【完結】アリスゲーム

百崎千鶴

文字の大きさ
29 / 66

第28話 イカレウサギという存在

しおりを挟む
「放っておけばよかったのにさ!」
「……そんな事できるわけないだろ」

 本人が目の前に居ても関係なしに、更にオブラートに包みもせず直球で文句を言う性格のジャックは、先ほどのあれこれについての不満を面と向かって私にこぼしている。

「キングがアリスの世話を焼くのは、勝手にしたら良いんじゃないかと思ってるけど……このままじゃあ、自分の身を滅ぼすぜ? キング」

 時計屋さんの隣に腰掛けているジャックは、時計屋さんが逃げられないよう肩に腕を回したまま耳元に口を寄せて呟いた。

「……お前までエースと似たような事を言うのはやめろ。俺がどうするかは、もう自分の意思で決める事ができるんだ……俺は、好きにさせてもらう」

 時計屋さんはジャックの腕をやや強引に振り払うと、立ち上がってティーポットにお湯を注ぎ始める。
 ジャックはといえば、塩対応にめげる事も気にする様子もなく「ははっ! ま、そうだよな!」と相変わらずの笑顔を浮かべていた。

「……あの……私、気分転換に出かけてくるわ」
「……アリス、俺も一緒に行こうか?」
「……大丈夫よ。ありがとう、時計屋さん」

 心配そうに眉を寄せて私を見る彼に、精一杯の笑顔を向けて玄関をくぐる。 
 その間、ジャックはずっと何か考え込んでいるかのように遠くを見ていた。



 ***



 森の中をしばらく歩いて辿り着くのは、帽子屋さん達がいつもお茶会をしている公園。

「帽子屋さん、ごきげんよう」
「アリス……!?」

 突然の来訪でとても驚かせてしまったらしく、彼はこちらを向くと同時に片手に持っていた食べかけのマフィンをころりと落としてしまった。

「あ、」

 地面へ着地した拍子に土の衣をまとってしまったマフィンを、名残惜しそうな眼差しで見つめる帽子屋さん。
 思わず笑ってしまうと、彼は「おい、笑うな」と頬を朱色に染めて私を睨みつけた。

「まったく……来るなら先に時計屋に伝えて、」
「あら、来ちゃまずかったのかしら? 不快にさせてしまったのなら、大人しく帰るとするわ」
「…………いや、嬉しい……帰る必要はない……」

 いよいよ耳まで真っ赤になっている帽子屋さんを見て、ついつい口元が緩んでしまう。
 少しの間を置いてから「座るか?」と隣の席を指差した彼に、

「いいえ……今日は、遠慮するわ。ありがとう」

 そう言って笑みを向ければ、「そうか、わかった」とやわらかい微笑みを返され、今度は私の頬に熱が集まる番だった。 

「……あれ?」

 そこでようやく違和感に気が付く。
 いつもの公園。そのはずだけれど、いつもと違う……何かが、足りない気がした。
 何だった?思い出せ……いつもと違うもの、足りないものを。

(……!!)

 あ、

「ね、ねえ……帽子屋さん。イカレウサギ、は?」

 ああ、そうだ。
 いつもなら、私の姿を見た瞬間に凄まじい速さで駆け寄って来て、何度も私の名前を呼び、嬉しそうに笑いながら紅茶やお菓子を差し出してくれていたイカレウサギの姿が、今日はどこにも見当たらない。

(珍しい……)

 いつもイカレウサギが腰掛けていた席を眺めていると、全く感情のこもっていない帽子屋さんの冷たい声が鼓膜を震わせた。

「ああ、イカレウサギか。アイツは消えた」

 消え、た……?

「……え? えっと……どこかへ行ってしまったの? それとも、家出?」

 そもそもこの場所を『家』と呼んでいいのかすら疑問ではあるが、この際そんな細かい事はどうでもいい。

「いいや。言葉通り、そのままの意味だ。目視できる『イカレウサギという存在』は消えた」

 帽子屋さんは無表情のまま、先ほどと同じ話を繰り返す。
 そのままの意味で、消えた?それは……つまり、

「イカレウサギは、消えてしまったって……もう、この国のどこにもいないって……そういう意味……?」
「ああ、そうだ。元々だった。アリスが気にする必要はない」

 帽子屋さんはこくりと小さく頷いてから、興味無さげに溜息をついて呑気に紅茶を飲み始めてしまった。

(どう、いう……どういう、こと?)

 存在が消えただなんて。
 彼は当たり前かのように言うけれど、私には一つも理解ができていない。

「そんな……そんな、の……」

 戸惑いを隠しきれず、おぼつかない足取りでその場から走り去った。
 逃げる理由なんてどこにもないというのに、なぜか……あの場所に今は、私が居てはいけない気がする。

(白ウサギ、白ウサギに会いたい……っ、サタンは? どこに行ったの?)

 俯いたままハートの城へ続く道を一心不乱に走り続けていると、不意に誰かとぶつかってしまい足を止める。
 呼吸を落ち着かせながら顔を上げ、謝罪を伝えようとした――だが、目の前に立つ人物を見て言葉を飲み込んだ。

「あれ? そんなに急いでどこに行くのかな? アリス」
「く……黒、ウサギ……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

さくら長屋の回覧ノート

ミラ
ライト文芸
三連続で彼氏にフラれ おひとり様として生涯過ごすことを決めた32歳の百花。 効率よく最速で老後費用の 貯蓄2000万円を目指す【超タイパ女子】だ。 究極の固定費である家賃を下げるために、築50年のさくら長屋への入居を決める。 さくら長屋の入居条件は 【「回覧ノート」を続けることができる人】 回覧ノートとは長屋の住人が、順々に その日にあった良かったことと 心にひっかかったことを一言だけ綴る簡単なもの。 個性豊かで、ちょっとお節介な長屋の住人たちと 回覧ノートを続けて交流するうちに、 百花はタイパの、本当の意味に気づいていく。 おひとり様で生きていくと決めたけれど、 <<少しだけ人と繋がっていたい>> ──そんな暮らしの物語。

白苑後宮の薬膳女官

絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。 ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。 薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。 静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。

処理中です...