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天童寺姉妹編
エッチなこと、してませんよね?
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海の見えるペンションかー。
一般庶民だからどんな光景なのかぜんぜん想像できないけど、あの天童寺姉妹の旅行先となるとすごく豪華な気がする。んもー、期待しちゃうなー。
そう思っていると、おーいと手を振ってくる子がいた。こちらも手を振り返すと、背もたれにしていた銅像から中学生の子は身を起こす。
帽子を被っているから男の子みたいに見えるけどちゃんとした女性だし、あの茜ちゃんの血族という時点ですでに将来は明るい。5年経ったらすんごい美人になっていそうで今から楽しみでもある。
リュックサックとデニム地の短パン、それに運動靴という組み合わせなので、これから田舎へ遊びに行くのかなという印象だ。
一方の俺はというといつも通りのスーツ姿であり、ここまで年齢的な差があると援交とは思われまい。いや、ほんとに違いますんで変な目で見るのはやめてくださいね。
「遅ーい、徹! 30分も待ったじゃん! 日が暮れちゃうよ」
「悪い、千夏ちゃん。急な会議に呼び出されちゃって。新商品の納期が遅れるとかなんとかでさ。そのぶん埋め合わせはするから」
「じゃあ許す。とりあえず喫茶店に行こ?」
そう言うとぶすっとしていた頬は元通りになり、自然と手を繋いでくれる。
夏休みを過ごす彼女と、会社帰りに待ち合わせをしたのはわけがある。いや援交とかそういうのじゃないからね。もっとずっと下らないこと……と思いかけたのだが、ちんまりした千夏ちゃんの雰囲気はどこか真剣で、本人にとっては下らないことじゃなかったかと思い直す。
いらっしゃいませの声と共に、空調のよく効いた店内が待っている。
談笑をする主婦や学生たちの姿が多く、千夏ちゃんが先導する形で空いている席を陣取った。
よいしょとクッションつきの椅子に座ると、さっそく背負っていた鞄を少女は開け始める。出てきたのは四角いノートパソコンだ。以前にも彼女の部屋で見せてもらったことがある。
「それ、お年玉かなにかで買ったの?」
「ううん、お父さんからの入学祝い。それと家事手伝いもセットで、どうにかお母さんも許してくれたの」
入学祝いでノートパソコンかー。最近のご家庭は裕福だなー。
でもパソコンはいつか嫌でも覚えることになるし、早めに覚えておいたほうがいいとお父さんは判断したんだろうね。まあ、夏休みにペンション旅行をするくらいのご家庭だから、うちと比べても仕方ない。
「それよりも徹、これを見て」
店員さんに適当な飲み物を頼んでいると、ずずっとモニターを向けてくる。覗きこんでみると小説投稿サイトらしき画面が映っていた。
「あ、これが千夏ちゃんの投稿した小説なの? そういえば夏休みにアップするって言っていたね」
指さされたところには「俺の料理スキルが異世界で荒ぶる」という題名、そして総合ポイント15という成績が書かれていて……俺が呼び出された理由はこれだなと気づく。
この手のサイトのことを大して知らないが、本屋さんに書籍がたくさん並んでいる光景はよく目にする。最近の流行りらしいし、小説家を目指す千夏ちゃんにとっては無視できない場所だろう。
「一週間、毎日投稿したけどぜんぜん伸びなくて、つまらないって思われているんだと思う」
「んー……どうなんだろな。まだ7話だろ? これから盛り上がってきたら別じゃないか?」
ちっちっち、と指を振りながら「ぜんぜん分かってないな」と偉そうな顔を彼女は浮かべる。総合ポイント15だというのに。
店員さんが運んでくれたアイスティーを手に取り、ありがとうと笑みを浮かべながらチューっと飲む。それから話の続きを聞かせてくれた。
「最初が駄目ってことは、この先いくら続きを書いたって、ここまで読む読者が同じように感じるってこと」
「そういうもんか。出だしが地味な小説なんていくらでもあるだろうに」
とはいえ彼女の小説を読んだことのある俺としては、精神を蝕むようなひっどい内容だったのに、よく評価するやつがいたなと感心する。試しに画面をカチカチ操作してみると読まれた回数などまで記録されているらしく、数百回も読まれていたことには驚いた。
「けっこう読まれてるね!」
「そ、そぉ? これくらい普通だと思うけど?」
脱いだ帽子で顔をぱたぱたしており、うっすら赤くなっている。瞳はそっぽを向いてるけれど、物書きとしてドキドキする時間を楽しめているようだ。
それから彼女は席を立つと、俺の肩にあごを乗せてきて画面を覗き込む。
「でも悔しいな、時間をかけたのにぜんぜん通用しなくって。徹、夏休みのあいだ、ボクのことを手伝ってくれない?」
ムリです。俺は文学なんてぜんぜん分からないし。
などと思って振り向くと、大きな瞳が「だめ?」と見つめてくる。腕に抱きついてくるし、ぷっくりと色づいた唇からもう一度「お願い」と言われると……んぐぐ、男に生まれた以上、可愛い子に頼られたら断れないって。
「手伝うよ。俺が力になればいいけど」
「やった! ありがと! じゃあさ、他の小説も試しに幾つか書いてみたから読んでみて!」
そう言いながら俺からマウスを奪うと画面操作をし始めるのだが、自然と首の後ろがむぎゅっと挟まれて温かくてですね、小説よりも周囲の目が気になって仕方ないです。
もー、頑張って仕事を終えたのに、これから苦行のような小説を読むのかー。可愛いんだから早いとこ諦めたらいいのにー。
などと思いながら一文字ずつ目で追うことになった。
うーーん、つまらん。
アイスコーヒーを飲み終えるころ、俺は胸中でそうぶっちゃけた。
千夏ちゃんは3つほど小説の出だしを書いていたらしい。先ほど言った通り序盤の面白さを試みていたのだろう。
しかし面白さというのは爆発などの派手さを出せば良いかというとちょっと違う気がする。まともに本を読まない俺の意見だけど、少なくとも面白いとは感じなかった。だけど今のは俺だけの感じかたに過ぎないし、千夏ちゃんが正しい可能性もあるので難しい。
「ふーむ、そもそもどういうのが受けるのかさえ分かっていないのか。あとで俺も調査してみようか」
「あ、他の小説のこと? 確かにそうだね。ボクは書いてばかりでほとんど読まなかったし、どういうのが評価されやすいか分からないんだ」
なるほどね、と声に出さずに呟く。
千夏ちゃんは泥んこ遊びみたいに形を作って遊んでいるんだ。それが面白いかどうか、市場で受けるかどうかを考えず。
俺に小説の知識はまったく無いが、商品という目線では営業マンとして役立てるかもしれない。いわゆる調査と分析、そして傾向を見る術は俺のほうがあるだろう。
「ン、分かった。当面、俺は対策を考える方向でいくか。千夏ちゃんは、それまでにいま書いているものの続きを……ん、他にも書いてるのがあるのか?」
「あっ、それは見ちゃだめ!」
ふと「ボツ集」というフォルダを開くと、いくつかのファイルが表示される。慌てて千夏ちゃんが邪魔をしかけたが、そのときにはもう小説が立ち上がっていた。
どれどれ『太ももが開かれていくと、そこはぬらぬらと粘液にまみれていて』って、うわっ、これはエロ小説か!
