こいつ弟の彼女だから【R18】

まきします

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それぞれの過ごす冬

それがなにかと言いますと

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 机に並んだ参考書。
 窓に広がる空は、気の滅入る鼠色。

 加湿器をかけた室内は少しだけ寒くって、鉢植えに並んだ多肉種……サボテンたちも色をほんのりと赤く染めている。ぽろりと落ちた多肉は春には根を出すので、来年はもっと窓際が賑やかになるだろう。

 マグカップに入れたほろ苦い珈琲をひとくち飲み、ほうと息をついてから視線をまた参考書とノートに戻す。

 綺麗な字、落ち着いた字がなんとなく好きだ。
 また、闇雲に覚えるのではなく、なるべく理路整然と並べて理解しようとする癖が私にはあった。

 そう、私にも実はいくつかの癖があり、そんな余計なことばかりをよく考える。たぶん長い長い勉強によって左脳ばかりを酷使しているので、右脳が暇をもてあましているのだろう。だから雑談のようにイメージをもやもやと勝手に浮かべるのだ。

 観葉植物が好きなこと。
 芽を出したり葉を広げたりする小さな変化を観察すること。
 そして安心できる相手だと分かるまで、決して心を明かさないところ、とかとかとか。

 ラジオや音楽などは一切つけないのも私の癖だろうか。カシカシとボールペンの音を響かせながらそう思う。

 窓の外から響いてくる風の音、車の走る音、小鳥たちが会話をする声とか、そういうので十分だ。余計なことを頭に入れる余裕はなく、音楽を楽しむ暇もない。

 この犬の絵がついた文房具も、いつの間にか集めたがる癖がついていた。ふたつ、みっつと数を増していき、最近になってようやく好きなキャラクターなのだなと気づいた。
 私こと茜は、そんな風に人と比べて抜けているところがあるようです。

 卓上照明によってペンの影がはっきりとした濃さとなり、いくつもの記号や図形を理路整然と並べ始める。それはどこか絵画のような面白さ、意味の分からないものを参考書の手引きによって解釈して、ひとつずつ理解していく様子を示している。

 受験勉強自体に大した興味は無いが、単純に私がどこまでできるのかという線引きをする上では面白い。
 チャレンジ精神などという大それたものでもない。このような経験をすることなど人生においてそう何度も無いし、だったらこの冬くらいは真面目にやってもいいだろう、と思う。

 そんなことを考えながら、次々と難解な記号や図式を整理してゆく。春に向けて、せっせと種まきの準備をするように。

 そうだ、癖といえばもうひとつあった。
 どうやら女子高生に似合わないほど、私には物を欲する欲があるらしい。この収集癖のついた文房具より、もっともっと強い――欲望と言っても差し支えない。

「それがなにかと言いますと……」

 ハッとして、口を閉ざす。
 ついついひとりごとを漏らすのも、きっと右脳が退屈しているせいだ。遊ぼうよといつも語りかけてくるし、そんな誘惑に駆られてスマホの画面に視線を向けてしまう。

 とん、と指で触れてみると着信メッセージは一件も無かった。

 むすっと頬を膨らませても、お兄さんに見られているわけじゃないから構わないわ。子供っぽくないし、別にいじけたりしていません。

 それが何かと言いますと、
 と再びペンを走らせながら考える。

 私の場合、いいなと思った人を絶対に手に入れることだ。手元に置いておきたくて仕方ないし、許されるなら監視カメラでずっと眺めていたい。
 実はそういう暗い性格をしていて、実はそんな性格をお兄さんには気づかれている、と思う。

 だからペコポンと着信音が鳴る。

『お疲れさま、茜ちゃん。こっちは仕事が終わったよ』

 もうそんな時間かと思いながら、くすっとたまらず笑った。こんなテキストなんかで胸の奥が温かく感じるなんてずるい。

 ふざけていてもやっぱり徹さんは年上で、たまに手の上で転がされているような気さえする。
 でも、最近はあまり子ども扱いされるのも気にならなくなってきたのかな。思い返してみると、大人っぽくなろうと背伸びをしていた記憶もある。

 暖かい縁側で丸くなる猫のように、彼が用意してくれた場所でゆっくりするのも案外と悪くないわ、と最近は思うのだ。

 うーん、と大きく伸びをした。
 こうして無駄に多くのメッセージを送らないのも、遊びを誘ってこないのも――エッチをしないのも――みんな理由は分かっている。受験勉強を邪魔しないという私を想ってのこと……というだけじゃない。

『少なくとも交際は受験を終えてから』

 という父からのキツいキツい厳命を受けては、いくら彼でもおいそれと手を出せまい。

「まったく、あのクソジ……お父様め」

 だんっと机を叩いた。
 愛らしい犬のイラストがついた文房具が思いきり握りしめられて、悲鳴を上げた気もする。

 忌々しいことこの上ない。
 伊豆での一件……うっとりするくらい密度の濃い時間を過ごせていたというのに、裏で父が画策したことによって台無しにされてしまったのだ。これに怒らなくて何を怒るというのか。

