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二章 エルフの森

23話

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集落を出る。

考えてはいた。

食物連鎖の上位層に君臨する大銀狼や大牙猪を倒した今、それ以上のモンスターはこの森にいない。

モンスターは、成長する。下層、中層にいたモンスターが上層を求め争いを始める。そして新たな王が生まれる。

しかし、それは早くても3年後のこと。エルフにとってはあっという間でもヒューマンである俺には長すぎる。

俺には、戦いの経験が必要だ。
すぐにでもここを発つべきだとはわかっている。

心残りはもちろんアリアだ。
アリアへの想いは告白したときも遥かに強まっていた。

「一緒に行かないか?」

無理なことはわかっていた。断られることも承知していたが、俺は真剣だった。

アリアは俺に振り返り、少女のような笑顔で言う。

「ありがとう。とても嬉しい」

意外な答えだった。

「だが、駄目だ。時間がない」

「時間?」

族長の責務が理由ならわかる。だが、時間とは何だ。

「お前を見ていると退屈しない。お前がこの世界をどう生きるのか、そばで見ていたかった。300年以上を集落の為に生きたんだ。少し早くクルクに託しても問題ない。お前とともに生きよう。本当にそう考えてたんだ」

感情を抑えるようにアリアは言葉を吐き出し、再び泉を見つめた。

「だが『お告げ』があった」

「お告げ」とは死の宣告のことだとアリアは言った。

エルフは20歳頃までヒューマンと同様に成長。そこからゆっくりゆっくりと老いていき、ヒューマンで40~50歳ぐらいに相当する身体になると変化が止まる。

アリアの身体もこの状態にあった。

再び老いが進行する契機が「お告げ」である。そこから一気に体が衰え、1カ月で死を迎える。500年という寿命は目安でしかない。

神に言葉をかけられるのではなく、体の中で築き上げた精神が崩れだすようなそんな感覚が突如襲うらしい。

アリアに「お告げ」があったのが一週間前、俺が大牙猪を倒した日の朝だった。

あの日、アリアが集落を出たのは別の集落に住む友人に会うためだった。その友人はさらに3週間前に「お告げ」を受けていた。

アリアは自分の命が本当に残り少ないのかを確かめに行ったのだ。

「私と彼女が受けた感覚は同じだった。そして彼女が死んだと昨日知らせを受けてね。やっと諦めがついた。甥に話せたのも昨夜なんだ。クルクには皆にこのことを伝えてもらっている」

「俺は信じない。俺はあんたを超えてない」

「私は確実に老いている。水破斬も使えない。もうあんたより弱い」

「ふざけるな。だれがここを守るんだ」

俺は涙を流していた。不条理に怒りを抱いているのか、悲劇を悲しんでいるのか、自分でもわからない。

アリアは俺の方を向く。
表情はとても穏やかに見える。

「心配ない。セツのおかげでしばらくは安全に暮らせるだろう。そして、精霊は血を渡る。水の魔法は途切れない。」

違う。

こんなことが聞きたいんじゃない。
こんなことが言いたいんじゃない。

「俺はあんたをまだ手に入れていない。俺は――」

「セツ」

アリアが言葉を遮るように俺の名前を呼ぶ。

「この世界に来るのが10年遅かったね」

アリアは涙を瞳にためながら、笑顔で言った。
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