「ぎゃあああ、やだあああーー!」
待って待って、後ろから全力で目をふさいでくるけど、美少女の書いたエロ小説なら読みたくて読みたくて仕方ないじゃん。さっきまで精神汚染を受けるほどのゴミばかり読まされていたんだし、俄然やる気になってきたぜ!
「駄目だったらああーー!」
大きな声が響き渡り、喫茶店から追い出されたのは言うまでもない。
「もー、馬鹿! もー、馬鹿! 徹の馬鹿! 絶対に読むなって言ったじゃん!」
ぷりぷり怒る千夏ちゃんは、ノートを腕にかかえており絶対にもう読ませないという不動の構えだ。
そして俺はというと隙あらば読みたいので、指をわきわきさせている。たぶん半分くらい性犯罪者に見える動きだ。
場所は変わり、俺たちは千夏ちゃんの部屋までの移動を済ませている。外は暗いしそろそろ帰らないといけない時間なのだが、彼女を怒らせたままというのは気が引ける。
「悪い悪い、冗談だ。続きがつい気になっちゃって」
「えー、なにそれ。他の小説を読んだときとぜんぜん反応が違うー。なんかやらしー」
ちょっと男子ーみたいなじとっとした目で見られているけど、書いたのは君だからね。
大丈夫、ノートパソコンを奪ったりしないから。そう両手を広げて一歩ずつ下がり、彼女のベッドに腰を下ろす。するとようやく安心してくれたのか、ほおっと彼女は安堵の息を吐き出した。
しかし千夏ちゃんはお子様とばかり思っていたけど、そういうものを書けるのか。書けるということは知識だけでなく好奇心を持ちあわせているだろうし、中学生らしく微妙なお年ごろになったのかもしれない。
ふーむと唸ってから俺は口を開く。
「冗談とかじゃなくて、試しに読ませてくれないか?」
「は!?」
「俺は千夏ちゃんの味方だし、面白いかどうかをちゃんと判断するから」
「えっ、だっ、だって! だめだめだめ、無理っ!」
くそったれ、ガードが堅いな! 真面目な感じて言ってみたら平気かなーと思ったが、そう簡単にはいかないか。
正直に言おう。俺は千夏ちゃんのエロ小説が読みたい。これだけ可愛い子が書いたと思うだけで、そこいらのエロ本なんて比較にならないほど興奮する。
例えばだ、文中に「おちんちん」と書いてあったとする。それだけでもうたまらん。たまらんって。小さな子がキーボードで「おちんちん」と打つんだぞ? その光景を思い浮かべるだけで……すごく興奮しちゃう。
表面上だけは静かな表情でありながらアホなことを考えていると、おそるおそるという風に千夏ちゃんは問いかけてくる。
「な、なんでそんなに読みたいの?」
「うーん、なんでかな。うまく言えないけど、千夏ちゃんが言っていた『面白さ』ってなんだろうと考えたんだ。出だしだけしか読めなかったけど、一番キャラクターがしっかりしていて、そこに面白さの答えがあった気がしたんだ」
感情の起伏を見せず、ごく自然と俺はそう言う。
全力で己の欲望を覆い隠し、決して性的な視線などではないと訴えた。ある意味で面白そうだというのは嘘じゃないからな。純粋なエロ目的だし。
「……じゃ、じゃあ、ちょっとだけ。一番新しいやつだけね」
おいでおいでと手招きされた俺は内心でガッツポーズをしながら近づいた。
さーて、美少女の書く官能小説かー。オラわくわくしてきたぞー!