『まだ茜は学生の身だ。男との交際は許さない』

 せっかく自宅まで徹さんが挨拶をしにきたというのに、父はその一点張りだった。あまりにも冷たい対応をされて、ふつふつと怒りを溜めてしまうのも仕方なかったなと思う。

 ぶるっと父と徹さんが震えたのを覚えている。
 おそるおそるという風に二人は私を振り返り、あのときはまるで魔女を目にするような顔をしていた。失礼ね。

『あ、茜ちゃん? まずはお父さんの話を聞こうね?』
『そ、そうだぞ、茜。いまは大事な話をしているところで……』

 あらそう、と軽く応えてから私は笑う。
 たぶんこれは天童寺家の持つ血なのだろう。そもそも交際を認めないような者は敵なのだ。容赦などしなくて構わない、と冷徹になってゆくのは母譲りだ。

 普段おっとりしているぶん、母の言葉は強い。
 あらそう、困ったわ、と呟いて相手を油断させてから、鋭い一手で戦況を切り裂くのだ。

 私もそれに倣い、淡々と東伊豆での一件に踏み込んでいく。犯罪紛いのことをして、さらには叔母さまを差し出すような真似をしておいて、どうして親としての話をすることができるのか、と。

 まずはそのようにふつふつと湧く怒りをそのままに外堀を埋めてゆくとしよう。
 父は父で倫理感という世間一般でいうところの「常識」をもって一斉抗戦に出ようとするのだから……やっぱり男を崩すのって簡単なのね、とほくそ笑む。

『そ、それもお前のことを想ってこそだ。茜はまだ子供なんだぞ』
『じゃあ、お母様にはもうこのことを伝えているのね?』

 美しい笑みと共にそう告げると、ぎしっと父は固まった。
 その空白の時間は、まるで砲弾に崩されてゆく薄汚い歩兵を眺めるようで爽快だ。なるほど、母はいつもこんな思いをして楽しんでいたのかと思う。

 そして譲歩に譲歩を重ねた結果、先ほどの「交際は受験を終えてから」という形で落ち着いたのだ。

 思春期になると親を嫌うらしいが、しかしまさかこんな形で味わうことになるとは思わなかった。
 非常に腹立たしいし、徹さんとまともに話もできないのだから、もちろん父とだって極力口をきかないようにしている。

 ただ、そうなると日に日に私の欲だけが溜まっていく。
 声を聞きたいし、たまになら甘えてもいいじゃない……という風に、ここぞとばかりに右脳が誘惑するのだから、きっとそれが受験生だけに分かる苦しみなのだろう。

 あと3時間。
 そうしたらお風呂に入り、食事をする時間がある。
 そのときにメッセージを送りたいな、と思いながらノートに記号や図形を散りばめていく。
 星座のように埋まってゆく紙を楽しみながら。

 勉強がそんなに嫌いじゃないのも、たぶん私の癖であり個性なのだろう。
 そんなことを考えた。


 ◆


 受付嬢に頭を下げて、自動ドアを通って外に出る。
 すると葉をすっかり落とした街路樹が待っており、夏よりも冬のほうが外回りするのって大変なんだよな、ということを今年も思う時期になった。

 言うまでもなく冬場のほうがキツい。
 動物を見れば分かるけど、暑さよりも寒さ対策のほうがずっとしっかりしているんだし。
 逃げ場が無いんだよねー、寒さって。日陰に入ればセーフなんてことはなく、防寒対策をきっちりしていないと泣きを見る。
 手がかじかむだけでなく、お給料の面でもさ。

 収入ばかり気にしてもいられないけれど、大人にとっては経済力というのも大事なんだ。
 特に茜ちゃんみたいなお嬢様と一緒になるためには。

 いや、言葉が足りなかった。
 お父さんに認められるためには、と言うべきだ。

「だけどさ、受験が終わるまで会うなとか、厳しすぎるだろ。あのクソジ……お父様め」

 だから今年だけは寒さはあんまり気にならない。
 それよりもこの冬が終わるのを待ち望んでいる。もちろん彼女が志望校に受かることは、それ以上に大事なことだ。

「がんばれよ、茜ちゃん」

 そう呟いて、マフラーを首に巻きながら真っ暗な夜空を見上げた。
 弟の克樹だってそうだ。みんな真面目にがんばっている。がんばれ、がんばれ、と学生たちを俺は応援し続けていた。

「さて、あとの仕事は……」

 商談をつつがなく終えたので、あとはもう帰宅して構わない……のだけれど、本日はもう一件、追加のお仕事があったりする。

 それがなにかと言いますと……。
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