GIVEN〜与えられた者〜

菅田佳理乃

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定石編

文化祭十日前の畠山京子(13歳2ヶ月)

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「来週の土日、文化祭なんです。ぜひ来て下さい」

 今日は岡本門下の研究会。夕食を終えた岡本家のリビングダイニングで京子は皆にB5サイズの薄らと青みを帯びた紙を渡した。

「このチラシ、必ず持ってきて下さいね。入場券になってますから。一枚につき五名まで入れます」

「入場券?こんな紙切れ、コピーすればいくらでも偽造できるだろ」

 三嶋がチラシを受け取りながら、この仕組みの穴を突いてきた。

「残念でした。透かし模様が入ってますし、紙の色を毎年変えているので、複製はほぼ不可能です。お金をかけて複製を作ってでもウチの学校の文化祭に来たいというなら話は別ですけど」

 江田は受け取ったチラシを照明に照らしてみた。京子の制服の胸ポケットに付いている校章のような模様が見える。

「凝ってるねぇ」

「でしょう?」

 江田の感嘆に京子はニコニコと応じた。

 渡されたチラシには文化祭の日程しか書かれてなく、『詳しくはQRコードで』となっていて、三嶋は早速スマホで読み取りホームページにアクセスしていた。

「へぇ。京子の学校は『学園祭』ではなくて『文化祭』なのか」

 京子と歳の近い二人の子を持つ武士沢がチラシを受け取りながら訊ねた。

「はい。理事長が言うには「文化の日にやるから文化祭」なんだそうです」

「今年は文化の日、週末じゃないよな?」

 三嶋のアラ探しが止まらない。

「ええ。なので文化の日に近い土日に開催します」

「受験生からしたら迷惑な時期だな。それでも文化の日に文化祭やるなんて、真面目なの?アホなの?」

 三嶋がさらに悪態をつく。

「この時期になってバタバタするようじゃ、どこを受けても無理じゃないですか?」

「わお。辛辣~ぅ」

「私は今から大学受験の勉強してますから」

「何マウント?」

「マウントではありません。備えあれば憂いなしです」

「覚えたばかりの言葉使いたいだけシンドローム」

「前々から知ってました」

「文化祭の準備、佳境に入ってるんじゃないのか?今日、よくサボれたな」

「サボリじゃないです。初めから話し合いで『対局日と研究会の日は休ませてもらう』と申告してましたし、私以外にも準備を抜けてる人はたくさんいるので」

「ぜってー陰口、言ってる奴いるだろ」

「ウチの学校にはそんな性格の悪い生徒はいません」

 また京子と三嶋が誰も笑わない漫才を始めた。最近は皆この漫才に慣れてしまい、武士沢すらツッコまなくなった。


 文化祭の詳細を見ていた江田が突然手を止め、スマホが眼鏡にぶつかるんじゃないかと思うほど食い入るように見た。

「ねぇ京子。この『棚橋梨々香ソロライブ』って、もしかしてあの『いちごソーダ』の『棚橋りりか』?」

 今人気のアイドルグループだ。姉妹グループに『りんごソーダ』と『みかんソーダ』がある。

「はい!そうなんですよ!高等部の二年生だそうですよ。軽音部とのコラボだそうです」

「洋峰学園の生徒だったの⁉︎」

「私も最近知ったんですよ。文化祭の予行練習を第一体育館でやってたんで、バスケの練習中チラ見してたんですけど、すごいですね!棚橋先輩、歌もダンスも上手くて!」

 京子は立ち上がって『恋ってボン!キュッ!ボン!』を歌って踊ろうとしたら、隣に座っていた江田が京子の左肩を叩いて動きを止めた。その力は京子が思っていたより強く、立ち上がれずにバランスを崩すようにドスンと座った。

「京子。僕、必ず文化祭に行くよ」

「はい!待ってますね」

 京子は、江田が故意に京子が踊るのを止めたのに気づかず、ニコニコしている。江田なら何をしても許せるらしい。

「このチラシで五人までだったね」

 江田が指を折って何やら数え始めた。



 ●○●○●○



 その翌日、京子が学校から帰ると岡本家の玄関に「あきたこまち」と書かれた出荷用米袋が六袋・三俵の新米がうず高く積まれていた。

 米袋に貼られた伝票を見てみると差出人は畠山隆和たかかずとなっていた。京子が「能代のおじいちゃん」と呼んでいる兼業農家の父の実父だ。

 京子は岡本に許可を得て、固定電話から祖父の家に電話をかけた。

「もしもし、こちら警視庁の者ですが。東京に住むお宅のお孫さんがまた暴力事件を起こしまして、相手方が示談に三百万円を要求してきたんですよ。明日までに指定の口座に振り込まなければ………。あ、バレた?おじいちゃん、京子だよ。あはは!さすが引っ掛からないね!お米、届いたよ!ありがとう!……うん。私、すっごい食べるから純子さん、「作り甲斐がある」って。えへへ。うん。おばあちゃんは?……そう、よかった!……え?……ううん、何も。……うん、大丈夫。いじめられてないよ。この私にそんな事する奴がいたら、もうすでに人の形をしてないし。あはは!ねぇ、大樹と晴登は?あーもうちょっと遅く電話すれば良かったー!あ、そうだ!もうすぐ文化祭があるんだ。画像送るから見てね!うん、伯父さんとおばさんによろしくね。じゃあまた電話するね」


 京子は受話器を置くと、テレビを観ていた岡本に電話の内容を報告した。

「能代のおばあちゃん、快方に向かっていて、もうすぐ退院できるそうです」

「おお、そうか。それは良かったな」

「ありがとうございます。純子すみこさーん!このお米、去年と同じように階段下の収納庫に置いておけばいいですか?」

「ええ。お願いできる?」

 一袋三十キロある。足腰の弱った年寄りの身体には無理がある。

「はい!もちろん!じゃ私、着替えてきますね」

 二階に上がった京子を見届けてから、純子が夫に話しかけた。

のお祖父さんも気にされているんですね……。どうにかならないのかしら……」

「京子が望まない限り、無理だろうな」

 岡本家の家電は、キッチンとリビングを隔てている壁際に置かれている。

 京子の電話を盗み聞きしていた二人は無言で目を伏せた。
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