ふむ、と唸る。
思っていたよりしっかりしている。
もちろん文章はすごく稚拙なんだけど、ところどころが生々しい。油断したときにリアルな感覚が伝わってくるから驚かされるんだ。
また珍しいことに、少女趣味ともいえる愛を囁くような甘ったるいシーンがまったく無い。
好きだとも言わずに相手のお尻をかかえ、ゆっくりと挿入していくシーンなどは逆にリアルで、また性的な匂いを覚える。
女性がゆっくりと喘ぎ声を響かせたとき、その小説は終わった。まだここまでしか書かれていないらしい。
「ど、どう……?」
心細そうな声に振り向くと、千夏ちゃんはベッドに座っていて、どこから取り出したのかぬいぐるみを腕に抱えている。
思わず即答できなかったのは、その可愛らしい外見とはまったく異なる内面を感じたからだ。文章を通じて彼女の新たな面を見た、というべきか。
「面白かった」
「え、うそ! ほんと!?」
「少なくとも俺は続きを読みたい。どうしてそう感じたかというと、この雰囲気は千夏ちゃんにしか書けない気がするからなんだ」
どういう意味なのかと小首を傾げてくる。書き手はたくさんいるのに、どうして自分にしか書けないのかと不思議そうだった。
俺としても感覚だけの話なので「うまく説明できるか分からないけど」という前置きを挟んで口を開く。
「女性の視点で書いているのが新鮮だった。俺もこの手のものを読んだことがあるけど、ほとんどは男性視点なんだ。書き手の大半が男性なんだから、そりゃそうだって話しだけど」
じっと見つめてくる様子は、俺の言ったことに嫌悪感などを見せていない風だった。
読者の意見に耳を傾け、どう感じたのかを聞きたがっている。そんな表情だと思い、言葉の続きを口にした。
「こう感じるんだなって思ったよ。俺には分からなかったけど、女性がどう思い、どう感じているのかがちょっとだけ伝わった。全身が静電気に包まれて、だんだんなにも考えられなくなっていくところの描写がすごくうまい」
「そ、そこ、ボクもすごくうまく書けたなって……自分でも思ってた」
いつの間にか顔が真っ赤になっている。視線を合わせられなくなり、明後日の方向を見ながらの答えだった。
足をぶらぶらさせていて、余程の感情があったのか腕に鳥肌を立たせている。それはこれまでに見せたことのない彼女の顔だ。
考えてみれば、俺がちゃんと褒めたのは初めてだ。今までは表面上だけ取り繕ったものだったのに、内容だけでなく雰囲気まで言及したという褒め言葉の変化を感じただろう。
せわしなくて落ち着きはないけれど、絶えず少女は思考を働かせている。それは書き手としての喜び、相手に何かを伝えることの楽しさを感じているよう俺の目には映った。
は、は、と浅い深呼吸を繰り返してから、少女はごくっと喉を鳴らす。そしてまだ赤い顔をこちらに向けてきた。
「続き、読みたい?」
「もちろん。あ、だけどこの内容だとさすがにネットに載せられないのか」
「そういうサイトに載せればいいだけだよ。幾つかあって、そのうちの最大手が……」
と、そのときコンコンと戸をノックされて、俺と千夏ちゃんはびくっとした。ダッシュした彼女はまるでエロ本を隠すようにノートパソコンを閉じ、そして俺に「黙ってて!」と目で合図をしてからまた駆け戻っていく。
「千夏ー、お夕飯ができたから……あら、お兄さん!」
がちゃっと開いた先には、エプロン姿で驚いた顔をする茜ちゃんが立っていた。そういえば慌てて駆けこんだから、挨拶もしていなかった。
俺は鼓動を押さえながら、しゅたっと片手をあげた。
「や、やあ、こんばんは。ついさっき遊びに来たところだったんだ」
「そうでしたか。来ていたのなら挨拶くらいしてくれても……それで、なにをして遊んでいたの?」
千夏ちゃんに顔を向けてそう言うと、ぎょっくんと小さな肩が跳ねる。唇を変な形にさせているし、瞳はだんだん明後日の方向を向いていくが……おいおい、怪しいにもほどがあるだろ! なんて演技が下手なの! 恐ろしい子!
しばらく妹の様子をじっと見つめていた茜ちゃんは、くるんと顔を俺に向けてくる。気のせいか彼女の背後に見えたオーラは「鷹」だった。獲物を狙って急降下してくるときのアレな。
「……お兄さん。私、聞きたいことがあります」
表情は落ち着いており、大きな瞳で瞬きをする様子は可愛らしいくらいだ。しかし一歩彼女が近づくと、つい後ろに下がりたくなる。だんだん距離を詰められると、共犯者にでもされてしまった心境だ。
「な、なにかな、聞きたいことって?」
「簡単なことです。お兄さんならすぐに答えられると思います。あ、もしも後ろめたいことをしていたら即答できないかもしれませんね」
にじ、にじ、と寄ってくる。
その背後では千夏ちゃんが「そっちから逃げて!」と口をぱくぱくさせており……え、窓を突き破れってこと? 嫌だよ! なに考えてんの!?
しかしそんなやりとりをしている暇は無かった。エプロンに包まれた大きな乳房から触れられてしまいそうなほど近づかれて、そしてボソリと俺にしか聞こえないくらいの声で囁いてくる。
「エッチなこと、してませんよね?」
「え? あ、それは無いです」
即答するとしばし彼女は瞬きをし、ほっと肩の力を抜く。
俺としても安心したよ。そんなこと考えてもいないし、千夏ちゃんは妹同然だから。
あ、いや、エロ小説のことを熱く語っていたのだし、彼女の疑いはそれほど間違っていないのか?
「まあいいや。そろそろ遅いし帰ろうと思ってたんだ。千夏ちゃん、こっちでも調べられることを進めておくから、なにかあったらSNSで」
「うん分かった。徹、こんな時間までありがと」
俺と千夏ちゃんの会話を、お姉さんは怪訝な表情で見つめていた。気のせいか少しだけ腹を立てていたように見えたが……ただの気のせいだろうか。
夜道を帰る途中、ペコポンと携帯が鳴る。
画面にはSNSの千夏ちゃんのアイコンがあり、また端的なメッセージが書かれていた。
『あれからずーっとお姉ちゃんがすっごくうるさいから、しばらくトールの家で執筆する!』
あらら、茜ちゃんがのけ者にされちゃった。
気になって気になって仕方ないのは分かるけど、まさかエロ小説を書いているなんて言えないわな。こればっかりは俺も千夏ちゃんの味方にならないといけないし……うーん、難しい!
