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第37話 既視感の答え
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「……時計屋は消えた。どれだけ目を逸らそうと、『現実』から逃れる事はできないよ」
ここは、
「……エース……?」
エースの、世界だ。
しかし、たしかに彼の声は聞こえたというのにいっこうに姿が見えず、「彼も消えてしまったのかもしれない」というとてつもなく大きな恐怖に襲われ、震える声で精一杯言葉を紡いで名前を呼ぶ。
(エース、どこ……?)
心の中で問いかけつつ何も無い目の前に向かって両手を伸ばせば、霧のように現れたエースが優しく握り締めてくれた。
「……アリス、大丈夫。私はここにいるよ」
そう言って微笑んだ彼を見て、堰を切ったように涙が溢れ出す。
「え、エース……エース……っ!」
彼の胸元へ飛び込み、抱きついたまま力いっぱい服を握りしめて、何度も名前を呼びながら心の中で「消えないで」と繰り返した。
お願い。お願いだから、エースまで消えないで。
「……アリス。私は消えたりしないよ。だから、大丈夫」
ゆりかごを揺らすような声が私の名前を優しく撫でると、パニックに陥っていた精神は少しずつ落ち着きを取り戻す。
「ルールは常に身の回りに存在していて、生きるために無くてはならないものだ。だから、私は消えたりしない……たとえアリスが記憶を失っても、『私』は消える事はできない」
ルールである以上はね。
付け加えるようにそう言って、エースは口元に弧を描いた。
「……っ、」
何だろうか……“何か”がとても引っかかり、絡まっている。
(何か……)
どうしようもない違和感がつきまとい、心の中に生まれたもやもやが気持ち悪くて仕方がなかった。
もう少しで口に出せそうなのに、何と言い表せばいいのか……適切な言葉がわからず、とてもじれったい。
すると、心の中で葛藤する私の声を聞いたらしいエースは、ゆっくりと体を離して愉快そうにくつくつと喉の奥で笑った。
「時計屋が消えても、アリスの記憶は私が管理している限り思い出せはしない」
「……どういう、こと……?」
「ふむ、そうだな。例えるなら……鍵を所持していても、それを使うための鍵穴が存在しないのであれば意味がない。その場合、鍵はただの邪魔な鉄の塊だ。だが、鍵穴が存在しないのなら、そもそも『鍵』が作られるはずがない……と言う話だよ」
「……?」
彼にしては珍しく実に楽しそうに声を弾ませて、無邪気な笑顔まで浮かべている。
なぞなぞじみた返答に首を傾げていると、エースは不意に私の片手を取った。「どうしたの?」と聞くよりも早く、何の前触れもなしにぽっかりと足下に大きな穴があく。
「えっ……!?」
当然、エースのように浮けない私の体は重力に従って真っ逆さまに落ちていくのだが、対してエースはこの状況下でも今だに楽しそうに笑い、いつものように浮きもせず私と一緒に落ち始めていた。
「ウサギの穴を真っ逆さま、と言うだろう?」
(言わない、言わない……っ! 死んじゃう!)
