婚約・婚姻関連の短編集

神谷 絵馬

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1話完結

とあるご令嬢と胃の痛い伯爵様の話し

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「まぁまぁ、伯爵様も大変ですわねぇ...............あのような奔放な娘さんを持つと...。」

「そ、そうだな...。」

「あらまぁ、お顔のお色が悪いですわよ?
大丈夫ですか?」

「ハハハ、君には大丈夫に見えるのかい?」

「いいえ...私には大丈夫なようには見えませんわ。
けれど、お顔のお色が悪い方をお見かけいたしましたら、大丈夫かしら?とお尋ねするのがマナーというものでしょう?
まぁ、伯爵様のご息女様は、あまりそういうマナーをお知りではないご様子ですけれど...。」

「そ、そうだね...ハハハ。」

応接室に通されたときから、当主様の顔色は最悪だった...。
無理もない、格上の侯爵家からの呼び出しだもんなぁ...侯爵閣下ではなくご令嬢が相手とは言え、怯えるなって方が難しいだろう。
優雅な立ち居振る舞いで部屋へと入ってきて、一切笑っていない冷めた目でこちらを見つめつつ、口元と発する音のみでコロコロと笑うご令嬢が恐い。
赤みの強い濃い茶色の髪はフワフワに巻いてあって優しげに見えるが、透き通るようなはっきりとした青の瞳と意思の強そうな大きいつり目が印象的な美しいご令嬢。
当主様の後ろに立つ俺にもチラッと目を向けてから、当主様に促されるままにソファに座ると、普通の世間話が始まったかのように見えて、棘をチクチクと浅めに刺してくるんだよなぁ...。
マジで、怒っている美人って恐いよな。

「あら、まぁ!
私ったら、前置きが長くなってしまいましたわね...私の悪い癖ですの。
伯爵様、申し訳ございませんわ。」

「いや、気にしてなどいないから、大丈夫だよ。
それで、私が呼び出された用件を聞いてもよろしいかな?」

どうせ、あのアバズレ娘のことなんだろうけど、当主様はまだあのアバズレ娘の本性を知らないからなぁ...ショックを受けなければ良いけど。
噂通りだとすると、めっちゃショックを受けるんだろうなぁ...あのアバズレを大切に育ててこられた当主様が可哀相だ。

「えぇ、そろそろお話しいたしませんとね...時間は有限なのですもの。

伯爵様の溺愛するご息女様は、頭の中に随分と広大なお花畑が咲き乱れておられるご様子ですわね。
我が侯爵家が伯爵様をお呼び出しいたしましたのは、私の愛しい妹の社交界デビューの際に起きた出来事について確認させていただこうかと思いまして...まぁ、こちらから出向くこととなりましたけれど、やっとお話しさせていただけるのですもの私が伯爵家へと出向くことに否はありませんのよ?
あら、もしかして...伯爵様はあのことをご存知ないのでしょうか?
では、簡単にご説明いたしますわね。」

「あぁ、お願いします。」

「あの日のことは、私は王女殿下とお話しておりましたので直接見たわけではありませんの。
何かしらの騒ぎが起きたことに気付いて、王女殿下と共に駆け付けましたもの。
あの日に妹のエスコートをしておりました妹の婚約者に聞いたところによりますと、婚約者である妹とファーストダンスを踊っている最中にも関わらず、伯爵様のご息女様が近寄ってこられたそうですわ。
突然のことに簡単には避けられず、ぶつかってしまい怪我をさせてしまう可能性もございましたので、周囲の方々は一時ダンスを中断したとのことでしたわ。
そういたしましたら、特に親しくもないご息女様が突然馴れ馴れしく話しかけてこられて、妹の婚約者様に自分とダンスを踊ってほしいと強請ねだられたそうですの。
社交界デビューの婚約者と来ているからと丁寧に断った妹の婚約者の腕を掴んで、まるで妹に見せつけるかのように撓垂しなだれかかってこられたそうなのですけれど...伯爵家では、どういう教育をなさってこられましたの?」

「...えっと......すまないね...。
つまり、どういうことかな?」

こうして後ろから見ているだけでも、当主様の狼狽えぶりがよく分かる。
汗が、半端なく出てる。
あのアバズレ娘は、当主様の前では猫被りまくってたもんなぁ...俺らの前では猫なんてどこにも見当たらなかったけど。