◆
そういうわけで、宣言通り千夏ちゃんは朝っぱらから遊びに来た。とはいえ大先生の執筆を邪魔してはいけないので、俺は庭先の水やりだ。
ジャッとホースで鉢植えに水を撒いていく。この時期は水やりの時間に気をつけないといけなくて、なるべく朝夕にこなすのが最近の日課だ。
「ま、こんなもんか。そろそろ様子を見に行くかね」
そう呟いて玄関に戻ると、きゃいきゃいはしゃぐ声が聞こえてくる。ひょいとリビングを覗き込むと最新型の珈琲メーカーをいじくる千夏ちゃんと克樹の姿が見えた。
先生ー、頼みますよー、締め切りが近いんですからー。などとジト目で眺めていると、小さな子がくるんと振り向いてくる。
「徹、徹、カフェラテ作って!」
だだーっとおさげを揺らして駆けてきたけど、全自動なんだからスイッチを押すだけでしょ。と思いつつも私服のワンピース姿がちょっと可愛い。日やけした手足を覗かせて、くりくりの瞳が近づいてくると構ってやりたくて仕方ない。
「どれ、俺のテクニックを披露するときが来たか!」
勢いをそのまま抱きあげると「きゃーい」と俺の首に腕を絡めてくる。お尻を支えるとズシッと重たくって、なんとなくお米の袋を抱えている気分だ。
触れてくるお下げがくすぐったいし、上機嫌に足をぶんぶん振っているし、やっぱり千夏ちゃんは可愛いね。
近づいていくと克樹がミルクをセットしているところだった。前に買ったこの珈琲メーカーは全自動式なので、好みの挽き具合を決めるだけであとはボタンを押すだけで済む。
目の前の子は好奇心でうずうずしている様子なので、操作方法を簡単に教えてやると無垢な瞳はさらに輝きを増す。
近づけてやると少女は指を伸ばし、そして機械が唸り始めた。
もりもり削られていく豆と、エスプレッソの抽出音が響くのは中学生にとっても楽しいらしい。ひょっとしたらこういう機械が好きな子なのかもしれん。
コップに注がれていく液体を「わー」としがみつきながら覗き込む。ふかふかの胸が当たっているのも気にならないらしく、どうして天童寺姉妹は揃ってガードが緩いのかと将来を心配してしまうよ。
「お、おーー!」
シュコーーとキメの細かい泡が生まれると、カフェラテのできあがりだ。小さな手を伸ばして克樹から受け取ると、さっそく口をつける。
んっんっと飲みこんでから、しかし急に顔を曇らせた。
「甘くない……」
「砂糖を入れていないんだよ、千夏ちゃん……」
いくら最新型の全自動といっても、甘さまで自動につかないんだから。
お姉さんと似ているなと思うのは、さっさと克樹に手渡して砂糖を入れさせるところだろうね。甘え慣れて育った彼女としては、それが普通と思っているのかもしれん。まあ、当の俺だって甘やかしている真っ最中なのだが。
「徹、あっちのソファーに運んで」
「はい、千夏お嬢様」
そう冗談めかして答えると、んふっと少女は笑う。
唇に笑みを浮かべて、またぶらぶらとつま先を揺らし始める。しかしそんな上機嫌は、ソファーに座る際にバランスを崩すまでだった。
腕を絡められたまま引き倒され、とさっと彼女に体重を預ける。脚を開いた彼女の上に乗ってしまい、悪いと言ったのだが瞳を見開いたままで返事をしてくれない。
ぐ、ぐ、と引き寄せられてゆく。大した力じゃなかったが、体勢が悪くてこらえきれずに体重をさらに預ける。
ぎゅ、と密着した。
日やけした太ももをワンピースからはだけさせながら、優しく左右から挟んでくる。いやそれよりも、ぷくっとした唇が本当にすぐそばにあって、またいつになく彼女が大人っぽく見えて……。
「兄貴ー、砂糖が切れてるけど、買い置きとかあるー?」
ぎょっくんと互いに跳ね起きた。
慌ててワンピースを整える彼女と視線を合わせて「なにいまの!?」と驚愕した。これまでに知らなかった空気が確かにあって、口をぱくぱくすることしかできない。
「た、棚の下に袋があるはずだけど?」
「お、あったあった。ちょっと待ってて」
そうお勝手の向こうからの返事を聞きながら、遅れて胸がドクドク鳴り始める。そして気づいたらお互いの顔が真っ赤になっていた。
あ、いや、分からなかったわけじゃない。最近になって急に彼女は女の子らしくなってきて、身体も丸みを帯びてきた。単なる子供じゃないと分かってはいたが、でもさっきのは驚いた。
急に無口になったその子は、だけど俺に視線を合わせたままだ。何を考えているのか、何をしたがっているのかも分からない。
まだドキドキする己の胸を抱いているのは、自分がさっき何をしようとしたのか思い出そうとしている最中だったのかもしれない。
そして彼女は現状に合わない――いや、もっとも適した問いかけを俺にする。
「徹、お姉ちゃんのこと……好きなの?」
その囁きには沈黙しか返せない。
すぐ隣にきちんとした彼氏がいる以上、そうだとは決して言えないし、この感情は俺の胸に抱えたまま墓場まで持っていくつもりだったから。
違うとも言えない。彼女の瞳は真っすぐで、嘘を簡単に見抜かれてしまう気がしたんだ。
だからずるい大人の代表として、質問に質問を返す。
「千夏ちゃんは好きな人がいるの?」
分からない、と答えられると思った。少し前に好きな人なんていないと本人から聞いたから。
だけどその問いかけが引き金になり、彼女はみるみる顔を赤くさせてゆく。一番驚いていたのは本人で、ぺたんと手で顔を覆いながら「わっわっ」と悲鳴を漏らしていた。
答えを言えないのはお互いさま。
でもこの日は千夏ちゃんのほうが偉かった。
お下げを揺らし、再び俺の首に腕を絡め、ちぅっと柔らかい感触を伝えてきたんだ。真っ赤な顔で。それでも薄目で俺をじっと見つめながら。
ジージーと聞こえてくるセミの鳴き声を聞きながら、そして窓に広がる青空を眺めながら、呆然としたことだけはよく覚えている。
一般庶民だからどんな光景なのかぜんぜん想像できないけど、あの天童寺姉妹の旅行先となるとすごく豪華な気がする。んもー、期待しちゃうなー。
そう思っていると、おーいと手を振ってくる子がいた。こちらも手を振り返すと、背もたれにしていた銅像から中学生の子は身を起こす。
帽子を被っているから男の子みたいに見えるけどちゃんとした女性だし、あの茜ちゃんの血族という時点ですでに将来は明るい。5年経ったらすんごい美人になっていそうで今から楽しみでもある。
