【完結】アリスゲーム

百崎千鶴

文字の大きさ
48 / 66

第47話 嘘吐きネズミ

しおりを挟む
 君は、僕――ネムリネズミのことが大嫌い。

(それは仕方のないことだから、僕は怒ったりなんかしないよ)

 だって僕は、君のことが大好きだから。

(君の『大嫌いな自分自身』が生きる足枷になるのなら、僕が喜んで背負うよ。アリス)

 僕の望みは、君の幸せ。
 僕の願いは、君の笑顔。

 けれど……愛おしい君の口は、僕に「嫌いだ」と吐き捨てる。
 それでいいんだよ、大丈夫。君が僕を嫌うのは、当然なのだと“ネムリネズミ”はよく知っているから、大丈夫。自分を責めなくていいんだよ、アリス。

(ああ、でも……アリスが僕を見ることで辛い思いをするのは、全然『大丈夫』じゃないや……)

 それなら僕は君のために、嘘を吐く薄汚いネズミになろう。

(大嫌い、大嫌い……)

 ――……僕は、アリスが大嫌い。



 ***



「いやっ……!!」
「……!?」

 バチン。
 渇いた音を響かせて、僕の差し出した手は弾かれる。

「アリス……」



 ***



 僕はこの世に生まれ落ちた時、こんな立派な人間の体なんて持っていなかったし、この不思議の国の住民でもなかった。
 元はアリスと同じ世界に居て、その時の僕はただの野ネズミとして生きていたのだけど、僕はのろまで頭が悪いから、

(もう、死んじゃうのかな)

 自分の体より何倍も大きいカラスに突かれて、いじめられて。自然において自力で逃げられないほどの怪我を負うということは、直結で死を意味する。
 弱肉強食の世界では、弱いものが淘汰されるのは当たり前だからだ。

 でも、

「よわいものいじめしちゃ、だめ!」

 はっきりと『死』を覚悟していた、あの時。

「ネズミさん、けがしてる……かわいそう」

 アリスが、僕を助けてくれた。
 僕の命を、救ってくれた。
 たった“それだけ”かもしれないけど、僕が君を大切に想う理由なんて“それだけ”で良いと思うんだ。


 ***



 あの日からずっと、アリスは僕の中で『命の恩人』なんて言葉じゃ足りないくらい大きくて、尊くて、眩しい存在でい続けている。
 だから……この国に来て割り振られた『役割』というものを説明された時、

(僕が、アリスの『嫌いなアリス』……? 僕が“そう”なれば、アリスはもう苦しまなくて済むのかな……?)

 やっと、アリスの役に立てる――恩返しができるのだと思うと、嬉しくてたまらなかった。

 アリスが初めてこの世界に来てくれた日のことは、今でもはっきりと覚えている。
 だって、またアリスに会うことができた時、踊りだしたいくらいとてもとても嬉しかったから。
 でも、

「ねむり、ねずみ……?」

 アリスは――そうじゃなかったね。
 僕に会ったことが「嫌だ」なんて、そんな生易しい感情じゃなかったんだろうね。ううん……まず、きっと根本から違っていた。
 アリスにとっては「出会った」んじゃなくて「出会ってしまった」という、絶望にも似た感覚だったのかもしれない。

(そうだ、だって……僕は、)

 僕とは、まるで正反対。
 君の心は、違うんだ。

「さわらないで!」

 空色の瞳に涙をためて、小さなアリスは叩きつけるように叫ぶ。

「ネムリネズミなんて……きらい、きらい……! きたない! かおも、だいきらい!!」

 幼い心の中にあるのだろう辞書の、少ないページを必死でめくり、精一杯の罵倒の言葉を羅列していく大好きなアリス。

(……ああ、そっか)

 アリス、アリス。バカなネズミでごめんね。
 僕は自分の『役割』を、都合が良いようにしか解釈できていなかった。

(……そうだ、当たり前だ)

 そう。その目が『僕』を映した時、拒絶反応を起こすのは当たり前のことだと、どうして今の今まで気づけなかったんだろう?

(ごめんね、アリス……上手く役に立てなくて、ごめんね)

 アリスに弾かれた手は行き場を無くし、どうすればいいのかわからない。

「ネムリネズミなんて、だいきらい!」

 ごめんね……それでも僕は、アリスのことが大好きだよ。

「こっちにこないで!」

 ねえ、アリス。あの時、助けてくれてありがとう。
 それだけはどうしても伝えたくて、この体になってから人間の言葉をたくさん勉強したんだよ。

「さわらないで! きたない!」

 それじゃあほら、毎日ちゃんと体を綺麗に洗うから。

「きもちわるい! かおもみたくない!」

 アリスの小さな手が、僕の……頬を、腕を、体を叩く。でも、痛いのはきっとアリスの心だ。

(こんな僕が……アリスのことを大好きで、ごめんね)

 アリス、アリス……君がどんなに『アリス』のことを嫌っても、

「……アリス、」

 僕はアリスのことが、

「……大嫌い……」

 世界で一番、大切だよ。

「僕は……アリスなんて、大嫌い」

 嘘だよ、ごめんね。大好きだよ。
 本当は、何よりも誰よりも愛おしくてたまらない。

(でも、僕は……アリスのそばに、いちゃいけない)

 僕がアリスを愛することで、君を傷つけているのなら。
 僕がアリスに手を伸ばすことで、君を苦しめているのなら。
 それなら僕は……君がもう傷つかないように、いつでも笑顔でいられるように。君に嫌われる嘘吐きネズミを演じるよ。

(ねえ、アリス)

 もう、アリスに近づかないよ。だから、

「……アリス……」

 ――……お願い。どうか……世界で一番幸せだって、笑って見せて。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

さくら長屋の回覧ノート

ミラ
ライト文芸
三連続で彼氏にフラれ おひとり様として生涯過ごすことを決めた32歳の百花。 効率よく最速で老後費用の 貯蓄2000万円を目指す【超タイパ女子】だ。 究極の固定費である家賃を下げるために、築50年のさくら長屋への入居を決める。 さくら長屋の入居条件は 【「回覧ノート」を続けることができる人】 回覧ノートとは長屋の住人が、順々に その日にあった良かったことと 心にひっかかったことを一言だけ綴る簡単なもの。 個性豊かで、ちょっとお節介な長屋の住人たちと 回覧ノートを続けて交流するうちに、 百花はタイパの、本当の意味に気づいていく。 おひとり様で生きていくと決めたけれど、 <<少しだけ人と繋がっていたい>> ──そんな暮らしの物語。

白苑後宮の薬膳女官

絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。 ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。 薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。 静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。

処理中です...