【完結】アリスゲーム

百崎千鶴

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第2話 双子

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「殺さ、れ……?」

 さっきのウサギ男といい、この『サタン』を名乗った男といい、殺されるだの死ぬだの……先ほどからいったい何の話をしているのだろうか?全く理解ができない。いいや、理解したくもない。
 そんな私をよそに、サタンは腕を組んで静かに瞼を伏せると、低く落ち着いた声で話し始めた。

「これは……このゲームは、相手の反応で鬼が誰なのか分かるような、簡単な鬼ごっこじゃない」

 少しの間を置いて彼は瞼を持ち上げ、首を傾げる私に目をやり「わかるか?」と問う。「少しだけ」と頷けば、短く鼻で笑った後ふいと目を逸らしてしまう。

「さすがのアリスでも、ババ抜きのルールくらいは知っているだろう。ババ抜きに必要なジョーカーは一枚。だが、トランプの束にジョーカーは二枚ある」

 鋭い目線が私を捕らえた。
 トランプにはジョーカーが二枚。先ほども同じ話をウサギ男から聞かされたが、今回の『ゲーム』に何の関係があるというのだろうか。

「つまり……ジョーカーは二人、アリスを狙う鬼も二人」
「二人? 二人、も……? 二人がかりで私を殺そうとしているって言うの!? 冗談じゃない! そんな馬鹿げたゲームに付き合っていられないわ!! 早く私を元の世界に帰して!!」

 サタンの胸ぐらを掴み声を荒げるが、彼は顔色一つ変えずに私を見下ろしている。それがさらに私を苛立たせ、感情に任せて片手を振り上げた。
 だが、サタンはそんな私の手首を掴むと、宥めるような低い声で「落ち着け」と囁く。 

「離して!」

 彼の手を振り払おうともがくが、所詮は男と女。力の差は歴然で、びくともしない。

「アリス、落ち着け。ババ抜きで存在する『ババ』の偽物ジョーカーは一枚、もう一枚は本物だ。本物の『ジョーカー』を見つける事が出来れば、お前を元の世界へ帰してやれる」
「じゃあ、本物が誰なのか教えてよ!」
「それはできない。そんなことをすれば、ここの住人は『ルール違反』で死んでしまうからな。アリスは……人殺しには、なりたくないだろう?」

 人?ウサギの耳を生やした男や、牙が生えて耳の尖った自称『サタン』の男が、普通の人間だと言うの?
 クスリと嘲笑すれば、サタンは興味深そうに目を丸めて私を見た。少しして、私が落ち着きを取り戻したとようやく理解したのか、掴んでいた手をゆっくりと離す。

「アリスが“また”この国へ来た時点で、ゲームに参加するしないの話ではなくなっているんだ。ゲームで勝つ……つまり、本物のジョーカーを見つける以外の帰り方は存在しない。さっき言った通り、俺はお前が殺されないように、最低限の努力と協力はしてやろう」

 最低限とは、どの程度を意味しているのだろうか。
 聞いたところでこの男が答えてくれるわけがない、直感でそう判断した。

「……ええ、そうね。この馬鹿げたゲーム……私は、参加する。いいえ、参加“するしかない”。私は……元の、平和で幸せな日常に帰るの」
「……そうだな……さあ、アリス。ジョーカー探しを始めよう」



 ***


 
 突然、サタンが両腕で抱きしめるように私の体を包み込んだ次の瞬間には、目の前の景色が変わっていた。
 深く生い茂る森の中。そこに今、私はたった一人で立っている。どれだけ進んでも景色は変わらず、いい加減に嫌気が差してきた頃だ。
 道端にあった切り株に腰を降ろし、これからどうしましょうと考えを巡らせていた時、ふと小さな声が耳に届く。

「……誰?」

 その声は少しずつ大きく……いや、こちらへ近づいてくる。反射的に振り返ると、見知らぬ子供が二人、仲良さげに手を繋いで立っていた。

「あ! アリスだ!」
「本当だ、アリスだ!」
「久しぶり。私は、兄のハンプティ」
「私は、弟のダンプティ」
「また、よろしくね」
「また、仲良くしてね」

 よく似た見た目によく似た声、見るからに双子の子供たち。新しい玩具でも見つけたかのように、らんらんと輝く瞳で私を見て会釈をすると、楽しげに弾む声で話しかけてきた。

「ねえアリス、鬼ごっこの由来って知ってる?」
「知ってる?」
「し、知らないわ……」
「じゃあ教えてあげよっか!」
「あげよっか!」

 二人は手を繋いだまま輪を作るようにくるくると私の周りを回った後、お互いにぴたりと頬をくっつけながら寄り添って語り始める。 

「昔々、まだ鬼のいた時代。ある所に、食べ物も飲み物も少ない、それはそれはとても貧しい村がありました」
「貧しい村の住民は、毎日一人、鬼に食われておりました」
「村の住民、主に男共は毎日鬼に恐れながら暮らし、女子供は、次は誰が食われる番だろうかと怯えながら暮らしておりました」

 昔話だろうか。いまいち理解できずに小首を傾げると、二人は意味ありげにニコリと笑った。

「鬼は毎日、増えていきます」
「最終的に、村には鬼だけが残りましたとさ」

 ……これで終わりらしい。

「それが、鬼ごっこと何の関係があるの?」

 そう問えば、二人は不思議そうに目を丸めて私を見る。数秒間ぱちくりと瞬きを繰り返した後、お互いに顔を見合わせ「ああ、アリスは無知だから」と声を揃えて言ってのけた。
 その言葉に、思わずむっとしてしまう。

「つまりねえ、」
「最終的に村に残った鬼は、」
「食べられちゃった、」
「女と子供達ってことだよ!」

 鬼が、食べられた者達……?

「それでも一番怖いのはさ、」
「村人を食べてた鬼って言うのが、」
「村人達だったってことだよね」

 無邪気に放たれた言葉で、ぞわりと背筋に寒気が走り、思わずゆっくりと後ずさった。

「鬼から鬼へ、繋がる連鎖」
「食べられた女子供からまた食べられた女子供へ、繋がる恨みの連鎖」
「恨みが恨みを呼び、」
「鬼が鬼を食い、」
「気づけば最後、」
「村には鬼だけが残りましたとさ」

 今まで私の周りをくるくると歩き回っていた四本の足が、目の前でピタリと歩みを止める。

「ついでに言えば、」
「トランプでジョーカーは、」
「何にでもなれるんだよ」

 お互いに指先を絡める二人の手。歌でも口ずさむかのように、綺麗なハーモニーで重なる声。

「ジョーカーともう一枚、手を繋いでもジョーカーは一枚」
「でも私達、ハンプティダンプティは二人で一つの卵。一人がジョーカーになれば、二人はジョーカー」
「さようなら」
「大好きなアリス」

 突然、二人の手に現れた銀色のナイフ。その切っ先は、私の左胸目掛けて真っ直ぐに振り降ろされた。 
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