57 / 66
第56話 「そんなことない」
しおりを挟む
「おーい、アリスー」
白ウサギと手を繋いで現れたアリスが、花屋はどこへ行ったのかと聞いてきたのがほんの十五分前。
心優しい僕が包み隠さず数日前の出来事を説明してあげたところ、牢屋はどこにあるのか?誰がそんなひどいことをしたのか?と矢継ぎ早に質問を投げてきて、親切な僕はアリスに全て教えてあげたのだった。
まあ、そこまでは楽しかったのだけれども。
(どこに行ったんだろ……)
少し目を離した隙にアリスの姿が見えなくなったため、慌てて城内を捜索したがどこにもいない。
城の中はアリスくらいの小さい子供なら簡単に迷ってしまえるほど広いため、一つ一つの階を隈なく探すほかなかった。
「アリスー」
このままでは埒が明かない。
エースに協力を仰ごうと考えながら廊下を歩いていると、視界のはしで青いリボンがぴょこりと揺れる。
「……! みーつけた!」
スキップに近い足取りで駆け寄って笑顔を向けるが、アリスは何の反応も示さない。
「……?」
不思議に思いつつ少し屈んで顔を覗き込むと、アリスは何か思い悩むような険しい表情を浮かべていた。
幼い顔には似合わない、深く刻まれた眉間のしわ。
「アリス? どうしたの?」
「……くろウサギ。しょけいって、なあに?」
誰から聞いたの?と言いかけてから口を閉じる。
ああ、そういえば……僕が教えたんだっけ?
「……処刑は、そうだなあ……簡単に言うと、殺されちゃうって事だよ」
「!!」
顔に笑みを貼り付けてそう答えれば、アリスの顔色は一瞬で青くなってしまった。血の気が引く、とはまさにこのことだろう。
(……可愛いな)
僕の吐く言葉一つで感情を乱し顔色を変えるアリスが、愛おしくて仕方がない。
(ふふっ)
――……花屋が殺される。
それは、アリスにとってよほど重たい現実らしい。
(まあ、僕も……あいつが処刑されたら、美味しいタダ飯の当てがいなくなって少し困るけどね)
そんなことを思っていると、アリスはくるりと踵を返して走り出す。
その足が向かう先は簡単に予想できた。
「……あーあ、やっぱり変わっちゃうのかな。ずるいや……」
***
「おう、さま……っ、おうさま……!!」
廊下で立ち止まって特に意味もなく窓の外を眺めていた時、鈴を転がすような声が背後から鼓膜を揺らす。
「……」
感情も表情も押し殺してそちらに目をやれば、何やら慌てた様子で息を切らすアリスの姿があった。
俺が「何?」と聞くよりも先に、アリスは言葉を投げてくる。
「おうさま……! はなやさんのしょけいを、やめさせて……!!」
「!?」
花屋の処刑を取り消せ。
(そんな、こと……)
「おねがい! おうさま……!!」
わかるよ、アリス。
だって、俺だって……できることなら今すぐにでも、
「……無理だよ、アリス」
「どうして……!?」
「……俺には“そうする”権利が無いからだ」
そう答えると、何かを必死に耐えるようにアリスは歯を食いしばり、大きな瞳からぽろりと涙を落とした。
「そんなこと……そんなこと、ない。おうさまだもん……おねがい、はなやさんをたすけて……」
震える声が、懇願する。
俺からもお願いだ、アリス……もう、やめてくれ。
「アリスは、はなやさんがだいすきなの……おうさまは、はなやさんがきらい?」
そんなわけないだろう?
「……ごめん、アリス」
服にすがりつく小さな手をそっと引き剥がし、一歩後ろへ下がって距離を取ると、アリスはまた一つ涙をこぼす。
「おうさま……」
「……俺は、何もできない……役立たずの王様なんだ」
よく分かっただろう?アリス。
だからもう……その瞳に俺を映して、感情をかき乱すのはやめてくれ。
「……ちがうよ、ちがう……! ちがうもん!! やくたたずのおうさまなんかじゃない……!!」
「…………れ、」
アリスの声を聞いていると、殺せていたはずの感情が少しずつ蘇る。
「はなやさん、いってたよ……! おうさまは、いつもつらいんだって……! ほんとうは、やさしいひとだって!」
「……さい……」
アリスのそばにいると、奥深くへ封じ込めていたはずの本心が顔を出す。
「アリスも、なにかおてつだいするから……! だから、はなやさんを“しょけい”しないで……! おうさまだって、ほんとうは、」
「うるさい……っ!! 黙れ!!」
アリスに縋られると――……俺を縛り付けているくだらない『ルール』なんて、破ってしまいたくなる。
「お前みたいなガキに出来ることなんて何もない!! みっともなく泣いたところで、女王の決めたことは覆らない!! わかったら二度と余計な口を挟むな!!」
「……はなやさんが、しんじゃうんだよ……おうさまは、ほんとうにそれでいいの……? それが、ほんとうに……おうさまの、きもちなの……?」
「……ああ、そうだよ……」
全てを見透かすような水色のビー玉が、俺は苦手だ。
「……おうさまの、うそつき……」
白ウサギと手を繋いで現れたアリスが、花屋はどこへ行ったのかと聞いてきたのがほんの十五分前。
心優しい僕が包み隠さず数日前の出来事を説明してあげたところ、牢屋はどこにあるのか?誰がそんなひどいことをしたのか?と矢継ぎ早に質問を投げてきて、親切な僕はアリスに全て教えてあげたのだった。
まあ、そこまでは楽しかったのだけれども。
(どこに行ったんだろ……)
少し目を離した隙にアリスの姿が見えなくなったため、慌てて城内を捜索したがどこにもいない。
城の中はアリスくらいの小さい子供なら簡単に迷ってしまえるほど広いため、一つ一つの階を隈なく探すほかなかった。
「アリスー」
このままでは埒が明かない。
エースに協力を仰ごうと考えながら廊下を歩いていると、視界のはしで青いリボンがぴょこりと揺れる。
「……! みーつけた!」
スキップに近い足取りで駆け寄って笑顔を向けるが、アリスは何の反応も示さない。
「……?」
不思議に思いつつ少し屈んで顔を覗き込むと、アリスは何か思い悩むような険しい表情を浮かべていた。
幼い顔には似合わない、深く刻まれた眉間のしわ。
「アリス? どうしたの?」
「……くろウサギ。しょけいって、なあに?」
誰から聞いたの?と言いかけてから口を閉じる。
ああ、そういえば……僕が教えたんだっけ?