「……安心するといい。そんな死なせ方はさせない」
少しの間を置いて、何か嫌な事でも思い出したかのように顔をしかめたエースは口元を片手で覆い、
「……穴を落ちるのは、もうやめにしよう」
力無くそう言うと、落下していた二人の体が空中でぴたりと止まり、まばたきをした次の瞬間には足下に地面が広がる。
周辺の景色はまだ穴の中みたいに真っ暗だというのに、お互いの姿だけははっきりと見える不思議な状態だ。
「さて……この『ゲーム』はもうすぐ終わってしまうだろう……アリス、」
エースは耳元に口を寄せ、穏やかな声で囁く。
「もう、本物の『ジョーカー』が誰なのか……今のアリスには、わかるはずだ」
暗示をかけられているような気分だわとぼんやり考えていた時、目の前にある景色が真っ白に包まれ、あまりの眩しさに瞼を閉じた。
少ししてから目を開くとそこにエースの姿は見当たらず、いつものモノクロではない純白の景色の中で、少し離れた場所に二つの人影を見つける。
***
真昼のお庭で、幼い私と『あの人』が寄り添い二人で楽しそうに笑っている……あの頃は当たり前だった光景。
二人はトランプを手にしたまま何か話していて、聞こえる距離まで忍び足で近づくが、どうやら私の姿は見えていないようだった。
「おにいさまは、トランプになれるなら、なにになりたい?」
「ん? そうだなー……」
そう言って、『あの人』はトランプの束から一枚を探し出して手に取る。
「やっぱり、ジョーカーかな……アリス、知ってるかい?」
「なあに? おにいさま」
「ふふ……ジョーカーのカードにはね、最後の切り札って意味もあるんだよ」
「きりふだ……?」
「そう、切り札。アリスがピンチの時に駆けつけて、助けてくれる……ヒーローだ」
そう言って微笑んだ『あの人』の顔が――ようやく、はっきり見えた。
(あ、)
今まで顔にだけ霧がかかっているみたいに、ぼんやりとしているせいで認識できなかった顔貌。『あの人』のそれは――エースと、瓜二つ。
(思い出した)
そうだ……今まで強い既視感を抱いていたエースの容姿は……『あの人』に、
「じゃあ、アリスはなに?」
「そうだね、アリスは……この、白紙のトランプかな」
「……まっしろいトランプには、なんのいみがあるの? ジョーカーおにいさま」
そう。
ジョーカーお兄様に、似ていたんだ。
「……アリス、」
背後から声をかけられ、ゆっくりと振り返る。
「アリス」
微笑みながら私に片手を差し出す“彼”の顔が、わからない。いや、正確に言うなら……見ることが、できない。視界に入れるのが怖い。
それでも勇気を振り絞り、少しずつ目線を移動させて“彼”をまっすぐに見据えた。
「……そう。やっぱり……本物のジョーカーは、あなただったのね」
その手を取った瞬間、真っ白な世界がステンドグラスのように砕け散る。
少し遅れて目に入った景色は、時計屋さんの家の中。
「……っ!?」
どうして?いつの間に?などと混乱していた時、今まで感じたことがないような激痛が全身を駆け巡り、
「やあ! おかえり、アリス」
聞き慣れた声が、私を出迎えた。
ここは、
「……エース……?」
エースの、世界だ。
しかし、たしかに彼の声は聞こえたというのにいっこうに姿が見えず、「彼も消えてしまったのかもしれない」というとてつもなく大きな恐怖に襲われ、震える声で精一杯言葉を紡いで名前を呼ぶ。
(エース、どこ……?)
心の中で問いかけつつ何も無い目の前に向かって両手を伸ばせば、霧のように現れたエースが優しく握り締めてくれた。
「……アリス、大丈夫。私はここにいるよ」
そう言って微笑んだ彼を見て、堰を切ったように涙が溢れ出す。
「え、エース……エース……っ!」
彼の胸元へ飛び込み、抱きついたまま力いっぱい服を握りしめて、何度も名前を呼びながら心の中で「消えないで」と繰り返した。
お願い。お願いだから、エースまで消えないで。
「……アリス。私は消えたりしないよ。だから、大丈夫」
ゆりかごを揺らすような声が私の名前を優しく撫でると、パニックに陥っていた精神は少しずつ落ち着きを取り戻す。
「ルールは常に身の回りに存在していて、生きるために無くてはならないものだ。だから、私は消えたりしない……たとえアリスが記憶を失っても、『私』は消える事はできない」
ルールである以上はね。
付け加えるようにそう言って、エースは口元に弧を描いた。
「……っ、」
何だろうか……“何か”がとても引っかかり、絡まっている。
(何か……)
どうしようもない違和感がつきまとい、心の中に生まれたもやもやが気持ち悪くて仕方がなかった。
もう少しで口に出せそうなのに、何と言い表せばいいのか……適切な言葉がわからず、とてもじれったい。
すると、心の中で葛藤する私の声を聞いたらしいエースは、ゆっくりと体を離して愉快そうにくつくつと喉の奥で笑った。
「時計屋が消えても、アリスの記憶は私が管理している限り思い出せはしない」
「……どういう、こと……?」
「ふむ、そうだな。例えるなら……鍵を所持していても、それを使うための鍵穴が存在しないのであれば意味がない。その場合、鍵はただの邪魔な鉄の塊だ。だが、鍵穴が存在しないのなら、そもそも『鍵』が作られるはずがない……と言う話だよ」
「……?」
彼にしては珍しく実に楽しそうに声を弾ませて、無邪気な笑顔まで浮かべている。
なぞなぞじみた返答に首を傾げていると、エースは不意に私の片手を取った。「どうしたの?」と聞くよりも早く、何の前触れもなしにぽっかりと足下に大きな穴があく。
「えっ……!?」
当然、エースのように浮けない私の体は重力に従って真っ逆さまに落ちていくのだが、対してエースはこの状況下でも今だに楽しそうに笑い、いつものように浮きもせず私と一緒に落ち始めていた。
「ウサギの穴を真っ逆さま、と言うだろう?」
(言わない、言わない……っ! 死んじゃう!)
