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第59話 約束
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ハートの騎士は、生涯命をかけてただ一人の大切な『姫』を守る事が使命で、俺に与えられた役割は「みんなをひたすら好きであり続けること」だった。
俺が本当に“ハートの騎士”なら、そうあるべきだと頭では十分理解している。
けれど俺は、清廉潔白で従順な本物の『騎士』ではないから……ずっと、ずっと。アリスに――大きな嘘を、吐き続けていた。
***
「こんにちは、ジャック!」
「ははっ、今日も来たのか! こんにちは、アリス!」
仕事から逃げ出して、城の裏にある広大な庭で寝そべっていると、少女は上から覗き込むようにぴょこりと顔を出し笑いかけてくる。
キングの問題が解決した後、アリスはこうしてよく俺に会いに来てくれるようになっていた。
「ジャック、またさぼり?」
「人聞きが悪いなー! 違う違う! 休憩中って言うんだぜ! はい、復唱! 休憩中!」
「きゅーけいちゅー?」
体を起こしてから少女を膝の上に座らせ、柔らな髪を片手で撫でる。
懐いてくれるのはとても良い事だ。ただ一つ問題があるとすれば、俺の『役割』について。
(可愛いな……アリス)
俺は、同じ時間を最も長く過ごした対象を特別「好き」になる。
そうでなくても騎士としての性分で「この子を守ってあげなければ」という使命感に駆られていたというのに、今では――アリスのことが、愛おしくて仕方がない。
(でも、多分……怒るだろうなあ……)
こんな風に好かれたって、きっとアリスは喜ばない。
俺が気持ちを伝えたところで、キングの時と同じように「どうせ役割だからそう思うだけだ」と一蹴されてしまうのだろう。
(いや、怒るだけなら良いや)
ああ、そうだ。悲しまれる方が、何倍も辛い。
「アリス……ごめんな」
「……? ジャック? なんで、ごめんなさいするの?」
「うーん……嘘つきだから? なんてな、ははっ!」
俺は、アリスに嘘をついている。
ごめんな、アリス。俺は君に初めて会った時「ダイヤの騎士だ」と言ったけれど、本当はハートの騎士なんだよ。
マークもそうだ、ダイヤじゃない。ハートのジャックが本来の俺だ。
俺は、アリスが与えてくれた「ハートの騎士」を、自分のわがままで変えてしまった。
でもさ……素直に話したところで、経緯を知ればきっとアリスは許してくれるだろう?
それじゃダメだ。俺は、アリスに許されないままでいたい。
それくらいの覚悟を持って、ダイヤのキングを守ると決めたのだから。
「……ジャックは、うそつきなの?」
空色の瞳が、不安げに揺らいで俺を映す。
「嘘つきかもしれないけど……アリスのことが大好きだって気持ちは、嘘じゃないぜ?」
小さな体を抱きしめてそう呟けば、アリスは二、三度かぶりを振って俺の腕を抱きしめ返した。
「……ジャックは、うそつきじゃないよ。だって“きし”だもん」
「騎士でも嘘をつくかもよ?」
「そうかもしれない、けど……でも、」
綺麗なビー玉が二つ、真っ直ぐに俺を見据えてきらきらと瞬く。
「ジャックは、アリスにうそをつかないでしょう?」
「……」
心の奥を見透かすような瞳の色が、ずしりと罪悪感を募らせた。
(ごめんな、アリス。俺はもう、一つだけ嘘ついてるんだよ。でもさ、)
アリスの悲しむ顔を見るくらいなら、
「……勿論。アリスには嘘をつかないし、アリスとの約束は絶対に破らない」
嘘に嘘を重ねて『真実』にしてしまった方が、何億倍もマシじゃないか?