「あら、伯爵様はまだお分かりになられませんの?
婚約者と来ている男性に、婚約者ではない女性からダンスを強請るだけでもはしたないと唾棄されることですわよね?
ですのに、伯爵様の娘さんは、婚約者の社交界デビューでファーストダンスを踊っている最中の男性に、特に親しくもない自分とダンスを踊って欲しいと強請られましたの。
そして、男性から丁寧に断られたのにも関わらず、ダンスを踊っている最中の男性の腕を掴み強引に自分とダンスを踊らせようとなさいましたのよ?
今年社交界デビューのご令嬢の皆様が参加している、王宮でのデビュタントの夜会のファーストダンスの最中に!
重大なマナー違反である以上に、あの夜会を催された王妃陛下への侮辱でもありますわ。
そして、私の愛しい妹への...我が家への侮辱でもありますし、妹の婚約者である彼への...彼の家への侮辱でもありますわ。
けれど、こちらから伯爵家へと正式に抗議をしたのにも関わらず、特に何の対応もありませんので、確認しなければならないと思いましたの。
伯爵様は、おかしいと思いませんか?
伯爵家では、どのようにして責任を取られるおつもりなのでしょうか?」

「すまない...あまりにも非常識すぎて、理解が追い付かなくて......何度も説明させてしまって申し訳ない。
抗議の手紙について問い質した際に、あの子からは、
『彼とダンスを約束していたのに、別な女と踊っていたから抗議しただけよ!
恋人である、この私のエスコートもしてくれなかったのよ?!
ダンスまで踊らないなんて有り得ないわ!!』
と聞いていたんだが、恋人だという相手が誰なのか...かたくなに教えてくれなくてね?
そう、そう言うことだったのか...胃が痛いな......。」

お忙しいセルバンテスさんから預かってきた胃薬は、後で渡しますね。
流石にお客様の前ではお渡しできません。
だから今は耐えてください!

「ウフフ、伯爵様も苦労なさいますわね。
妹の婚約者によりますと、ご息女様には学園でも付きまとわれており、とても困っているそうですわ。
無遠慮に近付いてきたと思ったら一方的に喋ってきて、彼は話す許可も与えておりませんし、ご息女様の問いかけに一言も言葉を返していないにも関わらず、ご自分の都合の良いように話しを進めているようだとも仰っておりましたわね。
私の妹のことを侮辱なさっておられたともお聞きしておりますわ。」

「ハァ、あの子は学園で何をしているのか...成績も悪いようだし、通わせている意味があるのか?
あぁ、すまないね...これはこちらで対応すべきだな。」

当主様、あのアバズレ娘を学園に通わせるのは、ただの金の無駄だと思います!
通わせることを決めた奥様も結構な阿呆だもんなぁ...親子だから似るのは仕方ないのかもしれないけど、どうせなら当主様に似て欲しかった。

「夜会に関しましては、異変を察した警備の者に速攻で摘まみ出されましたし、実害といたしましては、私の愛しい妹の心と妹の婚約者の心に浅い傷を残した程度ですわね。
我が家といたしましては、社交界デビューをけがされて付いた、妹の心の傷に対しての謝罪と慰謝料を請求いたしますわ。」

「分かりました...法の範囲内で過去の判例とも比較検討して算定し、後日連絡させていただきます。
ハァ...彼の家からも請求されるのだろうね...。」

「彼の家は、伯爵家へと何度も抗議をしたそうですわよ?
伯爵様は知りませんでしたの?」

「ここ数年、流行り病や災害などが多発していてね...なかなか領地を出ることが出来なかったんだよ......ただの言い訳になってしまうが、ね。
だからと言って、王都でのことを妻に任せっきりにしてしまっていたのだから...私の落ち度だろう。」

「そうですわね...けれど、これ程の大事を夫に報告しなかった奥様の落ち度でもありますわよ。
ご息女様が可愛かったのかもしれませんけれど、婚約者のいる男性に馴れ馴れしく話しかけることも秋波を送るなんてことも、マナー違反ですわ。
婚約者のいない男性にであれば問題ありませんのに...どうして婚約者のいる彼だったのかしらね。」

「ハハハ、もう笑いすら起きないな...。
全てきちんと確認して、妻にも娘にも相応の処罰をしよう。」

「ウフフ、そのようにお願いいたしますわ。
伯爵様がお2人へと相応の処罰をされますのならば、我が家といたしましても、多少とはなりますけれど、譲歩することが出来ますもの...。」

貴族って、マジで怖いんだよなぁ...。
あんなにも綺麗な笑みを浮かべながらも、寒気がするような眼差しで話しているんだから...俺には無理だよ。

てか、この光景を見せられてる意味が分からないんだけど?
えっと、そろそろ持ち場に帰っても良いかな?
え、駄目なの?当主様?...振り返ってまで、そんな必死な眼で見ないでよ!
分かったよ、場違いだけどここで見てますよ!
ハァ、俺、行き倒れていたところを伯爵家の侍従頭のセルバンテスさんに拾われただけで、正式な伯爵家の護衛とかじゃ無いんだけどなぁ。
本業は、ただの庭師見習いですよ?
当主様、覚えてますか?





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