「……安心するといい。そんな死なせ方はさせない」
少しの間を置いて、何か嫌な事でも思い出したかのように顔をしかめたエースは口元を片手で覆い、
「……穴を落ちるのは、もうやめにしよう」
力無くそう言うと、落下していた二人の体が空中でぴたりと止まり、まばたきをした次の瞬間には足下に地面が広がる。
周辺の景色はまだ穴の中みたいに真っ暗だというのに、お互いの姿だけははっきりと見える不思議な状態だ。
「さて……この『ゲーム』はもうすぐ終わってしまうだろう……アリス、」
エースは耳元に口を寄せ、穏やかな声で囁く。
「もう、本物の『ジョーカー』が誰なのか……今のアリスには、わかるはずだ」
暗示をかけられているような気分だわとぼんやり考えていた時、目の前にある景色が真っ白に包まれ、あまりの眩しさに瞼を閉じた。
少ししてから目を開くとそこにエースの姿は見当たらず、いつものモノクロではない純白の景色の中で、少し離れた場所に二つの人影を見つける。
***
真昼のお庭で、幼い私と『あの人』が寄り添い二人で楽しそうに笑っている……あの頃は当たり前だった光景。
二人はトランプを手にしたまま何か話していて、聞こえる距離まで忍び足で近づくが、どうやら私の姿は見えていないようだった。
「おにいさまは、トランプになれるなら、なにになりたい?」
「ん? そうだなー……」
そう言って、『あの人』はトランプの束から一枚を探し出して手に取る。
「やっぱり、ジョーカーかな……アリス、知ってるかい?」
「なあに? おにいさま」
「ふふ……ジョーカーのカードにはね、最後の切り札って意味もあるんだよ」
「きりふだ……?」
「そう、切り札。アリスがピンチの時に駆けつけて、助けてくれる……ヒーローだ」
そう言って微笑んだ『あの人』の顔が――ようやく、はっきり見えた。
(あ、)
今まで顔にだけ霧がかかっているみたいに、ぼんやりとしているせいで認識できなかった顔貌。『あの人』のそれは――エースと、瓜二つ。
(思い出した)
そうだ……今まで強い既視感を抱いていたエースの容姿は……『あの人』に、
「じゃあ、アリスはなに?」
「そうだね、アリスは……この、白紙のトランプかな」
「……まっしろいトランプには、なんのいみがあるの? ジョーカーおにいさま」
そう。
ジョーカーお兄様に、似ていたんだ。
「……アリス、」
背後から声をかけられ、ゆっくりと振り返る。
「アリス」
微笑みながら私に片手を差し出す“彼”の顔が、わからない。いや、正確に言うなら……見ることが、できない。視界に入れるのが怖い。
それでも勇気を振り絞り、少しずつ目線を移動させて“彼”をまっすぐに見据えた。
「……そう。やっぱり……本物のジョーカーは、あなただったのね」
その手を取った瞬間、真っ白な世界がステンドグラスのように砕け散る。
少し遅れて目に入った景色は、時計屋さんの家の中。
「……っ!?」
どうして?いつの間に?などと混乱していた時、今まで感じたことがないような激痛が全身を駆け巡り、
「やあ! おかえり、アリス」
聞き慣れた声が、私を出迎えた。
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