「アリス……大好き。大好きだ」
「うん。うれしい……アリスも、ジャックがだいすきだよ」
アリスのことが大好きで、何よりも――キングよりも、大切な存在だ。俺にできる事なら、命を賭けてでも全ての望みを叶えてあげたいとさえ思う。
キングとアリス……二人は当然、俺の中でとても優劣をつけられるような対象ではない。
けれど、
(……どこまでも嘘つきでごめんな、キング。でも、ちゃんとキングのことも俺が守るから)
二兎を追う者は一兎をも得ずと聞くが、俺は大切な存在を二人まとめて守ってみせる。何があっても、必ず。
悲しいことからも、辛いことからも……全部全部、俺が守りたい。二人には、いつも幸せであってほしい。
「……ねえ、ジャック?」
「ん? どうした?」
「ジャックは……アリスのこと、すき?」
先ほど「大好きだ」と告げたばかりだと言うのに、俯いたまま不安げな声でぽつりと呟いたものだから、
「当たり前だろ? 大好きだぜ!」
俺はいつものように笑顔を浮かべて見せながら、少女の頭を優しく撫でた。
するとアリスは、ゆっくりと俺を見上げて口を開く。
その言葉は、
「じゃあ……アリスを、ころしてくれる?」
今でも、目を瞑ると耳の奥でこだまする。
「……殺す……? アリスを……?」
唐突に激しい目眩が襲いかかり、昼に食べた物をすべて吐き出してしまいそうになった。
どうか、幻聴であってほしい。
絶対に怒ったりしないから、冗談だよと言って笑ってくれ……なあ、アリス。
「いますぐじゃなくていいの。アリスが、またこのくににきたら……そうしたら、ジャックがアリスをころしてくれる?」
「……」
俺がどれだけアリスを好きでも、大切に想っても。きっと、何もかもが遅かったんだ。
アリスは死を願うほど現実に絶望していて、生に縋るような希望を見失っている。
(……俺は、守れなかったのか?)
遅かったのか?無駄だったのか?
それとも……ダイヤの騎士だなんて嘘をついたから、神様は俺に罰を与えているのだろうか。
(アリス……)
ごめん、ごめんな。謝るよ、俺が悪かった。
だから、お願いだから……そんなことを、言わないでくれ。俺に君を、守らせてほしい。
「……ジャックは、いや?」
「えっ……」
「アリスとやくそくするの、いや……?」
うん、嫌だよ。そんな約束、死んでもしたくない。
アリスには、生きていてほしい。
「アリスは、ジャックのことがだいすきだよ」
俺だって、アリスのことが大好きだよ。
だからさ、
「……だから、ジャックにころしてほしいの。やくそくして?」
ごめん、アリス。俺は嘘つきな騎士だから……きっとまた、君に嘘をつくことになるんだろうな。
「……わかった、約束する」
「ありがとう、ジャック」
騎士は、約束を破らない。
「ゆーびきーりげーんまーん……」
騎士は、大切な人を守り通す。
(それじゃあ、俺は……)
大好きな人を自分の手で殺すと約束した俺は、騎士を名乗って良いのだろうか?
(アリス、アリス……)
君がそんな願望を抱いてしまう前に。
俺は一体どうすれば良かったのか、いつなら君の心を守る事ができたのか……どうか、教えてほしい。
俺が本当に“ハートの騎士”なら、そうあるべきだと頭では十分理解している。
けれど俺は、清廉潔白で従順な本物の『騎士』ではないから……ずっと、ずっと。アリスに――大きな嘘を、吐き続けていた。
***
「こんにちは、ジャック!」
「ははっ、今日も来たのか! こんにちは、アリス!」
仕事から逃げ出して、城の裏にある広大な庭で寝そべっていると、少女は上から覗き込むようにぴょこりと顔を出し笑いかけてくる。
キングの問題が解決した後、アリスはこうしてよく俺に会いに来てくれるようになっていた。
「ジャック、またさぼり?」
「人聞きが悪いなー! 違う違う! 休憩中って言うんだぜ! はい、復唱! 休憩中!」
「きゅーけいちゅー?」
体を起こしてから少女を膝の上に座らせ、柔らな髪を片手で撫でる。
懐いてくれるのはとても良い事だ。ただ一つ問題があるとすれば、俺の『役割』について。
(可愛いな……アリス)
俺は、同じ時間を最も長く過ごした対象を特別「好き」になる。
そうでなくても騎士としての性分で「この子を守ってあげなければ」という使命感に駆られていたというのに、今では――アリスのことが、愛おしくて仕方がない。
(でも、多分……怒るだろうなあ……)
こんな風に好かれたって、きっとアリスは喜ばない。
俺が気持ちを伝えたところで、キングの時と同じように「どうせ役割だからそう思うだけだ」と一蹴されてしまうのだろう。
(いや、怒るだけなら良いや)
ああ、そうだ。悲しまれる方が、何倍も辛い。
「アリス……ごめんな」
「……? ジャック? なんで、ごめんなさいするの?」
「うーん……嘘つきだから? なんてな、ははっ!」
俺は、アリスに嘘をついている。
ごめんな、アリス。俺は君に初めて会った時「ダイヤの騎士だ」と言ったけれど、本当はハートの騎士なんだよ。
マークもそうだ、ダイヤじゃない。ハートのジャックが本来の俺だ。
俺は、アリスが与えてくれた「ハートの騎士」を、自分のわがままで変えてしまった。
でもさ……素直に話したところで、経緯を知ればきっとアリスは許してくれるだろう?