リュックサックとデニム地の短パン、それに運動靴という組み合わせなので、これから田舎へ遊びに行くのかなという印象だ。
一方の俺はというといつも通りのスーツ姿であり、ここまで年齢的な差があると援交とは思われまい。いや、ほんとに違いますんで変な目で見るのはやめてくださいね。
「遅ーい、徹! 30分も待ったじゃん! 日が暮れちゃうよ」
「悪い、千夏ちゃん。急な会議に呼び出されちゃって。新商品の納期が遅れるとかなんとかでさ。そのぶん埋め合わせはするから」
「じゃあ許す。とりあえず喫茶店に行こ?」
そう言うとぶすっとしていた頬は元通りになり、自然と手を繋いでくれる。
夏休みを過ごす彼女と、会社帰りに待ち合わせをしたのはわけがある。いや援交とかそういうのじゃないからね。もっとずっと下らないこと……と思いかけたのだが、ちんまりした千夏ちゃんの雰囲気はどこか真剣で、本人にとっては下らないことじゃなかったかと思い直す。
いらっしゃいませの声と共に、空調のよく効いた店内が待っている。
談笑をする主婦や学生たちの姿が多く、千夏ちゃんが先導する形で空いている席を陣取った。
よいしょとクッションつきの椅子に座ると、さっそく背負っていた鞄を少女は開け始める。出てきたのは四角いノートパソコンだ。以前にも彼女の部屋で見せてもらったことがある。
「それ、お年玉かなにかで買ったの?」
「ううん、お父さんからの入学祝い。それと家事手伝いもセットで、どうにかお母さんも許してくれたの」
入学祝いでノートパソコンかー。最近のご家庭は裕福だなー。
でもパソコンはいつか嫌でも覚えることになるし、早めに覚えておいたほうがいいとお父さんは判断したんだろうね。まあ、夏休みにペンション旅行をするくらいのご家庭だから、うちと比べても仕方ない。
「それよりも徹、これを見て」
店員さんに適当な飲み物を頼んでいると、ずずっとモニターを向けてくる。覗きこんでみると小説投稿サイトらしき画面が映っていた。
「あ、これが千夏ちゃんの投稿した小説なの? そういえば夏休みにアップするって言っていたね」
指さされたところには「俺の料理スキルが異世界で荒ぶる」という題名、そして総合ポイント15という成績が書かれていて……俺が呼び出された理由はこれだなと気づく。
この手のサイトのことを大して知らないが、本屋さんに書籍がたくさん並んでいる光景はよく目にする。最近の流行りらしいし、小説家を目指す千夏ちゃんにとっては無視できない場所だろう。
「一週間、毎日投稿したけどぜんぜん伸びなくて、つまらないって思われているんだと思う」
「んー……どうなんだろな。まだ7話だろ? これから盛り上がってきたら別じゃないか?」
ちっちっち、と指を振りながら「ぜんぜん分かってないな」と偉そうな顔を彼女は浮かべる。総合ポイント15だというのに。
店員さんが運んでくれたアイスティーを手に取り、ありがとうと笑みを浮かべながらチューっと飲む。それから話の続きを聞かせてくれた。
「最初が駄目ってことは、この先いくら続きを書いたって、ここまで読む読者が同じように感じるってこと」
「そういうもんか。出だしが地味な小説なんていくらでもあるだろうに」
とはいえ彼女の小説を読んだことのある俺としては、精神を蝕むようなひっどい内容だったのに、よく評価するやつがいたなと感心する。試しに画面をカチカチ操作してみると読まれた回数などまで記録されているらしく、数百回も読まれていたことには驚いた。
「けっこう読まれてるね!」
「そ、そぉ? これくらい普通だと思うけど?」
脱いだ帽子で顔をぱたぱたしており、うっすら赤くなっている。瞳はそっぽを向いてるけれど、物書きとしてドキドキする時間を楽しめているようだ。
それから彼女は席を立つと、俺の肩にあごを乗せてきて画面を覗き込む。
「でも悔しいな、時間をかけたのにぜんぜん通用しなくって。徹、夏休みのあいだ、ボクのことを手伝ってくれない?」
ムリです。俺は文学なんてぜんぜん分からないし。
などと思って振り向くと、大きな瞳が「だめ?」と見つめてくる。腕に抱きついてくるし、ぷっくりと色づいた唇からもう一度「お願い」と言われると……んぐぐ、男に生まれた以上、可愛い子に頼られたら断れないって。
「手伝うよ。俺が力になればいいけど」
「やった! ありがと! じゃあさ、他の小説も試しに幾つか書いてみたから読んでみて!」
そう言いながら俺からマウスを奪うと画面操作をし始めるのだが、自然と首の後ろがむぎゅっと挟まれて温かくてですね、小説よりも周囲の目が気になって仕方ないです。
もー、頑張って仕事を終えたのに、これから苦行のような小説を読むのかー。可愛いんだから早いとこ諦めたらいいのにー。
などと思いながら一文字ずつ目で追うことになった。
うーーん、つまらん。
アイスコーヒーを飲み終えるころ、俺は胸中でそうぶっちゃけた。
千夏ちゃんは3つほど小説の出だしを書いていたらしい。先ほど言った通り序盤の面白さを試みていたのだろう。
しかし面白さというのは爆発などの派手さを出せば良いかというとちょっと違う気がする。まともに本を読まない俺の意見だけど、少なくとも面白いとは感じなかった。だけど今のは俺だけの感じかたに過ぎないし、千夏ちゃんが正しい可能性もあるので難しい。
「ふーむ、そもそもどういうのが受けるのかさえ分かっていないのか。あとで俺も調査してみようか」
「あ、他の小説のこと? 確かにそうだね。ボクは書いてばかりでほとんど読まなかったし、どういうのが評価されやすいか分からないんだ」
なるほどね、と声に出さずに呟く。
千夏ちゃんは泥んこ遊びみたいに形を作って遊んでいるんだ。それが面白いかどうか、市場で受けるかどうかを考えず。
俺に小説の知識はまったく無いが、商品という目線では営業マンとして役立てるかもしれない。いわゆる調査と分析、そして傾向を見る術は俺のほうがあるだろう。
「ン、分かった。当面、俺は対策を考える方向でいくか。千夏ちゃんは、それまでにいま書いているものの続きを……ん、他にも書いてるのがあるのか?」
「あっ、それは見ちゃだめ!」
ふと「ボツ集」というフォルダを開くと、いくつかのファイルが表示される。慌てて千夏ちゃんが邪魔をしかけたが、そのときにはもう小説が立ち上がっていた。
どれどれ『太ももが開かれていくと、そこはぬらぬらと粘液にまみれていて』って、うわっ、これはエロ小説か!
