーん」

 息子の顔を見ながら、何だかいろんな思いが胸に去来した。
 これから彼が渡っていく世の中にはアイツらみたいな異星人がちょくちょく紛れてるのかもしれない。いや、もしかしたら案外すぐそばにいたりするんだろうか?

「どうしたの、パパ?」

「なんでもないよ……。そうだ、坊や。子供のうちはね、決して夜中に出歩いちゃいけないよ? お父さんと約束してくれるかい?」

「?……うん、わかった!」

 俺は無邪気な息子の頭を撫でた。そして何だかこんな当たり前の日常が妙に愛おしくなって、少し涙が流れた。俺は涙を拭った。
 涙で滲んだ目に息子の顔が映った。その一瞬、彼の耳元に黄緑色の触手が見えた気がした。
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