それじゃダメだ。俺は、アリスに許されないままでいたい。
それくらいの覚悟を持って、ダイヤのキングを守ると決めたのだから。
「……ジャックは、うそつきなの?」
空色の瞳が、不安げに揺らいで俺を映す。
「嘘つきかもしれないけど……アリスのことが大好きだって気持ちは、嘘じゃないぜ?」
小さな体を抱きしめてそう呟けば、アリスは二、三度かぶりを振って俺の腕を抱きしめ返した。
「……ジャックは、うそつきじゃないよ。だって“きし”だもん」
「騎士でも嘘をつくかもよ?」
「そうかもしれない、けど……でも、」
綺麗なビー玉が二つ、真っ直ぐに俺を見据えてきらきらと瞬く。
「ジャックは、アリスにうそをつかないでしょう?」
「……」
心の奥を見透かすような瞳の色が、ずしりと罪悪感を募らせた。
(ごめんな、アリス。俺はもう、一つだけ嘘ついてるんだよ。でもさ、)
アリスの悲しむ顔を見るくらいなら、
「……勿論。アリスには嘘をつかないし、アリスとの約束は絶対に破らない」
嘘に嘘を重ねて『真実』にしてしまった方が、何億倍もマシじゃないか?
「アリス……大好き。大好きだ」
「うん。うれしい……アリスも、ジャックがだいすきだよ」
アリスのことが大好きで、何よりも――キングよりも、大切な存在だ。俺にできる事なら、命を賭けてでも全ての望みを叶えてあげたいとさえ思う。
キングとアリス……二人は当然、俺の中でとても優劣をつけられるような対象ではない。
けれど、
(……どこまでも嘘つきでごめんな、キング。でも、ちゃんとキングのことも俺が守るから)
二兎を追う者は一兎をも得ずと聞くが、俺は大切な存在を二人まとめて守ってみせる。何があっても、必ず。
悲しいことからも、辛いことからも……全部全部、俺が守りたい。二人には、いつも幸せであってほしい。
「……ねえ、ジャック?」
「ん? どうした?」
「ジャックは……アリスのこと、すき?」
先ほど「大好きだ」と告げたばかりだと言うのに、俯いたまま不安げな声でぽつりと呟いたものだから、
「当たり前だろ? 大好きだぜ!」
俺はいつものように笑顔を浮かべて見せながら、少女の頭を優しく撫でた。
するとアリスは、ゆっくりと俺を見上げて口を開く。
その言葉は、
「じゃあ……アリスを、ころしてくれる?」
今でも、目を瞑ると耳の奥でこだまする。
「……殺す……? アリスを……?」
唐突に激しい目眩が襲いかかり、昼に食べた物をすべて吐き出してしまいそうになった。
どうか、幻聴であってほしい。
絶対に怒ったりしないから、冗談だよと言って笑ってくれ……なあ、アリス。
「いますぐじゃなくていいの。アリスが、またこのくににきたら……そうしたら、ジャックがアリスをころしてくれる?」
「……」
俺がどれだけアリスを好きでも、大切に想っても。きっと、何もかもが遅かったんだ。
アリスは死を願うほど現実に絶望していて、生に縋るような希望を見失っている。
(……俺は、守れなかったのか?)
遅かったのか?無駄だったのか?
それとも……ダイヤの騎士だなんて嘘をついたから、神様は俺に罰を与えているのだろうか。
(アリス……)
ごめん、ごめんな。謝るよ、俺が悪かった。
だから、お願いだから……そんなことを、言わないでくれ。俺に君を、守らせてほしい。
「……ジャックは、いや?」
「えっ……」
「アリスとやくそくするの、いや……?」
うん、嫌だよ。そんな約束、死んでもしたくない。
アリスには、生きていてほしい。
「アリスは、ジャックのことがだいすきだよ」
俺だって、アリスのことが大好きだよ。
だからさ、
「……だから、ジャックにころしてほしいの。やくそくして?」
ごめん、アリス。俺は嘘つきな騎士だから……きっとまた、君に嘘をつくことになるんだろうな。
「……わかった、約束する」
「ありがとう、ジャック」
騎士は、約束を破らない。
「ゆーびきーりげーんまーん……」
騎士は、大切な人を守り通す。
(それじゃあ、俺は……)
大好きな人を自分の手で殺すと約束した俺は、騎士を名乗って良いのだろうか?
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