「ぎゃあああ、やだあああーー!」
待って待って、後ろから全力で目をふさいでくるけど、美少女の書いたエロ小説なら読みたくて読みたくて仕方ないじゃん。さっきまで精神汚染を受けるほどのゴミばかり読まされていたんだし、俄然やる気になってきたぜ!
「駄目だったらああーー!」
大きな声が響き渡り、喫茶店から追い出されたのは言うまでもない。
「もー、馬鹿! もー、馬鹿! 徹の馬鹿! 絶対に読むなって言ったじゃん!」
ぷりぷり怒る千夏ちゃんは、ノートを腕にかかえており絶対にもう読ませないという不動の構えだ。
そして俺はというと隙あらば読みたいので、指をわきわきさせている。たぶん半分くらい性犯罪者に見える動きだ。
場所は変わり、俺たちは千夏ちゃんの部屋までの移動を済ませている。外は暗いしそろそろ帰らないといけない時間なのだが、彼女を怒らせたままというのは気が引ける。
「悪い悪い、冗談だ。続きがつい気になっちゃって」
「えー、なにそれ。他の小説を読んだときとぜんぜん反応が違うー。なんかやらしー」
ちょっと男子ーみたいなじとっとした目で見られているけど、書いたのは君だからね。
大丈夫、ノートパソコンを奪ったりしないから。そう両手を広げて一歩ずつ下がり、彼女のベッドに腰を下ろす。するとようやく安心してくれたのか、ほおっと彼女は安堵の息を吐き出した。
しかし千夏ちゃんはお子様とばかり思っていたけど、そういうものを書けるのか。書けるということは知識だけでなく好奇心を持ちあわせているだろうし、中学生らしく微妙なお年ごろになったのかもしれない。
ふーむと唸ってから俺は口を開く。
「冗談とかじゃなくて、試しに読ませてくれないか?」
「は!?」
「俺は千夏ちゃんの味方だし、面白いかどうかをちゃんと判断するから」
「えっ、だっ、だって! だめだめだめ、無理っ!」
くそったれ、ガードが堅いな! 真面目な感じて言ってみたら平気かなーと思ったが、そう簡単にはいかないか。
正直に言おう。俺は千夏ちゃんのエロ小説が読みたい。これだけ可愛い子が書いたと思うだけで、そこいらのエロ本なんて比較にならないほど興奮する。
例えばだ、文中に「おちんちん」と書いてあったとする。それだけでもうたまらん。たまらんって。小さな子がキーボードで「おちんちん」と打つんだぞ? その光景を思い浮かべるだけで……すごく興奮しちゃう。
表面上だけは静かな表情でありながらアホなことを考えていると、おそるおそるという風に千夏ちゃんは問いかけてくる。
「な、なんでそんなに読みたいの?」
「うーん、なんでかな。うまく言えないけど、千夏ちゃんが言っていた『面白さ』ってなんだろうと考えたんだ。出だしだけしか読めなかったけど、一番キャラクターがしっかりしていて、そこに面白さの答えがあった気がしたんだ」
感情の起伏を見せず、ごく自然と俺はそう言う。
全力で己の欲望を覆い隠し、決して性的な視線などではないと訴えた。ある意味で面白そうだというのは嘘じゃないからな。純粋なエロ目的だし。
「……じゃ、じゃあ、ちょっとだけ。一番新しいやつだけね」
おいでおいでと手招きされた俺は内心でガッツポーズをしながら近づいた。
さーて、美少女の書く官能小説かー。オラわくわくしてきたぞー!
ふむ、と唸る。
思っていたよりしっかりしている。
もちろん文章はすごく稚拙なんだけど、ところどころが生々しい。油断したときにリアルな感覚が伝わってくるから驚かされるんだ。
また珍しいことに、少女趣味ともいえる愛を囁くような甘ったるいシーンがまったく無い。
好きだとも言わずに相手のお尻をかかえ、ゆっくりと挿入していくシーンなどは逆にリアルで、また性的な匂いを覚える。
女性がゆっくりと喘ぎ声を響かせたとき、その小説は終わった。まだここまでしか書かれていないらしい。
「ど、どう……?」
心細そうな声に振り向くと、千夏ちゃんはベッドに座っていて、どこから取り出したのかぬいぐるみを腕に抱えている。
思わず即答できなかったのは、その可愛らしい外見とはまったく異なる内面を感じたからだ。文章を通じて彼女の新たな面を見た、というべきか。
「面白かった」
「え、うそ! ほんと!?」
「少なくとも俺は続きを読みたい。どうしてそう感じたかというと、この雰囲気は千夏ちゃんにしか書けない気がするからなんだ」
どういう意味なのかと小首を傾げてくる。書き手はたくさんいるのに、どうして自分にしか書けないのかと不思議そうだった。
俺としても感覚だけの話なので「うまく説明できるか分からないけど」という前置きを挟んで口を開く。
「女性の視点で書いているのが新鮮だった。俺もこの手のものを読んだことがあるけど、ほとんどは男性視点なんだ。書き手の大半が男性なんだから、そりゃそうだって話しだけど」
じっと見つめてくる様子は、俺の言ったことに嫌悪感などを見せていない風だった。
読者の意見に耳を傾け、どう感じたのかを聞きたがっている。そんな表情だと思い、言葉の続きを口にした。
「こう感じるんだなって思ったよ。俺には分からなかったけど、女性がどう思い、どう感じているのかがちょっとだけ伝わった。全身が静電気に包まれて、だんだんなにも考えられなくなっていくところの描写がすごくうまい」
「そ、そこ、ボクもすごくうまく書けたなって……自分でも思ってた」
いつの間にか顔が真っ赤になっている。視線を合わせられなくなり、明後日の方向を見ながらの答えだった。
足をぶらぶらさせていて、余程の感情があったのか腕に鳥肌を立たせている。それはこれまでに見せたことのない彼女の顔だ。
考えてみれば、俺がちゃんと褒めたのは初めてだ。今までは表面上だけ取り繕ったものだったのに、内容だけでなく雰囲気まで言及したという褒め言葉の変化を感じただろう。
せわしなくて落ち着きはないけれど、絶えず少女は思考を働かせている。それは書き手としての喜び、相手に何かを伝えることの楽しさを感じているよう俺の目には映った。
は、は、と浅い深呼吸を繰り返してから、少女はごくっと喉を鳴らす。そしてまだ赤い顔をこちらに向けてきた。
「続き、読みたい?」
「もちろん。あ、だけどこの内容だとさすがにネットに載せられないのか」
「そういうサイトに載せればいいだけだよ。幾つかあって、そのうちの最大手が……」
と、そのときコンコンと戸をノックされて、俺と千夏ちゃんはびくっとした。ダッシュした彼女はまるでエロ本を隠すようにノートパソコンを閉じ、そして俺に「黙ってて!」と目で合図をしてからまた駆け戻っていく。
「千夏ー、お夕飯ができたから……あら、お兄さん!」
がちゃっと開いた先には、エプロン姿で驚いた顔をする茜ちゃんが立っていた。そういえば慌てて駆けこんだから、挨拶もしていなかった。
俺は鼓動を押さえながら、しゅたっと片手をあげた。
「や、やあ、こんばんは。ついさっき遊びに来たところだったんだ」
「そうでしたか。来ていたのなら挨拶くらいしてくれても……それで、なにをして遊んでいたの?」
千夏ちゃんに顔を向けてそう言うと、ぎょっくんと小さな肩が跳ねる。唇を変な形にさせているし、瞳はだんだん明後日の方向を向いていくが……おいおい、怪しいにもほどがあるだろ! なんて演技が下手なの! 恐ろしい子!
しばらく妹の様子をじっと見つめていた茜ちゃんは、くるんと顔を俺に向けてくる。気のせいか彼女の背後に見えたオーラは「鷹」だった。獲物を狙って急降下してくるときのアレな。
「……お兄さん。私、聞きたいことがあります」
表情は落ち着いており、大きな瞳で瞬きをする様子は可愛らしいくらいだ。しかし一歩彼女が近づくと、つい後ろに下がりたくなる。だんだん距離を詰められると、共犯者にでもされてしまった心境だ。
「な、なにかな、聞きたいことって?」
「簡単なことです。お兄さんならすぐに答えられると思います。あ、もしも後ろめたいことをしていたら即答できないかもしれませんね」
にじ、にじ、と寄ってくる。
その背後では千夏ちゃんが「そっちから逃げて!」と口をぱくぱくさせており……え、窓を突き破れってこと? 嫌だよ! なに考えてんの!?
しかしそんなやりとりをしている暇は無かった。エプロンに包まれた大きな乳房から触れられてしまいそうなほど近づかれて、そしてボソリと俺にしか聞こえないくらいの声で囁いてくる。
「エッチなこと、してませんよね?」
「え? あ、それは無いです」
即答するとしばし彼女は瞬きをし、ほっと肩の力を抜く。
俺としても安心したよ。そんなこと考えてもいないし、千夏ちゃんは妹同然だから。
あ、いや、エロ小説のことを熱く語っていたのだし、彼女の疑いはそれほど間違っていないのか?
「まあいいや。そろそろ遅いし帰ろうと思ってたんだ。千夏ちゃん、こっちでも調べられることを進めておくから、なにかあったらSNSで」
「うん分かった。徹、こんな時間までありがと」
俺と千夏ちゃんの会話を、お姉さんは怪訝な表情で見つめていた。気のせいか少しだけ腹を立てていたように見えたが……ただの気のせいだろうか。
夜道を帰る途中、ペコポンと携帯が鳴る。
画面にはSNSの千夏ちゃんのアイコンがあり、また端的なメッセージが書かれていた。
『あれからずーっとお姉ちゃんがすっごくうるさいから、しばらくトールの家で執筆する!』
あらら、茜ちゃんがのけ者にされちゃった。
気になって気になって仕方ないのは分かるけど、まさかエロ小説を書いているなんて言えないわな。こればっかりは俺も千夏ちゃんの味方にならないといけないし……うーん、難しい!
◆
そういうわけで、宣言通り千夏ちゃんは朝っぱらから遊びに来た。とはいえ大先生の執筆を邪魔してはいけないので、俺は庭先の水やりだ。
ジャッとホースで鉢植えに水を撒いていく。この時期は水やりの時間に気をつけないといけなくて、なるべく朝夕にこなすのが最近の日課だ。
「ま、こんなもんか。そろそろ様子を見に行くかね」
そう呟いて玄関に戻ると、きゃいきゃいはしゃぐ声が聞こえてくる。ひょいとリビングを覗き込むと最新型の珈琲メーカーをいじくる千夏ちゃんと克樹の姿が見えた。
先生ー、頼みますよー、締め切りが近いんですからー。などとジト目で眺めていると、小さな子がくるんと振り向いてくる。
「徹、徹、カフェラテ作って!」
だだーっとおさげを揺らして駆けてきたけど、全自動なんだからスイッチを押すだけでしょ。と思いつつも私服のワンピース姿がちょっと可愛い。日やけした手足を覗かせて、くりくりの瞳が近づいてくると構ってやりたくて仕方ない。
「どれ、俺のテクニックを披露するときが来たか!」
勢いをそのまま抱きあげると「きゃーい」と俺の首に腕を絡めてくる。お尻を支えるとズシッと重たくって、なんとなくお米の袋を抱えている気分だ。
触れてくるお下げがくすぐったいし、上機嫌に足をぶんぶん振っているし、やっぱり千夏ちゃんは可愛いね。
近づいていくと克樹がミルクをセットしているところだった。前に買ったこの珈琲メーカーは全自動式なので、好みの挽き具合を決めるだけであとはボタンを押すだけで済む。
目の前の子は好奇心でうずうずしている様子なので、操作方法を簡単に教えてやると無垢な瞳はさらに輝きを増す。
近づけてやると少女は指を伸ばし、そして機械が唸り始めた。
もりもり削られていく豆と、エスプレッソの抽出音が響くのは中学生にとっても楽しいらしい。ひょっとしたらこういう機械が好きな子なのかもしれん。
コップに注がれていく液体を「わー」としがみつきながら覗き込む。ふかふかの胸が当たっているのも気にならないらしく、どうして天童寺姉妹は揃ってガードが緩いのかと将来を心配してしまうよ。
「お、おーー!」
シュコーーとキメの細かい泡が生まれると、カフェラテのできあがりだ。小さな手を伸ばして克樹から受け取ると、さっそく口をつける。
んっんっと飲みこんでから、しかし急に顔を曇らせた。
「甘くない……」
「砂糖を入れていないんだよ、千夏ちゃん……」
いくら最新型の全自動といっても、甘さまで自動につかないんだから。
お姉さんと似ているなと思うのは、さっさと克樹に手渡して砂糖を入れさせるところだろうね。甘え慣れて育った彼女としては、それが普通と思っているのかもしれん。まあ、当の俺だって甘やかしている真っ最中なのだが。
「徹、あっちのソファーに運んで」
「はい、千夏お嬢様」
そう冗談めかして答えると、んふっと少女は笑う。
唇に笑みを浮かべて、またぶらぶらとつま先を揺らし始める。しかしそんな上機嫌は、ソファーに座る際にバランスを崩すまでだった。
腕を絡められたまま引き倒され、とさっと彼女に体重を預ける。脚を開いた彼女の上に乗ってしまい、悪いと言ったのだが瞳を見開いたままで返事をしてくれない。
ぐ、ぐ、と引き寄せられてゆく。大した力じゃなかったが、体勢が悪くてこらえきれずに体重をさらに預ける。
ぎゅ、と密着した。
日やけした太ももをワンピースからはだけさせながら、優しく左右から挟んでくる。いやそれよりも、ぷくっとした唇が本当にすぐそばにあって、またいつになく彼女が大人っぽく見えて……。
「兄貴ー、砂糖が切れてるけど、買い置きとかあるー?」
ぎょっくんと互いに跳ね起きた。
慌ててワンピースを整える彼女と視線を合わせて「なにいまの!?」と驚愕した。これまでに知らなかった空気が確かにあって、口をぱくぱくすることしかできない。
「た、棚の下に袋があるはずだけど?」
「お、あったあった。ちょっと待ってて」
そうお勝手の向こうからの返事を聞きながら、遅れて胸がドクドク鳴り始める。そして気づいたらお互いの顔が真っ赤になっていた。
あ、いや、分からなかったわけじゃない。最近になって急に彼女は女の子らしくなってきて、身体も丸みを帯びてきた。単なる子供じゃないと分かってはいたが、でもさっきのは驚いた。
急に無口になったその子は、だけど俺に視線を合わせたままだ。何を考えているのか、何をしたがっているのかも分からない。
まだドキドキする己の胸を抱いているのは、自分がさっき何をしようとしたのか思い出そうとしている最中だったのかもしれない。
そして彼女は現状に合わない――いや、もっとも適した問いかけを俺にする。
「徹、お姉ちゃんのこと……好きなの?」
その囁きには沈黙しか返せない。
すぐ隣にきちんとした彼氏がいる以上、そうだとは決して言えないし、この感情は俺の胸に抱えたまま墓場まで持っていくつもりだったから。
違うとも言えない。彼女の瞳は真っすぐで、嘘を簡単に見抜かれてしまう気がしたんだ。
だからずるい大人の代表として、質問に質問を返す。
「千夏ちゃんは好きな人がいるの?」
分からない、と答えられると思った。少し前に好きな人なんていないと本人から聞いたから。
だけどその問いかけが引き金になり、彼女はみるみる顔を赤くさせてゆく。一番驚いていたのは本人で、ぺたんと手で顔を覆いながら「わっわっ」と悲鳴を漏らしていた。
答えを言えないのはお互いさま。
でもこの日は千夏ちゃんのほうが偉かった。
お下げを揺らし、再び俺の首に腕を絡め、ちぅっと柔らかい感触を伝えてきたんだ。真っ赤な顔で。それでも薄目で俺をじっと見つめながら。
ジージーと聞こえてくるセミの鳴き声を聞きながら、そして窓に広がる青空を眺めながら、呆然としたことだけはよく覚えている。
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