「……処刑は、そうだなあ……簡単に言うと、殺されちゃうって事だよ」
「!!」
顔に笑みを貼り付けてそう答えれば、アリスの顔色は一瞬で青くなってしまった。血の気が引く、とはまさにこのことだろう。
(……可愛いな)
僕の吐く言葉一つで感情を乱し顔色を変えるアリスが、愛おしくて仕方がない。
(ふふっ)
――……花屋が殺される。
それは、アリスにとってよほど重たい現実らしい。
(まあ、僕も……あいつが処刑されたら、美味しいタダ飯の当てがいなくなって少し困るけどね)
そんなことを思っていると、アリスはくるりと踵を返して走り出す。
その足が向かう先は簡単に予想できた。
「……あーあ、やっぱり変わっちゃうのかな。ずるいや……」
***
「おう、さま……っ、おうさま……!!」
廊下で立ち止まって特に意味もなく窓の外を眺めていた時、鈴を転がすような声が背後から鼓膜を揺らす。
「……」
感情も表情も押し殺してそちらに目をやれば、何やら慌てた様子で息を切らすアリスの姿があった。
俺が「何?」と聞くよりも先に、アリスは言葉を投げてくる。
「おうさま……! はなやさんのしょけいを、やめさせて……!!」
「!?」
花屋の処刑を取り消せ。
(そんな、こと……)
「おねがい! おうさま……!!」
わかるよ、アリス。
だって、俺だって……できることなら今すぐにでも、
「……無理だよ、アリス」
「どうして……!?」
「……俺には“そうする”権利が無いからだ」
そう答えると、何かを必死に耐えるようにアリスは歯を食いしばり、大きな瞳からぽろりと涙を落とした。
「そんなこと……そんなこと、ない。おうさまだもん……おねがい、はなやさんをたすけて……」
震える声が、懇願する。
俺からもお願いだ、アリス……もう、やめてくれ。
「アリスは、はなやさんがだいすきなの……おうさまは、はなやさんがきらい?」
そんなわけないだろう?
「……ごめん、アリス」
服にすがりつく小さな手をそっと引き剥がし、一歩後ろへ下がって距離を取ると、アリスはまた一つ涙をこぼす。
「おうさま……」
「……俺は、何もできない……役立たずの王様なんだ」
よく分かっただろう?アリス。
だからもう……その瞳に俺を映して、感情をかき乱すのはやめてくれ。
「……ちがうよ、ちがう……! ちがうもん!! やくたたずのおうさまなんかじゃない……!!」
「…………れ、」
アリスの声を聞いていると、殺せていたはずの感情が少しずつ蘇る。
「はなやさん、いってたよ……! おうさまは、いつもつらいんだって……! ほんとうは、やさしいひとだって!」
「……さい……」
アリスのそばにいると、奥深くへ封じ込めていたはずの本心が顔を出す。
「アリスも、なにかおてつだいするから……! だから、はなやさんを“しょけい”しないで……! おうさまだって、ほんとうは、」
「うるさい……っ!! 黙れ!!」
アリスに縋られると――……俺を縛り付けているくだらない『ルール』なんて、破ってしまいたくなる。
「お前みたいなガキに出来ることなんて何もない!! みっともなく泣いたところで、女王の決めたことは覆らない!! わかったら二度と余計な口を挟むな!!」
「……はなやさんが、しんじゃうんだよ……おうさまは、ほんとうにそれでいいの……? それが、ほんとうに……おうさまの、きもちなの……?」
「……ああ、そうだよ……」
全てを見透かすような水色のビー玉が、俺は苦手だ。
「……おうさまの、うそつき……」
0
あなたにおすすめの小説
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
アガルタ・クライシス ―接点―
来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。
九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。
同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。
不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。
古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
さくら長屋の回覧ノート
ミラ
ライト文芸
三連続で彼氏にフラれ
おひとり様として生涯過ごすことを決めた32歳の百花。
効率よく最速で老後費用の
貯蓄2000万円を目指す【超タイパ女子】だ。
究極の固定費である家賃を下げるために、築50年のさくら長屋への入居を決める。
さくら長屋の入居条件は
【「回覧ノート」を続けることができる人】
回覧ノートとは長屋の住人が、順々に
その日にあった良かったことと
心にひっかかったことを一言だけ綴る簡単なもの。
個性豊かで、ちょっとお節介な長屋の住人たちと
回覧ノートを続けて交流するうちに、
百花はタイパの、本当の意味に気づいていく。
おひとり様で生きていくと決めたけれど、
<<少しだけ人と繋がっていたい>>
──そんな暮らしの物語。
白苑後宮の薬膳女官
絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。
ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。
薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。
静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる