【完結】アリスゲーム

百崎千鶴

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第56話 「そんなことない」

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「おーい、アリスー」

 白ウサギと手を繋いで現れたアリスが、花屋はどこへ行ったのかと聞いてきたのがほんの十五分前。
 心優しい僕が包み隠さず数日前の出来事を説明してあげたところ、牢屋はどこにあるのか?誰がそんなひどいことをしたのか?と矢継ぎ早に質問を投げてきて、親切な僕はアリスに全て教えてあげたのだった。
 まあ、そこまでは楽しかったのだけれども。

(どこに行ったんだろ……)

 少し目を離した隙にアリスの姿が見えなくなったため、慌てて城内を捜索したがどこにもいない。
 城の中はアリスくらいの小さい子供なら簡単に迷ってしまえるほど広いため、一つ一つの階を隈なく探すほかなかった。

「アリスー」

 このままでは埒が明かない。
 エースに協力を仰ごうと考えながら廊下を歩いていると、視界のはしで青いリボンがぴょこりと揺れる。

「……! みーつけた!」

 スキップに近い足取りで駆け寄って笑顔を向けるが、アリスは何の反応も示さない。

「……?」

 不思議に思いつつ少し屈んで顔を覗き込むと、アリスは何か思い悩むような険しい表情を浮かべていた。 
 幼い顔には似合わない、深く刻まれた眉間のしわ。

「アリス? どうしたの?」
「……くろウサギ。しょけいって、なあに?」

 誰から聞いたの?と言いかけてから口を閉じる。
 ああ、そういえば……僕が教えたんだっけ?

「……処刑は、そうだなあ……簡単に言うと、殺されちゃうって事だよ」
「!!」

 顔に笑みを貼り付けてそう答えれば、アリスの顔色は一瞬で青くなってしまった。血の気が引く、とはまさにこのことだろう。

(……可愛いな)

 僕の吐く言葉一つで感情を乱し顔色を変えるアリスが、愛おしくて仕方がない。

(ふふっ)

 ――……花屋が殺される。
 それは、アリスにとってよほど重たい現実らしい。

(まあ、僕も……あいつが処刑されたら、美味しいタダ飯の当てがいなくなって少し困るけどね)

 そんなことを思っていると、アリスはくるりと踵を返して走り出す。
 その足が向かう先は簡単に予想できた。

「……あーあ、やっぱりのかな。ずるいや……」



 ***



「おう、さま……っ、おうさま……!!」

 廊下で立ち止まって特に意味もなく窓の外を眺めていた時、鈴を転がすような声が背後から鼓膜を揺らす。

「……」

 感情も表情も押し殺してそちらに目をやれば、何やら慌てた様子で息を切らすアリスの姿があった。
 俺が「何?」と聞くよりも先に、アリスは言葉を投げてくる。

「おうさま……! はなやさんのしょけいを、やめさせて……!!」
「!?」

 花屋の処刑を取り消せ。

(そんな、こと……)
「おねがい! おうさま……!!」

 わかるよ、アリス。
 だって、俺だって……できることなら今すぐにでも、 

「……無理だよ、アリス」
「どうして……!?」
「……俺には“そうする”権利が無いからだ」

 そう答えると、何かを必死に耐えるようにアリスは歯を食いしばり、大きな瞳からぽろりと涙を落とした。

「そんなこと……そんなこと、ない。おうさまだもん……おねがい、はなやさんをたすけて……」

 震える声が、懇願する。
 俺からもお願いだ、アリス……もう、やめてくれ。

「アリスは、はなやさんがだいすきなの……おうさまは、はなやさんがきらい?」

 そんなわけないだろう?

「……ごめん、アリス」

 服にすがりつく小さな手をそっと引き剥がし、一歩後ろへ下がって距離を取ると、アリスはまた一つ涙をこぼす。

「おうさま……」
「……俺は、何もできない……役立たずの王様なんだ」

 よく分かっただろう?アリス。
 だからもう……その瞳に俺を映して、感情をかき乱すのはやめてくれ。

「……ちがうよ、ちがう……! ちがうもん!! やくたたずのおうさまなんかじゃない……!!」
「…………れ、」

 アリスの声を聞いていると、殺せていたはずの感情が少しずつ蘇る。

「はなやさん、いってたよ……! おうさまは、いつもつらいんだって……! ほんとうは、やさしいひとだって!」
「……さい……」

 アリスのそばにいると、奥深くへ封じ込めていたはずの本心が顔を出す。

「アリスも、なにかおてつだいするから……! だから、はなやさんを“しょけい”しないで……! おうさまだって、ほんとうは、」
「うるさい……っ!! 黙れ!!」

 アリスに縋られると――……俺を縛り付けているくだらない『ルール』なんて、破ってしまいたくなる。

「お前みたいなガキに出来ることなんて何もない!! みっともなく泣いたところで、女王の決めたことは覆らない!! わかったら二度と余計な口を挟むな!!」
「……はなやさんが、しんじゃうんだよ……おうさまは、ほんとうにそれでいいの……? それが、ほんとうに……おうさまの、きもちなの……?」
「……ああ、そうだよ……」

 全てを見透かすような水色のビー玉が、俺は苦手だ。

「……おうさまの、うそつき……」
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