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三章 ブーガを狩る娘

36話

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アスカの言葉の意味は攻撃の後で分かった。

ククリ刀がブーガの体から抜けない。血とどっぷりとした脂肪が突き出た刃に絡んでいる。引いても押しても動かない。

「ブガアァァァァァ!!!」

二匹目のブーガが斧を振りかぶり、こちらへ向かってくる。

「逃げてください!!」

アスカが弓を構える音がする。

だが、俺はそれに従わなかった。

「おおぉぉぉぉ!!!!!」

刀を両手で握ったまま、左肩をブーガの体につけ、体全体で押し出すようにオーガの死体ごと刀を更に突き出した。

「ブグゥ!??」

二匹目のブーガにククリの刃先が刺さった瞬間、下半身に力を入れ、前進する。

「おらぁぁぁぁぁ!!!」
「ガァァァァァ………」

ブーガの叫び声が途絶えてから、俺は状況を確認する。ククリ刀の刃先は、二匹目のブーガの左胸を深く捉えていた。

「お見事です」

「すまない。しくじった。」

俺はブーガの体を横に倒し、ねじるように刀を引き抜いた。

「いえ…私の伝達ミスです。申し訳ありません。それに、本当にお見事でした。ブーガの体が盾になっており、理にかなった攻防一体の技でした。過去に経験が?」

「あぁ、対人戦だがな。だが、こいつの重さは想定以上だった」

戦国時代でも同様のことがあった。

もっとも、その時の相手はブーガよりも遥かに手強かった。自らの腹に刺さった刀身を握り、さらに腹筋を締めて刀を抜けないようにしていた。鼻と鼻が触れるほどの距離で見た必死の形相は今でも鮮明に思い出せる……



「貴方の力もですよ……セツさん、刀の刃を見せていただけますか?」

俺は言われたとおりに、ククリ刀の刃をゆっくりとアスカに向けた。刃先はブーガの脂肪と血でベッタリだ。

アスカはそれに手を伸ばし、刃先についた黒いガラス片をつまみ取った。

「それは?」

コアです。モンスターの心臓ですね。どのモンスターにも存在し、これを破壊すれば絶命します。首などの急所を切れば、核が無事でも死に至りますが、必ず破壊するようにしてください」

「なぜだ?」

「モンスターがこれを喰えば体が強化されます。精神的にも凶暴化し、驚異となります」

アスカが言い終わると、核の破片は粉となり消滅した。

「破壊すればこの通りです」

俺は頷いた。だが、これまで誰も教えてくれなかった。

「集落では核を積極的に破壊している様子はなかったな」

「おそらく、意図的に循環を生み出し、素材や食料などの供給源を確保していたのでしょう。エルフは畜産をほとんどしませんから」

たしかに集落では、移動用の白狼以外の生き物はいなかった。わざとコアを魔物に喰わせて一定数を保っていたと言うことだろう。森と生きるエルフらしいやり方だ。

「それと、右耳を片方切り取ってください。討伐証明となります」

「食料や素材にはならないか?」

「ブーガの肉は脂分がかなり多く、食用には向きません。脂や皮は素材となりますが、今は大量発生しているので、相場が低下し二束三文です。核の破壊と討伐証明だけで十分でしょう」

その後、ブーガを20体狩った辺りでトスマンテに戻ることにした。洞窟から出ると、空は茜色に染まっていた。

ギルドに着いた頃にはすっかり日は暮れていた。ギルドマスターであるリーガンの姿はなかった。

ギルド登録の件は明日話し合うことにして討伐証明の換金のみを行った。
ブーガ1体につき銀貨2枚で、今日は銀貨40枚を稼いだ。

宿へ向かう途中、アスカは通貨について説明をしてくれた。

貨幣は銅貨、銀貨、金貨の3種類。銅貨が10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚となる。
銅貨5枚で、街の庶民食堂の1食分、銀貨5枚で平均的な宿屋で素泊まりできるという。

ーー「よぉ、おかえり」

昨日、ギルドに案内してくれた衛兵のダンテが宿屋に入ってすぐのカウンターから出てくる。

「怪我はないかい?」

「はい。狩りは上々です。ブーガを20匹討伐しました。すべてセツさんの手柄です」

アスカが笑顔で狩猟結果を報告する。

「それはありがたい。新しいダンジョンが発見されたせいで、ブーガがいる洞窟に行く冒険者は少なくてね……セツ、本当にありがとう」

ダンテが俺の右手を両手で掴む。
狩猟の最中、他の冒険者とほとんど出くわさなかった理由がわかった。

「今日もタダで良いから、ゆっくり休んでくれ。飯もできてるぞ」

調理場からは昨日同様に、旨そうな香りが流れてくる。

「その件なんだが、宿賃はしっかり払わせてくれないか?」

ダンテは、困ったような表情を浮かべる。

「ここは居心地が良く快適だ。しばらく滞在させてもらいたい。だからこそ、しっかり料金は支払いたいんだ」

ダンテは俺を暫く見つめたあと、渋々といった表情で頷いた。

「その代わり、歓迎の意味を込めて酒場で奢らせてくれ。これは地元に生きるものとしての流儀だ。断るのはおかしいよな?」
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