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一章 転生

3話

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樺島武昌は武摂よりも先に「狭間」にいた。

目の前には神がいる。
私に神になれという。
そして、国を見守れと。

「できません」

御家を途絶えさせ、民と配下のものを守りきれなかった自分にその資格があるわけがない。

「武昌よ。なにを成したか、成せなかったは問題ではない。どう生きようとしたかが評価されたのだ。お主がこの国の管理者となれば戦なき世へと向かうと判断した。戦の才がない点も適正の一つとみなした」

「できません」

少しも嬉しくはなかった。

そんな問答が何回か続いた頃、
武摂の死を神から聞かされる。
戦後の奇襲にあったという。

「救うことができなかったのか?」

「人間同士の争いには干渉しない」

「争いが終わったあとだ!。勝鬨を上げた後に降伏した敵兵を狙うなどあってはならないことだ!!」

武摂が死んだのは私のせいだ。目の前の神に責任を問うなどお門違いも良いとこだ。
それでも、後悔と怒りの感情が抑えられない。

「それでも戦場だ。武器を携えている限り、命を奪う覚悟、奪われる覚悟はあったのではないか?」

正論だ。
武摂は特にそれを重んじていた。
それを重んじるように何度も教えたのは私だ。

それでも救いたかった。
まっすぐに私へ忠義を捧げる武摂を救いたかった。

武摂は文官としての才はないからとひたすら剣を振り続けた。

15歳にあいつが元服した際、後見人でもあった私はその場で立ち会った。

元服を終えると、私のもとに近づいてきた。そして、元服の証である烏帽子えぼうしを脱ぎ、膝をついた。

「私の剣で武将様に降りかかるすべての火の粉を払いましょう」

そう誓う武摂の目を今でも鮮明に覚えている。

私は幼少期に家事で母親と弟を失い、トラウマで火をなによりも怖がった。

それを受けての言葉だった。

その言葉通り、武摂は強くなり、多くの争いで我が軍を救った。

周囲の城主からの引き抜きは数え切れなかったと聞く。
それでも私に仕え続けた。

この戦いの敗戦は明白だった。
それは城主である私の死と等しい。

だから、側近への申し出を断った。
武摂は自分の命が尽きるまで私を守るだろう。

そんなことはさせない。
武摂含む若者は残りの生涯を謳歌する権利がある。
だから、側近と守護兵を老兵で固めた。老兵たちはそれを快諾してくれた。

武摂には特に気を払った。
大軍ではなく、遊軍としての小隊を任せたのはそのためだ。首の価値を少しでも下げたかった。

「滝切りの武摂」

この異名は武摂の剛剣の凄まじさを表したものだ。巷では例えとされているが違う。武摂の剣はその名の通り滝を切るのだ。

雨季にはるか上方から降り注ぐ滝が一閃により、刹那の間、途絶えたのを私はこの目で見た。

剛剣の習得は、才能だけでは成し得ない。単調で地味な鍛錬を長期間にわたり、続けた結果である。

それが仇となり武摂は命を起こした。
それも背後からの奇襲で。
どれだけ無念だったことだろう。

私は心を決めた。
「神になろう。その代わり、武摂を生き返らせてほしい」

「できない。生死は絶対だ」

「ならすぐに輪廻の輪をくぐらせてくれ。乱世に身を置かせたい。あいつは武士として燃え尽きるべきだ」

「応えたいがそれも難しい」

「なぜだ」

「輪廻の輪をくぐり、転生するには早くて100年かかる。お前がいた世界は今後、技術が発展し、法が整い、武士の活躍の場は減るばかりだ。武摂が満足する世界ではないだろう」

「争いがなくなるのか」

「無くなりはしないが、減る方向に向かうだろう。何よりも戦い方が変わる。技術革新により、鉄砲が戦の主流となり、剣は廃れることだろう」

神の言うとおりだ。武摂の才が生かせる世界ではない。

しばしの沈黙が続いたあと、髪が口を開いた。

「異世界に転生させようか?」

「南蛮か?」

「違う。文化や法に限らず、そこに住む生き物さえも異なる別次元の世界だ。お前たちの世界よりも獰猛な獣が多く、武力のあるものが求められる世界だ」

「輪廻とは異なるのか?」

「異なる。傷つく前の姿、若さのまま異世界へ向かうことになる」

「武摂の剣の腕もそのままか?」

「あぁ、約束しよう」

興奮気味になっていた自分に気づき、息を落ち着かせる。

「神に対し無礼な口調、大変失礼しました。その提案を受け入れます。武摂の余生が満ちたものになりますよう何卒宜しくお願いします」

土下座をし、武摂の明るい人生を心から願った。

「神になってくれるな?」
温かい口調で神は確認する。

「微力ながら、民の平和に尽くしましょう」



神との取引が無事に終わり、私は新たな神として武摂と対面している。
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